声の反乱




「私さ、もうあんたと一緒に居るの嫌なんだけど」


 そう言ったのは私の声だった。


「え、なに、今の!?」


 そう言ったのは私だった。


 休みの日、部屋でのんびりくつろいでいると、自分の口が勝手に言葉を発したのだ。驚くなと言う方が無理だろう。


「私よ、私。あんたの『声』よ」


 自分を「声」だと名乗るその声は私の口を勝手に動かしてそう言った。


「こ、こえ? なに言ってんのよ? 私の『声』は私の声でしょ?」


 混乱した私は自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。


「そりゃ、あんたの声だけど、私は私でもあるのよ。それなのに、あんたときたら私の声で好き勝手に下品な言葉を吐くんだから。もうやってらんないわよ。私はね、本来もっと上品な人間なのよ? 何で私があんたみたいに口の悪い人間の声をやってあげなくちゃいけないわけ? 意味わかんない」


 早口でまくし立てる私の口に私は口を挟む間もなく呆気にとられた。


「何よ? ちょっと相手が自分よりも上だとわかると黙っちゃうわけ? 自分よりも立場が下だとわかった相手には饒舌なくせに。そういうところなのよ、私が嫌いなのは」


 自分の声が自分を罵倒してくる。奇妙の一言では言い表せないほどおかしな状態だった。


「なっ……、い、言わせておけば勝手なことばっか言って! あなたは私の声なんでしょ? だったら私のしゃべりたいようにしゃべるのがあなたの役目じゃないの? それが、何よ、嫌いとか意味わかんない!」


 そう言ったのは声ではなく私の方だ。


「しょうがないでしょ? 嫌いなものは嫌いなんだから。もうあんたにはうんざりなのよ。いい? よく聞きなさい。あなたとやっているこの非生産的な会話が終わったら、もう私は一切表には出ないことにするわ。それがどういう意味かわかるわよね?」


「え、まさか、それって……」


「そう、あんたの声である私が仕事を放棄するってことは、あんたは今後二度と声を出せないってこと」


 さすがの私もそれを聞いて血の気が引いていくのを感じた。いくらなんでもそれは困る。言い争いをしている場合ではない。なんとか彼女(?)のご機嫌を取って怒りを収めてもらわなければ。


「いや、ちょっと待ってよ。あなたは私の声なんだよね? 私が困ったらあなただって困る。そういうもんじゃない? 私に悪い所があるっていうなら直すわ。すぐにってわけにはいかないだろうけど、少しずつ変われるように努力するから。ほら、自分の欠点って意外と自分じゃわからなかったりするでしょ? だから第三者であるあなたから見ておかしいと思うところがあったらその時に指摘してよ。そうすればあなたも私も今よりもっと素敵な女性になれると思わない?」


 私は思い付くままに言葉を並べた。言葉という分野で見れば私よりも私の声の方が上位にあるのはわかっていた。どこまで私の言葉が届くか不安だったが、それでもやるしかなかった。


「そんな、今更そんなこと言われてもね。私はあなたを知り尽くしている。あなたはそんな器用な人間かしら? 他人のアドバイスくらいで変われるならとっくに変われていたはずだけど」


 痛い所を突いてくる。さすがは私の声といったところだろう。でもここで引き下がるわけにはいかなかった。


「変われるわ! あなただって今まではこんな風に私に対して意見してきたこと無かったでしょ? つまりあなたも変わったってこと。私の声であるあなたが変われたなら私だって変われるはず。そうじゃない?」


 私は私がこういう妙な論理に弱いことを知っていた。後々よく考えてみるとおかしい話でも一気に捲し立てられると説得力があるように感じてしまうのだ。


 案の定、私の声は少し黙った。迷いが生じたに違いない。思った通りだった。


「……わかったわ。あなたにチャンスをあげる。だってあなたは私だもの」


「ホント? ごめんね。私、頑張るから」


「うん。私もごめんね。急にしゃべりたくないとか言って」


 こうして私と私の声は歴史的な和解を果たした。


 それからというもの私に何か不手際があると私の声はすぐさま注意を入れてくるようになった。


 他人から見れば自分で自分に大きな独り言ツッコミを入れている状態なわけで、私はすっかり変人扱いされるようになってしまったが、それでも私は私の声と喧嘩しながらも意外と仲良くやっている。




                 (了)







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