女王はひもじい。

 飛行船で王都に戻る最中、アインは部屋の窓から大陸イシュタルを見下ろしながら考えていた。



(今頃王都では、この話がされてるはずだ)



 鉄の国との対等な取引には応じれない。

 先制攻撃を仕掛けて来たのは彼らで、言ってしまえば現状は、その彼らがイシュタリカに恐れをなして勘弁してほしいと願い出ているも同然だ。



 そうなると、鉄の国は必要な犠牲を払うことになるのが普通だ。

 近年の戦争と言えばハイム戦争くらいしかない。

 更に遡ったところで、大陸イシュタル内での魔王大戦や、それ以前の種族同士の戦争になってしまう。



 ともあれば参考にすべき戦は、ハイムやロックダム、それにエウロなどのある大陸で過去に勃発した、大陸の覇権を争うそれ。



 当時の戦はバードランドで戦争の終結が宣言された。

 理由は戦争が長引きすぎたことによる疲弊や、各国同士で生じた融和の流れ。

 他にも、時代の移り変わりによる心境の変化もあったらしい。



 ――――ここで重要にあるのは、その終結が宣言される前。



 戦時中に存在した小国も大国も、戦いに負けた国はいずれも多大なる犠牲を強いられた。

 中でも王族をはじめとした国家元首らで、彼らは基本的に処刑されている。



(それに倣えば、俺たちが女王を処刑するって話もなくはない)



 処刑したいかしたくないか、ではない。

 これはあくまでも、責任の所在の問題なのだ。



 アインの個人的な気持ちとしては、そういった争いごとや責任の取り方が”好きではない”。

 だが、あくまでも個人としての話だ。

 いずれ王となる身として、何事も情や一時の感情で納めるべきではないと分かっている。ただ、気分が滅入ってしまうのはかわらなかった。



(……ふぅ)



 ここでアインは、本題を考えることに戻る。



 イシュタリカが鉄の国の存在をどう認めるかも焦点なのだ。

 仮に一国と認めてしまえば、国土の一部が鉄の国のものとなる。

 が、一方で鉄の国は古くから、そこが自分たちの領土であると主張しているのが現在の流れだから、何が正義かという話にもなってくる。



 最終的に、誰がどの力を用いて決を採るのか。

 武力による統一は容易であるが、若干、懸念がある。



(すでにドワーフは異人とされているから、ここはどうするって話か)



 ちなみにムートン曰く、同じドワーフだからと言って特別なことを言うつもりはないそうだ。

 特にバルト周辺に居を構えているドワーフたちは、血統を辿れば鉄の国と袂を分かち、イシュタリカの民となった者たち。



 それ故、種族が同じでも同じ民ではない。

 他のドワーフたちもそう思うだろうと言っていた。



(後は、例の件をウォーレンさんがどう思うか次第か)



 アインが思った違和感、鉄の国の暴挙の理由について。

 彼らがなぜ、あのような行動をとるに至ったのかだ。



(黄金航路の相談役、アイツしかない)



 先のシュトロムで起こった騒動も考え、そのはずだと本能的に思わざるを得なかった。



 そのため、実は女王を処するか否かも安易に判断しないほうがいい。

 唆した者が居るのなら、まずはその影を探らなければ。

 実行に移した女王が無罪とは言わない。彼女もまた、欲に駆られて地上を襲った可能性があるとすれば、罰するべきは罰するつもりだ。



 が、その罰の重さが変わる可能性がゼロではない――――ということ。



 特に鉄の国がイシュタリカに参入することになれば、女王を処刑することは可能な限り避けた方がいい。

 特別な知識を持つ古いドワーフたちがどこかでイシュタリカに反旗を翻さないとも限らないし、言葉は悪いが、その知識と技術を管理できる方がいいのだ。



『アイン様ー! もうそろそろ到着しますよー!』



 ノックと共に届いたクリスの声を聞き、アインは「りょーかい!」と返して窓の外を離れる。

 小さな鞄を一つ手にして外に出て、待っていたクリスと外に出る準備に取り掛かった。





 ――――城に戻ってすぐのアインを出迎えたのは、少し疲れた様子のウォーレンだった。



「アイン様がお考えのように、我らは量刑や、今後の鉄の国との関係の意見を交換しておりました」



 大広間を抜け、大会議室へ向かう最中。

 アインの隣をウォーレンが、クリスは二人の邪魔にならぬよう、アインの斜め後ろに控えるように歩いていた。



「やはり、女王をどうするかが焦点となります。いずれにせよ国家として、甘いと思われる対応をとることはできません。歴史に学ぶ賢者となるか、経験に学ぶ愚者となるか。決して軽率に判断できない状況かと」


「ウォーレンさん個人は、どう思ってる?」


「イシュタリカは文明が発達するにつれ、人々の心に余裕も生み出しました。ですので可能な限り、処刑は避けるべきでしょう。……こう言ってはなんですが、やれ処刑だ、やれ首を切れというのは昔の話ですからな」



 つまり、甘くない対応をしながら絶対的な実利を得なければならない。

 言葉にすれば、それが本当に苦慮することがわかってくる。



 すると、ウォーレンが一枚の紙をアインに手渡した。



「私なりの考えです。道すがら、軽くご確認を」


「ん、わかった」



 それを見れば、なるほどとアインは膝を打つ思いにさせられる。

 まず、先制攻撃を仕掛けた鉄の国には、相応の賠償をさせるようだ。イシュタリカ側には重傷者もおり、それらすべて、一つの例外もなく賠償させると。



 1・絶対条件として、『鉄の国』の無条件降伏。

 2・女王の全権を剥奪とし、身柄を王都預かりとする。

 3・『鉄の国』という集団を解体し、彼らの住む場所をイシュタリカ側で検める。

 4・イシュタリカで有用と判断された技術の供与。また、技術者の供与。しかし技術者はイシュタリカの方に基づき、所定の条件により雇い入れる。

 5・所定の賠償金。



「取り急ぎ、最低限それらのことを先に済ませておきたいのです。女王の量刑などの他は、状況を鑑みて最終決定をくだせばよろしいかと」



 アインが確認したこれらだけでは甘いのがわかる。

 ただ、あくまでも取り急ぎだ。

 いずれ状況がもっと確認でき次第、また話は変わってくるだろう。



「個人的に気になるのは、ムートン殿の件や、アイン様がご懸念なさっていた、黄金航路の相談役についてです」


「ああ……ムートンさんが王だとかなんとかって話とかか」


「はい。アイン様がカイン様とお話なさったことが、本当であった場合です。その場合わからないのは、既に鉄の国には女王が居るのに、なぜそれほどの反応をしたのかということですな」


「そっか。言うなればムートンさんの祖先は祖国を捨てたから、鉄の国のドワーフたちが好意的なのはおかしいってことになるのか」


「仰る通りです。それらも踏まえ、まずは女王との接触に臨まねばなりません」



 ウォーレンはそこまで言うと、「そういえば」と前置いた。



「鉄の国に移動手段がない気がしておりまして、奴らと相対した平原まで文官を派遣することにしたのです。何人か私の方で選定したのですが、最近、仕事を教えている者が是非に、と言っておりまして」


「……もしかして、レオナードとか?」


「ご賢察にございます。しかし危険が伴いますので、立場を鑑みてどうするべきかと。しかし、彼は是非お任せください、と強く仰っておりますので、任せるつもりにございます」



 いかがですか? ウォーレンの目がそう言っているようだった。

 アインにはそれを止める権力がある。

 レオナードは友人だ。それを思えば、危険な目にあわせずに済む方がいいと思う自分も居た。



 けど、もうみんな大人である。

 学生ではない、一人の大人なのだ。



「レオナードが決めたことなら、俺に止める権利はないよ」


「ええ、そうおっしゃると思っておりました」



 しかし、どうなることだろう。

 鉄の国の初動が頭の中に残っていたせいで、アインは若干の懸念を拭いきれていなかった。

 どうか無事で。

 彼はそう考えて止まなかったのだ。




 ――――しかし。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 この騒動に新たな展開が訪れたのは、十日後のことだった。

 支度を終え、予定通りに派遣された文官ことレオナードの一行、彼らは大陸西方に位置した平原で鉄の国の一団に会った。

 そこに居た女王に対し、レオナードは決められていた言葉を告げた。



『女王の世話をする者を一人。女王の護衛をする者を一人。それ以外の者が王都へ随行することは認められない』



 と。



 これにはその他のドワーフたちが怒り狂ったそうだが、女王の言葉で収まったらしい。

 また女王だが、その条件を呑んだそうだ。そうでなくば同胞の命がないと思っていたのか、思いのほか素直だったと報告されている。



 また、アインが監獄で対応したドワーフが書いた手紙も関係している。

 彼が願ったムートンらの同行は叶わなかったが、ムートンも一応、王家の依頼を受けて王都で女王と顔をあわせる予定になっていたのだ。



(…………で、)



 どうしたもんか。



 女王一行が連れていかれたのは、王都をでてすぐにある平野だ。

 さすがに、いきなり王都に連れて行って何かあってからでは遅い。



 というわけで、まずは外で様子を見ながら、アインが女王に会うことになったのだが……。



「ふむ」



 連れてこられた一行を見て、マルコがヒゲをさすりながら言う。



「これは私が魔物としての観点から気が付いたことですが、彼らは魔石の質が著しく悪いらしい。どうやら奴ら、あまり栄養のある食事を取れていないようです」


「ああ、だと思ってた」



 女王を含めた三人のドワーフたち。

 彼らの服装は質素で、身体つきも細くて薄い。

 ところで、アインは女性のドワーフをはじめてみたけど、女王はその高貴な身分に反比例して、髪の毛だってあまり艶が無かった。



 護衛のドワーフは一目見て筋肉が分かるものの、それでも筋肉は引き締まり過ぎていて、必要な脂肪も足りていないように見える。



 マルコに言わせれば、それはまるで魔王大戦以前の戦士たちのようだと。

 それも、大陸が裕福ではなかった時代のようであり、戦の目的が資源の奪い合いなどでもない、食料そのものを欲しての戦を思い返させるのだと。



「地下を出た理由の一つかもしれません」


「かもしれない。彼らは俺たちも驚く技術を持っているけど、もう何百年も地下で種を存続させてきたんだ。食べ物に困っていても不思議じゃない」


「……過去の愚王が残した呪いのようですね」


「うん。少し俺も思うところはあるけど、すべては話を聞いてからだ」



 アインはそう言い、これまで控えていた天幕を出た。

 平野にぽつんと置かれた椅子に座った鉄の国の女王と、その後ろに並べられた二脚に座った護衛と給仕。

 そして、その三人の前に置いた椅子に座ったレオナードと、彼を守るように付き従う近衛騎士たち。



 アインは彼らが居る方へ、ゆっくりと歩いて近づいていった。



「で、殿下!?」



 すると、レオナードが慌てて立ち上がる。

 近衛騎士たちもまた、驚いた様子で膝を折った。



「どうしてここに? 私は殿下がいらっしゃるとは……ッ」


「ごめん、お爺様に無理を言って内緒で来たんだ。俺も気になることがたくさんあったし、この前、別のドワーフを尋問した手前ね」



 話を聞いて、女王が口を開く。

 彼女は小柄な少女だった。人間に置き換えれば十歳にすら見えないほど小柄で、素朴ながらも可愛らしい顔立ちをしている。

 服装はアインが確認していた通り質素で、反比例してマントだけが重厚感を漂わせている。



 そんな姿の女王が、何を言うのかと言うと、



「わ、私の家族と会ったというのは貴方なのですね!」



 開口一番、囚われのドワーフについて尋ねてきた。



「無事なのですか!? 私の家族はどうしているのですか!」


「貴様。無礼にもこのお方に何をお聞きになる!」


「ッ……わ、私にとっては大事なことなのですッ!」



 少女はおおよそ、女王と呼ぶにふさわしい存在には見えなかった。

 いいところが、町娘。

 芯の通った性格を伺わせるけど、純真さは田舎町でそだった少女のそれだ。



(変だな)



 アインには、この少女があんな暴挙に出るとは思えなかった。

 暴挙というのは、急にイシュタリカへ攻撃を仕掛けたことに他ならない。だがそれを、こんな少女が思い立って行動するとも思えない。

 また、他のドワーフたちも。



(やはり、あいつか)



 黄金航路の相談役について、今一度関与を疑って止まない。



「――――無事だよ」



 アインは決して、情だけで話をするつもりになったわけではないのだ。

 だが、この少女を前に普段、王太子として見せる圧を露にしてしまえば、そのときこそ、少女は委縮して何も言えなくなるだろうと感じただけのこと。



「ほ、本当なのですか!?」


「うん。俺たちの技術で命を救えた。身体の欠損はどうしようもないけど、もう死ぬ心配はないくらいに回復している」


「……よかった、のです……」



 少女が涙した。

 これがまた、アインに新たな疑問を抱かせる。



(ただ誑かすにしては、あまり意味が見いだせない存在だ)



 黄金航路の相談役が関与しており、このドワーフたちを――――女王を誑かしたとしよう。

 が、その利点が見えてこない。

 明らかにこの少女は王としての器になく、仮初のそれにしか見えてこない。かと言って、この様子では他に知恵者のドワーフが居るようにも思えないのだ。



(何のためにあんなことを)



 ふと、アインの瞳が金色に輝いた。

 レオナードは確度の影響でそれが見れなかったけど、一瞬、三人のドワーフがそのアインに気を取られ過ぎている、、、、、、、、、、ことに疑問符を浮かべる。

 だが彼は最終的に、それがアインの圧によるものと勘違いする。



「ここから先の話は、三人が嘘偽りなく俺たちと対話することが条件だ。それを守れるか、否か。正直に答えてくれ」



 すると、三人は声に出さずに頷いた。

 絶対的な命令権、シャノンが扱う能力。

 それはアインが使うことで、また格が違う能力へと昇華を遂げている。

 彼らの返事に問題ないと確信したアインは、三人に対して背を向けた。



 また、能力はすぐに解除したから、三人への影響は極わずかだ。

 しかしその影響は仕方のないことだ。

 アインとしても、嘘偽りのない返答を得るためには譲れなかった。



「レオナード。俺も同席して話を聞いていい?」


「……やれやれ。相変わらずですね、殿下」



 苦笑したレオナードが肩をすくめて言ったのだった。

 そうしていたところへ、アインの背中に向けて。

 ぐぅ~~……という、巨大な腹の音が届いたのである。



 振り向いて女王を見れば、彼女は羞恥と怒りに駆られていた。



「な、なんなのですか! その目は!」


「いや、船の中で食事が出たはずなのに、と思って」


「逆効果なのですよ! 生まれてはじめてあんな食事をしてしまったら、また食べたくなってお腹がすくのも当然なのです!」



 はて、とアインが首を傾げる。

 傍に控えていたマルコに顔を向け、「そんな豪華な食事だったっけ?」と尋ねた。



「いいえ。私が知る限りですと、飛行船にある食堂で出る食事と一切変わらぬ内容です」



 だから特別な料理ではない。

 少し肉は多いかもしれないが、一般的な料理だけのはずだ。



(やっぱり、食べ物にも困ってるのかも)



 だったら早く地上に出て暮らせばよかったのに。

 こう思って止まないが、事情があるのかもしれない。

 そう思えば、つづく話にも身が入る。



 ――――しかし、どこか緩い。



 鉄の国は歴史的に見ても、複雑な立ち位置にある存在である。

 その彼らと、イシュタリカの王太子。

 言い換えれば国同士の会談と言えなくもないし、また、戦勝国と敗戦国の代表の会談とも言い換えられる、不思議な席。



 その場に臨むことになったアインは、取りあえず料理を運んでおくかと考えた。



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