頂上にいた者。
作戦を聞いたカインがニヤリと笑ってから、エオーラはすぐに魔道具に手を伸ばした。先ほど話に出たようにこの魔道具に仕込まれた罠のことは気にせず、別の方法で攻めるためだ。
エオーラは自信に満ちた表情で魔道具に封じ込まれた術式を書き換えはじめる。その様子を後ろで見ていたカインは、漆黒の大剣を召喚した。
「罠の発動までどのくらい時間がある」
「もう、発動しているのですよ」
エオーラが振り向くことなく、作業をしながら間髪入れずに言った。
「そいつはいい。暇しないで済みそうだ」
「それはよかったのですよ。私はこっちに取り掛かりますから、後のことは全部お願いしていいですか?」
「――――ああ。心配はいらない」
カインが宣言してすぐ、地下の壁が揺れ動いた。
何かがこちらに押し寄せようとしているのを感じ、カインは空を割くように剣を振り上げる。
前後左右、上下を囲む石と土の壁のいたるところが崩壊し、そこからやってきたものこそが例の罠――――自ら増殖をつづけた魔道具のなれの果て。
「ほうッ! これは面白いッ!」
迫りくる罠の攻撃をすべて切り伏せたカインが笑った。
一言で罠と言い表しても、その実態は不可思議。
顔のない彫像とでも言えばいいのだろうか。
たとえばドワーフ、たとえばハーピー、他にも数多の異人を模したそれが土の中から這い出すように現れる。それらすべての下半身が太い管で構築されていた。
それは恐らく、地中に伸びた神樹の木の根に通じている。
鉄の国を裏切ったドワーフ王が遺した自立型の魔道具が増殖をつづけ、木の根を侵食つくしたことから、そこから魔力を得て罠が作動していることは想像できる。
偉人を模した彫像のような罠の根元は間違いなく、神樹の木の根へ通じているはずだ。
「切り伏せても切り伏せても、まったく切りがない。この土くれどもはどれくらい湧いて出るのだ?」
すると、猶も振り向かず魔道具の書き換えに勤しむエオーラが言う。
「私の仕事が終わるまで、なのです」
「だと思ったぞ。ついでに教えてもらおう。この土くれはどうせ、神樹の魔力を吸って動いているのだろう? であれば、このまま戦いつづければどうなる?」
「神樹が枯れてしまうのです。でも、私がそうはさせないのですよ」
魔道具に手をかざし、術式を書き換えながら。
エオーラはこれまで以上に自信に満ちた声で言う。
「バカな先祖のケツは、この私が拭くのです」
その声が地下空間に響き渡ると、上の階から地中に伸びてきたツタ。
アインが同行させていたマンイーターの顔が地下空間に現れて、迫りくる土くれの罠を食む。縦横無尽に、まるで水中を泳ぐ魚のように地中を行きかうマンイーターが辺りの障害を破壊しつくしていく。
ふっ、とカインが笑む。
「カ、カイン様ッ!? 何なのですかこれ! 敵なのです!? 味方なのです!?」
「安心しろ。アインの力だ」
「そ、それならいいのですが……っ!」
ほっと安堵したエオーラは作業に戻り、カインもまた大剣を振り回す。
ふと、マンイーターと顔が合った彼は口を開き、
「暴れてもいいが、まだこの空間は壊すなよ」
『ヒヒッ!』
「その返事、理解したと取るぞ」
狭い地下空間ながらカインの剣戟は美しく、豪快。
剣の冴えに限ってはまだアインも追いついていない美技がエオーラを守った。
「大丈夫なのです! この地下も魔道具そのものなのです!」
「ああ! 考えてみれば、こんな場所を作ってたのだからそうだろうな!」
土と石の壁は半壊することはあっても、それ以上崩れることはない。
壁を構築するすべてが意志を持つかのように、あるいは磁石に引き寄せられる砂鉄のように集まって壁を再構築していた。
絶えず現れる罠こと土くれが猶も襲い掛かっていたが、
「くくっ……数が減ってきてるぞ、土くれ」
再び不敵に笑ったカインの声を聞き、
「当たり前なのです。私が少しずつ術式を書き換えてますから」
「ああ。やるじゃないか」
「……ふふん!」
土くれが数を消しはじめたところでマルコが訪れた。
カインに見張りを命じられていたが、地下での騒ぎを聞き付け、更にマンイーターのツタを上でも見て顔を出したのだ。
「おや、想定外の事態に陥っていたようですね」
地下の地下、隠された入口の上から声だけ届けたマルコ。
「私は見張りをつづけるというよりは、外へ出てロイド殿たちへ知らせに行った方がよさそうですね。それとも、戦闘は私が変わった方がよろしいでしょうか」
「愚問だッ! マルコもそれをわかって聞いたのだろう!?」
「もちろんです。楽しそうに剣を振っておられるカイン様を見れば、この問いに価値がないことは明らかだった子でしょう。しかし立場上、お尋ねすべきと愚考したのです」
マルコはそれだけ言い残して、暗い穴の上で背を向けた。
「私はダークエルフたちの護衛に向かいます」
「ああ、頼んだ――――!」
神樹の中を去ったマルコがロイドにすべて報告することだろう。
地下空間に絶えず現れる、異人を模した土くれは最初の半分以下まで減っていた。
「地中で増殖した分が自滅するよう書き換えているのです。もう三分の二くらいに減ってると思うのです」
「驚いた。まさかこの数分でそれほどの仕事をしていたのか」
「当たり前なのです。私は鉄の国の元女王なのですよ!」
やがて地下の壁や床、天井から現れるつちくれは数える程度に減った。ここまでくるとカインより先に、地中を這うマンイーターが土くれを牙で砕いてしまう。
既に猛威ともいうべきものはなく、カインは漆黒の大剣を地面に突き立てた。
「拍子抜けだな」
「私もそう思うのです! 何なのですかコレは! 性格の悪い仕掛けをしていたにもかかわらず、動いてしまえばこんなものですか!」
「落ち着け。そう興奮するんじゃない」
「……失礼しましたなのです。性格の悪い先祖にやり返せてると思うと、ついなのです」
「気持ちはわかる。確かに仕掛けの割りに弱々しい罠だったからな」
だからこそ、だった。
カインはここで眉をひそめ、目を伏せる。
「――――これで終わるならいいが」
辺り一帯の魔力の気配を探って、何か他に仕掛けはないか探った。
といってもカインにわかるのはエオーラのように罠の詳細などではなく、どこかに別の何かが仕掛けられていて、それが作用することがないかというものだ。
カインはふと、天井を見上げた。
土と石の天井ではない。その先に存在するであろう神樹の幹を見通すように。
「カイン様、気が付いたのです?」
すると、エオーラもわかっていたと言わんばかりに。
「順調過ぎて、私もこれで終わるのか気になったのですよ」
「では何かあるのだな?」
「はい。なのです」
ドンッ! と大きな音を立てたエオーラ。
彼女はいま、これまで術式を書き換えていた魔道具に小さなこぶしをぶつけた。
同時に土くれは一切が消え去り、彼女はカインに振り向いた。幼い顔立ちの彼女は満面の笑みを浮かべていながらも、額には青筋が浮かんでいる。
「私のクソ先祖はこの上なく性格が悪いのです。きっと女性にモテなかったに違いないのです。だからダークエルフにそそのかされたのですよ」
「……お、おう。そうか」
エオーラは上へ向かう場所へのしのしという音が聞こえてきそうな大股で向かった。
カインはというと、いつの間にか地中から顔だけ出していたマンイーターを顔を見合わせ、互いに首を捻ってきょとんとした。
「いい仕事だったな。後で城にある魔石をやろう」
『ッ――――エヘヘッ!』
「お前、そんな笑い方もできたのか」
先に上へ戻ってしまったエオーラを追って、カインが穴の下から飛翔。
外へ通じる扉を懸命に開き、いらいらした様子で上へ向かって行くエオーラは歩幅が狭かったため、カインがゆっくり歩いてもすぐに追いつけた。
「地下の魔道具はもう完全に死んだのです。ついでに、地中に伸びていた部分も完全に消えてるはずなのですよ」
「どう書き換えたのだ?」
「予定していたのは別の方法だったのですが、イライラしたので別の方法でやったのです。地下で増殖した魔道具が、自分の魔力に耐性がなくなるように」
「ふむ……あの短時間でそれほどの仕掛けをするとは見事だ」
カインがエオーラを見下ろして横顔を見ると、彼女はまだ苛立っていたものの褒められて嬉しかったのか、唇の端が少し緩んでいた。
「体勢のない人間が魔石の魔力をずっと浴びるのと一緒なのです。増殖した魔道具はあくまでも魔道具ですが、そんなの気にせずに朽ちるようにするなど容易なのですよ」
「そのようだな。もう一度言うが、見事だ。では次に――――」
一度、短くため息をついたカインが階段を上がりながら。
「
真意について問いかける。
先ほど、地下空間でのやりとりからエオーラが何か見つけたことは想像がつくし、カインもカインで何かが動き出した気配に気が付いていた。
二人は多くを交わしていなかったが、今度はその気配がした場所へ向けて歩を進めている。
「――――私が術式を書き換えて生まれた罠とは別に、別の仕掛けがあったのです」
カインが横から見るエオーラは頬を膨らませる。
「かんっっっっっぜんに鉄の国を意識してるのですっ! あの魔道具が本来の動作をしなくなった場合、神樹の内部の魔力を通じて、別の場所へ信号を送っていたのですっ!」
「ということは、術式の書き換えなどの技術が確立されることを警戒していたわけか。どうやらお前の先祖は性格が多いに悪いが、ついでに用意周到で悪知恵も働くらしい」
「そうなのですっ! まったく! どうやっても最終的にこうなるじゃないですか!」
「俺が最初から破壊した方がよかったか?」
「……いえ、それはやっぱり止めて正解だったと思うのです。少しでも異変を感知したら魔道具が妙な動きをしたと思いますから。それからは、カイン様でも無理をすると神樹に治らない傷をつけてたかもしれないのです」
「なるほど」
猶、最初からその罠がわからなかったのかという疑問もある。
それについてはエオーラが自分から説明する。
「神樹自体の魔力に入り混じって、完全に擬態していたのです」
さがすのは困難を極めたし、古い技術とはいえ元は鉄の国の最盛期を支えた王の技術だ。エオーラの技術が大部分で勝っているとしても、同胞を裏切った王の技術が一矢報いた結果と言えようか。
いずれにせよ、どうやってもこの状況に陥っただろうことはエオーラの言葉から想像がつく。
エオーラはふん! と鼻息荒くルーペのようなものを取り出し、片目に付けた。
「これで信号がどこに行ったのか探すのです!」
「おおよその場所はわかるが、詳しくはそれでわかるということか」
「はいなのですっ! くぅ~……いまに見てろ、なのです! あんなに性格の悪い魔道具を作って罠をいくつも仕掛けて……私をどれだけ本気にさせると気が済むのですか!」
二人はある程度わかっていた方角へ歩を進めながら、カインはエオーラが身に着けた新たな魔道具による反応を頼りに、辺りをゆっくり見渡した。
二人がはじめに足を運んだのは、神樹の樹洞に設けられた謁見の間である。
だが、信号が飛んだと思しき場所は更に上。なんだったら枝に向かって更に上を目指し、神樹の最上部へ向かわなければならないかも。
「木登りは得意か?」
「こう見えて、大得意なのです」
「それは何よりだ」
謁見の間を出た二人は神樹の枝へ進み、枝から上を見上げた。
太い枝と枝の間はあまりにも距離があり過ぎて、技術はあっても身体能力は一般的なドワーフに劣るエオーラには飛ぶことが難しい。
「むむ」
難しそうな顔をしていたエオーラの身体が、ふと、
「っ――――へ?」
中に浮かんだ。
カインが自分を持ち上げたのかと思ったエオーラが隣を見るが、カインは腕組みをしている。彼と視線の高さがおなじくらいまで持ち上げられたところで、彼女はそっと背後を見た。
涎を滴らせたマンイーターが自分を見ていて、『ン?』と低い声を漏らす。
これにはエオーラも、
「ひぅっ!?」
マンイーターの鋭利な牙も相まって、エオーラは身体を揺らした。
地下空間で一度見ていたからこれくらいで済んだものの、はじめて目の当たりにしたらどれほど驚いたか想像もつかない。
「あ、あのー……アイン様のお力と聞いたのですよ」
「ああ。心配要らんぞ。恐らく食われることもない」
「おおおお恐らくではまずいのですっ! それに私はまずいのですよ!? 味という意味でなのです!」
『……フゥ』
「……なんなのですか、その、まるでわかってないなみたいな溜息は。それと、首を左右に振ると私も揺れるので怖いのです」
下を見下ろすと広がっているのは地面だけ。
落ちればひとたまりもないだろうに、エオーラは平静を装いながらつっこんだ。
「アインに聞いたことがある。その花はマンイーターと言うのだが、それなりに美食家だそうだ」
「変ですね。先ほどのため息から察するに、まるで私が美味しくなさそうと言ってるみたいなのですよ」
『ヘヘッ』
「いま絶対に笑ったのです! こいつ人の言葉を理解してるのですよ!」
「まぁ気にするな。そういう性格をしてるんだ」
「……ならそういうことだと思っておくのです。ところで今更なのですが、どうして私は吊るされているのですか?」
「枝を渡るのを手伝ってくれるんじゃないか?」
エオーラが思わず「はい?」と口にして間もなく、マンイーターはエオーラを宙に放り投げた。
「と、飛んでるのですよ!?」
しかしすぐにマンイーターが宙にツタを伸ばし、まるで宙を這うかのように上へ上へ伸びていく。
カインはその後を追って枝と枝を飛んで渡り、地下の魔道具が信号を贈ったと思しき場所へ向けて上昇をつづけた。
やがて、二人は神樹の頂上付近にたどり着く。
「……余裕なのです。ぜんっぜん怖くなかったのですよ」
『ホゥ』
「だから何なのですかその返事は! 人をイライラさせるのがうますぎるのですよ!」
『ヘヘッ』
「くぅ~……ほ、ほんとにとんでもない花ですね!」
エオーラとマンイーターのやり取りを傍目に、カインは辺りを注意深く見渡した。
何か目立った物が置かれている気配はまったくない。もし目立つ物があれば今日までに撤去されているだろうから当然なのだが、あまりにもただの木の上だ。
「しいて言えば、大樹の上というだけか」
神樹の頂上付近は幹から全方位に伸びた枝を見渡すことができる。彼らがいたのはその中心部で、周りはそこいらの町の大通りには負けない太さの枝が伸び、やや元気のない葉が生い茂る。
上を見上げれば枝々と葉の間から降り注ぐ月灯りと星灯りを臨めた。
「カイン様! あっちの方角に――――」
エオーラは気を取り直してルーペのような魔道具で辺りを見ていた。
彼女が指先を向けた場所を見たカインと、同じくつづきを口にしようとしていたエオーラ。
二人は信号が贈られたと思しき先に、何者かの姿を見つけたのだ。
目を凝らし、何者だろうと様子を窺っていたカインがふと、
「ッ――――」
強烈な緊張と驚きに身構え、慌ててエオーラを庇った。
「絶対に離れるな」
何がどう危なくて、何がどう強いのか皆目見当もつかなかった。しかし、アレはまずいと本能が知らせて止まない。久しく感じていない強者の気配に、生唾を飲み込んだ。
けれど、不思議なこともあった。
普段であれば絶対に警戒するだろうに、ここではマンイーターが反応していない。
マンイーターはいつものようにのんびりと、ゆらゆらと揺れながら何者かを眺めていた。
「……なぜ、お前は警戒しない」
まさか相対する者の不可思議な気配に気が付いていないわけでもなかろうに。
疑問を覚えたカインの耳に答えるのは、マンイーターでもエオーラでもなかった。
「儂が敵ではないとわかっているからであろう」
神樹の頂上付近に居た者――――否、彼女は言った。
白いローブを靡かせて、銀髪を揺らしながら二人に顔を向け、
「アインは元気にしておるか?」
彼女は、竜人のセラは穏やかな笑みを浮かべて問いかけてきたのである。
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