イストにて。

 同日夜、城下町の港区画にて。



 ラジードの店にてつい最近、その二階部分が増改築された。二階にも海を一望できる野外の席が設けられたのだ。

 アインがそこに足を運んだのは、店じまいをした数十分後のことだ。



「――――な、なぁ殿下」



 それはラジードの微かに震えた声だった。

 南国情緒漂う港町、シュゼイドからやってきて帝都に店を開いていた彼は以前、アインに対して拳を振った過去がある。そのことはシルヴァードも知っているし、以前ラジードはそのシルヴァードとも顔を合わせ、謝罪したことがある。



 しかし、それにしてもだった。

 まさか自分の店に国王自ら足を運ぶとは思ったこともない。

 僅かな護衛のみでやってきて、新たなテラス席に座った国王たち、、を見て、普段通りで居ろという方が無理な話であろう。



「はいはい?」



 と、一方でアインがいつも通りの態度で答える。

 アインは手洗いを借りていたこともあり、テラス席へ通じる道でラジードを言葉を交わす。



「陛下からご予約いただいたのは数日前なんだが……まさか本当にいらっしゃるとは思わなかったんだ……! ど、どうすればいい!?」


「いつも通り、美味しいごはんをいただけたら俺たちは満足です」


「……そのいつも通りが難しいってことなんだがな」


「大丈夫ですよ。お爺様だって楽しみにされてましたから、特に気にせず」


「だ、だから楽しみにされてるってことがだな……! 期待を裏切るような料理を出しちまったらとんでもない話だろ!」



 そんなことはないだろうに、とアインが苦笑い。もう一度ラジードに優しい言葉を投げかけたアインは、その後で彼と別れてテラス席へ。

 その際、ラジードが別れ際に見せた頬をぱんっ! と強く叩いて気合を入れた姿に笑っていた。



「気負わせてしまっておったか?」



 テラスに用意された丸テーブルにて。

 海風に心地良さを覚えた様子でリラックスしているシルヴァードが、アインにそう言った。

 そして、彼の隣に座っていた絶世の美玉もまた口を開く。



「アイン。やっぱり私も何か言ってきた方が――――」


「いえ。お母様とお爺様が言ってしまうと、余計にラジードさんが緊張しますから」



 久しぶりの三人だった――――というわけではない。

 更に丸テーブルに向かう、褐色の美女が居た。



「そうよー。あなたたちが話しかけちゃったらもう大変なんだから」



 王妃ララルアである。

 つまりいまここにいるのは、国王にその王妃、そしてその娘と王太子の四人ということになる。イシュタリカの性質を思えば、明らかに異例なことだ。



 だが、たまの時間に料理を楽しむくらいあってもいいだろう。

 特に最近は、皆が皆忙しかったということもあるのだから。



 クローネとクリスが同席していないのは、この席がその二人の気遣いであるからだ。偶に四人で食事を楽しんできてくれと言う計らいである、とクローネの母であるエレナが言っていた。

 何度か遠慮したシルヴァードたちではあるが、クローネもクローネで意志が強い。最後は押し切られてしまい、シルヴァードがその言葉に甘えたことでこの席が用意された。



「しかし、アインに会ってみたいと言われるとは思わなんだ」



 今日、王都に帰って間もないクリスが持ってきた手紙のことだ。

 その手紙にはダークエルフの王子ことルギスからの願いが記載されており、それはすぐにシルヴァードも確認した。



「あなた」



 そこで咎めるような口調のララルアが、



「せっかくの席なのに、仕事の話ですか?」



 しかし優しげに窘めるような言葉を。

 ばつの悪そうな表情を浮かべたシルヴァードと、その顔を見て「俺は大丈夫ですよ」と口にしたアイン。



「あまり詰め込んだ話はせず、考えを共有するまでにしましょう」


「ふふっ、アインも仕事熱心ですものね」


「それはもう。来年には国王になる身ですから」



 オリビアは相も変わらずアインに向ける視線に最大限の愛を込め、彼を見るだけで幸せと言わんばかりに頬を緩めていた。

 アインの言葉を聞き、ララルアは「じゃあ、ちょっとだけですよ」と苦笑い。



「でもお爺様、料理が届くまでにしておきましょう」


「うむ。せっかくの料理なのだ。余も温かいうちにいただきたい」



 ということで、クリスが持ってきてた手紙の件について言葉が交わされる。



「例の手紙の件、アインはどう考えておるのだ?」


「お爺様や貴族さえよければ、会うべきだと考えています。それで相手がイシュタリカの一員として何事もなくいてくれるなら、それが最善でしょう」


「そうだな。しかしかの王子がこの王都を訪ねるなら、確認せねばならんことがある」



 そのことならアインにも予想できる。

 鉄の国との対話の際も議題に出たことだ。



「国の代表として訪れるのか、一種族の代表として訪れるのかですね」


「左様。前者の場合、我らがそれを受け入れた時点でダークエルフの国家として認めるも同然だ。鉄の国の件とは若干状況が違うからな」


「あのときのことはアイン君も覚えてると思うけど、あっちは最初から一つの国として宣戦してきたものね」


「ですねー……当時は認める認めないの段階じゃなかったですし」


「でもアイン。私もアインに宛てられた手紙のことはクリスから聞いてますよ。それによると、相手はいま話してる件については時間が欲しい――――って言ってましたよね?」



 オリビアが言ったように、ルギスはまだ時間が欲しいと言っていた。それは彼らが率いるダークエルフたちをイシュタリカに任せられるかどうか、について。故にルギスが王都に来るとしても、その際の彼は古くから存在するダークエルフの国の王族として足を運ぶ線が濃い。

 となれば、シルヴァードが口にした確認事項にひっかかってしまう。



「お爺様としては、国の代表として訪れるなら受け入れがたいっていう状況ですか?」


「余計な諍いを生むからな。特に貴族たちとしては、秘境からやってきたとは言え、我らが国土でそのようなことを――――と言う者がいて当然だ」


「鉄の国の件から間もないですしね」


「そうだ。しかし……本当にこの大陸は広すぎる。初代陛下が統一したというに、隠れた民族がこうして生活しているのだからな」



 アインは何となく居心地が悪そうにシルヴァードから視線をそらし、グラスに入った果実水を飲んだ。オリビアと目と目が合った。彼女はアインがいまのように振る舞った意図を理解して、それにより層が如く笑みを向ける。



 ――――そこで、



「メリナス殿に事を荒立てる気がないのであれば、気にするほどではないでしょう?」



 海風にその銀髪をたなびかせながら、穏やかな口調でララルアが言った。



「現状、何よりも重要なのは一族を率いる者の言葉ですもの。その長に事を荒立てるつもりがないのであれば、王子――――いいえ。ルギス殿の立ち位置は彼の意志で変わるものではありません」


「ふむ。まるでアインを見定めた結果に何の憂いもないと言ってるも同然だな」


「あなたには憂いがあるとでも? 私自慢の孫に限って、そのようなことがあるわけもありませんわ」


「そんなのは余も知っている。余が言いたかったのは、そのルギスが何らかの不満を抱いたことで、メリナスと違う考えを抱いた時のことだ」


「それはその時です。ハイムのように自治領として認めるため動くべきか、それらはまだ考えられる段階にありません」



 一応、イシュタリカ側としては、今日までダークエルフたちが暮らしてきた地を奪うつもりはない。あくまでも互いの立ち位置の問題であって、はっきりすべき場所ははっきりしたいというだけ。

 特にイシュタリカにとって重要なのは、互いが平和的な関係で居られるかどうかに尽きた。

 そんな中、メリナスがイシュタリカの世話になることを臨んでいることから、今回のような話になったわけである。



「ルギス殿の立場もそうです。一国家の賓客として訪れることを許容できないとしても、その立場を定めるのはまだメリナス殿です。ルギス殿に決める権限はないでしょう」


「恐らく、ダークエルフの使者として訪れるだろうからな」



 それはルギスがイシュタリカ王都に足を運ぶ理由だ。

 国としてではなく、この大陸のいち地方に住まうダークエルフたちの長の、その代理としてといったところか。



 とはいえ、話はそれまでだった。

 ラジードが緊張した様子で料理を運んできたことで、仕事の話はひとまず終わる。

 シルヴァードたちが食事を楽しむ様子を見て、ほっと胸を撫で下ろしたラジード。その彼を見て、アインがくすっと微笑んだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 それから二週間のうちに、諸々のことが過ぎ去った。イシュタリカ側の懸念はメリナスも気にしていたようで、特段、難しいことはなく物事が進む。

 こうして、ルギスがイシュタリカにやってくるまでの流れが整った。



 しかし、ルギスがはじめて足を運ぶ場所は王都ではなかった。

 彼が足を運んだのは、イストだった。

 どうしてイストなのかと言うと、イシュタリカ側にいきなり王都入りさせることへの抵抗があったことと、ルギスが研究者たちに礼を言いたかったからだ。

 わざわざイストを経由することになったのは、そうした利害の一致からである。



 はじめて森を出たと言っても過言ではないルギスにとって、飛行船に乗り、イストを目指す旅は驚きの連続だった。

 彼が連れた護衛もまたそうで、ダークエルフたちははじめてみる外の世界イシュタリカに対し、多くの感情を抱いていたことが見て取れる。



 ルギスをはじめとした一行が、イスト大魔学における客室にて。



『森の外はこんなことになってたのか!?』


『ええ……我らも驚いております』



 客室に通されたルギスたちがそのような言葉を交わしていた。

 それは古いエルフの言葉で、いまは普通に使われていない言葉である。

 彼らの里では基本的にその古いエルフの言葉が用いられるが、過去、いわゆる共通語と言われる言語が使われなかったわけじゃない。たとえばドワーフとの交易をしていた時代もあったから、潰えた知識ではなかったのだ。共通語は、一部のダークエルフしか学ばなくなったというだけに過ぎない。



「どうやらお客人方は驚いておられるようだ」



 一人の研究者が言えば、ルギスが慌てて咳払いをした。



「すまない。少々取り乱してしまい、故郷の言葉が出てしまった」


「構いませんとも。私もそちらに出向いたことはありますが、古くからの文化を大切になさっておいでであることは承知しております」


「かたじけない。そう言ってくれると助かる」



 ルギスはその端正な顔に本心からの安堵を浮かべていた。

 この客室にはルギスの一行の他に、イスト側の研究者たちの代表と、その護衛として甲冑に身を包んだ騎士が控えている。

 騎士たちは何も語らず、ただじっと見守るのみ。

 そんな中、ルギスが新たに口火を切った。



「我らに力を貸してくれたこと、感謝する。おかげで神樹が生気を取り戻せた」


「こちらこそ、珍しい情報が得られました。ですがルギス殿は、随分と他の種族に対しても堂々としておいでだ。これは興味からお尋ねしたいのですが、何か理由がおありなのですか?」



 質問の意図は単純で、ダークエルフたちはずっとあの里に引きこもっていたからだ。

 外の種族を知らなかったとは言わないが、それにしては、随分と森の外に住まう者たちとの対話に慣れているように思えた。



「……いや、特にないと思うが」



 ルギスの表情に浮かんでいたのは、純粋な疑問である。

 唐突な問いに対しそれらしき答えがなく、特にないと答える他なかった。



「これは失礼」



 研究員はすぐに謝罪して話題を変えた。

 話はつづく。神樹での件をはじめイシュタリカに足を運んだルギスたちの驚きや、ちょっとした世間話ににた取り留めのない話まで。



 やがて一度休憩となり、ダークエルフたちは手洗いに行くため席を立つ。

 彼らが研究所の手洗いを借りた、その帰り道だった。



『本当に我々は会えるのか?』


『例の王太子殿下とでしょうか』


『他に誰が居る。オレたちが何のために森を出たか忘れたんじゃないだろうな?』


『とんでもありません。我らダークエルフの誇りのため、そして女王陛下のためにイシュタリカを見定めに参ったのです』


『そうだ。だから一日も早く王太子に会う必要がある』



 廊下を歩きながら、彼らは生まれ故郷の言葉で会話をつづける。



『どうにかして、早く会えないか聞いた方がいいか』


『おやめになった方がいいかと。それでイシュタリカに不信感を抱かせてしまっては、会えなくなってしまうかも』



 すると、護衛の言葉にルギスが焦りを募らせて――――



『だがそれでは――――ッ!』



 少し声を荒げてしまい、周りの騎士たちの注目を集めた。

 それにはばつの悪い表情を浮かべ、やや恥ずかしそうに俯いたルギス。



「どうなさいましたか?」



 一人の騎士がルギスの声を掛けた。

 その騎士は傍に、二人の騎士を控えさせている。

 さっきまで、客室の中に控えていた騎士でもある。



「な、なんでもない! 気にしないでくれ! 少し緊張していたようだ!」


「ではよいのですが、何かあればすぐにお申し付けください」


「ああ……気遣い感謝する」



 ルギスたちが前を立ち去ってから。

 先ほどの騎士と、傍に控えていた二人の騎士はルギスたちの姿が見えなくなってから背を向けた。すると、近くの騎士たちの前を進んでこの建物の外へ向かった。

 その際、同じ騎士のはずが、三人の騎士に対して他の騎士たちは深々と頭を下げていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 その理由は、イスト大魔学の裏手に停まる馬車の中でわかる。

 密かにその馬車へ戻った三人が、馬車の中で兜を脱いだ。



「結構、必死みたいね」



 兜を脱ぎながら言った一人目は、銀髪のエルフだった。

 いまではロランの研究室に出入りしているシエラである。



「うん。私もそう思う」



 次に言ったのはクリスである。

 銀に金と、互いに互いを際立たせる髪を靡かせて、二人は同時に三人目の騎士に顔を向ける。

 三人目が兜を脱げば、そこから現れたのは、



「……あの、俺は二人みたいに古いエルフの言葉がわからないんだけど」



 苦笑いを浮かべて言ったアインだった。



 どうしてこの三人がここにいるのかと言うと、いつもどおりのことだ。

 アインはアインでルギスのことが気になっていた。しかしクローネの状況が状況のため、基本的に王都を離れる気がない。



 しかし、彼には彼なりの理由があってイストにやってきている。



 イストには最新鋭の魔道具が揃っており、それを用いて新たな薬――――と言っても栄養剤のようなものなのだが、それがシルビアの協力を得て作られた。



 何のためかは当然、クローネのため。

 アインが作った雫からヒントを得たシルビアによって、クローネの身体のために用意されたのだ。それを確認するため、また今回のルギスの件もあってアインが率先して足を運んだのである。

 要は、基本的にクローネのために足を運んでいたということ。



 そもそも例の雫を使えばいい、とは言えない。

 まずもってあれが貴重すぎるということもあるし、力が強すぎることから、多用することで悪影響が出ないか心配なためだ。

 常用しても問題のない品にするため、今回はシルビアが色々四苦八苦したのである。



 そして、彼に同行したクリスとシエラの二人は、こうした事態に備えるため。

 幸い、ダークエルフたちも古いエルフ語を用いていることが明らかになっていたから、この運びになっていた。



 その二人だが、先ほどのアインの言葉をうけてルギスたちが何を話していたのか、語り聞かせた。

 車輪が石畳を進む音と、僅かな揺れが馬車を包み込む。



「うーん……普通に何事もなさそうなんだけど……」



 すると、そんなアインの言葉にクリスが疑問を浮かべた。



「どうしたんです? 何か気になることがおありですか?」


「ほら、鉄の国での件だよ。鉄の国の耕土がダークエルフの呪いでどうのこうの――――って話があったじゃん。だから俺としては、何かあるのかなって思ってたんだけど……」


「……じゃあ、関係あるとすればメリナス様か、他のダークエルフでしょうか」


「俺たちに何かするつもりだとすればね」



 アインの含みに満ちた言葉だった。

 次に口を開くのはシエラだ。



「殿下のお力によってもそうですが、最新鋭の魔道具により彼らが何か隠し持ってないか調べております。私とクリスも不審点らしい不審点は見つけられませんでした」


「そそ。だからこそ不思議なんだ」


「なるほど。殿下は鉄の国の耕土に施された呪いが、いったい何を経由して持ち込まれたものなのか気になっているのですね」



 アインが頷いて答える。



「だから俺は、俺たちに何かするつもりならって言ったんだよね」


「神樹の件もありますから、無警戒ではいられませんもんね……ということはやっぱり、ルギス殿を王都入りさせるのはまだ待った方がいいかもしれません」


「うん。クリスの言う通りちょっと待っておきたい。だから俺がルギスに接触して――――」


「ちょ、ちょっとまってください!? アイン様がイストにいる間にってことですか!?」


「殿下! それはあまりにも――――ッ! というか殿下は、クローネ様のお傍にいるべきだと、ご自身も常々仰っておられたじゃありませんか! 一つ確認できたのですから、早く王都に戻られるべきではないかと!」



 実はそのクローネの件については、アインがイストに数日残った方が良い理由がある。



 クローネのために作られる栄養剤について、できあがってすぐに持ち帰るわけにはいかない。一応、試しておきたいのだ。

 では誰が試すのかと言うと、アインは自分が試すべきと思っている。アインがあまりにも強くなってしまったせいで若干影の薄い存在こと、毒素分解EXの存在によってだ。

 


 栄養剤の精製には多少時間がかかるとあって、それを優先して数日はイストに残ることができる。

 その際、合間を縫ってルギスの件をどうにかしたいということだった。



 当然このことはシルヴァードも許している。

 もう、色々なことが今更だった。




「クローネが飲むものは、何としても俺が確認してからじゃないとね」



 すると、そう言い放ったアインを見てシエラが仕方なそうに、



「年々、仲が良くなっておられるとは聞いておりましたが……」


「ありがと。実はそうなんだ」



 照れることなく言ったアインに恐れ入った――――という表現が正しいかはわからないが、シエラは再び微笑んで、それ以上の提案は口にしなかった。



「殿下のことですから、イストと王都を飛行船で往復されるかと思ってました」


「……それがさ」



 アインが若干不満そうに口を開く。



「駄目って言われたんだ。最初はシエラが言ったようにするつもりだったんだけど、どこからか聞きつけたクローネにそれは止めなさいって言われちゃって」


「わかります。クローネ様はそのような忙しなさは不要、と。イストに泊まってくるよう仰ったのでしょう?」


「そうなんだよね。ほんと、どこから聞いてきたのか……」



 実際、クローネはアインの考えを誰か別の第三者から聞いたわけじゃない。

 すべては彼女が長年培ったアインとの接し方であり、アインが何を考え、自分のために何をしようとしてるか看破したうえでのことだ。

 それは決して自意識過剰なものではない。

 クローネも自分の口でそれを指摘することは若干照れくさかったけど、アインの考えを看破したことにはほっと安堵していることだろう。



 そのことは、クリスとシエラの二人も知っていた。



「私は今日いっぱいだけど……クリス、殿下と二人になるからって、いつものポンコツっぷりを披露しちゃだめよ?」


「し、しないってば! アイン様! 最近の私は前よりちゃんとしてますよね!?」


「……多分」


「た、多分ってなんですか! もう!」



 シエラはたまたま予定があったため、クリスと同じ古いエルフの言葉を知る者として同行していた。しかし今日いっぱいのため、明日からはアインとクリスの二人になる。

 こうなると、昔を思い出して止まないところだ。



 イストで特務に励むと考えれば、少年時代のことが瞼の裏に浮かぶ。



(さて、明日からはどうしようかな)



 アインがイストに滞在するのは数日間だが、どのようにしてルギスに接するべきか、まずはそれを宿に戻って考えるところからはじめよう。

 不満そうに唇を尖らせて、その美貌に可憐さを孕ませたクリスを見て、アインは優しく微笑んだ。




◇ ◇ ◇ ◇



 その夕方、宿に戻ってから。

 以前も泊まったのと同じ宿の一室にて、今日はもうすることがないからとラフな格好に着替えたアインが、昔のようにメッセージバードを取り出した。



「えっと――――『体調はどう? 俺は宿についたよ』――――っと」



 ひとまず短めの言葉をクローネが持つメッセージバードへ送った。

 すると、数分が過ぎたところでその返事が届く。



『大丈夫。それにアインの声が聞けたから、いまにも空を飛べそうな気分よ』



 と。

 そんなことを言われたら、やっぱり一度帰ろうかと思ってしまうのがアインだったのだが……。



『アインが私にただいまって言って、私がアインにおかえりって言えるのが楽しみ。だから、無理しちゃダメだからね?』



 クローネは先を見越していたのか、そんな言葉をつづけていた。

 メッセージバードからその言葉を聞いたアインは、ふぅ、と息を吐いて笑う。やはりクローネは一枚上手だと思い、頬を叩く。



「よっし、頑張ろ」



 大事な仕事は二つ。

 一つはクローネのための栄養剤を自分で確認すること。そしてもう一つは、ルギスに関すること。

 ルギスと直接話すことで、もっと彼のことを知っておきたい。



 アインはルギスのことをクリスと詰めるべく、気合を入れて彼女の下へ向かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る