アルバイト
路上に立っているだけでいい。
おっさんはそう言った。
先輩に紹介されたアルバイトだった。言われたとおりに向かった喫茶店で会ったスーツ姿の男。彼の言葉に僕は目を丸くした。
「えっ、あの、それはどういう意味ですか?」
「君の仕事は私が指定した場所にひたすら立っていることだ。トイレと食事は決められた時間に行ってもらうことになる。それ以外は一日八時間その場所を動かないでもらいたい」
「えっと、それはひょっとして宣伝活動的な仕事なんでしょうか? お店の名前が入った看板を首からぶら下げるとか、そんな奴ですか?」
「違うよ。君は普通に私服で来てくれればいい。そしてひたすら立ち続けてくれ。あ、そうそう、忘れるとこだった。もう一つ条件があるんだ。君は喋ってはいけない」
「えっ?」
「君から誰かに話しかけてもいけないし、誰かに話し掛けられたとしても返事をしてはいけない。聞こえないふりをして無視して欲しいんだ」
全くおかしな話だった。自分が思っていた宣伝活動のような仕事とは真逆の活動だったからだ。ひょっとしたらからかっているだけなのか? そう思った僕に男は周辺の飲食店のバイトと比べても高めの時給を提示した。さらに契約してくれたらそれなりの契約金も払ってくれるという。とても信じられない話だった。
しかしお金に困っていた僕は怪しいと思いながらもその仕事を引き受けることにした。
それから数年が経ち、なんと僕はテレビに取り上げられるほどの有名人になっていた。
何もせず何も言わず同じ場所にただ立ち続ける謎の青年。
ある者はただの変人だろうと言ったし、ある者は宗教的な行為なのではないかと評論した。
やがて僕を見るためだけに地元の人間だけでなく県外の人間や外国人までもここに訪れるようになり、寂れた商店街は一躍有名観光地の一つとなった。
今日も僕は人々の奇異の目に晒されながらこの場に立ち続ける。陰でほくそ笑むおじさんの指令の元に。
(了)
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