雨音





 何をやっても上手くいかなかった。


 それなりの学校を卒業し、それなりの会社に就職したのだから、きっとそれなりの人生を送れると思っていた。


 しかしなぜかそうはならなかった。


 結論から言うと私は要領が悪かった。


 些細なミスが続いてしまったり、ちょっとした勘違いから上司に嫌われたり、そんなことばかり。


 そのせいか同世代の同僚たちともなかなか打ち解けることが出来なかった。


 仕事が忙しいせいで学生時代の友人たちとはなかなか会えず、会社と自宅を行ったり来たりするだけのつまらない毎日。


 たまの休みも心身ともに疲れていて遊びに行く気力が出ない、そんな生活。


 自分は何のために生まれてきたんだろう?


 そんな子供のような疑問を持つところまで私は追い込まれてしまっていた。


 それはある日のことだった。


 久し振りの休み。早速、学生時代一番仲が良かった子に連絡を取ってみたが、社会人になってから出来た友人の結婚式に出る予定があると言われてしまった。


 私はお出掛けモードだった気持ちを強制リセットしてふて寝した。


 寝転がったままぼんやり窓の外に目をやるとポツポツと雨が落ちてきた。


 出掛けなくて正解だったな。


 そんなことを思いながら私は目を瞑り雨音に耳を澄ました。


 どのくらいそうしていただろう。


 ふと私はあることに気がついた。


 雨音が音楽を奏でていたのだ。


 リズミカルでどこかで聞いたことがあるような懐かしさをはらんだ、そんな音楽だった。


 寝ぼけているのかな、私?


 そう思ったが音はとても心地よくて、私はそれが夢か現実かなんて最早どうでもよくなっていた。


 それからまた緩やかな時間が過ぎた。


 そして私はまたあることに気がついた。


 雨音が声に聞こえるのだ。


 こんにちは。


 私は夢見心地のまま答えた。


「こんにちは」


 どうしたの? 元気ないね。


「うん。なんか何やっても上手くいかなくてね」


 大丈夫だよ。君は頑張っているじゃないか。


「頑張っているだけじゃ駄目なんだよ。誰も認めてくれない」


 それはちょっと歯車が噛み合ってないだけなんだ。でもね、君が諦めない限り、ちゃんと噛み合うようになるよ。心配いらないさ。


「嘘」


 嘘じゃないよ。さあ、立って。そんなところで寝てばかりいるとカビが生えちゃうよ?


「ふふ、それはあなたのせいでしょ、雨さん」


 私はふっと我に返った。


 妄想? でも私は確かに口に出して会話をしていた。そう、雨音と。


 自分はおかしくなってしまったのか。


 もう一度耳を澄ましてみたが雨音は音楽にも声にも聞こえなかった。


 いいわよ。出掛けてやるわよ。そうすればいいんでしょ!


 自分が何に対して腹を立てているのかわからないまま私は着替え外に出た。


 雨の中。特に行き先も決めずにお気に入りの傘をさして歩いた。


 せっかくだし冒険気分で散策でもしてみようかな?


 私はいつもなら歩かないような裏道にすっと入ってみた。


 就職してここで一人暮らしを始めてから初めて歩く場所だった。


 すると私は意外な人物に出くわした。


 同じ会社の同じ部署に勤めている同僚の男性だ。


 大きな黒い傘をさして歩いていた彼はこちらに気づくとニコッと笑い、私の名前を呼び、こんなところで会うなんて驚いたみたいなことを言った。


 彼はこの辺りに住んでいる学生時代の友達に会いに来たのだがあいにく留守だったらしい。


 自分と同じような状況の彼に私は親近感を持った。


 どこか雨宿りできる場所でゆっくり話そうということになり私たちは並んで歩き出した。


 雨の中に咲く二つの花。


 雨が優しく私たちを包み込んだ。





                  

                  (了)






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