過去の旧王都。

「……なんで驚いてるのか分からないけど、行きましょ」


「行くって、何処に?」


「お城よ。シルビア様がマルクを呼んで来いって言ってたの」



 さっぱりだ、どうにもさっぱりだった。

 しかし先を進むクローネによく似た少女を追い、アインは草原を進む。

 少し進んだところで、ここが何処だか気が付いた。



(旧王都の近く、なのか)



 予想通り、見たことのある街並みが見えて来た。

 違う点が一つ、それは街が多くの人で賑わっている事だ。



 肌が青い人やエルフ、そしてケットシー。

 アインがララルア以外に見たことのないダークエルフに加えて、ロランと同じ狼男ウェアウルフの姿もある。

 ごく一般的で純粋な人間の姿は、数えるぐらいしか居なかったのだ。



「ほら持ってけ持ってけッ!」


「焼けたのから食べなさいな、ほらあなた、こっちよ!」



 大通りは妙に賑やかだった。

 祭り騒ぎと言うべきか、多くの異人でごった返している。



「何かあったのかな」


「もう、忘れたの? シルビア様が龍を撃ち落としたじゃない」


「……え?」


「一昨日の、街に来た真っ赤な龍のことよ」



 覚えてるも何も、まずどうしてこんな状況なのか分かっていない。



「あ、ああ……そう言えばそうだったかもしれない」


「思い出した? あの龍のお肉がみんなに振舞われてるのよ。魔石とか核は、シルビア様が使うらしくて持っていっちゃたのだけれど」


「――――なるほど」


「マルクも食べていく?」


「味は気になるけど、シルビ――――母上に呼ばれてるしね」



 すると、少女の足が動き出す。

 向かう先には、悠然と構えた魔王城があった。アインが見たことのない、明るく生き生きとした雰囲気を感じる魔王城だ。

 雲一つない青空を臨み、眩い陽の光を反射する。



 アインは見覚えのある光景に胸を撫で下ろしたのだが。

 訳の分からない状況を打開するため、頬を抓る。



「痛い」


「……急に何してるのよ」


「いや、抓れば元に戻るかなって」



 少女が呆れ、額に手を当ててため息をつく。



「シルビア様に診てもらったらどうかしら。風邪を引いてたらいけないから」


「残念なことに、元気なんだよね」



 だから、状況が分からないんだ。

 ライルとの勝負がはじまったはずなのに、なんで旧王都にいるのだろう。

 アインはアインでマルクと呼ばれているわけだし、不可思議なことが多すぎる。



 不意に、二人の背後から声が届く。



「今日も元気ですわね、お二人とも」



 振りかえったアインが見たのは、赤毛の佳人だ。

 腰まで伸ばした赤毛は艶を放ち目を引く。顔つきは憂い気で流し目が艶美。目鼻立ちがくっきりとしていて、蠱惑的だった。



「マルク、なんでじーっと見てるのよ」


「べ、別に深い意味はないよ!」


「ふぅん……本当に?」



 じとっとした、真偽を窺う鋭い目つきだ。



「あらら。ふふっ――――本当に仲がいいですわね。近頃は私の子とも仲良くしてくれてるみたいで、本当にありがとう」


「私たちこそありがとうございます。特にあの子は私と良くしてくれて……。よく本を読んでる子のことが気になってるみたいで、最近は相談を受けることもあるんですよ。槍を使うのがうまい子も、最近は狩りをしてくれててシルビア様も礼を言ってました」



 自分が全く知らない世間話に、アインは思わず空を見上げる。

 しかし、少しだけ心当たりもある。

 少女が語った言葉に、何か自分が関係している気がしてならないのだ。



「私はそろそろ行きますわね。少し、アーシェ様に頼まれてることがあったから」


「ええ、分かりました」



 赤毛の佳人と別れてから、アインは少女に尋ねる。



「さっきの話って、もしかしてあの、、兄妹たちのこと?」


「兄妹っていうのは違うらしいわよ。何でも、さっきの長の子供たちの子らしくて、血縁はあっても、全員が直接の兄妹じゃないみたい」



 その言葉ではっきりした。

 先程の女性はシャノンなのだろう。

 ついでに一つ分かる。

 いや、今までだっていくらでもわかる機会はあったが――――ここは大戦が起こる前の旧王都だ。



「……で」



 勝負の内容はなんだよ。

 天に向かって声に出さず尋ねるも答えはない。

 こんな舞台を用意出来る事は驚嘆に値していたが、相手側にあの竜人が居ると思えば違和感はなかった。



 勝ち筋が見えない。

 まず、何をもって勝ちとするかすら分からないわけだが。



「ほらマルク、行きましょ」


「ん、りょーかい」



 とりあえず流れに身を任せよう。

 ここで暴れても勝ちなんて結果にはならないし、本意じゃない。

 アインは少女について、魔王城へと向かって行った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 魔王城の中も、アインが知る魔王城そのものだ。

 はじめて足を踏み入れた時とも違い、丁寧に掃除された立派な城内。これがあれほど荒れ果てるなんて、考えてみると心が痛む。

 今では元通りになっているとは言っても、拭いきれない無情さがあった。



「お帰りなさいませ」


「おや、お帰りなさいませ。マルク様」



 声を掛けてくる使用人も、街の住民と同じで異人しかいない。



「ごめんなさい、シルビア様は今どちらに?」


「シルビア様でしたら確か、地下の書庫に居たかと思います」


「分かったわ、ありがとう」


「とんでもございません。それでは――――ラビオラ様」


「……え」



 聞き逃してはならない言葉に、アインは少女の顔を見て声を漏らした。

 既に去っていく使用人が答えるわけなく、じっと少女の目を見つめている。



「急になーに? その、少し恥ずかしいわ」



 いや、可愛い。可愛いけど、そうじゃない。



「ラビオラって……え、ほんとに?」


「ほんとにって何かしら? 私は私でしょ?」



 可能性として、これもあって当然の話だったのだ。

 今のアインがマルクだとして、隣に居る少女が王妃ラビオラなら筋が通る。

 色々、思うところはあったが。



(すごいクローネと似てる)



 似てると言うか、本人だ。

 くすみ一つない肌も、すっと通る鼻梁もクリッとした瞳も。シルバーブルーの髪の毛も、立ち居振る舞いもすべてがクローネそのものだ。

 現在の彼女と比べれば背丈は小さいが、種族の差によるものかもしれない。



「今、小さいって思ったでしょ」


「思ってないよ?」



 ケロッと応えるも、ラビオラが鋭い。



「どうせ大きい方がいいのよね? さっきの長みたいに大きい方が好きなんでしょ?」


「……もの凄い勘違いをしてるからね?」


「いいわよ、もう。絶対に絶対に大きくなって見せるから」



 果たして彼女が言う大きさというのは、本当に背丈の事なのだろうか。

 アインはクローネにするように手を伸ばして、ラビオラの頭を優しく撫でる。



「母上のところに行かないとね」


「…………こんなことで許してもらえると思ってるの?」


「別にそう言うのじゃないって。ただ撫でたくなったから撫でただけだよ」


「そ、そう……ならいいのだけれど」



 反応までクローネのようだ。

 おかげで自然体で居られたことに感謝したい。



 それから、二人は階段を下りて地下に向かって行った。

 広い回廊を抜け、奥にある書庫だと言う部屋の前で、ラビオラが扉をトン、トンと叩く。

 すると中から聞こえて来たのは、アインも良く知るシルビアの声だった。



「お帰りなさい、マルク」



 書庫は地下深く彫られた円状をしていた。

 壁一面の本棚が最奥までつづき、その最深部は見えない。

 どれほど深いのか、興味をひかれた。

 だが、先にシルビアだ。



「えっと、ただいま帰りました」


「なんで少し他人行儀なのかしら。ラビオラさん、この子に何かあったの?」


「いえ、私もそれが気になってましたけど……風邪でもないみたいです」


「あらそう……どうしたのかしらね」



 頬に手を当て小首をかしげたシルビアは、今も昔も姿は変わらないらしい。

 服装も黒一色のローブを優雅に着こなしていた。



「は、母上? 俺に何か用事だったんじゃ」


「それはね、少し危ないかもしれないからお城に帰ってもらったのよ」


「危ない、ですか」



 俺も精神的に危うい状況です。

 何て、口が裂けても言う気はない。



「近くの湖に住み着いた魔物が暴れてるそうなの。今はまだそこから動いてないみたいだけど、もしも動いて襲い掛かってきたら危ないもの」


「どんな魔物なんです? なんでしたら俺が討伐してきますけど」


「あら、頼もしいわね。でも駄目よ、あとでカインが行くから心配しないで。魔物はそうね……なんだったかしら」



 意にも介していないのか、シルビアの記憶にも薄いらしい。



「確かリビングアーマーだったと思うわ。昔のカインと同じね」


「ッ――――」



 もしかして、と脳裏を掠める。

 忠義の騎士の存在が頭に浮かんだアインが、シルビアに詰め寄る。


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