ぼくと青春とボーカロイド

明希菜 真昼

第一章

第一章プロローグ

 2019/06/27

 一話目が長いとの要望を頂き、第一話部分『第一章プロローグ+ぼくとボカロと弾き語り少女』を『第一章プロローグ』と『ぼくとボカロと弾き語り少女』に分けました。


 以下本編





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『高校生は人生において、最も楽しい年頃だ。


 だから、今しかない特別な時間をしっかりと楽しんでおけよ』


 これは特定の誰が言ったかは覚えてないが、ぼくが母や父を含めた年上の人間から散々聞かされてきた言葉であり、主張の一つだ。


 この主張に、ぼく自身も異論はない。


 高校生は大人と子供の境目、ある程度大人のように自由は効くし、自分で生計を立てなくても親が面倒を見てくれる。


 その分勉強もしなければいけないけど、友情に恋に、部活に遊びに、高校生しかできない様々な事柄に時間を当てられるのだから、はっきり言って恵まれすぎな年頃だと思う。


 改めて他人に言われなくても、ぼくはそのことを十分に理解しているつもりだ。


 だけど彼らは何度もそう言い聞かせる。一回言えば理解できることをわざわざだ。


 なぜ彼らがこのことを何度も言い聞かせてくるのか。その理由は二つある。


 一つは、ぼくが現役の高校生だからだ。


 人生の先輩として何か思うところがあるのだろう。


 大抵の人は自分の失敗も踏まえてこうした方がいい、ああした方がいいとアドバイスしてくれる。


 それは親切心からの言葉なのだろうけど、ぶっちゃけ余計なお世話だ。


 ぼくだってそれなりに高校生活を楽しんでいるのだから、彼らのアドバイスには辟易へきえきしている。


 それでもその気持ちをグッと抑え、わかったよと毎度笑顔で答えているのだけど。


 そしてもう一つ。ぼく──四ツ谷功よつやこうは陰気な学生、俗に言う陰キャだ。


 華の高校生という立場でありながら部活に所属せず、恋人はおろか友達と呼べる間柄の知人すらいない。


 休み時間なんていつも机に突っ伏している。


 普通陰キャって言っても友達の一人はいるだろうが、ぼくにはいなかった。


 陰キャの中の陰キャ、キングオブ陰キャだ。


 そんなぼくの高校生活を見て、普通大人はどう思うだろうか。


 ──高校生ってすごく恵まれてるんだぞ!? 楽しめよ‼


 そう言いたくもなる。要するに彼らは心配してくれているのだ。


 これは心配させてしまったぼくが悪い、全て悪い。そりゃ一蹴なんてできるわけがない。


 これでわかっているよなんて言おうものなら、わかってねえよと言われるのがオチだ。


 つまるところ、大人たちがぼくにそう言い聞かせるのは、二つ目の理由が大半を占めている。


 けど実際のところ、ぼくはわかっている。


 だってさっきも言ったけど、高校生という恵まれた年頃を満喫とまではいかないかもしれないけど、それなりに楽しんでいるのだから。


 これだけだと、どこが楽しんでいるんだよとツッコミが飛んできそうだし、自分自身とてもじゃないけど楽しんでいると言い張れないが、ぼくには楽しんでいると言い張れるなりの理由があった。


 ぼくには趣味がある。


 それは『ボーカロイド』──音声合成ソフトウェアの一種で、音符と歌詞を入力することにより、サンプリングされた人間の歌声を基にした音声を合成することができるソフトウェア。


 ちなみに『ボーカロイド』という言葉が指す意味合いはこのソフトウェアに対するものだけではない、このソフトウェアのキャラクター『初音ミク』や『IA』『GUMI』などの総称としての意味合いもある。


 ぼくはこの『ボーカロイド』略してボカロと、それに準ずる全てのコンテンツと文化が大好きなのだ。


 人間と機械を足して割ったような独特な歌声はさることながら、個性的なキャラクター達も大好きだし、ボカロをボーカルとして制作された数えきれないほどの楽曲を聴くのも大好きだし、さらにボカロ曲から派生した動画も大好きである。


 大好きすぎて自らオリジナルのボカロ曲を作成し、動画投稿サイト『ニコニコ動画』、通称に投稿するとして活動するくらいだ。


 家にいる時間の大半は、それどころか学校にいる間もこっそりイヤホンでボカロ曲を視聴したり、自ら投稿するボカロ曲のメロディーや歌詞を考えていたりする。


 もはや生活の中心がボカロと言っても過言では無い。ボカロのおかげで充実した日々を過ごしていると言ってもいい。


 それほどまでにぼくはボカロに、趣味にのめり込んでいた。


 だけどとある理由からこの趣味、ボカロPであることとボカロが大好きであることを、周りの人間に秘密にしている。


 だから彼らはぼくをボカロ無しで判断しなければならないので、つまらない高校生活を送っているようにしか見えない。


 そんなわけでこのボカロという趣味を秘密にして、心配させてしまっているぼくが全面的に悪いのだから、彼らの高校生楽しめよ的な言葉にわかったと首を縦に振るのだ。


 そして現在も、ぼくはその高校生活楽しめよ的な言葉を投げかけられそうな状況の、真っ只中にいる──。







            *







「四ツ谷……お前、それは華の高校生として悲しくないか」


 午後五時。


 授業が終わり、空が夕焼け色に染まる三月下旬のとある日。


 ぼくは教室で担任の堂橋先生と学習机を挟んで向かい合い、面談を受けていた。


 困り果てた表情でうかがう先生に、苦笑して答える。


「別に悲しくはないですけど」


「だがなあ、部活に入らず、サークルにも入らず。しかもお前趣味は無しって、青春が泣いているぞ」


 手元の資料をパラパラとめくりながら話す先生。


 その資料は先日先生が事前にクラス全員に対して行ったアンケート結果をまとめたものだ。


 もちろんぼくのアンケート結果も成績と共に載っている。


 しかし趣味の欄と部活動の欄が空白だ。


 部活とサークルには所属していないため部活動の欄は必然的に空白、趣味の欄はボカロ関連で秘密にしているため、もちろん書くことができないから空白になってしまう。


 仕方ないことだ。


 だけどそれがまずかった。


 趣味欄を空白のままで提出したのは間違いだった。


 先生に心配されて面談が長引いてしまいそうだ。


 早く家に帰ってニコ動を漁りたいというのに……。


 何か他のことを嘘でも書いておくべきだった。


「相談とかないか? せっかくの面談だ、先生はどんな内容だって話を聞くぞ?」


 堂橋先生はゴリゴリの熱血体育会系教師で柔道部の顧問、生徒からの信頼は厚い。


 どんな生徒相手にも親身になって話してくれるその人柄は褒められたものだが、ぼくにとってその厚意は完全におせっかいに過ぎなかった。


 できるだけ早く面談を終えるよう、当たり障りのない答えを返す。


「特にないから大丈夫です」


「ふむ……そうかぁ」


 先生は頬杖をついてため息を吐く。


 早く帰りたいなぁ。教室の壁にかかっている掛け時計に目を向けた。


 時計は予定終了時刻ちょうどを指していた。


 ……多少強引だけど、よし。


「先生、そろそろ次の人の時間じゃないですか?」


「うん? あぁ、本当だ。まだ話したいことがあるのに」


 帰りたい気持ちがバレバレだけど、ぼくは無理やり終わらせることにした。


 自分のためだけじゃない。


 次の人の迷惑になるのも良くないしね。


 先生は不満そうに顔を顰めた後、何かを閃いたようで、おもむろに自分のカバンを開けて、薄い冊子を取り出し、ぼくに手渡した。


「何ですかこれ」


「部活動案内用紙だ。どうだ四ツ谷。もう一か月もしないうちに二年生になるんだし、この春から新しい部活を始めてみるってのは。先生のおすすめの部活にチェックをつけてあるぞ」


 先生から受け取った冊子をぱらぱらと捲る。


 その冊子にはうちの高校――小夏高校こなつこうこう公認の部活動が軽い紹介と写真と共に掲載されていた。


 ところどころ、部の名前の欄に赤ペンでチェックがつけられてある。


 チェックのついている部活は、野球部、陸上部、吹奏楽部……とどれも人の多い部活だ。


「……ありがとうございます」


 受け取った冊子はリュックサックの中にしまっておいた。


 もちろん、部活に入る気は毛頭ない。


 先生には悪いが、そんな暇があればボカロ曲を聴いたり、制作していた方が有意義だ。


 良かれと思って行動してくれた先生の気持ちを汲んで受け取るだけ受け取る。


 帰ったら捨てる。


 ぼくが冊子をしまい終えたのを確認した後、先生は言った。


「まあ時間だし、面談はこれで終了だ。成績に関しては特にいうことも無いしな」


「はい」


 終わった終わった。帰ろ帰ろ。


 リュックサックを背負って立ち上がった。


「失礼します」


「おう」


 ほっとして教室のドアを開こうとしたところ、先生は「あ、そうだ四ツ谷」と言ってぼくを引き留めた。


「なんですか?」


 振り向くと先生は、面倒くさそうに頭を掻きながらも、まっすぐな目でこちらを見ていた。


 何か大事なことでも言い忘れたのだろうか。


 先生の目を見て面談が終わったことに安堵し、弛緩していた気がきゅっと引き締まる。


 ぼくが振り向いたのを確認した先生は、はっきりとした口調で言い放った。


「高校という場所にはな、たくさんの人間がいる」


「……そうですね」


 その目に反した先生の当たり前の発言にどういう反応を示せばいいかわからず、数秒の間が空いた。


 何言ってんだこの人。


 しばらくぽかんとしていると、先生の瞳はもの言いたげに変わっていった。


「ど、どうかしましたか?」


「今お前、何言ってんだこいつって思っただろ」


「⁉ そんなことはないですけど……」


 図星で慌てて取り繕うが、先生は苦笑い。


「四ツ谷はわかりやすいんだよ。あと作り笑いが下手くそだ」


「……すみません」


 そんなにわかりやすいのだろうか。


 自分の手で頬を触り、自分の口角を上げてみる――わからない。


「まあだからそういうことだ」


「そういうこと?」


「高校にはたくさんの人がいる。だからその分色んなやつがいる。だから四ツ谷と気が合うやつもきっといる」


「そりゃいますよ。喋る奴らもそれなりにいますし」


 嘘じゃない。友達と呼べるほどではないが、挨拶を交わす程度の間柄の人間なら数人いる。


 苗字しか知らないし、片手の指で足りる回数くらいしか喋ったことないけど。


「そういうことじゃないんだが……まあいいか。心の内ではわかっているだろ、引き留めて悪かったな」


「?」


 先生の言うことはいまいちよくわからなかったが、早く帰りたいがゆえに理解したように一礼し、教室を出る。


「失礼します」


「おう、後二年間、高校生活楽しめよ。青春しろ青春」


 教室の扉を閉め、ふぅと安堵の吐息を吐いた。


 やっぱり言われたな、高校生活楽しめよ的な言葉。


 というかもろだった。若干説教臭くなっていたから言われると思った。


 別に言われてもいいんだけど何かモヤモヤするんだよなこの言葉。


 楽しんでいるのに……反骨精神の類か何かだろうか。


 夕陽の差し込む廊下を歩き、教室から去る。


 ぼくの次に面談を受けるであろうクラスメイトとすれ違った。


 去り際に『一年二組』と書かれた表札が目に映る。


 今日で高校一年生の全ての授業日程が終了した。


 この教室を使うのも土日を挟んだ明々後日の終業式を残すのみとなっている。


 一年間が終わる。


 卒業するわけでもない、ただ学年が一つ上がるだけなので感傷に浸るまでもないことなのだが、気が付くとぼくはこの一年間の記憶を辿っていた。


 ──青春しろ……か。


 記憶を辿るさなか、先生の去り際に放った一言が脳裏によぎった。


 思い返せばこの一年。ぼくとしてはボカロのおかげでそれなりに充実した高校生活を送ってきたつもりだが、先生の言う青春の類とは縁遠いものだったように思う。


 友達と友情を育んだり、異性と恋をしたり。


 汗水垂らして部活動に取り組んだり、学校行事に積極的に参加したり。


 青春という言葉が指す意味合いのある出来事を、全くと言っていいほど行っていなかった。


 現状の高校生活は自分一人、気ままに趣味であるボカロに打ち込めることもあって不満はない。


 だけど実のところ、ぼくも周りの皆のように青春をしてみたいとは思ってはいた。


 人生の先輩方からしたら、青春したいならすればいいじゃないか若いんだからと思われそうなところだけど、実際ぼくが青春をするのは難しい状況にある。


 なぜぼくが青春をするのが難しい状況にあるのか、その理由もまたぼくの愛するボカロにあった。


 青春をするには友達の存在は必要不可欠だ。


 遊ぶにしても友達と、恋をするにしても友達から、学校行事を楽しむにしても、もちろん友達無しでは味気ない。


 青春において友達の存在は基礎中の基礎なのだ。


 というわけで、まずは友達作りから始めなければならない。だけどぼくはここで躓いてしまう。


 前述したように、ぼくは周りに隠しているボカロ関連の趣味を除けば、非常につまらない高校生活を送っている、休み時間は机に突っ伏しているような人間だ。


 部活にも入っていない、趣味も無い、さらには誰とも絡まない得体の知れない人間と友達になりたいと思う人間なんて余程奇特な心の持ち主じゃないとあり得ないだろう。


 それにだ。


 ぼくに友達ができないのは、何もつまらない人間だからという理由だけではない。


 相手に本心を曝け出さなければ心から受け入れてもらえないように、秘密が大きければ大きいほど、人と人との心の距離は埋まりにくいのだ。


 ぼくにとってボカロはもはや無くてはならないほど大きな存在だ。


 この趣味を打ち明ければ、少しは個性的になるだろうし、もしかしたらボカロを知っているクラスメイトなんかと友達になれるかもしれない。


 だけどぼくはこの趣味を打ち明けることができなかった。


 なぜならボカロはぼくにとっては、最高に魅力的なコンテンツであり文化なものの、ボカロを知らない一般人にとっては否定的な要素の多いコンテンツだからだ。


 一般人の中には、ボカロ特有の独特な声を気持ち悪いと感じる人もいるし、ボカロのキャラクター達の容姿に嫌悪感を抱く人もいる。


 アニメやラノベと同じで、ボカロもオタクと揶揄やゆされがちのコンテンツなのだ。


 確かにボカロは近年ではかなりメジャーな文化の一つとなった。


 カラオケではランキング上位に多数のボカロ曲がランクインしているし、TVのBGMにも使われている。


 年末の歌の特番では、ボカロ曲を大御所歌手がカバーして披露した場面なんかもあった。


 これらの過程を経てボカロは以前ほど一般人から毛嫌いされるような文化ではなくなり、趣味として公言しやすくなった。


 多少否定的な意見が上がっても気にすることは無いのかも知れない。


 だが、ぼくはそんなボカロの知名度の普及では抑えきれないほど、ボカロが大好きなのだ。


 記憶を思い返せば四六時中ボカロのことばかり考えているし、部屋はポスターとフィギュア、ボカロ曲を製作するための音楽機材で埋め尽くされている。


 いわば重度すぎるボカロオタク。


 そんなぼくの現状を聞いて普通の人はどう思うか――言わなくてもわかるだろう。


 知名度が上がったと言っても未だにボカロに偏見を持っている人は沢山いるわけで、間違いなく軽蔑されるに決まっている。


 つまるところ、軽蔑されるのが怖いという理由で、ぼくはこの趣味を秘密にしているわけだ。


 それでも、そんなどうしようもないぼくでも友達の一人や二人くらいなら、なんとかできるんじゃないか。


 残念ながら現実が物語っている。


 友達を作るにはボカロという趣味を打ち明けることが必須なわけだけど、ぼくは軽蔑を恐れてそれができない。


 友達を作ることができない。現状友達がいない。


 ゲームオーバーだ。


 別にそれでもいい。


 ぼくにとって高校生活は楽しいのだから。


 青春はできないかもしれないけど、ぼくにはボカロがある。


 幸せなんて人それぞれだ。


 周りの言うことなんて気にすることはない。


 ……ただ、欲をかけば、友達ができたらいいなとは思う。


 もし、友達になるとしたらどんな人だろうか。


 ぼくと同じボカロ好きで、ぼくの秘密をばらす心配の無い、ぼくと同じ境遇の隠れボカロオタク。


 そんな人いるのかな。


 小夏高校はそれなりに大きい高校だし、もしかしたら一人くらいはいるかもしれない。


 ――あ、そうか。


 堂橋先生の言葉を思い出した。


 今考えるとさっき先生が言いたかったのは、せっかく高校には人が沢山いるのだから、ぼくと同じ境遇の人を探せということだと思う。


 直接的な言葉ではなかったものの、先生はぼくに仲のいい友達がいないことに気が付いていて、それを危惧して助言してくれたのだろう。


 人の多い部活を勧めたのも多分そのせい。


 余計なお世話と思ってしまったことを謝らねばならない。


 確かに先生の言う通り、ぼくも同じ境遇下にいる人であれば友達になれると思うし。


 だけど先生の言葉通りに同じ境遇の人を探せるかと言えばそれはノーだ。


 だってぼくと同じで自分の趣味を隠しているのだから、探そうにも探せない。


 ぼくだって隠しているのだから探してもらおうにも探してもらえない。


 こうなってしまえば八方塞がりだ。現状を打破するのは難しい。


 ぼくの青春はプロローグすらも向かえることなく、終わりを迎えてしまうだろう。

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