第81話 当たり前の特別

 事前に用意してあった素材を使用して大小二十四発の魔術ロケットを作成する。

 これは師匠とともにアロガベアと戦った時に使った魔術を研鑽、発展させたものだ。

 それぞれに用途があり、ただぶつけるだけではなく弾頭には目的に応じた薬剤が封入されていた。


 マナに干渉してルイズとカイルに連絡を行う。

 彼らは集団の中央と後方にいるので、こちらの情報を全隊に伝えてくれるはずだ。

 ほどなく護衛の騎士たちが密集して防御の態勢に入った。


 そこで相手側にも変化が見えた。

 どうやらこちらの動きに気が付いたらしい。

 このあたり一帯に隠れていた者たちがぞろぞろと道を塞ぐ形で隊列を組むために集まり始める。

 その動きは決して早くはない。

 なまじ人数が多いための動きの悪さ。

 そして慢心がゆえの無策。

 数で解決するつもりだったのだろう。

 本来はもっと引き付けて襲うつもりだったのかもしれない。

 なんにせよ、ここから先は何ひとつ思い通りにさせるつもりはない。


 相手がもう少し集まるまでの間に矢避けの土壁で馬車を守る。

 形は相手の集団に向かって矢印になるような形だ。

 そうしているとルイズとカイルも前方(こちら)にやってきた。

 戦闘準備は完了だ。


「道を空けてください。こちらは聖都へと向かう、さる貴人の馬車です」


 相手の出方を見るために大きな声で伝える。

 無いとは思うが勘違いで死傷者を出しては目もあてられないので念のためだ。

 しかし、集団に動きはない。

 少なくとも、馬車を通そうという気持ちは一切ないようだ。

 仕方ないか、一つ揺さぶりをかけてみよう。


「託宣へと向かう聖女を邪魔立てする。その意味がお分かりですか?」


 相手側に動揺は見られなかった。

 ただマナの流れに大きな戦意の膨らみだけが伝わってくる。

 そして、前列の者たちが槍を構えた。

 これはもう敵対集団で決まりだろう。


 それにしても、相手側が妙に興奮している気がする。

 マナに感じるのは混然一体となった暴力、正義、嗜虐、それぞれに酔った感情……。

 一人の女の子を集団で襲撃するにはあまりにも感じるに堪えない。

 ……もうこうなったら関係ないか、やるべきことをやろう。


「手はず通り、四番でいく」


 取り決めてあった符号を手短に伝える。


「わかった」


「わかりました」


 この作戦は皆殺しにするつもりこそないが、敵の命の有無を問わない。

 それが四番の意味だ。

 相手の運が悪ければそれなりの死傷者がでる。

 それでも俺たちは味方のことを優先すると決めている。


「これから十数える間。目をつむり耳を塞いでいて下さい」


 状況確認に現れたジョエルさんに最低限の指示をすると最初の魔術ミサイルを発射した。

 大振りのものを二発。

 速度はそこまで必要ない。

 それは相手集団の手前と後方の地面に着弾した。

 狙った通りに。


 瞬間、発生する閃光と破裂音。

 距離があり、何が起こるか知っていた俺たちにはなんてことのない目くらましだったが効果は絶大だった。

 敵兵の多くは動くこともできずに地面に倒れ、蹲っている。

 こちらが逃亡したときの追跡用だろうか。

 それなりの数が揃っていた騎兵はもっと酷かった。

 戦場にいる訓練が行われていたであろう軍馬もこれには驚いたのか高くいななきながら立ち上がり、上の人間を振り落とす。

 近くの兵を巻き込んで倒れてしまった馬もいた。

 ……ごめんな、お前らが悪いわけじゃないんだ。


 今回射ったのは、弾頭にアルミで包み込んだマグネシウムや硝酸アンモニウムで作った炸薬、衝撃で反応する信管等を詰め込んだものだ。

 殺傷性はほとんどないが、御覧のとおりすごい音と光が発生する。

 一般に知られるスタングレネードとほぼ同じ機能があるミサイルだ。


 このマグネシウム、色々と実用性が高いのだがあまり手に入らない素材でもある。

 その在庫をここでかなり使ってしまった。

 本来は火山の近くなんかで手に入りやすいのだが、他に手に入れられる手立ては少ない。

 これまでは海水に少量含まれる分をコツコツ集めてきたのだが、港のあるロムスと異なり、このあたりだと補給は効かない。

 まあしょうがない、できるときにまた集めよう。

 閃光が発生するよりはやく、カイルとルイズは走り出していた。

 彼らはマナ感知があるので目を開いていなくてもそこそこ動きまわれるのだ。

 あとはルイズの邪魔をしないことだけを念頭に立ち回る。


 ルイズは一対一の立ち合いだけでなく、集団戦においても非凡な才を持っていた。

 多数を相手に踊るように切り舞い、適切に将を落とす。

 そんな立ち回りをごく自然に行うことができる。

 直観的に優先すべき敵がわかるのだ。

 今回もいち早く体制を立て直し、なんとか指示を出そうとしているものを優先して無力化していた。


 カイルはその補助だ。

 距離をとって体勢を立て直そうとする者、弓を持つ者、そして連絡役なのかこの場を離れようとする者等を拘束していく。


 俺は後詰だ。

 ここを動かず不測の事態に対応する。

 とはいっても今のところ順調なので、全体を確認しながらできる範囲で援護をするのが主な仕事だ。

 藪の中に隠れたままの敵でカイルから距離のあるものを一人一人小型ミサイルで狙撃していく。

 弾頭こそ弾力のあるものだが野球のデッドボールくらいには痛いはずなので当てさえすればしばらくは動けないだろう。

 また、敵は大集団なので閃光ミサイルから距離のあったあたりは復帰が早かった。

 そこに適当に大型のミサイルを撃ち込んでいく。

 中身はクロロアセトフェノンとごく少量の爆薬。

 いわゆる催涙弾だ。

 マグネシウムと異なり、こちらは構造が単純で素材も一般的な有機物やごく少量の塩素等ありふれたものばかりなので、魔術があればこの場でも増産が効く便利兵器だ。

 カイル達の動きに気をつける必要はあったが惜しみなく使える。

 とは言っても、準備していた弾頭の半分も使うころには相手側に組織だった反抗はなくなっていた。

 事実上の勝利と言っていいだろう。

 見える範囲では逃亡者も許していない。

 予断は許されないが計画以上の結果だ。

 このまま次の段階に進もう。


「終わりました。まだ警戒は解けませんが、状況確認の必要があります。何人かカイル達の方にまわしてもらっていいですか?」


 土壁の後ろから状況をうかがっているジョエルさんに声をかける。


「……もう、終わったのか?」


「少なくとも戦意のあるものは残っていないはずです。まだ拘束できていない相手も多いので注意が必要ですが」


 そういいながらも魔術で穴を掘りながらこちらに近いあたりの敵を拘束していく。


「言われた通り、十数える間耳を塞いでいたが、その後に様子をうかがってみればこれだ……。私には何が何やら」


「閃光と薬剤で動きを止めて戦意を奪いました。想定よりうまく行きましたね。事前に地形を詳しく教えてもらっていたのが大きいです。お陰で囲まれるより前に対応できました」


 戦場にあって情報が命というのが本当によくわかる。

 最近ここを通ったばかりの彼らの話は非常に有用だった。


「……それにしても……、いや、今重要なのはそれでは無かったな、すぐに応援を出そう」


 そう言って人を手配してくれたのだった。

 ここまでずっと少人数でやってきた俺たちにとって、頼れる戦闘人員の増加は本当に助かる。

 今回の勝利の根源の一つともいえるだろう。


 戦いについてはそれからの方が大変だった。

 単純に敵の数が多かったためである。

 全員を連行するわけにもいかず、ただ武装を解除し、簡単に拘束して土に埋めていく。

 それだけでもかなり骨の折れる作業だった。


 総数は百二十八人。

 それも装備はそれなりに整っており、騎馬も揃っていることからどこかの騎士なのではないかと推測された。

 騎士といえばこの大陸の最大戦力だ。

 三十人集めれば大概の集落を、二百人いれば一般的な街を落とせると言われる。

 それをこれだけ集めて目的が少女の暗殺とは今一合点がいかない。


「相談したいことがある」


 苦労して集めた武具を、簡単に使用できないように埋めていると、検分と尋問を行っていたジョエルさんから話しかけられた。


「どうかしたんですか?」


「彼らの装備だが、どうやらドルー騎士団のもののようだ」


 確かにしっかりした造りでお揃いの鎧だったので、どこかに出自があるのだと思ったが……。


「ドルーというと、聖女の護衛をするはずだったドルー伯ですか?」


 まさか今になって同士討ちだったなんて言わないだろうな。

 彼らはどう考えても敵対的だったぞ。


「そうだ、彼らの鎧に伯爵領の刻印がある。しかし、腑に落ちないところもあるんだ。尋問してもどこか話が合わない。変に興奮しているし騎士の誓いに則(のっと)った立ち振る舞いとは思えん。何か薬物を使用している疑いがある」


 確かに戦闘中にもいやに感情的な反応が強かった。

 やっぱり様子がおかしいんだな。


「ドルー伯自身は聖女に協力的な方だと聞いていましたが」


 派閥というものが彼女にもあるのかはわからないが、一応護衛を出してもおかしくない相手らしい。

 それがゆえに、本来来るはずだった聖堂騎士団もエルトレアから動けなくなっているのだろう。

 しかし現実はその騎士団が聖女を襲撃していると。


「ああ、人となりを聞く範囲では篤志の方だ。マリオン様を襲う理由はない。しかし、彼らにも立場がある以上、絶対の味方とは言い切れないが」


 それが貴族というものなのだろう。


「他に尋問で分かったことはないですか?」


 上の世界のいざこざを情報もないまま考えても仕方がない。

 今わかることを優先するべきだ。


「……感情的にわめくものが多く内容も支離滅裂だったりするのだが、気になる点は「神敵を討て」、「偽りの聖女を許すな」、「他国と繋がり諍いを呼び込もうとしている」という発言が目立つ。彼らはこれを正義だと信じて戦おうとしていたようだ」


 どうも、誰かに使われている感じがするな。

 しかし、外患誘致の濡れ衣か。

 たしかロムスでナッサウ軍もそんな話をしていたと聞いた。

 嫌な流行だな。


 手元の情報を検証していると、カイルが近づいてくる。

 ルイズも後ろにいる。

 どうやら敵全体の無力化に成功したようだ。


「終わったよ、兄さん。重傷者もすぐには死なない程度に治療しておいたから、マリオンは来なくて大丈夫って伝えて欲しい。彼女は敵でも相手を助けようとすると思うから」


 その話を聞いたジョエルさんが部下に言伝をしてくれる。

 聖女様のことはカイルの方が詳しい。

 おそらく本当にそうしようとするのだろう。

 しかし、今この集団に標的である彼女を近づけるわけにはいかなかった。


「ありがとうございます。それと、どうやらこの集団の指揮をとっていたらしき人員を見つけたよ。戦闘中に逃げようとしたから、ちょっと離れたところで拘束してある。他の人と雰囲気が違うから何かわかることがあるかもしれない」


 聖堂騎士たちにこの場の監視を任せてそちらの尋問へ向かうことにした。

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