第41話 祝う理由があるのなら(下)
そして夜。
どこに行くかというと橘花香からほど近いカーラ料理の店だ。
スパイスが豊富でなんとも食欲をそそる匂いのカーラ料理は俺の好物の一つだ。
辛いものも多いがちゃんと選べば子どもでも気にせず食べられるメニューもある。
その選択肢の豊富さが売りで、このあたりでは見ない果物等も取り扱っている。
値段が結構張るので頻繁には来られないのだが、今日は奮発するということでここに来てみた。
「やあメイリア、なんだか今日は嬉しそうだね」
「そりゃあ嬉しいですよカイル先輩。奢りでご飯ですよ奢りで。後輩冥利につきるってもんです。しかし、カイル先輩は相変わらずアイン先輩にそっくりなのになんでそんなに爽やか顔なんですかね。何が違うんでしょう?」
「そんなに違うのかな。僕らにはいまいちピンとこないんだけど」
なー。
そして暗にお前は爽やかではないと言われた俺が傷つき損である。
ちょっとへこんでいる間にメイリアはルイズにも挨拶している。
「おう、アイン、そいつがお前の後輩か?」
「ええ、後輩のメイリアです。時々土砂崩れのように喋りますけど、魔術に関してはなかなか見込みのあるやつですよ。メイリア、この人はコレン先輩。俺に学院のいろはを教えてくれた人だ。尊敬するように」
「これはこれは、いつも先輩がお世話になっています。魔術院二年次のメイリアです。よろしくお願いします。ところで先輩、土砂崩れは女の子に使っていい形容表現ではないですよ?」
まあ爽やかのお返しだからな。
コレン先輩は「お前向きの後輩だな」とか言ってるのだがどういう意味ですか。
「俺が最後か? 遅くなってすまなかったな」
最後に現れたのはゴードン先輩だ。
今回、二人の先輩には保護者代わりに来てもらっている。
結構お高い店なので子どもだけだと入りにくいのだ。
二人は今回の事件の関係者といえなくもないし、今計画してることで色々と相談したいこともあったので参加を打診してみた。
「しかし、俺たちまで奢ってもらって良かったのか? 今回はなんだか迷惑をかけたみたいだったが」
「会派事件については収束に協力してもらえればそれでいいですよ。今日はルイズの冒険者としての初依頼成功を祝っての打ち上げなんです。コレン先輩には日ごろお世話になってますし、実はお二人に色々お話ししたいことがあるんですよ。今日のご飯はまあ相談料みたいなものですね」
本当は二つ目の依頼が問題だったのだが、いろいろ忙しくてできなかったお祝いを今回やっと実現させた形だ。
「相談料でこの店か、豪儀なもんだな。まあ奢ってくれるなら文句はない。楽しみだ」
コレン先輩は俺たちが商売なんかで結構稼いでいるのを知っているので気楽そうだ。
一方ゴードン先輩は気遅れ気味だが、そのへんはコレン先輩がうまくとりなしてくれている。
「魔術師なんだからちょっとくらい贅沢する余裕あるんだよお前もわかるだろ」みたいな感じだ。
会食は和やかに進んだ。
もしかしたら受け付けない人がいるかもしれないと思ったカーラ料理だがみんなに好評なようだ。
この国の料理は身もふたもない言い方をするとカレーっぽい香りがするものが多い。
みんなこれにやられたようだ。
味は俺が匂いから想像するものとは違うのだがそれはそれで新鮮さがあってよいと思う。
「ルイズ先輩ってなんでそんなに髪の毛つやっつやなんですか? 油とか使ってるわけではなさそうですけど」
この世界の女性は髪の手入れに油を使うことが結構ある。
運動量の多い剣士や冒険者は埃がつくとか髪が重くなるとかで使うことは少ないが。
「うん、特にそんなものはつかってない」
「じゃあなんで、そんな光輝いてるんですか。っていうかつやつやなのにサラサラ、これって魔術みたいですよね……、ってああ、こういうの大概先輩が関わってるやつじゃないですか。普段絶対魔術使わなそうなところなのによく考えると絶対普通じゃないやつ」
鋭い。
確かにこれは俺が作った液体石鹸が理由だ。
まあ、ありていに言ってシャンプーとリンスだな。
「いや、それは……」
ルイズが答えにくそうにしている。
これは、俺たちがシャンプーの存在を公にしないことにしているからだ。
おそらく需要はあるが、今のところ魔術でしか生産ができないために製品化できない。
こういう研究開発品は結構ある。
このままにしておくとルイズがかわいそうなので助け船をだす。
「メイリア、そのへんにしてやってくれ。ルイズが困ってるってことは言えない理由があるってことだ」
「先輩が出てきていよいよ真実味が増してきました。なんで隠すんですかー。ルイズ先輩だけ美しくとか軽く愛がひねくれてませんか?」
「お前、その言い方で人がものを教えてくれると思ってるのか?」
だいたい、ルイズだけでなくベルマン屋敷では全員が使ってる。
リーデルじいさんもユンさんもだ。
「慎みます、言葉を慎みますからどうか教えてください先輩」
どこの世界でも女性は身だしなみに気を遣うものだなぁと実感させられる。
「ルイズが使ってるのは特殊な石鹸だよ。話せなかったのはそれが試作品だからだ。欲しい人全員に回せるほどの量がない」
魔術での生産は俺とカイル以外今のところ成功していない。
有機化学の知識が必要だからだ。
ただ石鹸を生産するだけなら市販されている原料から魔術で生産することは比較的容易だ。
しかしシャンプーとなるとそうもいかない。
シャンプーは石鹸の高すぎるアルカリ性を中和するために強酸を使うのだが、このあたりのことが下地となる知識がないと難しいのだ。
俺の場合は構造式からラウリル硫酸塩を直接作っている。
一方リンスについても状況はあまり変わらない。
こちらはシャンプーでマイナス側の電荷に偏ってしまった髪の毛――そのせいでゴワゴワする――をプラス側の電荷を持つ物質で調節する機能が欲しい。
これにはラウリルジメチルアミンオキサイドを使っているが、まあ難易度としてはシャンプーと同じようなものだ。
「いま、橘花香で研究開発をすすめてるから、うまくいけば試供品がもらえるはずだぞ」
製造の難易度が高いのは魔術を使用するからだ。
メカニズムはわかっているのだから普通に合成すればいい。
橘花香はスタートアップこそ俺の作ったクリスタルガラスなどでブーストをかけて今の地位を築いたが、俺の卒院が近づいた今、いつまでも魔術製品に頼った販売を続けていくわけにはいかない。
伯父さんたちもそれがわかっていたので製品開発に余念がない。
俺もそのための知識を教えてきたつもりだ。
これらの製品の売り上げから一部報酬を貰う約束をしているので個人的にもうまくいって欲しい。
「先輩、話がわかるじゃないですか。これは仕事先の要注意案件が増えましたね。頑張って働こうって気持ちがまた湧いてきました」
学院の勉強がおろそかにならない程度に頑張れ。
それにしてもメイリアはこの一年で結構変わったなと思う。
いや、俺が知らなかったメイリアを知るようになったのか。
魔術になみならぬ関心をもっている後輩というだけではない。
ちょっと苦学生っぽいところだったり、それにしては上品なものの食べ方をするところだったり。
人並みに美容に興味があることも最近まで知らなかった。
学院のチューターっていうのはこういう勉強以外のフォローが求められるものなのかもしれない。
そのためには一歩踏み込んで相手のことを知る必要がある。
また、フルーゼの手紙に書くことが増えたな。
ルイズに友達が増えるのも嬉しい。
ルイズは理由がなければなかなか他者と接しようとしないのでそこまで友人の多い方ではない。
ファンはたくさんいるみたいだが。
そんなルイズが友達と化粧品の話をおずおずとしているのはなんだかくすぐったい喜ばしさがあるのだ。
そんな流れでルイズの長い黒髪をいじって結い上げ始めたメイリアをよそに、今度は男組の会話に交じる。
さあ、もうひとつの本題に入ろうか。
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