第83話 虎穴に入らずんば(下)

 ここはリュートの街。

 目立った産業は無いのだが、聖都エルトレアまで徒歩数日という好条件から都市といえる規模まで大きくなったところだ。

 前世で言うベッドタウンに近いだろうか。

 この街は、こちらに襲撃を仕掛けてきた軍勢が拠点としていた場所でもあった。

 そこに今、俺はいる。

 襲撃の黒幕から情報を集めるために。


 この手を使うかどうかについてはみんなの中でも意見が分かれた。

 聖女やメイリアは囮という方法の危険さに単純に懸念を示したし、護衛の騎士たちにも、人員の足りていない今、相手側に手を出す危険から反対する声が挙がった。

 それでもこの行動に踏み切ったのは、今後のためだ。

 聖都に入ればこちらの所在は隠しきれなくなる。

 行動に融通が効くうちにやれることをやっておきたかった。

 そのために、相手が何も知らない今こそが最大の好機だったのだ。


「今度はこっちが話を聞かせてもらおうか。お前たちは誰で、何故聖女を害しようとした。どうしてそこまで託宣を邪魔したがる」


「……そうですか、あなたたちですね、アムマインの『神罰』執行を邪魔したというのは。おかげでこちらは『人形』を百以上も揃えることになった」


 おっと、色々と気になる言葉が出てきたな。

 俺は尋問に関しては素人なので簡単に情報を引き出せるとも思っていなかったのだが、こいつは思いのほか口が軽いのかもしれない。


「……へぇ、そいつは大変だったな。でも、木偶人形じゃあ数を集めたところでどうしようもないだろう。ただ棒立ちしてるだけなら案山子(かかし)でも同じだぞ」


 ちょっと期待を込めてブラフを混ぜて話をしてみることにした。


「なんだとっ! 合祖様の兵だぞ、そのようなことが……。いや、急ぎ調整したせいか? それとも出来損ないを渡して来たのかあの男め!」


 面白いように情報を漏らしてくれる。

 どうやら立場のわりに諜報は得意ではないようだ。

 もう少し話を聞きたいと思わないでも無かったが、人気の少ない路地裏とはいえ、これ以上は目立つといけない。場所を変えるか。


「反省はゆっくりしてくれ。お前もそのまま話続けるのはつらいだろ」


「……ふはは、ここから無事に帰れると思っていたのですか。なぜ私があなたのような下賤な輩の話に応じたと思うのです」


 組み敷かれ、地べたにうつぶせたままの男は変に自信満々で答える。

 ……何かまだ奥の手があるのか?

 いつでも昏倒させられるように準備をしながらマナ感知であたりを探るとこちらに近づいてくる人影があった。

 マントの男は気にせずに続ける。


「これは時間稼ぎですよ、逃げ場はありません。命乞いをしても助けも来ない」


 どうやら増援があると言いたいらしい。

 なぜ明かした。

 そんなこと知らせなければもっと有利に急襲とかできたんじゃないか?


 大方、口封じの後に出る死体の片付けでもさせるために準備をしていたのだろう。

 当然の話だが、そんな人員がいれば気が付かないわけがないのだが。


「容赦は要りません、やってしまいなさい!」


 ……静寂。

 どこかの御老公のような言葉を吐くが、答えるものはいない。

 いや、囮に使った男がびくびくしている。

 だけどそれだけだ。


「当てにしているのは覆面の人達? 向こうで動けないようにしてあるけど」


 変わりに聞きなれた声がする。


「お疲れさん。そっちは済んだか?」


 言うまでもなく俺の弟、カイルだ。

 今回の作戦で囮以外に参加しているのは俺とカイルの二人だ。

 この人選は対応力の高さを重視した。

 俺たちならそこそこ戦える上に、バックアップがいれば搦め手もどうにかできる公算が高い。

 そのために渋るルイズを護衛に置いて出張ってきたわけだ。


「うん、今言った通りだよ。そっちはどう?」


「この男、おしゃべりが好きみたいでな、それなりに話が聞けた。連れて帰ってじっくり尋問しよう」


 一方、予定通りにことが運ばなかったマント男は顔を真っ赤にして叫び出す。


「そんなバカなことがあるか! おのれ、おのれ!」


 感情が高ぶったせいか言葉遣いまで荒くなっている。

 しばらく、どうなだめて猿ぐつわを噛ませるか考えていたら、男の様子が急変した。


「うっ、これは……、嫌だ、私は絶望してなどいない、諦めてなどいません合祖様ー!」


「なんだ一体……」


 何か鎮静作用のある薬物でも与えるかと迷っていると、男の様子がどんどんおかしくなっていく。


「ぐっ、げっ、ぃ、いやだ、死にたくない……」


 そうつぶやいた後に口角から泡と涎を零しながら何かもごもごし始めた。

 このままだと良くない、そう決断して当身でおとなしくさせようとした時にはもう遅かった。


 ガリっと口の中で何かをかみつぶしたような音がしたかと思うと一度だけ大きく痙攣して動かなくなる。

 ほんの束の間の事だ。


 恐る恐る様子を見ると脈は止まり瞳孔も開いているように思える。

 ダメ元で心マッサージの真似事をしてみたが無駄だった。

 完全に死んでいる。


 口腔内を確認すると奥歯の辺りに何か加工したような跡があり、それが砕けていた。

 状況から考えれば急性の毒を仕込んであったのだろうか。

 物語の中でしか聞いたことのないような方法だ。

 本当にあったのか……。


「毒みたいだ。カイル、向こうの人員の方も確認してきてもらえないか」


「わかった」


 時間との勝負であることを理解しているカイルの動きは速かった。

 俺は俺でできることをしよう。

 マントの内側を探り、何か捜査の材料になるものがないか調べる。


 男は司祭の服装をしていた。

 マントを着ているとはいえ、こんな路地裏で密会するのにこの服装というのはどういうことなんだろう。

 立場を怪しくしたりしないのだろうか。

 そのまま、持ち物を探ったが他に身元を表すようなものは身に着けていなかった、財布すらもだ。

 奥歯の毒といい、持ち物といい、口の軽さに反して慎重な様子が見て取れる。

 その一方で服装は目立つ司祭服。

 どうにもちぐはぐな印象が拭えない。


 検分を終え、遺体の処理をどうしようか迷っていたところでカイルが戻って来た。


「……だめだった……」


 聞けば、拘束されていた全員が口から泡を零してぐったりしていたらしい。

 すでに息はなく口腔内には砕けた奥歯。

 こちらと同じだ。

 身元に繋がるものを持っていない点も共通していた。

 真犯人への手がかりはここで途絶えたことになる。


 死体と一緒にいると人に見つかった時にことだ。

 とりあえず現場を離れよう。

 彼らの拘束を解き、顔立ちを結晶内に保存して足早に場所を移すことにした。

 記録魔術様々だな……。





 リュートは、本来その立地からアムマイン・エルトレア間の旅で寄らない理由のない街なのだが、今回は大事をとって宿泊しないことにした。

 なにせどこに刺客がいるかわからない上に殺人事件の容疑者になる可能性もある。

 目撃者はいないはずだが、近寄らない理由としては充分だった。


 その代わり、迂回のためにだいぶ遠回りをする。

 普通このあたりでリュートに宿泊しないという選択肢はないので宿場になるような村落もなかった。

 そのため久しぶりの野営になる。

 聖女一行と合流してからは初めてであるため、規模としてはかなり大きいものだ。


 この旅で完全にキャンプ慣れした王国組と比べて聖国組の表情は硬い。

 刺客、魔物、護衛として気にしなければいけない相手は多いうえに露天ではゆっくり休むこともかなわないと思っているからだろう。


 それも、食事の準備をしているうちに少し緩和したようだ。

 以前ロムスの実家でやった経験を活かし、土魔術で大バーベキュー大会を実施したのだ。

 二十人を超える人間のご飯というのは準備すれば大変なものだが、今はカイルやオリヴィアさんたちに加えて聖女一行の人員もいる。

 なかなかスムーズにすすんでいる。

 食材はリュートでかなり買い込んでおいたので生鮮食品もばっちりだ。


 和気あいあいとした食事には被監視組すなわちヘルゲや襲撃の指揮をとっていた男たちも含まれていた。

 特にジャックとよばれる囮役をやった者は今回それなりの働きをしたのでちょっと豪華な部位の肉などを与えられている。


「うまい、うまい……」


 本当に涙を流しながら食べているが、犯罪者となってからはろくなものを口にしてこなかったようだ。

 実際カイル達の味付けは絶品なので馬鹿にしようという気持ちにもならない。


「……こんなもん、兵隊が食ってる相手に勝てるわけがないよな。騎士団の常識だ。うまい飯を食ってるやつが一番強い……」


 悪事を働いて追い出されたとはいえ、騎士として生きた経験のあるジャックには思うところがあるようだ。


「今回はまぁ、真面目に仕事をしたからな。しかし、よくあんな危ない役をやったな」


 そこの所は少し気になってはいた。

 作戦立案時に当然囮役が必要だったのだが、この男は比較的すんなりそれを受け入れたのだ。


「……裏切ってばかりの俺は信用できないか? 無理もないけどな。でも、あんたたちが今日の司祭みたいに気持ち悪いやつだったらたぶんなんとかして逃げようとしてたよ。でも違った」


 肉をかみしめながら続ける。


「あんた、あの兵士たちを死なないように手当してただろ。自分たちを襲った相手なのに。この耳もだ」


 そういって傷が目立たなくなった右耳の様子を見せる。


「聖女様にお願いまでして、捨て駒の怪我は治さないだろ」


「……それは作戦に必要だったからだ」


 相手に気取られるような要素は無くしたかった。


「それでも、俺を使ってきたやつらにそんなことをしたやつは一人もいないよ。しかも聖女様ってのはそれを聞き入れて奇跡を見せちまうわけだ、自分を殺しにきた相手に。だったら、囮になっても後ろを任せられるだろ。実際あんたは俺を助けた」


 そこで空になってしまった皿をなごり惜しそうに見つめてから表情を変えた。


「まあ、体を張れば恩赦の可能性があるって言ってたろ。信用できるやつが言うなら頑張るに決まってる。なんせ首がかかってるからな。下心だよ下心」


 その言葉を嘘だと否定するつもりはない。

 しかし、マナ感知を使うまでもなく、照れ隠しから出た言葉でもあるということはわかった。

 本当に恩赦だけを願うなら、そういった心証に響きそうなことは言う意味がないからだ。

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