姫
彼女はまさに生まれた時から「姫」であった。
王と王妃の間に生まれた彼女の可愛らしさを人々は口々に褒め称えた。
それは決してお世辞ではなく見るもの全ての心を奪うほど彼女の可愛らしさは素晴らしかった。
そして彼女が成長するに連れてその愛らしさは美しさに変わっていった。
ひとつ歳を取るごとに彼女の容姿は洗練されていき、18歳を迎える頃にはその美しさが諸外国の噂になったほどだった。
やがて自然な流れで同じ年頃の王子がいる国々から結婚の話が舞い込むようになった。
彼女の生まれた国は大陸の端に位置する小国であり、持ち込まれた縁談はどれも魅力的な話に思えた。
結婚によって大国の王族と親類になり同盟関係を結ぶことができれば、国としても周辺国からの脅威に怯えなくて済むようになるというわけだ。
王と王妃は数多くの縁談話から条件の良い物を幾つかを見繕い、娘に勧めてみた。
ところが彼女の返事は意外なものだった。
「お父様、お母様、私は誰のところにも嫁ぐつもりはありません。ずっとこの国に居たいのです」
「なんだと? いや、しかし、それでは……。おお、そうじゃ! それならばどこかの国の第二王子か第三王子を婿に迎えるというのはどうじゃ? それならば国を出る必要はない」
「いいえ、お父様。私は結婚自体したくないのです。どうかお許しください」
それから王と王妃がいくら説得しても、姫の決意が変わることはなかった。
国の命運が左右されることであり、本来なら姫個人の我儘が許されることではなかったが、美しき姫は国民の間でも絶大な人気があり、彼女の「誰とも結婚しない」という宣言は大多数の国民に支持されることとなった。
それから数年後、大きな戦争が起きた。
国は大国のひとつに占領され姫は囚われ人質の身となった。しかし彼女のあまりの美しさに心を奪われたその国の王は人質とは思えないほど丁重に彼女を迎えた。
王は国を解放するのと引き換えに自分の妻になれと彼女に持ちかけた。
しかし彼女の答えはこれまでと変わらなかった。
自分は何があろうと誰かのものになるつもりはない。
そう答えた彼女の真っ直ぐな眼に吸い込まれた王はその中にある星空のような煌めきの渦に畏怖のような感情を抱いた。
この方は……、私がどうこう出来るようなお方ではない……。
王は無礼な願いをしたことを侘び、彼女の身の安全と姫としての生活を保証すると誓いを立てた。
それから何度も何度も戦争が起きた。
彼女はそのたびに国から国にその身を移すこととなった。建前としては人質だったが、その扱いはどの国でも手厚いものだった。
いつしか姫は「女神」と呼ばれるようになり、「彼女を手にした国には繁栄が訪れる」という伝説さえ生まれた。
その結果、いつの間にか原因と結果が入れ替わり、彼女を巡って争いが起きるようになってしまった。
それでも彼女は自ら主張することはなく、ただ静かに毅然と「姫」としてあり続けた。
幾つかの国が滅び、幾つかの国が生まれ、とても長い年月が過ぎた。
そして年老いた女神は生まれ故郷から遠く離れた地で静かに眠りについた。
生涯独身であったという。
葬儀には国を問わず多くの要人たちが駆け付けた。
彼女は生まれながらの「姫」であり、そして最後まで「姫」で在り続けたのだ。
(了)
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