第6話 神々の隙間を暗躍するものは。





 聖騎士団キルヒェンリッター団長アレクサンドル・ティセリウスが魔銀製の武具を着用していたことについて、主神たちの見解は実に様々だった。


 いずれかの神が莫大な魔力を用いて鋳造した武具が、何かの拍子でアレクサンドルの手元に流れ着いたのではないかと推測した天界の主神コットス。


 ミッドガルドの水面下に今も蔓延はびこ闇の商店マーケットに潜れば、神々への謀反ラグナロクの際に量産された武具の一つや二つ手に入れられるに違いないと決めつけた冥界の主神ブリアレオス。


 精霊界の主神ギュゲスは、魔銀を鋳造する技術──、つまりは鉱物としての融点を下げる禁忌の知識が、何者かによってミッドガルドの人間たちに授けられたのではないかと推知した。


「ギュゲスよ。ならばお主は私たちの中に裏切り者がいるとでも?」

「ふむ。我はあくまで可能性の話をしているだけに過ぎないが、互いが互いを牽制し合うこの現状に、腹の底で辟易とする者がいてもおかしくはあるまいな」

「裏切るってのは、人間どもと俺様たちが手を組むって意味か? そんなの必要ねえ。俺様がその気になれば、天界も精霊界も一捻りだ」


 醜いしゃがれ声で呵々大笑するブリアレオスを、コットスとギュゲスは冷ややかな眼差しで一瞥する。三柱の主神の力が極めて拮抗しているからこそ、不戦の誓いに守られた聖域ウィグリドを選び、こうして会合が開かれているのだ。


「そうですね。コットス様もギュゲス様も、もちろんブリアレオス様もその御身に更なる魔力を秘めておられるのでしょうけれど──」


 リュイリィの治癒を終えたライラが、何気なしに話の輪に加わった。うやうやしくもそこはかとなく淫靡な雰囲気の彼女であれば、三柱の主神らを手玉に取ることすら可能かもしれない。


「魔銀を巡っての不穏な動きが、断罪の天秤がスクルドに傾いたことと関係しているのかもしれませんわね」


 それはただ単に、気まぐれな醜い三兄弟ヘカトンケイルの腹が減っただけだろうとウィヌシュカは考えたが、思うだけに留めておく。リュイリィの窮地をクロードに救われたばかりだというのに、わざわざもう一度火に油を注ぐわけにはいかない。


 すぅ、と長い一息を吸い、ウィヌシュカは真剣な眼差しで問いかけた。ともかく三柱の主神の意識を、リュイリィの失態から少しでも遠ざけなければなるまい、と。


「偉大なる三柱の主神よ。仮に尊き神々の知恵が、愚かなる人間どもに囁かれていたとしましょう。して無能なる彼らが魔銀を鋳造し得るその方法とは、一体どのようなものなのでしょうか?」





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「先ほどは済まなかった。リュイリィに代わって礼を言う」

「あん? あたしが現れなくても、お前なら自分一人でどうにかしただろ」

「……それはどうだろうか。ライラは相変わらず、何を考えているのか分からないし」

「お前が言うな。言葉足らずの沈黙の女神のくせに」


 死の女神と破壊の女神は、まだ夜も明けきらぬ薄闇の中を進んでいた。お互いが受け持つ本質の近さからか、妙に波長の合った軽口を叩き合いながら。


 目指す場所は竜人の里リズ。昨晩に陥落したばかりの千年王国スクルドから、人間の足で数えて十里ほど離れた山間部に位置する農村だ。蛇の背を連想する曲がりくねった尾根を抜けると、地の底へといざなうような不気味な渓谷が続いていた。


「しかしよー、魔銀鋳造の鍵を竜人が握っているとは驚きだよな」


 暗がりから飛びかかった異形の獣の喉元を、鋭い短剣で掻き切りながらクロードが言った。恐れを知らない獣の群れが次々と襲いかかったが、ウィヌシュカが死神の大鎌デスサイズを構える間もなく絶命を授けられていく。


 クロードの短剣捌きは息をするよりも、あるいは瞬きをするよりもずっと自然な動作だった。ウィヌシュカは彼女の戦闘能力の高さを改めて肌で感じる。最強の女神と噂される彼女であれば、もしかすると本当に三柱の一柱くらいは崩せるのではないか。


「本当に見事なものだ。考え事が捗る」

「考え事ってなんだよ。沈黙の女神様は解説が足りねーよいつも」

「大したことじゃないさ。私はお前の扱う神具すら知らないのだなと、ふと思っただけだ」


 いつも飄々とした様子の破壊の女神が、切り札を出さざるを得ない状況さえ想像がつかなかった。


「それにしても……、竜人の里リズか。このような辺境の地とて、聖騎士団キルヒェンリッターが辿り着くのは不可能ではないだろうが──」

「だろうが何だよ。ウィヌシュカ、言いかけたからには最後まで言え」


 またしても沈黙の女神と揶揄される前に、ウィヌシュカは続きを口にした。


「それでも見えてこない。人間と竜人が手を組んでいたとして、一体何を企むのだろうか」

「ははっ。それは案外、お前と同じことだったりしてな」


 自身でも気付かぬ間に遠い目を浮かべていたウィヌシュカに、クロードが本気とも冗談ともつかない茶々を入れた。すると次の瞬間、ウィヌシュカから混じり気のない殺意が放たれる。そのあまりの鋭さに圧倒されたクロードは、思わず七色の瞳オッドアイしばたくのだった。




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