帰還に向けて。
アインは慎重すぎる性格ではないが、あまり油断をする性格でもない。
今回の勝負は特に気を使っていたのもあり、思い描言えていた計画の進行を前にして、また勝敗について考えていた。
一つ、自分の考えに矛盾のようなものが生じていた。
「――――んー」
と、テント内部の寝床でつぶやく。
すでにあたりに住んでいる住民は木材や石材を用いて家屋を建築しているが、アインたちは今でもテントを使っている。
何故かと言うと、単純にこっちのほうが上等だからだ。
これらは最古の魔道具というべき代物で、シルビアが造ったもの。
現代に持ち込んだとしても、貴族が用いるような高級品として重宝されるであろう代物だった。
当然、魔石が必要となるのだが。
空調高価もあるため手放せていない。
さて本題だ。
アインは天井に手を伸ばすと、その遥か上空――――この世界を見ているであろう存在のことを考えた。
「我ながらハッキリしない性格のせいだろうけど」
ぬぐい切れない矛盾がある。
というのも。
「……俺が考えてたのは、イシュタリカを分裂させないってことだ」
正史で王都と旧王都の二つに分かれる結果を避けること。
これが勝敗に関係していると考えたし、初代国王ができなかったことでもある。だから今回の勝負にうってつけだと思っていたのだが、ここで矛盾が生じていた。
「だったらシャノンを助ける必要はないってことになる」
むしろ、彼女が動いていた頃に彼女を刺せば良かったことになるのだ。
だがそれをしなかった今、アインが負けた様子がない。つまりシャノンが生きている現状は正解であって、前提条件が崩れてしまう。
そもそもシャノンはもう敵ではないし、アインも彼女を害する気はさらさらないわけだが。
我ながら面倒なことを考え出したもんだと苦笑した。
それとほぼ同時に、テントの外から声が届く。
「マルク、入ってもいい?」
「……ラビオラ? こんな時間に珍しいね」
正確な時刻はわからないが、恐らく日が変わったころのはずだ。
「眠れなかったから、私たち二人でお話をしてたの。マルクもどうかなって思って」
「え、
「入ってもいいかしら?」
「そりゃ、いいけど」
彼女は誰と居るのだろう? この時代の婆やだろうか?
アインの予想は残念なことに外れることになる。
「――――二人が一緒にいるなんて珍しいね」
表れたのは寝る前の姿のラビオラと、同じく寝る前の姿であろうシャノンだった。
二人とも薄着のせいで体のラインが分かって扇情的だ。あまり凝視しないようにアインは視線をそっと逸らすと、寝床から立ち上がってテーブルの方を指し示す。
「とりあえず座ろっか。飲み物でも用意するから」
現代に比べれると良い茶葉はないものの、それでも決して悪くない。
するとシャノンがそれを手で制した。
「そんなの私がするからいいの」
「貴女が?」
「何よ、不服なの?」
「別にそういうわけじゃないって。二人はお客さんだし、俺がしたほうがいいと思っただけだよ」
「それを言ったら私は貴方の傍仕えじゃない」
確かに、アインは苦笑しながら頷き返す。
一足先にラビオラと一緒に椅子に座り、シャノンが茶を淹れる様子を二人で眺めた。
「じっと見てもいいなんて言ってないわよね」
「ダメとも言われてないよ」
つづけてラビオラが言う。
「ごめんなさい。ただその、お上手だなって思っちゃって」
「はぁ…………もういいわよ。ほら、どうぞ」
湯気が立ったカップをテーブルに置いて、彼女は照れくさそうに椅子に座った。
口元に運ぶと、芳醇な香りと温かさが身体の内側から広がっていく。
「美味しい」
「そ……良かったじゃない」
多少投げやりな返事だが、彼女が嬉しそうなことは分かる。
口角がゆるやかに上昇してるのを隠しきれていなかったからだ。指摘すると不貞腐れるだろうと思い、アインは忍び笑いで誤魔化した。
「さっきも言ったけど、二人が一緒だなんて珍しいね」
「マルクがここを離れてるときなんて、結構一緒に居たりするのよ?」
するとアインは思わず目を見開いた。
「何よ、私がこの子と一緒に居たらおかしいの?」
「もちろ――――おかしいとは思ってないよ」
「言いかけた言葉を一晩かけて聞いてあげようかしら」
「勘弁してくれるとすごい嬉しいかも」
軽口を言い合い三人は笑いあった。
茶のお代わりをシャノンが淹れ、それを飲みながら話はつづく。
「分からないけどこの子とは話が合うの。それだけよ」
「ふふっ……ええ、そうですね。どうしてかは分かりませんけど、相性が良かったのかもしれません」
シャノンにとってのラビオラは友人と言える存在なのだろう。
相変わらずシャノンは照れくさそうだが、一方でラビオラは優し気なほほえみを浮かべている。年長者が逆になったような感覚だった。
それから話は、アインがどこで何をしてきたのかという土産話になる。
どういう戦いをしてきて、どんな人々と会ってきたのか。
楽し気に耳を傾ける二人を見て、語る側のアインも笑みを浮かべて語り聞かせた。
――――どれぐらいの時間が経ったろう。
二人がきてからしばらく経ったところで、シャノンの頭部が舟をこぎだした。
「そろそろお開きにしましょうか」
「だね」
「…………ええ」
後は皆が自身の寝床に戻るだけのはずだったのだが。
コロン、とシャノンの身体がテーブルに倒れこむ。
「ね、寝ちゃったみたいだけど……」
「あらら……疲れちゃってたのかしら」
「疲れてたって、どうして?」
「他の誰よりもお仕事をされてる方だから、身体が限界だったのかも」
ラビオラの言葉がアインの興味を引いた。
「私も事務的なお仕事はしてるけど、この方は私よりもたくさんの仕事をしてくれてるの。手が空いたときには作物の収穫もしてくれてるみたい」
「――――それは働きすぎだよ」
「でも、誰が止めても聞かないの。ちなみに前にこそっと、マルクに恩返しがしたい……って言ってたわよ」
思わずアインはまばたきを繰り返す。
今の言葉に対し、特別な健気さを感じて止まない。
いつの間にかシャノンは、心の底からアインのことを信頼していたのだ。彼女がこれを口に出すことは決してないだろうけど、いま確かに伝えられたのだ。
「次は俺が言うよ。休む日を作るようにって」
するとアインは椅子を立って、寝てしまったシャノンに近寄る。
「起こしちゃうの?」
「さすがにそれはね。彼女のテントまで運んで行こうかと思ってるんだけど、ラビオラもついてきてくれる?」
「いいけど、身体が揺れて起きちゃうかもしれないわよ?」
それも致し方ないことだとアインは思っていたが、ラビオラの考えは違った。
「別にこのテントで寝させてあげればいいじゃない」
「は……はぁ!? いやいやいや!」
「マルクのテントは広いからって、半分は倉庫みたいに使われてるでしょ? だからほら、予備の寝床だって何個もあるわ」
「だからって」
「平気よ。私もお泊りするから心配しないで」
果たしてそういう問題だろうか。
とは言えラビオラはクローネと同じで頑固な一面もあるし、もう彼女はそのつもりであるはず。
だから諦めたアインが言う。
「……用意してくるかから待ってて」
「ふふっ、じゃあ一緒に用意しましょうか」
と。
ラビオラと二人で寝床の支度にとりかかるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
また少しの日々が過ぎ去っていった。
キングスランドを離れ、魔王城……アーシェは謁見の間に居た。
近頃の彼女は常に機嫌が悪い。と言うのも、アインのせいなのは言うまでもなかった。
茜色差し込む夕暮れ時に、彼女の前に足を運ぶ者がいた。
「また随分とご機嫌斜めだな」
「……お兄ちゃん」
「城の外にいてもそれが分かるぞ」
「だったら――――ッ!」
「俺にマルクを連れ戻して、赤狐の長を捕まえて来いと?」
「……それもだけど、バレてないと思ってるの? お兄ちゃんが隠れて何かしてるなんて、私だって分かってるんだから」
「何のことか良く分からんな」
しらばっくれるカインを前にしても、悔しいことにアーシェでは口では勝てなかった。
「良く分からんが、シルビアに頼んでみたらいいだろ」
「ん、それはできない」
「ほう?」
やがて、玉座の隣までやってきたカインがアーシェの頭をぽん、ぽんと撫でる。
彼女がぽつりと口を開くたび、優しげな表情を向けて。
「私はお姉ちゃんに頼める立場じゃない」
「それはなぜだ?」
「私がしなければならない仕事を、お姉ちゃんがしてくれてるから」
「その通りだな」
だから無理は言えず、二の足を踏むばかり。
自身でアインがいる場所まで行くのも不可能だ。土地勘がないことは地図を見れば何とかなるかもしれないが、そもそもとして、魔王の自分が王都を離れるわけにはいかない。
かといって戦士を派遣するというのも、アインと敵対することになるから出来なかったのだ。
しかし。
「アーシェ、そんなお前に吉報を持ってきたぞ。これがマルクからの手が――――」
「み、見せてッ!」
カインが胸元から取り出した手紙を見たアーシェは、ひったくるように奪い取る。
やれやれ、とカインは肩をすくめる。
手紙を読みだした彼女へと、彼はニヤリと笑って口にする。
「どうやら数日中にでも、この王都へ戻ってくるそうだな」
これまでの複雑な感情が嘘のように雲散していく。
間もなくアーシェは手紙を膝の上に置くと、カインを見上げて視線を交わした。
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