第49話 研究開発悲喜こもごも
高速馬車定期便事業は順調だ。
まだ、大したものを運んでないので収益こそほとんど出ていないが、第一段階の製品開発の結果は最上と言っていいものだった。
王都に辿り着いた俺たちの報告を聞いた開発陣はその内容に歓喜した。
気の早い職人の中には馬車の実用性が証明されたということですぐに次の工程に移ろうとするものもいた。
テッドもそんな職人の一人だ。
「取り急ぎ、ロムスの方には軸受け関連の製造整備設備が必要だと思う。他のパーツは最悪既存の製品でもだましだまし使えそうだよ。次点でサスペンションだけど、こっちは予備部品の備蓄でなんとかなるかな。あっちの鍛冶屋の方に試作品の製造をお願いしてある」
「それは助かる。しかし、やっぱり軸受けか。どうしてもここは工作精度が耐久性に影響するな。腕の良いやつを探しておくか?」
彼は若手の多い職人のまとめ役としてゴードンさんが推薦した人物で、自分が開発の段取りをとることを条件にロビンスカンパニーに就職してくれた。
「いや、できれば特定の誰かしか作れない部品にしたくない。設計か冶具でなんとかならないか考えてみるよ。それより普通の人でいいから頭数が欲しいな。それと他の部分なんだけどもうちょっと手を抜けるかもしれない」
「手を抜く? どういう意味だ?」
まとめ役といってもまだ若く二十代だ。
とは言え俺から見ればずっと年上なのだが、雇い主は敬語を使わないでくれという願いを聞いて普通に話しかけている。
「あまり耐久性が高すぎていつまでも交換しないところが出ると在庫がきびしくなっちゃうからさ。負荷のかからないところは手間をかけずに作れる設計にして人手を他に回したいんだ」
「そんな方法があるのか」
「どうせ部品を交換していく設計の馬車だしね。技術者は足りないままだろ。ちょっとでも余裕を作らないと次の馬車に手が回らない」
試作品で有効性が証明されたので、次の目標は増産だ。
最低二台、可能なら三台目までは早めに作って運用を開始したかった。
そうすれば交換パーツのデータも取りやすいし収益も見込める。
俺たちが往復に成功したことでベルマン商会からそれなりの注文が既に入ってきている。
馬車を走らせるほど利益につながるので、今回の王都滞在もそう長期間にはならなさそうだ。
これは忙しいな。
旅の時間が長くなるし、次の馬車はキャンプカー風にするのもありかもしれない。
王都滞在中のある日、ゴードンさんを見つけた俺はひとつ用事を済ませることにした。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいもの?」
「旅の途中で仕入れた杖、魔杖だと思うんですけど、来歴がわからないくて。聞くならやっぱりゴードンさんかなと」
そういって、布で包んだままの例の魔杖を渡す。
杖を購入したあと、多少は触ってみたものの、結局どういう道具かわからなかった。
雑務やジュークたちのことですっかり忘れていたやつだ。
出発前に荷物の中に放り込んでおいたのを思い出したので、丁度魔導車の開発のためにやって来たゴードンさんに見てもらうことにした。
やはり餅は餅屋、魔杖は魔杖屋だろう。
「ふむ、これは確かに術具が付いているし魔杖の様だが……。随分古いものの様だし、俺の取り扱っている魔杖と設計思想が違うように思うな」
そういって魔力を流したり止めたりしている。
例によって光ったり消えたりする。
「なんだこれは、魔力で光るのか?」
「普通の魔杖は違うんですか?」
なにせ魔杖というものは学院でちょっと触った以外には論文に書いてあったものくらいしか知らない。
それも技術の秘匿が多く、知っていることは僅かだ。
「ああ、魔杖を使う目的っていうのはいくつかあるが、ただ地脈を拾うためなら構造も見た目ももっと単純だ。自分の得意な属性を強化するものなんかはその属性ごとに全く異なる拵えをつくることになるんだが、俺の知るどんなものともこの杖は違うようだな。どこかの秘術が使われているか、あるいはダンジョン産か。いずれにしても凄いものかもしれない。なあ、アインこれを俺に預けてもらうわけにはいかないか?」
目が爛々としている。
正直ゴードンさんは最近オーバーワーク気味なので仕事を増やしたくないのだが、これはもう止めることはできないだろう。
「構いませんが、急いでいるわけではないので、そのために夜更かしとかしないでくださいね」
念のために釘を刺しておく。
「ああ、もちろんだ」
その二日後、ゴードンさんは魔杖を返しに来た。
これは絶対釘を刺した意味を分かってくれていない……。
「この杖についてなのだが」
「何かわかりました?」
「結論から言えば、どういう魔術具かはわかったが何のための魔術具かはわからなかった」
「というと?」
聞き返すとゴードンさんは魔杖にオドを通して光らせる。
「この光る模様はな、魔法陣の一種だ。非常に高度なもので杖の外側に魔力の通りやすい力場を作ることができる。とは言っても杖の周りを纏う程度だな。それを魔杖に使って何ができるのかがわからないんだ」
「確かに、ちょっとそれだけだと何のための魔術具かわからないですね、他の道具と一緒に使うんでしょうか?」
「他の道具、他の道具か……。もしかしたらこれは鍵のようなものなのかもしれないな。特定の出力に揃った魔術を放出して他の魔術具を動かす。そういうことならできるかもしれない」
「高価なものなら転売も考えたんですが、これじゃあ買いたたかれそうですね」
「転売なんてもったいないと思うぞ。確かに値段はつけにくいだろうが、魔法陣は公開されている情報が少ない分野だ。これだけでも研究材料としては価値がある。見せてもらえてよかったよ」
そういってあくびをしながら試作車両の方へ向かっていく。
先に休んでくださいよ……。
杖については結局研究材料に落ち着くか。
確かにあんまり魔法陣のサンプルって無いもんな。
そのアプローチで色々試して見るか。
試作馬車二台目の完成に先んじて、カイルとフヨウがロムスに向かって出発した。
俺とルイズは完成した二台目に乗って後を追いかける予定だ。
この組み合わせは一台に前衛と後衛を一人ずつという構成で決められた。
いずれ馬車の台数が増えればワンマン運転もありえるだろう。
今回の馬車はテストの結果を受けてやや挑戦的な部品を多く使用しているので道中の故障が十分起こる可能性がある。
構造を知り尽くし、魔術の使える俺が運用すれば緊急事態にも対応可能ということで多少危険な構成になっている。
案の定、運転中に轅(ながえ)――馬と馬車の接続部――が外れた時は結構恐ろしかった。
となりに乗っていたルイズが瞬時に俺を抱えて馬車から飛び降りたため怪我なんかはなかったのだが、人生初お姫様抱っこ(される方)の経験は心の内に秘めておきたい。
馬の方もすぐに移動を止めて待っていてくれたのでその日のうちにリカバリーすることができた。
リーデルじいさんが連れてきてくれた馬だったのだが、賢い子で良かった。
今日のご飯は好物の野菜をたっぷりやろう。
故障箇所については、比較的丈夫に作ったパーツだったため事故の原因が気になった。
左右同じ部分を応急処置で強化することで今回の移動は乗り切ることにする。
これは後で調査したところ、金属の加工方法が問題だったことが判明した。
焼き入れの仕方を変更した結果、振動によってごく一部に金属疲労が起こり、破断が発生していた。
やはり、道中の難所や追い抜きのときは故障を前提にしたチェックと運転方法が必要かもしれないな。
速度はそのまま危険性に繋がる。
その後も王都とロムスの往復を繰り返しながら調査を繰り返していく。
多少のトラブルは発生したものの、最初のものほど危険な事故は無く、安定した運行が可能になってきている。
馬車の開発費までは回収出来ていないが、想定より早く収益が増加していた。
忙しい日々だったが、充実している。
何よりも、王都とロムス、それぞれの友人と会うことができるこの生活は楽しいものだった。
事業として成立するようになれば他の商人も黙っていなかった。
乗せて欲しい物品、人の依頼、開発への参加の打診、融資の提案。
そのほとんどは断ったが、一つだけ新たな事業として付け加えることになった。
手紙の送付。
速達サービスの開始だ。
振動に強く軽い手紙は俺たちの事業に向いている。
前世の記憶から考えれば目の飛び出るような価格設定だったが依頼は殺到した。
それだけ速やかな情報伝達には価値があるのだ。
今では積み荷の半分は手紙というありさまである。
「最近、職人を引き抜こうとしているやつらがいるんだよ」
その日、王都に到着して馬車の整備をお願いしているとテッドに相談を受けた。
「ついに来たか」
これは想定の範囲内だ。
早い馬車が欲しければ作っている人を手に入れればいい。
引き抜きがあるというのは一種の勲章みたいなものだからな。
事業が結果を出し始めたということだ。
「ちゃんと考えてたか。今のところなびいたやつはいないが、向こうが金を積むようになるとわからないからな。どうせ一人や二人で同じ馬車が作れるわけじゃないんだが、人が減ると困るのも事実だ。できることなら対策しておきたい」
行程全体を把握している職人というと目の前のテッドくらいだが、仮に彼を引き抜いても今の馬車をそのまま再現はできないだろう。
「それについては、希望事業者を募って技術を公開しようと思う」
「何言ってるんだ!? 俺たちのやってきたことをただで渡すっていうのか!?」
「お金は取るよ。だけど引き抜きが面倒になるくらい安めにする。どっちかというと恩を売る感じかな。公開することも段階的にしてうちの優勢は譲るつもりはないんだ」
こうすれば、技術を知っている団体を把握できるし、同業者に伝手を持てる。
「それなら新しいことが知りたい職人はうちを選ぶってことか。ちょっとわかってきたぞ」
クラウス殿下に提案した特許の話が一般技術でも運用されれば他にやりようもあるかもしれないが、今のままだと俺たちの技術はいずれ模倣されるようになる。
真似できるように作ってるし。
だったら真似しやすいように技術を教えてそれをこちらでコントロールしようというわけである。
「ついでに、部品の大きさなんかを規格化して重要な部品はみんな替えが効くように提案して広めよう。どこでも部品が買えるようになれば整備が楽になるし安くできる」
「そんなことできるのか? ……いや、だれだって修理しやすい方がいいし、いっぺんに作ってしまえば安くなるか。考えたな!」
仕事を全部うちがやる必要はない。
人に頼めることは頼めばいいんだ。
そうすれば生活はもっと良くなる。
「まだまだ試したい技術はたくさんあるんだ、他のことは人に任せよう。その程度で一番を余所に譲るつもりはないだろ?」
「もちろんだ!」
頼もしい。
いつかは他の商会も独自の技術を開発し始めるだろう。
だけど、うちは現場にやる気がある。
そうそう遅れをとることはないはずだ。
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