第84話 会議、入浴、モチベーション
「こちらを襲った敵について整理しておきます」
林間の広場、今夜の野営場に即席の大テーブルを作って会議を行っている。
参加者は聖女、王女組から各数名。人数は少ないがちょっとした首脳会談でもある。
ちなみにカイルとルイズは不参加だったりする、風呂の世話をするために。
この大切な場を空けるとは何事かと思うかもしれないが、風呂の管理は大変なのだ。
なにせ人数が多い。
男風呂、VIP風呂(女風呂兼用)と作ってローテーションをしているが全員が入ればそれなりに時間がかかる。
お湯の浄化、焚き直しができる俺たちは結構忙しいのだ。
一方で護衛の騎士、御付きの女性陣ともにこの露天風呂はかなり好評で手は抜かないほうがいいだろうという首脳陣の判断があった。
俺たちにとって士気の高さは命綱なのだ、飯風呂寝床に妥協は無い。
そんなわけでカイルやルイズは忙しく風呂の管理をしている。
余談だが、魔術が使える聖女、メイリアともにこの風呂については強い関心を示しており、それぞれお湯の大量生産の練習に余念がないようだ。
ルネさんやオリヴィアさんもこれを咎めたりはしなかった。
衛生環境の向上についてはほぼ全員の同意(コンセンサス)が得られているのだ。
ローテーションの都合で湯上りほっこりのメンバーが何人かいるが、会議内容はいたって真面目だ。
充分な情報が得られたわけではないとはいえ、こちらを襲ってくる相手の新情報についてだからなのだから当然だが。
「報告した通り、囮作戦で敵との接触には成功したものの、主要人物を始め、四名全員が自ら命を絶ちました。情報漏洩を防ぐためだと思われますが不審な点があります」
みんな真面目な顔で聞いている。
「このうち三名は拘束してその場を離れた内に死亡していたのですが、一名についてはその場に立ち会っています」
「目の前で命を絶ったのに防ぐことができなかったと?」
オリヴィアさんが全員の疑問を口にする。
「ええ、それにはいくつか理由があります。一つは使用したと思われる毒物が強力なもので蘇生処置が間に合わなかったこと。そして、直前まで死のうとする様子がみられなかったことです」
「謀られてしまったのか……」
「絶対ないとはいいませんが、それにしては様子がおかしかったです。それなら静かにことを成せば良いはずですが、この相手は最後に生きようと足掻く様子を見せました。明確に「死にたくない」という意味の言葉を口にしながら。この死亡が自分の意志ではなかったように見えます」
「第三者による口封じ。近くに誰か服毒させることが可能な人物がいたということか」
ジョエルさんの推測は最もなものだが、今回は違う。
「その可能性は低いかと。確認しましたが毒は全員奥歯に仕込まれていました。自身の行動でしか服毒はできません」
「ここまでの話と合致しないようだが……」
「……人の心に作用する魔術、邪術ですか……」
黙って話を聞いていた聖女様が口にする。
それは俺が考えていることと同じものだった。
「その可能性があると思っています。つまり、何等かの条件に合致すれば自ら命を絶つような処置があらかじめ行われていたのではないかと」
その言葉を聞いてみんな顔をしかめる。
この世界にあっても本人の心を蔑ろにして人を操る力というものは忌避されるものだ。
魔術による精神干渉自体は可能で、聖女の奇跡にも安らぎを与えるものがあるという。
だからこそ、彼女がこの可能性を最初に口にしたのだろう。
もちろん、魔術院なんかで指導される術の中にそんなものはないし、それはどこの国でも同じだと思われる。
存在するとすれば邪術として秘匿されているはずだ。
逆に言えば、力あるものはそれを利己的に使用している可能性が否定できなかった。
「そんなことが、可能なのですか……」
思わずミリヤムさんからそんな言葉が漏れるのも無理はなかった。
「現時点で断定はできませんが、可能性がある以上、検討は必要だと思います。あまりにも危険すぎる。それに、俺たちを襲った兵のこともあります」
「あの様子のおかしい死兵どもか……」
実際に対応していたジョエルさんの顔に苦々しいものが走る。
その気持ちは俺にもわかるよ……。
「敵は人形と呼んでいました。特定の人物の言葉にのみ従う、聖女という言葉に過剰反応するというあの様子。同じ勢力の兵である以上関係しているのではないかと」
マインドコントロールという言葉がぴったりだ。
しかし、自死を選ばせるというのはあまりにも強力すぎるが。
「あの人数を操る方法があるとすれば、それは危険すぎます……」
そう思う。
「正確な分析ではありませんが、心に背く命令を遂行させるほどの術をすぐにかけるというのは現実的ではありません。長期間をかけて少しずつ準備したか、あるいはそのための遺物を持っているのかもしれません」
簡単な術ではないというのは希望的観測にすぎない。
それ抜きでも、敵がそんな能力を持っているというのはかなり苦しい。
「今回に限って言えば、少人数で行動しているのは良かったのかもしれないな。護衛の中に混ぜられていれば暴挙を防げていたかわからん」
心を操る技術で一番怖いのは内伏だ。
身内に敵がいるというのはバレてもバレなくても恐ろしいものになる。
現時点でも完全に安全とはいえないのだ。
例えば囮のジャックなんかは多少打ち解けたといっても、いや、それだけにかなり怪しい。
身内で相互に守り合う対策が必要だな。
最初の話に戻ることになるが、仲間を疑うというのは著しく士気に関わる。
そういった意味でも、食事や風呂の手は抜けなくなってきた。
「ある程度、相手がそんな技術を使ってくる前提で対処法を考える必要があるように思います」
今この場ですぐどうにかなる問題ではない。
だから、次の情報に移ることにする。
「この中に『合祖』という呼称に心当たりがある人はいますか?」
あたりを見渡すが、答える者はいなかった。
少なくとも有名な人物というわけではなさそうだ。
「……祖とは、イセリア教において最初の教皇を指します。修行の末に大地の奥底に至り女神の声を聴いた人物と言われていますが正確な記録は残っていません」
つまり、宗教的な立場に関係ある名称であると。
しかし、初代のみを指すというのなら、その名前は現在の教皇や枢機卿を軽視しているということに他ならない。
あるいは教皇そのものであるという可能性も無いではないが……。
「この名前は、今回の犯人が自分の敬う対象として挙げられたものです。他に神敵という言葉も多用していることから、ある程度なんらかの信仰を持った集団であることが予想されます。……恐らくイセリア教の」
女神の名が出たわけではないが、大陸において神の名のもとに行動する集団が力を持っているとなればどうしてもイセリア教のことが思い浮かぶ。
「確かに、イセリア様の教えに従うものの中にも教義を履き違えた者たちはいる。他者を排斥し、自らの権益ばかりを考える俗物だ。まさかマリオン様を襲うようなことがあるとは思えないが、もしそうなら邪教のそしりは避けられないだろう。少なくとも、今のイセリア教の考えとは強く反駁する集団であることは間違いない」
現在の教皇は穏健派で知られる人物だ。
各国での布教こそ奨励しているが、それを無理強いして外交問題を起こしたりはしていない。
エトア王家との関係も良好で現在のエトアの安定の基盤ともなっている人物だ。
ウィルモア王国との友好関係にも一枚噛んでいるはず。
「これまでの狼藉で背教者と認定されるには十分だろう。百からの兵を用意したということは小規模な団体ということもありえない。どこかから援助が出ている可能性は高いだろう」
確かに、そうでなければ一財産である鎧を擬装して揃えることもできないだろう。
「聖都に到着したら現体制に反抗的な団体には探りを入れるつもりだ。ナルケ派あたりの最近の行動は目にあまる。仮にハズレでもけん制として無駄にはならないだろう」
ナルケ派。
エトアに入国して知ることになったイセリア教内のタカ派。
もともとは北部の一地域で崇められていた聖人ナルケの教えを重視する派閥だったか。
近年は中央でも力を持つようになってきている。
国粋主義的な考えが蔓延しており、フヨウを追い詰めた派閥……。
集団に意志があるわけではないが、絶対に好きにはなれない名前だった。
「……信仰に関わることですので、我々は干渉しない方が良いでしょう。そのあたりの調査はお願いします」
干渉しないというのはあくまで表立っての話だ。
必要なら手を出すことをためらうつもりはないが、メイリアの名前を出すのはまずい。
「任せてくれ。元々これは神殿騎士の仕事だからな」
餅は餅屋だ。
その後は具体的な警護体制等を検討して会議は終わった。
簡単に言えば、単独行動を控える。
聖女と王女は必ず複数の護衛をつけるということだ。
護衛同士で監視し合うことになるが、致し方ない。
至上目標は彼女たちの身の安全なのでそれを盾に理解してもらうことになった。
地べたに寝転んで空を眺める。
エトアは星が綺麗だ。
恐らく冬に向かっていく澄んだ空気が関係しているのだろう。
そもそもこの世界、夜間は皆、灯を消してしまうため光害という言葉は存在しない。
どこの地域でもここほどでないにせよ、満天の星空を堪能することができる。
むしろ、多くの人々にとってはそれこそが当たり前の世界で、星があまり見えなかったところで、今日は満月なのか、とか曇りなんだなと思う程度なのだろう。
だから、星というものをつぶさに眺めるのは船に乗って標(しるべ)が必要な船乗りか、俺のような暇人がほとんどだと思う。
実はエルトレアはイセリア教徒以外にもそんな暇人たちにとっても聖地なのだが、それは現地に着けばまた、説明する機会があるかもしれない。
とにかく、前世ではとんと見ることのできなかったこの様子を見ながら考え事をするのは俺の癖といっていい習慣づいたものとなっていた。
考えるのは今後のこと、王都の友人、故郷の家族。
だいたいいつもと同じだ。
そんな俺に声をかけてくるものがいる。
「……いったい何をやっているのですか」
それはメイリアの護衛をルイズと交代したと思われるオリヴィアさんだった。
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