進展したところで。

「って感じなんだけど、どう思う?」



 アインはドワーフとの会話を終え、数時間後にはバルトに居た。

 どのような話をしたのかは皆に共有済みだけど、その経緯にある、シルビアからの助言などを共有する時間まではなかった。



 いままさにアインが話したのは、そのことだ。

 ……隣で話を聞いていたクリスはまるで仕方なそうに、困ったように笑う。



「たはは……シルビア様が仰る言葉の意味も分かります。私もはじめて王都に行った際は、都会過ぎて何が何だかわかりませんでしたから」



 二人はバルトの町中を楽しみながら、身体を寄せあって語り合う。



 季節は春でも、このバルトが位置するのは大陸でも北方だ。

 雪国としての印象が強いこの辺りでは、残雪が散見されるし風も冷たい。

 身体を寄せあいながら歩けば、相手のぬくもりが手元を通じて全身に染み渡る。



「けど、いいんですか?」


「ん、何が?」


「私たちが仕事をせず、こうして観光のように町を歩いていることが、です」



 というのも、アインはドワーフとの語らいが済んだ後に、同行した皆に共有するより先にウォーレンへと連絡を取った。

 その返事は以後の仕事をお任せください、というもの。

 そもそもとして、王太子の身分にあるアインは十分に働いている。

 後は他の文官にもできる仕事とあらば、それこそ彼らが成すべきというのが常識だ。



 ――――つまるところ、ドワーフが同意した対話の件について、王都の方で会議が行われている。



 鉄の国とどう接触するかに関しては、アインの手を離れたのだ。

 それゆえ、今のアインはその王都から連絡が届くまで暇を持て余す。

 だから、いっそのことその時間を有効活用して、想い人との時間を過ごそうと思ったのだ。



「休憩時間みたいなもんだし、自由に過ごして平気だって」


「……では、遠慮なく」



 重なった手に力がこもった。

 クリスも素直に楽しむようにしたらしい。



 が、やはり多少は目立っていた。

 英雄と謳われるアインと共に、その美貌と実力で名を馳せたクリスティーナ・ヴェルンシュタインという女性が手を繋いで町を歩いているから、当然と言えば当然だった。



(久しぶりに出店巡りができそう)



 バルトはいつだって賑わっている。

 多くの冒険者が運ぶ新鮮な素材を用いた食べ物が、香ばしい煙を上げて焼かれていた。

 それはシンプルだが、食指をそそる魅力的な煙だった。



「そう言えば、陛下がいつの間にか何も言わなくなっちゃいましたね」



 と、クリスが言った。



「うん?」


「アイン様がこうして護衛を連れず、町を自由に歩くことにです。昔はほら、ずーっと私が傍に居ましたし、それも多少の変装はしてましたもん」


「それを言ったら、今もクリスが傍に居るけど」


「う、う~ん……何ていえばいいんでしょう……」



 頭を悩ませていた彼女が、やや照れくさそうに頬を掻く。



「もう、主君と騎士だけの関係じゃありませんから」



 その横顔がアインの目を引いた。

 本当に綺麗な人だ、と再確認させられる。



「……公私混同とまでは言わずとも、警備体制に油断はないかってこと?」


「はい。ありていに言えばそんな感じですかね」



 そうはいっても、昔に比べて実力が劣っているわけではない。

 むしろクリスは成長しており、アインとの根付きの影響もあって稀有な実力者だ。



「俺も強くなったし、危なくなれば勝手に出てくる強い花も居るしね」



 マナイーターのことを示唆すれば、クリスは「確かに」と笑った。



 また、兼ねてよりシルヴァードが口にしていることだが、今のアインを殺せる者が居るのなら、それこそ国の危機とも言える存在がいる証明になる。

 事実上それが皆無である、と彼はそう考えている節もあった。

 ……セラなどの存在は、アインだけが知っていることだから。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夜になり、魔王城に戻ったアインとクリス。

 二人は魔王城の大広間での夕食を楽しみ、魔王城に住まう者らとの語らいや、時には古い遊戯を楽しむ時間を過ごした。



 こうして楽しめたのは、王都での話がまだ終わっていないからだ。

 事が澄んだら、ドワーフはアインが乗る飛行船で共に移送する手はずになっているためである。



(あれ?)



 戦略に関する知識を養えるという、いくつかのコマとコマを戦わせる盤上の遊戯。

 そうした古い遊びをサロンの一室で楽しんでいたアインが、懐に入れていたナニカが震えるのに気が付く。

 どうやら、ウォーレンから連絡が届いたようだ。



「アーシェさん、ちょっと行ってくる」


「む! 負けそうになるからって逃げるのは許さない!」


「すみません。――――でも、アーシェさんがそこからどうやって逆転するのか気になるので、盤上はそのままで少し待っててください」


「……それはまた、話が違う」



 アインは絶対有利な盤上を一瞥してから席を立つ。

 すぐ傍の椅子に座り様子を眺めていたクリスへ、つづきを頼むと言って部屋を出た。



「ふふん、お姉ちゃんになら勝てるもんね」



 妙に勝気に言ったアーシェは忘れているらしい。

 一応、クリスは元帥経験のある才媛なのだが。



(楽しんでくれるなら、それでいっか)



 アインはサロンを出る直前に、シルビアとカイン、それにマルコにもすぐに戻ると言って外に出た。

 懐に手を入れ、先ほど震えたものを取り出す。それは、以前オーガスト商会が開発した、昔に比べて安価になり性能も増したメッセージバードだ。



 彼は漆黒のクロスが張り巡らされた壁に背を預け、手のひらに収まる、小さな宝石の形をしたメッセージバードに意識を向けた。

 そうすればすぐに、届いたメッセージが魔力により音になる。



『詳細な日程は後程ですが、貴族たちも鉄の国との接触を認めました』


(すぐに決まって良かった)


『つきましては、アイン様にお伝えしていたようにドワーフを王都に移送します。ですが念のために別の飛行船を派遣しておりますので、アイン様とは別の飛行船となります』



 次々に簡潔なメッセージが流れる。



『また喜ばしいことに、鉄の国からも連絡が届きました』



 そう言ったウォーレンの声は弾んでいて、上機嫌なのが聞いてとれた。

 へぇ……。

 思わずつぶやいたアインへと、メッセージバードから声がつづけて届く。



『連絡の内容は要求にございます。我らが連れ帰ったドワーフの身柄を返すことを条件に、一時的な停戦をするのはやぶさかでもない、とのことです』


(…………はい?)



 それは、どう取ればよいのだろうか。



(果たして本気なのか……それとも演技なのか……)



 虫のいい話であり、仮に本気なら間抜けな話だ。

 自分たちから手を出しておいて、相手が想像以上に強かったからと言って停戦したい。しかも、捕虜を返せばそうしてやってもいい、また随分と上から目線な話ではないか。



 ただアインの脳裏には、日中のドワーフとのやり取りが想起させられた。

 相手を馬鹿にする言い方は好まないから、ある程度言葉は選ぶが……。



(本当に、謀とかとは縁がなかったんだろうな)



 よく言えば純粋と言ったところ。

 やはり、背後に何者かの存在を疑って止まない。



「彼らは仲間意識が強いのかな」


『彼らは仲間意識が強いのだろうか、とアイン様ならすぐに思われることでしょう』


「……実はこれ、繋がってる?」


『当然、メッセージバードは連続的な会話はできませんので、ご安心を』



 何とも言えない気分になった。

 アインは唇を尖らせ、近くにあった窓枠に身体を預ける。

 夜空を見上げ、古き時代のウォーレンを思い返した。



『実際、彼らは同族――――地下で暮らしていた仲間同士の意識が高いようです。届いた連絡の中には、我々が奪取した兵器に関しては何も触れられておりませんでした。……こう言ってはなんですが、立ち回りは稚拙な気がしてなりません』 



 きっと、ウォーレンも必死に言葉を選んでのことだったのだろう。

 最初はあんなに警戒して、一瞬で殲滅すべきと言われていたはずなのに。

 演技とも思えない相手の対応に、あまり言葉が出ないようだ。



(良くも悪くも、昔、ダークエルフに利用された性質が残ってるってことなのかな)



 その純粋さを悪用する方が悪いに決まっている。

 しかし、自衛する力が欠けているのは問題だろう。



『相手が武力に頼ることなく、こうした対話を求めたことも一つの証明です。彼らは我らに勝てないと悟り、これ以上の示威行為をすることを避けたに違いありません』


「……だろうね」


『つきましては、私が普段しない強気さでいこうかと』



 何でも、それなら女王自ら王都に出向け――――。

 こう相手に連絡してみようと思っているらしい。



(早速の流れなのに、馬鹿にするなって言われないのかな)



 疑問に思ったアインに対し、



『ご心配はいりませんよ。鉄の国の居場所が掴めた時点で、もう如何様にでも処理できますので。また、相手に力関係を示唆するためにも重要なのです』



 ウォーレンの声が返事をするかのように鳴った。



(あれ? これってもしかして、俺が尋問しに来た意味が……まぁ、ないわけでもないはず)



 鉄の国側から働きかけてくれるのなら、あまり意味がない説もある。

 ただそれでも、ムートンの件もあったから全部が全部、皆無だったとは言えないはずだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――――遊戯をしに戻ったアインが見たのは、クリスに負かされて涙目になっているアーシェだった。

 そのアーシェに再戦を申し込まれたアインが今度は負けると、アーシェは見るも上機嫌に変わっていき、最後には軽やかなスキップをして自室に戻って行った。



 アインはその後も少し、皆で歓談を楽しんだ。



 部屋に戻ったのは日が変わってから一時間少々過ぎた頃。

 先に湯を浴びたクリスがソファで休むその横へ、アインもまた湯を浴びてから近づいた。

 そして、



「急にどうしちゃったんです?」



 やってきたアインはそのまま、クリスの膝の上へ倒れ込んだ。

 頭をクリスの太ももに乗せれば、彼女は優しく、嬉しそうにアインの頭を撫でる。



「さっき、ウォーレンさんからメッセージバードが届いたんだけどさ」


「あ、もしかして、アイン様のお考えでも看破されてましたか?」



 やっぱり何も言うまい。

 アインは仰向けになったまま口を閉じ、今度はうつ伏せになって顔を隠した。

 ……クリスはその様子が愛おしくて、何も言わずにアインの頭を撫でる。



「私はそんなアイン様が大好きですよ」



 それから、数十秒後。



 起き上がったアインはクリスの顔を見て、彼女が「?」と小首を傾げた姿に可憐さを覚えた。

 すると、無性に引き寄せられる。

 色艶がよく、魅惑的な唇へと顔を近づけた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 数日が過ぎて、アインも王都に帰ったある日のことだ。



 王都から遠く離れた大陸西方にて、イシュタリカ側から鉄の国へ手紙が渡される。

 それは、開けた平原で両者見合ってのこと。

 互いの代表だけが近づいて、先の連絡に対しての返事を渡したのだ。



 ……ウォーレンの判断により、鉄の国への尾行は避けられた。

 何故かと言うと、もうその必要はない段階であると思われていたから。余計な危険を冒す必要もない、この考えからだ。



 ――――そして。



 鉄の国、こう名乗っていた地下にあるドワーフの王国。

 その中央に鎮座した石の城の中へと、ウォーレンが認めた返事が届いた。



「私は行くのです」



 円卓に集ったドワーフたちを前に、女王を名乗るドワーフの少女が言い放った。



「女王!」


「駄目だ! 地上の蛮族に何をされるかわかったもんじゃない!」


「こんな返事、真に受けてはならん!」



 だが、女王は誰にも応じようとしなかった。



同胞のために戦った、、、、、、、、、家族が捕まっているのです。助けられるのが私だけなら……怖いけど、私は地上に行かないと駄目なのです」



 小さな身体で、旺盛に大股で。

 彼女は古びた鋼色のマントを羽織り、背に刺繍された槌の絵をはためかせる。

 歩く彼女のことを、他のドワーフたちが一斉に追った。



「地上の国の王都まで、どのくらいの時間が掛かるのです?」



 一人のドワーフが慌てて言う。

 どうやら、ここから徒歩では半年以上の時間が掛かると。

 また、自分たちが保有する魔導兵器は移動に特化したものがなく、あまり芳しい成果はあげられないだろうとも添えた。



「…………ま、まずは移動手段なのです!」



 ずいっ! と地上目掛けて指を差し伸ばした女王は、やや震える声で言い放った。



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