煩悩




 君が「好きだよ」って言ってくれたから僕は君のことが好きになった。


 君に「嫌い」と言われても僕は君を嫌いになれなかった。


 ただ、それだけ。


 それだけの話だ。





 僕は転校生だった。


 親の転勤というありふれた理由で慣れない土地に連れて来られ、新しい人、新しいクラスになかなかなじめずにいた。


 そんな時、初めて声を掛けてくれたのが君だった。


 なぜそんな流れになったのか、今では覚えてないが、その時、話題になっていた本の話で盛り上がり、自分たちが読書や創作という共通の趣味を持っていることを知った。


 僕たちはいつの間にか毎日一緒に帰るようになった。お互いが、今読んでいる本、書いている物語について語り合うことが日課となった。


 それが僕の幸せだった。


 そんな時、「彼」が現れた。


 現れた、というのは間違った表現かもしれない。


 なぜなら彼は君の幼馴染だったのだから。


 それまで君に対して特別興味を示していないように見えた彼は急に積極的になった。


 たぶん、それは僕の存在が関係していたと思う。


 嫉妬、という奴だろう。


 彼は明るくて面白くて友達が多い人間だった。


 だから自分の知り合いは全員自分のことが好きでなければ我慢できなかったのだと思う。


 昔からよく知る君と突然現れた新人の僕が急激に仲良くなったことが彼は許せなかったのだろう。


 彼はことあるごとに僕と君の間に割って入ってくるようになった。


 そして僕がいるにも関わらず君のことが好きだと公言するようになった。


 君は最初「ごめんね?」と言った。彼はわがままで悪ふざけをするところがあるけど根は悪い奴じゃないのよ、と。


 でも僕はかけがえのない二人の時間を壊されたくなかった。だからつい感情的になって彼の悪口を言ってしまった。


 その瞬間、君の、僕を見る目が変わった。


 君ってそんな人だったんだ。嫉妬して相手を悪く言うなんて最低だね。


 違う。嫉妬しているのは彼の方だ。彼は最近まで君に興味なんてなかったはずだ。でも僕という存在が現れたから急に悔しくなって、君のことを昔から好きだったような雰囲気を出し始めただけなんだ。


 そう言ってやりたかった。


 でも君の冷たい目は僕のどんな主張もただの言い訳に代えてしまうことが明らかだった。


 僕と君は一緒に帰らなくなった。同じ教室に居ても話さなくなった。


 代わりに楽しそうに話す君と彼が居た。


 そして僕はひとりぼっちに戻った。





 君と一緒に毎日帰っている時、僕は即興で話を作り、君に聞かせたことがあった。


 君は面白いと言ってくれた。僕の人生で一番嬉しい瞬間だった。


 君を笑顔にしたくて、そして君の怖がる可愛い顔が見たくて、僕はそれからも笑える話や怖い話を作り続けた。


 ふと、自分が作った話はいくつあるのか気になって数をかぞえてみた。


 107個。ずいぶん作ったものだ。


 僕が語る今回の話を足せば108個、いわゆる煩悩の数になる。


 改めて思う。僕はどうすればよかったのか。


 君を独り占めしたい。彼に負けたくない。


 それが僕の煩悩だったのかもしれない。


 それを捨てればよかったのか。でもそれは僕の感情とイコールだ。


 正直な感情を捨てて良い子になった僕は果たして僕なんだろうか。


 正解は何だったのかなんてわからない。


 わかったところでもうどうしようもない。


 だからもう君には届かない108の「物語」と「思い」をここに置いていこうと思う。


 君じゃない誰かがそれを読んでくれるかもしれない。


 君じゃない誰かが何かを思ってくれるかもしれない。


 僕が居なくなった後の世界で僕の物語が僕の知らない誰かの思いに触れてくれるなら、そう願わずにはいられない。


 それもまた僕の捨てられない煩悩だ。





                 ~了~


 


 

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蟹井克巳ショートショート集 蟹井克巳 @kaniikatsumi

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