あくの強い仲間たち。
翌週、アインは大勢の戦士を連れて旧王都を発った。
しかし長旅をするには、荷物が少ない。これはアインの発案であり、シルビアがすべての条件を飲んだ結果の形であった。
深い深い森の中で、隣を歩くエドが口を開く。
「不用心なのでは?」
「ん、なにが?」
「……甘えるべきとは申しませんよ。ただ、この程度の食糧などでは一か月も持ちません」
彼は遠慮がちに言ったが、一行が持ってきた食糧は二週間分に満たない。
全体で五十の戦士は例外なく戸惑っている。
「なら多いぐらいだから心配はいらないよ」
シルビアから聞いた話によるとエルフが抱える問題は一つ、魔物による襲撃とのこと。種族としての特徴のためか、彼らエルフは生まれ故郷を離れることを良しとしておらず、イシュタリカからの移住の声掛けに否定的だったらしい。
では、手を貸す必要があるのかという問題になるが。
(初代陛下の生きざまをなぞることも大事だ)
加えてエドの提案……裏にシャノンが絡んでいることは必至で、これも無視できない。
「シルビア様によれば、エルフの里の近くに生息するのはワイバーンだとか。数頭ならばたいしたことはありませんが、聞くところによると多くの群れで巣を作っていると……ただでさえ死闘が予想される戦いですのに、心もとない糧食では士気も下がりましょう」
エドは不安の裏返しからか、嘲笑するように軽薄に言った。
「怖い?」
「私が、ですか?」
「そう。俺は全く怖くないけど、君は怖いの?」
「……ははっ、お戯れを」
と、彼は気丈に振舞いつつ未熟な精神面を垣間見せる。
唇の端が静かに揺れていた。
「じゃあ自信がないんだね」
「は、はっ?」
「俺は運んでいる糧食で足りると踏んでいる」
アインは不意に立ち止まって、後ろにつづく戦士たちに向けて振りかえった。
本来、正史ではまだマルクが持ち得なかった覇気を纏い、皆の注目を一身に集める。何を言うのか、怪訝なものを見るようにエドが静かに目を細める。
「いくら群れようと相手はワイバーンだ。イシュタリカが誇る戦士が苦戦することはない。だから私は約束しよう、十日後には王都に帰ると」
「マルク様ッ! それは不可能です……ッ!」
呆気にとられるエドがアインの肩に手を置いた。
「どんなに急いでも往復で一週間はかかります。我らがワイバーンの巣を破壊する日数も思えば――」
「知っているとも。だが私はそれでも、十日後には王都に居ると約束しよう」
「ッ……現実的ではありませんね」
到底無理な言葉に思えたのだろう。
呆れた様子で、エドがアインから距離をとった。ただ一方で、戦士たちは奮い立つ。単純な言葉ではあったが、戦士としての自分たちを讃え、王族が約束したことが心を震わせた。
語り手がアインだということもあるはずだ。
口調や抑揚、そして彼自身が放つオーラにあてられた者も少なくない。
「――――あいつも言ったが現実を知るべきだな。
すると、アインの近くを歩く一人の男が口を開いて言った。どうやらこの時代の彼は現代に比べて棘があり、皮肉屋の一面が強い。
彼は片手に本を広げ、器用に森の中を歩く。灰色の髪によく似た色のローブを着た、冷静沈着な性格を窺わせる鋭い目つきと寡黙な顔つきが戦士たちの中でひどく浮いていた。
「そうかな?」
「当たり前だ。我々が一人一頭のワイバーンを倒せたとしても、恐らくまだ足りていない。ただ本番でこう簡単に倒せるはずもない。ああ、四十九人だったな。僕は戦闘要員ではないのだから」
「なら、君が倒すべき分は俺が倒すよ」
「ではマルク様が二頭倒してくれると? 随分と頼もしいことだ」
アインはこの時代の、良く知る人物たちの過去に苦笑いを漏らした。
あくの強い人ばっかりだなー……と。
◇ ◇ ◇ ◇
エルフの里までの道中は特筆すべきことがなかった。
特に強い魔物と遭遇するまでもなく、一行の間で問題が起きることもない。
里の入り口に近づいてきたところで。
「どういたしましょう」
面倒くさそうにエドが言う。
「あの耳長たちは他種を嫌う。我らのような一行ならば尚のことです」
「……どうだろうね」
けど、アインはそうならないと確信している。
なぜなら自身の種族が種族だからだ。
その考えを、本を手にしていた赤狐が代弁した。
「そうはならない。マルク様がいれば少なくとも拒否はされないだろう」
「おや、その理由は?」
「ドライアドだからだ。エルフはドライアドのことを唯一、友好的な他種として認識しているはず」
「ほう? 馬鹿みたいに本だけを読んでるだけじゃないようで」
「驚いたよ。槍を振り回すだけの男でも、他者を称える言葉に覚えがあったなんて」
「ご教示いただき感謝する。つまらない皮肉を言うための本なのなら、私には不要だったらしい」
何て相性の悪さだろうか。
アインは二人の間に割って入り、腕を広げて距離を空けた。
「……二人とも、お願いだから面倒なやり取りはしないで。一応兄弟なんでしょ」
「私とこの男は兄弟ではありません」
「ええ。僕たちはあくまでも同種で近い血縁にあるだけです」
「……悪かったから、もう落ち着いてくれると助かる」
前途多難だ。
「とりあえず俺が里の戦士に話してくるから、二人はここでみんなを」
大勢で近寄って無用な疑いをもたれても悪いと、アインは一人で歩き出す。
ここまで近づいていて今更かもしれないが、相手からすれば、一人で行った方が悪い気はしないはずと考えた。
少し歩き辛い道を進みながら、不意に気が付かされる。この辺りに自生する太い木々に覚えがあった。
クリスと共に歩き、エルフの里に足を踏み入れたあの日。
今と同じように上を見上げて「大きい」と声に出した日のことをだ。
だが、今はあの日と多くのことが違っている。
一人で歩いていることもそうで、今の自分はアインじゃなくてマルクとして足を運んでいるし、そもそも魔王アーシェが統べるイシュタリカの王族としてここに来た。
(なんとかなるさ)
シルビアとカインからの信頼もあって、城を出たのだ。
出発した時なんて、カインからは「もう大人になったんだな」なんて言われ、マールと呼ぶことは今日まで、次からマルクと呼ぶ――と宣言されている。
二人からの信頼にも応えたくもあり。
(シャノンの思い通りにさせるつもりもない)
二週間という短い時間なのは、彼女が城で好き勝手しないようにするためだ。
この程度の時間では確実にアーシェを操れない。アインが既にこれまでの影響を解いたこともあり、今ではアーシェの警戒心が野良猫のそれよりはるかに強い。間違いなく不可能だろう。
「――――来たか」
辺りの木々の上から、気配がした。
アインは立ち止まって剣を抜くと、それを地面に落とす。
「魔王アーシェが統べるイシュタリカの者だ。弓から手を引いてくれ」
沈黙がつづく。
しかしその中では、エルフの戦士たちが目配せで意識を共有していた。
自分たちのことに気が付かれたことに驚き、唐突にやってきたイシュタリカの者に困惑し、剣を落とした者がドライアドだと察し、最後には一同が気の上から飛び降りる。
「尊き血を引く者よ。我らエルフは其方を歓迎しよう」
「名を尋ねたい」
「俺はマルク。マルク・フォン・イシュタリカだ」
「ッ……噂には聞いている。貴方が例の王族でしたか」
やはりと言うべきか、想定通りの流れでアインが安堵する。
ひとまず、初手は文句なし。
アインが一行のことを伝えると、エルフの戦士たちは長に相談してくれとアインに言う。それに頷いたアインだけが、エルフの里に足を踏み入れた。
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