第27話『二人の休日』

 宮殿の私室に戻る前に、ルナ教官に聞いておいたことが二点だけある。


 一つ目は、貴族街での内戦のいきさつだ。

僕とリザが宮殿へと向かった後、残った四人は戦線に加わり、内戦鎮圧の一役を担ったという。無事、内乱の首謀者であるアルヴァロもお縄にかけたようだ。


 二つ目は、エオンさんとシェイネの行方についてだ。この二人には、僕の精神魔法の影響が最も強くでていたようで、牢獄に併設された医療施設にて、厳重な警備のもと、取り調べが行われている。


 その他にも、僕の視界におきたあの不可解な現象など、気になることは山ほどあるが、それはあちらの世界にいる時にでも考えるとしよう。


 * * *


 今日は、大学も休みなので、気分転換もかねて理沙と映画館にきていた。


「ねぇ、哲也はどれが見たい?」


 チケット売り場の上にある、上映スケジュールを見上げながら理沙が言った。


「上映時間も丁度良いし、この映画なんてどう?」


 そう言って僕は、近くの壁に貼ってある、一つのポスターを指差す。


「戦争映画かしら?」


 ポスターにうつる迷彩服の男を指差し、理沙が言った。


「実在したアメリカ人スナイパーの半生を描いた映画みたいだよ?」


 テレビの予告を見た時から気にはなっていた。


「戦争をテーマにしつつも、一人の人生にスポットを当てているのね」


 興味深そうにポスターを眺める理沙。


「じゃあ、この作品でいい?」


 僕がそう問いかけると、上機嫌な様子で理沙がこう言った。


「えぇ、あと少し時間があるから、飲み物とポップコーンを選びましょう」


 その後、真剣な様子で、飲み物とポップコーンの味に頭を悩ませる理沙。大体のことは即断即決の理沙が、こういうなんて事はない場面で頭を捻らせているのが、なんだかおかしく思えた。


「ねぇ、哲也。キャラメルと塩はどっちが良いかしら? 映画にはやっぱりコーラ?」


 難しい顔をしながら真剣にこちらを見上げてくる理沙。あまりにも真面目な顔つきに、思わず笑ってしまった。


「なによ? 大事でしょ、味?」


 胡乱な目付きでこちらを見上げる理沙。


「じゃあ、僕が塩味を買うから、理沙がキャラメルを買ってシェアしようよ」


「あなた、天才ね」


 理沙の表情がぱぁっと華やいだ。


 そうこうしている内に上映時間がせまり、僕達は後ろの方の真ん中の席へと座った。今日は、大学の創立記念日なので、世間の人にとっては普通の平日だ。館内には僕ら二人と、前の方に座る人がまばらにいるだけだ。


 映画がはじまると、スクリーンの光が反射して、澄ました顔の中にも、ワクワク感を隠しきれていない理沙の表情が伺える。


 映画のシーンの中で、不意に鳴り響く銃声に、毎度、肩をびくつかせる理沙の様子が、なんだか意外にも感じた。



 米軍のスナイパーである主人公が、仲間の死や、自分が奪った命などにより精神を崩壊させるシーンは、あまりにも臨場感があり、映画を通して戦場を体感しているようですらあった。


 状況は違えど、主人公の精神が崩壊するシーンは、昨日の宮殿内での戦いを想起させた。

 

 戦争という言葉の距離が、そう遠くないように感じるのは、昨日の戦いを経験したからだろう。



「壮絶な映画だったわね」


 映画が終わり、シネマフロアの下の階にある、喫茶店へと足を運んだ僕ら二人。


「そうだね」


 様々な感情を揺さぶる内容だっただけに、何から話して良いかわからないでいた。


「命を奪うことにより、より多くの命を救うことになる状況が、世界には実際にあるのよね……」


 理沙の表情は暗い。


「そうだね、主人公が一人、敵を撃つたびに、仲間の命は数十人救われ、敵の死が積み重なるたびに、英雄と呼ばれるわけだ」


 主人公の心理描写が詳細に描かれており、心の奥底に何かを刻まれたような感覚だった。


「一般的な若い男女が二人で見る映画ではなかったかも知れないわね」


 ブラックコーヒーを片手に、理沙が言った。


「でも、この映画を他の誰かと見るとすれば、理沙意外にはいないだろうね」


 この映画のメッセージ性を共有しながらも、多くは語らないで済む相手など理沙くらいしか見当がつかない。


「確かに、それはそうかもね」


 彼女がコーヒーを飲みほしたのを合図に喫茶店を後にする僕ら。



 気分転換をするはずが、思いの外考え込む時間を過ごしてしまった。このような時間も貴重ではあるのだが……。そのような、重苦しい表情が顔に出ていたのだろうか、理沙が一つ提案をしてきた。


「時間もまだあることだし、本屋に寄りたいのだけれど、いいかしら?」


「いいね、僕も丁度探したい本がある」


 僕の返事を合図に、二人で本屋へと向かった。



 理沙は、目当ての本を見つけるとそれを素早くカゴへと入れていく。


「欲しい本は買えたかい?」


 問いかけるまでもなく、その笑顔を見れば一目瞭然だが。


「えぇ、買えたわ。哲也は見つけたの?」


「哲学を学んだことの無い人でもわかるような、哲学の入門書みたいな本が数冊欲しいんだよ」


 アンス王女との授業の為にも、基礎的な知識のおさらいをしておこうというわけだ。それに、ここ一カ月は、国家魔法師の初期合宿もあり、アンス王女との久々の授業なのだ。気合いを入れなければならない。


「入門書?」


 なぜ、今になって必要なの? という疑問が短い言葉にまとめられていた。


「親戚の子どもに、わかりやすい哲学書がないか聞かれてね」


「なるほど、じゃあ、これとこれがオススメね」


 素早い手つきで、棚から二冊の本を取り出す理沙。

 

 僕が、その本をそのままレジへと持っていくと理沙がこう言った。


「あら、内容を確認しないの?」


 不思議そうに首を傾げる理沙。肩にのっていた黒髪がさらりと背中に流れる。


「理沙がすでに検閲済みだろ? それ以上の決め手はないよ」


 理沙ほど厳しいチェッカーはそういない。


「そう……」


 短い言葉を返し、僕が見たことのない表情を見せる理沙。


「その表情は、はじめてみるよ。どうしたんだい?」


 純粋な疑問から、そう問いかける僕。


「それを直接、私に聞くのね? 哲也は哲学書を読む前に、他の本を読むべきかも知れないわね」


 そう言って、理沙は、『女性心理を掴むコツ』と書かれた本を僕に手渡した。


 なぜ、この本なのかはピンとこないが、これ一冊で掴めるモノなら、苦労はしない気がする。


「この本も理沙のオススメかい?」


「いいえ、まさか。ただの冗談よ」


 そう言って、くすりと笑う理沙。


 この本を読めば、この笑顔の正体がわかるのだろうか? 思わず、背表紙を真剣に眺めてしまう。


「そう言う、変に真面目な所は長所なのかも知れないわね?」


 そう言って、またもくすりと笑う理沙。


 誰だったかな? 英国の小説家が確かこんな名言を残していたな。

『できるだけ女に話し掛けなさい。男にとってそれが最高の勉強なのだから』


 僕はまだまだ勉強不足なのだろう。そう痛感するひとときだった。

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