治癒魔法
ギルド――――と言っても建物は簡素だ。
シュトロムや王都にあるそれとは全く違うし、冒険者の聖地と謳われるバルトのそれと比べても明らかに簡単な造りをしている。
外観は魔物の革を鞣して作られた巨大なテントといったところ。
象牙色の外観は遊牧民が使っていそう。出入り口だけは太い木材で設けられ、どの都市のギルドにも負けじと冒険者たちが通う姿が賑やかだった。
そんな冒険者で賑わうギルドに足を踏み入れた三人は、当たり前だが目立っていた。
方や王太子、方や引退していながらも現役時代は有名な冒険者。最後にこんな場所に燕尾服でやってくる老紳士なんて、どこかの貴族に仕えている者か、手を出したら面倒な存在と相場が決まっている。
「マジョリカさんの名前を言ってる人がいたよ」
「あらん、私も捨てたもんじゃないわね」
といったマジョリカの左右の乳首で魔石が輝いた。
そうしているうちに、マルコがギルド内部に置かれた素材に目を向ける。
巨大なテントのようなこの中には、隣接してそうした物が置かれる場所がある。ギルドの職員や冒険者たちによって運ばれていくそれらに、自然とマルコの興味が向いた。
「……見たことのない素材ばかりですね」
「マルコでも?」
「はい。数百年を生きた私も、はじめてみる素材ばかりでございます。恐らくあれらはネームドのものではないでしょう。何せ、あれだけの量です」
たとえるならばビッグビーやリプルモドキのようにだ。
運ばれていく素材の数はとても多くて、目新しいが貴重品には思えなかった。
「アイン様が以前名付けられた……リザードマンでしたか」
そう思わしく素材があった。
トカゲ革とよく似た、鱗のような細かな表面の素材だ。
しかし、今更ながらアインは頭を傾げる。
「――――前は魔石以外の身体が消えたはずなんだけどね」
「確かカイン様と潜られた際のことでしたか」
「そう。けど今は消えてないってことだろうし……うーん、良く分かんない」
「光の粒子となって消えたはずの素材が今はある。もしかすると、本来であれば地下深くにあったダンジョンが塔となって顕現したことと、何か関係があるのかもしれません」
「どうだろう」
あと関係があるとすれば竜人の目的だろうか。
彼女はあのダンジョンの力を得るために足を運んでいると言っていたし、その作業も大詰めであるらしい。この事と素材が残ったことに対し、関係性を感じてしまう。
――――噂には聞いてたが。
――――まさか、本当に例の王太子が?
――――へぇ。
ふと、アインの耳に届く冒険者たちの声。
マルコは不満げに眉を潜めるも、本人は意にも介していない。楽しそうにギルドを見渡しているだけだ。
冒険者にはちょっかいを出すような輩もおらず、遠巻きに見ていた。事前の話にもあったが、ここには一流と称される冒険者もいるからかもしれない。
多くの冒険者の装備は、どれも一目見て分かる高級品ばかりだった。
不意に。
「お、おいっ! 誰かコイツの怪我を――――ッ!」
ギルドに飛び込んできた、若い二人組の男性冒険者。
一流とは言えずとも、熟達したコンビのようで装備は決して安物ではない。
やって来た二人のうち、一人は顔と首に脂汗を浮かべていた。アインが彼を見ていると、片腕の先が、服のような布でくるまれていることに気が付く。ついでに言えば片目も布で覆っているし、腹筋の周囲も血だらけで歩くことがままならない。
(あれは)
間違いなく身体が欠損してしまったのだ。
決して小さくないダメージがほぼ全身にあることになる。
ハイム戦争当時、アインはその状況に陥った騎士を目の当たりにしている。当然、その後どうなるのかもしっかりと見届けたことがあるのだ。
「よくある話よ。それこそ身体そのものを引きちぎられる人もいる。こういう稼業をしていると日常茶飯事だわ」
「……うん」
常に命を晒すようなことをしているのだから、当然といえば当然であろう。
「あの子に出来る事はお薬で痛みを和らげるぐらいかしらね。もう手の施しようがないわ」
他の冒険者も同じことを考えているのか、少し重苦しい空気がギルドに流れる。
相棒が意識もうろうとする中、男は必死に叫び助けを求める。やがて手に持っていた鞄から切り裂かれた腕の先を出して、ギルドの職員に治療を求めた。
「まだ縫合できるはずだッ! そうだろ!?」
職員、いや、受付嬢が目を伏せた。
男も分かっていたのだ。
相棒を適当な椅子に横たわらせると、項垂れる様に膝をつく。
すると。
「あの女なら治せるんじゃないか」
と、ある冒険者が口にした。
その刹那、先ほどの男性冒険者が同意して走り出す。
彼はあっという間にギルドを出てどこかへ行ってしまった。
「――――あの女?」
アインが呟く。
「そういえば、治療魔法の使い手が居たわね」
「あっ、確かにマジョリカさんがそんなことを言ってたような……」
「けど無理に決まってるわ。あんな怪我を治せる治療魔法なんて、見たことないもの。マルコ殿はどう?」
「残念ですが、あのような傷を治せる使い手は存在しません。アイン様が治療魔法を使えたなら――――魔力を湯水のように流し込んで治せるかも、という程度です」
結局のところ打つ手なしであるとの見解だ。
だが三人とは対照的に、ギルドの雰囲気が明るくなる。
されどマジョリカは冷静に、懐を漁って言う。
「ヒールバードの魔石を持ってきてるわ。あの子の痛みぐらいなら抑えてあげられるから」
ため息をついてアインの元を離れて間もなくだ。
走って行った冒険者が戻ってきて口にする。
「連れてきたぞッ!」
彼に遅れて現れたのは、真っ白な仮面で顔を隠した一人の少女。
冒険者らしく全身をローブで覆い、フードの隅からクリーム色の髪の毛が見え隠れしていた。
片手に赤いジャムが塗られた小さなパンを持ち、気だるげに歩いて現れたのだ。
「ボク、ごはん中だったんだけど」
少女の声は十代中ごろぐらいか。軽やかで通りのいい声だった。
とは言え言葉だけで年齢を図るのは難しい。
アインは彼女に目を向けて、その仕草を観察していた。重症の冒険者がいるというのに、あくまでも淡々とした様子で歩いて、たまに仮面をずらしてパンを口に運んでいる。
マイペースと言えば聞こえはいいが、ケガをした冒険者にあまり関心がないようにも見えた。
「俺の相棒が怪我をしてるんだ……あんたなら治せるだろッ!?」
すがるような声に対して少女は。
「わ、分かったってば……診てあげるから落ち着いてよ」
少し今までの振る舞いを悪く思ったのか、ため息交じりながら歩く速度を上げた。
寝かされた男の前に立つと、無遠慮に布をはぎ取っていく。
「うっわぁ、
「頼む。もうアンタしか頼める奴が居ないんだッ!」
「どうしてごはんを食べてるときにこうなるかなー……もう」
少女は不満げそうにしながらも男に手をかざした。
すると、あたたかな空気がギルドに充満する。
まさか治せるのか? アインたち三人が目を見張る中、少女が男に言う。
「2000万Gでいいよ」
ここにきて治療費の請求とは恐れ入ったと、さすがのアインも呆気にとられた。
「はっ、払う! だから相棒をッ!」
「即金だよ?」
「俺たちの金をかき集めれば何とかなる! だからコイツを――――ッ」
「ならこれはお仕事だ。ボクに任せてよ」
大金に退かず即決した男には感動すら覚える。
だが一方で、やはり半信半疑だったのがマジョリカだ。
「無理よ。無理に決まってるわ」
しかしその言葉をあざ笑うように、少女の魔力が煌めいた。
ボロボロと言われた冒険者の腹が輝きだして、徐々に呼吸が落ち着いていったのだ。
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