灯り
私、「あかり」の親はロボットだった。
名前は高尾。赤ん坊の私を見つけて育ててくれた人だ。
彼女の話によるとこの世界には私以外の人間はすでに存在していないということだった。
ある日この世界に何かが起きてロボットたちは強制的に眠らされてしまい、目を覚ました時には人間たちは全て姿を消していたらしい。
取り残されたロボットたちは人間たちにプログラムされた命令をただひたすら守るために自分で自分の修理をしながら生き続けてきたのだ。
私を見つけた高尾は本当の親のように私を育ててくれた。それは簡単なことではなかったと思う。
人間無き後のこの世界にはロボットの他に、かつては存在していなかったような「化け物」が現れるようになっていたのである。
高尾の話によると人間たちは自分たちを滅亡させるほどの戦争を起こしてしまい、化け物たちはその戦争で使われた生物兵器のようなものなのではないかということだった。
そんな危険なものたちが跋扈する世界で高尾は私の食べるものを探すために危険を冒してくれたのだ。
さらに私はある時、病に倒れてしまった。
高尾が必死に探し出してくれた医療用ヒューマノイドの竹庵先生によると私の病は過去の医療データにない未知の病であり、この国の中心地だった「東京」ならば何か治療法に繋がる情報が得られるのではないかということだった。
私と高尾は東京を目指し旅を続けた。
私は旅の間に成長し数多くのロボットたちと出会った。
命じられたからではなく「生きる」ために巨大な塔を建て続ける「親方」たち。
私「人間」の久方ぶりの訪問を喜んでくれた遊園地の「大道芸人」たち。
観客の居ない闘技場で壊れては直されを繰り返しながら今も戦い続ける「拳闘士」の二人。
ボロボロの身体で命をかけて私たちを運んでくれた「AI飛行機」。
本当に数えきれない出会いと別れを繰り返し、私と高尾は東京まで来ることが出来た。
しかし長い旅は高尾の身体に深刻なダメージを残していた。
私は育ての親である彼女を失った。
彼女の遺言は「センターに行け」というものだった。
「センター」、そこはこの国のみならず世界の「知」が集結した場所だった。
私は涙を拭き、そこに向かった。
センターの奥深くには私以外のもうひとりの「人間」が居た。
彼の口から聞かされたのは驚くべき真実だった。
やはりこの世界では大きな戦争が起きていた。
その際、大きな戦闘力を持つロボットたちを機能停止させるために地球規模の電磁パルス攻撃が発動されてロボットたちは眠りについたのだ。
そしてロボットたちが眠っている間に人間たちは恐ろしいことをした。
それは人為的に作られたウイルス兵器による攻撃だったという。
そのウイルスは当初の計画から大きく外れて暴走してしまい、さらに変異をして、手当たり次第、人間たちに襲い掛かった。
そう、あの「化け物」は人間が変異ウイルスによって姿を変えられたものだったのだ。
こうして人類が姿を消した世界を宇宙から見ていた人間が居た。
それが「彼」だった。
正確に言うと彼と妻の二人だ。
二人はある国の実験のため宇宙船で冷凍睡眠されていた。その間に戦争が起きてしまったのだ。送られるはずだった地球からの起床信号が届かなくなり、偶然、機器の故障が起きて目覚めた時、すでに自分たち以外の人類は滅亡している状態だった。
絶望の中、やがて宇宙船で子供が産まれた。
それが私だった。
子供が生まれると妻は地球に帰ることを望むようになった。しかし地球上では人間を化け物に変えるウイルスが蔓延している。そこで天才科学者だった夫は抗ウイルス薬を開発した。
しかし宇宙船の限られた設備では満足な研究はできなかった。出来上がった薬は不充分なものだったのだ。
夫はやはり地球には帰らずこれからも宇宙船で生活することを主張した。しかしすでに半狂乱状態だった妻はどんな結末が待っていても地上に帰りたいと言って聞かなかった。
そしてある日、妻は赤ん坊を連れて、勝手に脱出ポットを使い、地上に帰還したのである。
夫はすぐに彼女と子供を追わなかった。さらに薬の研究を続けたのだ。そして満足なものが出来上がった。
地上に降り立った彼は妻と子供を探した。しかし発見できたのは不完全な薬の影響で半人半獣となってしまった変わり果てた姿の妻だけだった。
彼女はまだかろうじて人間としての意識を保っていた。
自分がウイルスによって変異しつつあることに気付いた彼女は、面倒見が良さそうなロボットのところに赤ん坊を預けてきたと語り、息を引き取った。
赤ん坊は見つからなかった。すでにロボットと旅に出た後だったのだ。
彼は旅の目的が娘の身体の治療にあると推測し、彼女たちが知の集積所である「センター」にやってくると確信し、その時を待っていたのだという。
彼、いや、「父」は話を終え、私に薬を手渡すと息を引き取った。
私は薬を飲んだ。しかしウイルスと薬は私の身体に驚くべき変化を起こさせていた。
不老不死。私は死ねない身体になってしまった。
ロボットたちはこの世界で唯一の人間である私を「神」のように崇めている。
私はそれに応えたいと思う。彼らの存在こそが我々人類が生きていた証にも繋がるのだから。
ロボットたちの生きる意味、彼らの永遠の「灯り」となりながら、私はこの世界でずっとずっとひとりぼっちで生きていく。
~了~
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