2020年クリスマスSS
毎年恒例となっているクリスマスSSです!
例によって、時系列をはじめとした細かな内容はご容赦いただき、ちょっとしたSSとしてお楽しみいただけますと幸いです!
◇ ◇ ◇ ◇
こんな時期に公務なんて――――とは思わなかった。
今までも何度かあったことであればこそ、公務であれば仕方ないし当然であると思えていたからだ。
「…………眠い」
夜、王都へ帰る王家専用水列車の中で。
車輪が線路を踏みしめる音が僅かに響き渡っていた。
大きな車窓に広がる月明かりと星明りの煌びやかさを眺めているだけで、仕事漬けだった今日の疲れが少しだけ癒されたような気がする。
――――ふと。
「目元が重そうですね。アイン」
対面の席からオリビアが声を掛けてくる。
今日は朝から港町マグナに向かっての公務だったのだが、オリビアとアインが共に足を運ぶ、それなりに重要なものだった。
いつもであればクローネやクリスも同席するけど、今日の二人には別の仕事がある。
だから、今日は二人だけだった。
「不思議です。俺たちは一緒の仕事をしていたはずなのに、どうして俺の方が疲れてるんでしょうか」
「あらあら……私も疲れてますよ」
「本当ですか? あんまりそんな風に見えなくて」
「もしかしたら、ずっとアインと一緒にいたからかもしれません。今もこうして傍に居るだけで、沢山元気を貰っていますもの」
以前と変わらぬ真っすぐすぎる愛を向けられ、頬を掻いて照れたアイン。
そっと視線を外して車窓の外を眺め、照れくさそうに「ありがとうございます」と返事をした。
「アイン。お城に帰ったらパーティがあるけど、平気ですか?」
「大丈夫ですよ。せっかく楽しみにしてたクリスマスのパーティですし、城に着いたら疲れを忘れて愉しむと思います」
それを聞いてオリビアが笑う。
町娘には――――いや、どんな令嬢にも真似できない気品を漂わせる彼女は、ただ微笑んでいるだけで絵になった。
見惚れてしまうのは今更であるが、月明かりに照らされた横顔は神々しさすらある。
「私もすごく楽しみにしていました」
「では俺と一緒で――――」
「あ、あらら? そんなに私の顔を見て、どうかしましたか?」
「…………間違ってたら構わないんですが」
アインはおもむろに席を立ち、オリビアの隣に腰を下ろした。
すぐさま鼻孔に届いた艶めかしくも甘い香り。絹糸のような彼女の髪がアインの肩にそっと触れる。
それぐらい隣に腰を下ろしたアインは、静かにオリビアの瞳を眺めた。
すると。
「え――――えっ!?」
「甘えたくなったのかと思ったんですが……違ったみたいですね」
急に抱きしめられたアインはオリビアの胸元に顔を埋めながら、不意に訪れた温かさと柔らかさに呆気にとられた。
彼女の前ではいつだって甘えたくなる。
それぐらい、オリビアがアインに向ける愛は深くて強制力に富んでいた。
……でも、違うのだ。
今のアインがじっとオリビアを見ていたのは理由がある。
「ね、眠いのは俺だけじゃないですよねっ!?」
彼女の両腕から脱したアインはオリビアの肩に手を置いて、僅かにトロンと目じりが下がったオリビアの瞳を見た。
ほんとうに僅かであるが、確かに下がっている。
「少し休んでください。着いた頃に起こしますから」
「ふふっ、大丈夫ですよ」
「昨日、ちょっとだけ熱っぽかったってマーサさんから聞いてます。あまり無理しないで、王都に着くまでの間でいいので休んでください」
アインはそう言うと、オリビアの外套を手に取り立ち上がった。
王家専用水列車に設けられた寝室に連れて行こうとしたのだが……。
「イヤです」
若干、子供っぽく言われてアインが目を見開いた。
「え?」
「ですから、イヤです」
「……ちなみに理由は」
「せっかく久しぶりにアインと二人だけなんですから、寝てしまうなんてもったいないじゃありませんか」
嬉しいし、微笑ましい理由だがそれとこれは話しが違う。
取りあえず話をしよう。
こう考えたアインが座り直すと……。
「だから……もったいなくて……」
アインが思っていた以上にオリビアは限界が近かったらしく、ふっと身体から力が抜けた。
慌てて身体を支えたアインに逆らわず、彼女の頭はアインの肩に乗せられる。やがて、すぅ…………すぅ…………という、規則的な呼吸が聞こえてきた。
「――――まぁ、いっか」
寝てくれたのなら許容範囲としよう。
オリビアの肩に彼女の外套を羽織らせて、完全に寝入ってしまったことを確認した。
自分も寝てしまおうと思ったが、今のやり取りで眠気が覚めてしまったらしい。
どうしたもんかと、手持ち無沙汰に思っていったところで、オリビアが居るのと反対側の肩の方から、彼女とは別の香りが漂ってきた。
「寝ないの?」
「ああ、もう眠くないし――――じゃなくて、また急だね」
オリビアに気づかれないか危惧したアインだったが、急に現れた彼女が隣に腰を下ろしたところでため息を吐いた。
「平気よ。その子がちゃんと眠ってるのを確認してから来たわ」
「意外としっかりしてるじゃん」
「な、何よ! 私のことを何だと思ってるのよ!」
「割と強引なとこもあるって思ってる」
「…………別にいいじゃない。私だってそうしたくなるときがあるの」
最後は小さな声で口にして、むすっと唇を尖らせながらアインとの間にあった距離を詰めた。
それにしても、不思議な状況だった。
右の肩にはオリビアが居て、その反対側にはシャノンが居る。どう言葉にすればいいのかアインは迷ったが、その答えは見つからないような気もしていた。
「クリスマスって、何をする日なの?」
「贈り物を渡したり、美味しいものを食べたり……」
「他には?」
「家族と過ごしたり恋人と過ごすって感じかな」
「ふぅん…………そうなんだ」
「意外に興味あったんだ」
「べ、別に気になったっていいじゃない!」
「駄目とかじゃないって。逆に少しぐらいあってくれて助かったって思ってるぐらいだし」
「――――どういうこと?」
小首を傾げ、アインを見上げるシャノンへと。
アインは自身の懐に手を差し込み、小さな紙袋を取り出した。
「これ、シャノンに」
唐突にそう言われ、戸惑ったシャノンがまばたきを繰り返した。
でも取りあえず受け取って、手のひらに乗せた紙袋を恐る恐る開けてみる。中にあったのは、小さな髪飾りだ。
「気に入らなかったら――――」「も、もう返さないから!」「――――あ、ああ。気に入ってくれたようで良かった」
何秒か硬直していたシャノンも、これが自分への贈り物だと気が付いて密かに頬を綻ばせる。
幸せそうに、宝物のように両手で包み込んで目を伏せると、隠し切れない喜色が唇の端を緩ませていった。
隣り合うアインはそれを見て胸を撫で下ろし、彼女が喜んでいることに気が付かないふりをする。
「でも……」
と、やや消沈した声でシャノンがはっとした。
「――――私は何も用意してなくて」
「気にしないでいいって。俺が贈りたくて贈ったんだし」
「ダメなの! 私だけしてもらうのはなんとなくイヤっ!」
そう言われても、ここで用意できるはずもない。
まず、シャノンは基本的に外に出てこない。
アインだけを信用していることの裏返しでもあるが、その影響もあり、お返しの品を用意するのも容易ではなかった。
どうしようと迷っていると、追い打ちをかけるようにこの車両の扉がノックされる。
『アイン様、もうすぐ王都に到着いたします』
共にマグナへ行っていたディルの声だ。
彼はアインの許可なくこの車両に足を踏み入れることはないが、慌てたシャノンは思わず立ち上がり、それと同時に。
「…………動かないで。動いたら頬を抓っちゃうから」
深呼吸を交え、その後で身体をくの字に曲げてアインの頬に顔を近づけた。
オリビアに肩を貸しているアインは身体を動かせず、加えて、急な振る舞いを前に避けようと考えることもできずに。そのまま、彼女の唇と自分の頬の距離がゼロになるまでにかかった時間は、一秒にも満たないほんの僅かな一瞬だった。
驚きに顔を染め上げたアインがシャノンを見上げると、そこに居たシャノンは頬を真っ赤に染め、瞳に涙を浮かべており初心な姿を晒していた。
「何よ……!」
「いや、どちらかっていうとその台詞は俺のじゃ……」
「もう! 知らない知らない知らないっ!」
最後に恥ずかしさの極みを迎えたシャノンはアインに背を向け、一歩、二歩と駆け出した。
視界に映っていたはずのその後姿は、離れていくにつれて霞んでいった。いつしか完全に見えなくなり、霧のように消えてしまったのだ。
「…………えっと」
どうしたもんかと迷ったアインは車窓の外に見えてきた王都に目を向ける。
――――頬に残された微かな熱を感じながら、肩口に届くオリビアの吐息を感じながら。
◇ ◇ ◇ ◇
今年のパーティもそれはもう賑わった。
楽しみにしていた料理も、皆と交わした贈り物の交換も。
近くにはアインの誕生日も迫っているのに、今日のパーティも参加者全員、体力がつづく限り楽しんだと思う。
さて、しかし今日という日の夜はそれだけでは終わらないのだ。
「今年も来てしまったのニャ」
そう、アインにとっては。
ついでに、カティマにとっても。
「慣れてきた自分が怖い」
城の屋上に足を運んでいた二人は夜風を浴びつつ、慣れた口ぶりで言葉を交わした。
でも一つ、カティマの背後に置かれた巨大な木箱だけがアインの興味を引いてやまない。
「人はそれを成長と呼ぶのニャ」
「適応だよ、多分」
「はぁ~……どうしてこー素直じゃないかニャ!」
肩をすくめる駄猫を、今年はサンタの衣装に身を包んだ駄猫を見てアインも肩をすくめた。
「今年は城下町にも繰り出そうと思ってるのニャ!」
「またいきなり変なことを」
「ふっふっふ。話を最後まで聞くのニャ。ニャんと今年は、特別な魔道具を用意してあるのニャ!」
自信満々に言ったカティマは、今の今までアインが気になっていた木箱に手を向け、その蓋を勢いよく剥がしにかかる。
すると、中から現れたのは木製のソリだ。
が、そのソリには何やら小さな炉らしき物が見えて不穏。
「ロランに造らせたのニャ」
更に不安になったアインが大口を開けた。
「飛空船の技術を流用して――――」
「浮くとか言わないよね?」
「そーんな馬鹿なことは言わないのニャ」
「だよね。さすがのカティマさんだってそんな無茶は――――」
「浮くどころか、跳びながら花火を巻き散らす機能付きなのニャ」
「余計に駄目じゃねえか」
アインの声を気にすることなく、カティマはそそくさとソリに乗ってしまう。
さっきは見えなかったが、前方には舵らしきものやいくつかのボタンが用意されており、飛んで花火を巻き散らすのも嘘ではなさそう。
「乗りニャ、坊や」
カッコよく言われても乗りたくない。
しかし、だ。
「見つけましたよカティマ様ッ!」
下の階の窓から顔を覗かせたマーサの声を聞き、アインは諦めた。
「どうせ共犯者扱いされるニャら、楽しんだもん勝ちなのニャ」
「…………そうするよ」
嫌なら最初からカティマとあわないようにすればいいだけなのに、毎年のように、こうして彼女に呼ばれては顔を出している自分のことを考えてみると、やはり、楽しんでいるのだろう。
断り切れないのではなく、乗り気な自分も居るということなのだ。
「運転は任せろニャ。花火を巻き散らすのはアインに任せたのニャ」
頷いたアインはカティマの後ろの席に乗り込んだ。
それからは言うまでもない。
城下町の夜空を彩った数多くの花火と、人工物が空を飛ぶ様子。
それらを見かけた王都民は一様にこう思った。
――――ああ。またあのお二人だな、と。
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