第58話『ククル族』

 ヴォルフさんの案内でククル族の長の家に通された僕達。家の中に集まっている人達の頭には老若男女問わず全員に犬耳が生えている。


「カルブ族長、護衛の者達を連れて来ました」


 ヴォルフさんの声に反応し、一人の老人が木の椅子からゆっくりと腰をおこす。


「ほぅ、この者達がギルドから派遣された護衛か、信頼に足る人物なのか?」


 族長と呼ばれた老人が、白髪頭から生えている灰色の耳をひくつかせながら、ヴォルフさんへと問いかける。


「えぇ、彼らは一度、私の窮地を救ってくれていますし、見た目こそ幼いですが、実力は申し分ないと思われます」


 ヴォルフさんが族長へと語りかける。


「なるほど、お前が言うならそうなのだろう」


 そう言って、立派に蓄えられた銀色の髭を触り、ゆっくりと頷く族長。

 その後、僅かな沈黙が訪れ、僕は口を開く。


「精神魔法師のフィロスと申します」


「ワシは族長のカルブじゃ、よろしく頼む」


 尊大な態度を取るタイプかと思われたが、深く頭を下げる姿からは人の良さが見え隠れしている。


「では、細かい説明はヴォルフに任せるぞ」


 カルブ族長が椅子に腰掛けながら言った。


「はい、今回の護衛の依頼ですが、亜人種の合同族長会議が開かれるので、その間の族長の身辺警護を頼みたいのです」


 真剣な表情で語るヴォルフさん。


「そんな重大な任務を他所者の僕達が引き受けても大丈夫なんですか?」


 僕は純粋な疑問を口にする。


「もちろん、フィロスさん達以外にも私達の中から護衛は付けます。それに私はあなた達を信頼していますから」


 ヴォルフさんが誇らしそうに、そう言ってくれた。


「そう言うことじゃ、ワシはヴォルフを信頼している。そのヴォルフが信頼している者達ならば、疑う必要はない」


 カルブ族長が神妙に頷きながら言った。


「期待に応えられるよう頑張ります」


 僕がそう答えると、満足そうに首肯する族長。


「それでですね。フィロス君とラルムさんには精神魔法による攻撃を警戒して貰います。アンスさんとアイさんには実際の戦闘に備え、身辺警護をお願いします」


 ヴォルフさんがゆっくりと丁寧に説明する。


「わかりました。開催日はいつになるのですか?」


 打ち合わせなどの準備期間はあるのだろうか。


「十日後の朝から開かれます。そして今回は四種族の族長が集まり会議が行われます。会議までの期間は、この村に滞在していただく形でもよろしいですか?」


「はい、わかりました」


 僕は他の三人の表情を確認してから返答した。


「はい! 村の案内はあたしがします!」


 族長の近くに座っていた少女が勢いよく立ち上がり、手を挙げながら叫んでいる。


「セレネ様、案内ならば私がしますので大丈夫ですよ」


 セレネと呼ばれた少女に対して、ヴォルフさんが優しい言葉で返す。


「あたしが案内したいの! 村の外の人は珍しいんだから。いいでしょ、おじいさま?」


 おじいさま? この少女は族長の孫にあたるのだろうか?


「ダメだと言っても、聞かないじゃろ? セレネの好きにするといい」


 小さな笑顔に諦めの混じった表情でカルブ族長が言った。


「と言うわけで、あたしが村の案内をする、セレネ・ククルです! セレネって呼んでね」


 小麦色に焼けた健康的な肌が活発的な印象を与えてくる。肌の色とは対照的な白に近い金髪が肩より上で切り揃えられており、とてもよく似合っている。そして何よりの特徴は、金髪の頭に合わせたかのような、クリーム色の犬耳である。尻尾と耳が連動しているかのように、激しくパタついている。


「マスター、心の感想が長いです……」


 アイが怪訝な表情でこちらを見ている。

 急に話し出したアイを皆が不思議そうに見つめる。


「えっと、セレネさん、よろしくお願いします。僕のことはフィロスと呼んで下さい」


 アイの発言をしれっと流しながら、会話を進める僕。

 

「さんはいらないよ、あたしもフィロスって呼ぶから!」


「えっと、その……」


 僕が少し困っていると、カルブ族長が口を開いた。


「すまんが、セレネと呼んでやってくれ。言い出したら曲げない孫でね」


 族長自らの頼みとあらば、断るわけにもいかない。


「わかりました。じゃあよろしくね、セレネ」


「うん! よろしく!」


 僕の返答に満足したのか、全力で尻尾を振りながら、うんうんと頷くセレネ。


 その流れで、アンス王女、ラルム、アイも、自己紹介を始めた。


「私はアンスよ、よろしく」


「えっと、ラルムって言います……」


「アイです、私はマスターのお人形さんです」


 僕に視線を向けながら誇らし気に名乗るアイ。


「え?」


 ぽかんと口を開けながらフリーズするセレネ。周囲からの視線が痛い……。


「いや、その、アイは魔道具の傀儡なんだけれど、まぁ複雑な事情で自我があると考えて欲しい……」


 AIの説明を一からするわけにもいかないし、まずは何よりも、あらぬ誤解を解くのが先だった。


「あ、えっと、そう、まぁ、そう言うのは個人の自由なんだし、ねぇ、あーっと、いいと思うわ!」


 これ以上ない程の誤解を受けているな……。


 心なしかスッキリとした表情のアイ。

 あらためてAIの複雑さを実感する僕であった。


「じゃあ、族長会議の日まで、みんなに使ってもらう家を案内するから、ついてきて!」


 仕切り直しと言わんばかりに、そう言って勢いよく歩き出すセレネ。

 僕達も置いて行かれないよう、すぐ後ろを歩く。


「あ、あの、部屋ではなく、家を丸ごと貸していただけるのですか?」


 僕はセレネに問いかける。


「うん! 大きくはないけど、数はたくさんあるから。それと、あたしと喋る時は、もっとフランクにしてよー。フィロスの言葉はちょっとかたいかも?」

 

「あぁ、ありがとう。気をつけるよ」


 リザとはまた違った雰囲気の人懐っこさを感じるな。


「それにしても、久しぶりにヴォルフさんが帰ってきたと思ったら、村の外の人が四人も来るなんて、ワクワクするわ!」


 クリーム色の尻尾を盛んに振りながら、楽しそうに笑うセレネ。


「ヴォルフさんはあまり村には来ないのですか?」


 以前泊めていただいたヴォルフさんの家は、この村から随分遠い場所にあった。


「えぇ、ちょっとね……。ねぇ、フィロス、村の外の話を聞かせてよ」


 一瞬暗い表情を浮かべたセレネだったが、次の瞬間にはすぐ、明るい声音で話しかけてきた。

 

「あぁ、もちろんいいよ。僕なんかの話でよければね」


「やった! じゃあ、明日の朝でもいい?」


「わかった、決まりだね」


「警護の作戦会議があるんじゃないの?」


 アンス王女がセレネに問う。


「おじいさまが言うには、会議は夜みたいよ?」


 セレネが記憶を探りながら言う。


「じゃ、じゃあ良いけど」


 アンス王女が煮えきらない表情でそう呟く。


「着いた、ここがあなた達に泊まってもらう家だよ」


 そう言って、セレネが指差したのは、少し小さなログハウスだ。小さいと言っても四人で泊まるには充分なサイズ感である。

 いつの間にか、夕陽が差す時間になっていたようで、木造の家が赤く染まっており、なんだか風情を感じる。


「あれ、マスター、なんだか良い匂いがします」


 スンスンと家の中から漂う匂いを嗅ぎながらアイが話す。


「そうだね、食欲を刺激する香りだ」


 僕がそう言うと、セレネがすぐに口を開いた。


「ククル族の伝統料理を用意して貰ってるよ」


「楽しみです!」


 アイが今日一番の元気な声で叫ぶ。


「アイは直接食べられないのに、一番嬉しそうね」


 優しい声音でアンス王女が言った。


「はい、マスターが美味しいと感じれば、私も美味しいので、一石二鳥です」


 まだ見ぬ料理に想いを馳せながら、幸せそうな表情を見せるアイ。

 その姿をラルムが優しい瞳で見つめている。


「なんだか、みんな仲がいいね〜。よし、入って入って!」


 そう言いながら、手招きするセレネ。


 彼女の言葉に続いて、家の中へと入っていく僕達。室内に入ると、料理の香りが強くなり、夕食の正体が一発で判明した。


「カレーの匂いだ」


 こちらの世界にもカレーは存在するのか。


「ん? この香りはククル族の伝統料理のミッシレだよ」


 カレーという単語が聞き慣れないのか、セレネが首を傾げている。なんだろう、名前が違うだけで、料理自体は同じ物なのだろうか?


 期待に胸を膨らませながら、僕達は食卓へと案内される。


 そこには、エプロン姿の侍女と思しき女性達が、食卓に夕飯を並べてくれている。そしてもちろん全員が犬耳姿だ。


「マスター、その確認は必要ですか?」


 僕にだけ聞こえる声で、アイが呟く。


「セレネ様。ちょうど、料理が出来ましたので、お座り下さい」


 侍女の一人がセレネに語りかけた。


「ありがとう。ちゃんとあたしのぶんもあるんだね!」


「はい、もちろんです。セレネ様は外の方がいらっしゃると、一緒に食卓を囲むのがお好きですから」


 そう言いながら、全員分のグラスに飲み物を注いでくれる侍女さん。

 綺麗な薄い桃色の液体だ。ほんのりと甘い香りがする。

 

 そしていよいよ、大きな鍋から登場するのは、ククル族の伝統料理、ミッシレだ。

 スパイシーな香りが食欲を刺激し、青色の見た目が食欲を減衰させる……。


「え、っと、青色なんですけど?」


 真っ青な液体の中に野菜とお肉が浮かんでいる。


「そりゃそうだよ、だってリザードマンの」


「いや、大丈夫。うん、温かいうちに食べたいからね!」


 僕は、とんでもない解説を始めようとしていたセレネを遮り、説明は聞かないことにした。


 穏やかな空気で忘れていたが、ここは魔大陸なんだ……。原材料は聞かないに限る。


 目をつむりながら、一口食べてみる。


「おっ、うまい!」


 シーフード系のスープカレーに近いな!

 僕の感情が伝わったのか、アイの顔にも笑顔が咲いている。


「マスター! もっと沢山食べて下さい!」


 食べてもいないのに味をしめたアイが、僕の食事を急かす。


 握りしめた木製のスプーンを休まず口に運ぶ僕。一体何が入っているというのだ!

 この強烈な旨味の正体が知りたい! いや、やめておこう。ひょっとすると、この強烈な旨味よりも強烈な衝撃を受けるはめになるやも知れない。そんな隠し味はごめんだ。


 そんなことを考えていると、不意に強烈な眠気が襲ってきた。


 やばい、意識が……。

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