永遠に




「それで新しい発見というのは何ですか?」


 彼の声は興奮のあまり若干上ずっていた。無理もない。彼は私が言った「考古学がひっくり返るほどの発見」というものをすっかり信じ込んでいたのだから。自分で言うのもなんだが私は真面目だけが取り柄の男で軽々しく嘘をつくような人間ではなかった。長く私のパートナーを務めている彼だからこそそれを知っていた。


 彼は私と一緒に長年遺跡発掘をしてきた優秀な助手だった。そんな彼に私は初めて嘘をついてここまで連れてきた。最近発掘を始めたばかりの古代遺跡だった。


 いや、「嘘をついて」というのもある意味では嘘になるだろう。なぜなら「考古学がひっくり返るほどの発見」というのは嘘ではなかったのだ。


「……ところで君、この遺跡の近くで、ある男の遺体が発見された事件を知っているかね?」


 私は何の前振りもなく突然そう彼に問うた。当然彼は少し戸惑ったようだった。


「え? ええ、まあ、もちろん知っていますよ。その事件の捜査の過程でこのジャングルの樹々に覆われていた遺跡が発見されたと聞いています」


「その男は未だに身元不明のままなんだがね。実は私はあの男とこの遺跡が関係あるのではないかと思っているんだよ」


「なんですって? それは一体どういうことです?」


「君も学者の端くれなら少しは自分で考えて見給え」


「相変わらず手厳しいですね。そうだな、おお、こういうのはどうでしょう? この遺跡は先祖代々墓守を生業とする一族の手によって人知れず保存されてきた。その一族はこの遺跡自体を住処としていて秘密を守るため現代まで外の世界との関わりを断ってきた。そのため身元がわからない」


「ほお、面白い推論だな。小説が一本書けそうだ」


「主食は遺跡に住む鼠や蝙蝠、子孫を残すために外の世界の人間を攫ってくる、なかなかのホラーですね」


「まあ、当たらずも遠からずかもしれんな」


「え、嘘でしょ?」


「先日、君が休んだ日に偶然これを見つけたんだ。神が私を導いてくれたのだよ」


 そう言いながら私は何気ない壁の窪みに隠されていたスイッチのような仕掛けを発動させた。まるで映画のように壁は音を立ててずれ動きぽっかりと隠されていた入り口が姿を現した。


「こ、これは! まさか、こんな仕掛けがあるとは。動力源は何なんですか?」


 驚きを隠せない彼に対して私は氷のように冷静だった。もちろんつい先日は私も彼と同じような反応をしたのだ。しかし今の私にはもっと大事なことがあった。


「動力源についてはまだ調査中だがね。この遺跡を作った古代人の技術は我々の常識を遥かに超えているようだ。さて、では入ろうか。この隠されていた通路の奥に君に見せたいものがある」


 私はそう言うと彼を先導し通路を進んだ。彼は興味深そうにきょろきょろと周囲を見回しながら私の後ろをついてきた。細長く薄暗い通路を進んだ先に「それ」があった。


「なんと! これはすごい!」


 彼が大きな声を上げた。無理もない。私も最初にこれを見た時は思わず声を上げたものだ。


 そこは体育館ほどある巨大な空間だった。そして殺風景なその部屋の真ん中に鎮座しているのはたった一つの椅子だった。石造りで古代の神話がモチーフとみられる様々な彫刻が施されているそれは圧倒的な存在感があった。


「まさか、これは王の間のようなものですか? 信じられない。これは大発見ですよ!」


 興奮する彼を尻目に私は務めて冷静にこう言った。自分の意図を悟られないように気をつけながら。


「そこに座って見給え。そうするともっと面白いものが見れる」


 彼は少し怪訝な表情を浮かべた。それはそうだろう。我々の常識では調査前の遺跡に不用意に触れるなんてありえない話だった。


「今回は特別だ。さあ、王の気分を味わって見給え」


 私がそう言うと彼は僅かに逡巡した後に「先生がそう言うなら……」と答え、恐る恐るといった感じでそこに座った。それは好奇心と不安が入り混じったような表情だった。


「えっと、それで面白いものというのは?」


「まあ、そう焦るな。ゆったり座って聞き給え。時間はたっぷりあるんだ」


「いや、しかし……」


「……私はね、君のことを本当の弟のような気持ちで見てきたつもりだ」


 彼は困惑の表情を浮かべた。無理もない。「突然、この人は何を言い出したんだろう?」と思っているに違いない。


「ありがとうございます。先生には感謝しています」


「君には才能がある。私の研究の後継者として期待もしている。だからこそ私も妻も家族同然に接してきたつもりだ」


 私が「妻」という単語を使った時、明らかに彼の表情は変化した。私はそれを見逃さなかった。


「はい、先生はもちろん奥様にも本当に良くして頂いています。そのことには感謝しても仕切れないと……」


「ほお、その感謝のしるしが『裏切り』というわけかね?」


 彼は一目でわかるほど驚愕の表情を浮かべていた。それでも何とか平静を装おうとしているようだった。


「う、裏切りとは何のことです?」


「君は私の妻と不適切な関係になったのだろう?」


 それはただの疑念ではなく残念ながら真実だった。妻の様子が最近変わってきたことに疑いを持った私は探偵を雇い、全て調べさせたのだ。事実を知った時、私は自分でも意外なほど取り乱さなかった。しかし逆に怒りの炎を抱えながらも冷たいほどに冷静な自分が自分でも恐ろしく感じた。


「ま、待ってください! 誤解です!」


 立ち上がろうとした彼を私は手で制した。


「まあ、待ちなさい。言い訳なんて無駄な時間はいらないんだ。さて、そろそろかな?」


 私がそう言った瞬間、それは起きた。突然、椅子から飛び出したもの。


 それは無数の触手だった。


 あまりに一瞬のことで彼は避けようがなかった。触手は彼の体に次々と突き刺さった。彼の叫び声が広い空間に反響した。


「うあああああ! 痛い! な、なんだ、これは!」


 触手に捕らえられた彼は椅子に縛り付けられ身動きが取れなくなった。苦悶の表情を浮かべる彼に向かって私はこう言った。


「おめでとう。君はこれで不死となった」


「不死? くううう、ど、どういう意味だ!?」


「その触手はね、君に痛みを与えるだけではないんだ。同時に細胞の超活性化を促す液体を君の体に注入している。それにより君は死なない肉体を手に入れたのだ。なんと老いることもない。不老不死というわけだ」


「ぐああ、そ、そんな馬鹿な! そんな非科学的なものがあるわけ……、がああああ!」


「君はここを王の間と呼んでいたが、実際には少し違う。ここは古代人が『愚王の間』と呼んでいたところなのだ」


「ぐ、愚王? ぐ、ぐおおおお! 痛い! 助けてくう、あああああああああ!」


「遺跡に記されていた碑文から推察するに、この古代文明の最盛期に権力に溺れ自分が気に入らない国民を虫けらのように虐殺し続けた愚かな王がいたらしい。当然クーデターが起きて彼はその座を追われたのだ。そして彼に下った判決が『永遠の玉座』という罰だった」


「こ、これがその……、あああ、やめてくれええええ!」


「痛みと再生を同時に永遠に与え続ける恐ろしい拷問器具というわけだ。どうだね、感想は?」


「痛いいいい! た、助けてください! 先生、私が悪か……、ごあああああ!」


「なるほど、いい感想だ。どうやら失神することすら許されないようだな。古代人は我々の予想を遥かに超える技術を持っていたようだ。詳しく調査できないのが残念だよ」


「はあ! ま、待ってくれ! まさか、私をこのまま置いていくつもりじゃ……」


「こんなものを公表できるわけ無いだろ。悪用する人間が出てくるに違いない。私のようにね」


「頼む! 助けてくれ! なあ、いつ止まるんだ、これは? それだけでも教えてくれ!」


「この遺跡の外に倒れていた男がいただろう? 私はね、彼こそ『愚王』だったのではないかと思っているんだ」


「なっ!? があああああ!」


「この遺跡がどのくらい古いものなのか正直検討もつかない。ひょっとしたら何千年も前のものかもしれないね。しかし愚王はずっと生き続けてきたんだ。その椅子の上でつい最近までね。この間ここら一帯で大きな地震があっただろう? 恐らくその時に何かのはずみでその触手が止まったのではないかと思う。そして解放された。君も運が良ければ出られるだろう」


 彼は私を鬼のような形相で睨みつけてきた。私はそれをスルーすると踵を返しその場を後にした。彼の罵声が、絶叫が、私の背中にずっと浴びせ掛けられたが、私はもはや何とも思わなかった。


 この偉大な発見が発表できないことをただ悲しく思いながら私は壁を閉じた。


 叫び続けているはずの彼の声はピタリと聞こえなくなった。


 いつか誰かが私のようにこの壁の仕掛けに気付くだろう。そしてその時、彼は遺跡の一部として世界に認知されることになる。そう、私が到底知ることの出来ない遠い未来の時代に。


 それを少し羨ましいと思っている自分に気付き、私は冷たい笑みを浮かべた。






                (了)






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