式典前の掛け合い。
「二人の手足とさせよ。マルコもいるならば悪い判断はしないであろう?」
「バッツのことですし……自分で海を渡るって言いそうかも……」
「なら行かせてやればいい。そのための承認だ。余は――いや、城の者はだれも無理強いはせんが、彼ら自身で指示だけでなく、海を渡りたいというのなら止めはせんというだけのこと」
もう子供じゃないんだ、そう言われてるみたいで成長した実感をした。
するとアインは、「ところで――」と話題を変える。
「今日の朝、ディルが面白いものを預かってきたんです」
「面白いものだと? あまり聞きたくないが」
「……普段、俺の事なんだと思ってるんですか?」
「言わずとも知れておる。自覚が無いのならば、シュトロムの統治は今日をもって終わりとせねば危険だが」
ひどい言われようだ。
しかし言葉を返すことも出来ず、アインは部屋に置かれたソファに座る。
投げやりな態度。ボスンッ、大きな音を立ててだらしなく座った。
「扱いに困ってしまう品なので、お爺様にも相談が必要かなと」
「また面倒なものでも拾ってきたのか?」
「俺、いつも変な物を拾ってきたりなんてしてましたっけ?」
「意味合いは違うが、双子を飼いたいだの……マルコから素材を受け取ってきただの……いくつでも思い浮かぶ」
「前者は自覚ありますけど、後者は貰ったものですから……」
シルヴァードもアインに倣い腰かける。
顔色は変わらず、しかし表情から漂う脱力感は現状に辟易しつつ、一言一句聞き逃さぬための緊張感を感じさせた。
片手をだらんと突き出し指を立て、つづきを促す。
「ちょうど言葉に出てましたけど……双子のエルの牙です。生え変わったらしく、それはもう立派なものが二本あります」
「ほらみろ。やはりそうした一品ではないか!」
シルヴァードが天井を仰ぎ見て肩肘をソファの縁にかける。
力なく左右に揺れた長いヒゲは、それでも品格を失わないのが彼らしさ。
はらっ、はらっ、と流れた銀髪を豪快に手で避けた。
「はぁ、言ってしまえば双子の生活には国の予算もかかっておる。一本は城に収めてくれると助かるが」
「勿論です。帰ったらすぐに手配しますね」
「そうしてくれ、だが残る一本は好きに使うといい。好きにと言っても無駄遣いは――するような性格はしておらんかったな」
「ディルに剣を作ってあげようと思ってます。……それでも余り過ぎるんで、もう一本は大剣に。実はクリスにもレイピアをと思ってたんですが、細くしすぎたらあまり良くないらしくて……」
「良い使い方だな。特にディルは今後を思えば、アインから下賜されたものがあれば都合がいい。しかし、大剣とな? 誰に下賜するのだ?」
「マルコです。ダメですか?」
あの騎士がアレ以上強くなる可能性がある。
アインが持つ戦力だけで一国でも落とせそうという話が、より一層の現実味を帯びた。
しかし反対ではない。
「あやつの謀反はありえん、か。それこそ、アインがイシュタリカを裏切らぬ限りは」
「俺も家族とか大切な人に何かあれば、その相手を追い詰めるぐらいはすると思います」
「そんなことは知っておる。そして、止める手立てが余らにないこともな。……良い良い、本気で心配しているわけではないのだ」
魔王化による暴走の二度目は勘弁してくれ。シルヴァードはこの一心だ。
更に言えば、意図的に暴走に値する力を放つことも避けたい。
(うーん。マルコが進化でもしたらどうしよう?)
たかが指令書。この認識は間違いだが、第三者からすればこの意味合いが強い。
主君より下賜される剣が意味するのは更に大きい。
以前、全盛期に戻ったと言い張ったマルコがどうなってしまうのか。影響力を踏まえれば下賜しないことも一つの案だが、これまでの忠義――旧王都で見せた彼の忠義も思えばしないことは有り得ない。
進化したら何になる? 前例を踏まえればデュラハンだろうか?
カインという前例を思いつつ、マルコには執事服が似合うだろうなぁ……と慮った。
やがてシルヴァードが立ち上がり退室していく。
式典は午後二時過ぎ。それまでの時間をどう潰すかがアインの課題だ。
「おやつの時間だしおやつでも……って、なに言ってんだ俺」
間の抜けたことを呟くと、シルヴァードに伝えようと思っていたことを思い返す。
「あ、神隠しのダンジョンのこと言うの忘れた。……ま、いっか。夜にでも時間貰って話そう」
むしろこれはシルヴァードにとって僥倖。
こんな重い話を今されていたら、さすがの彼も式典を乗り切る精神力は足りない。
アインも立ち上がり、賑わう城下町を窓から眺める。
「クローネも準備終わったかな――いや、少し仕事の話もしてくるって言ってたっけ」
邪魔はできないなと腕を組む。
すると――。
「ん?」
扉を叩く乾いた音。
ノックの音がした扉に近寄った。
「あれ、クリス」
「急にやってきてしまいましたけど……今大丈夫ですか?」
「いいよ。ちょうど暇を持て余してたから」
白を基調とした騎士服に身を包む彼女。
だがやはり、以前と化粧の違いもあって――。
(……やっぱりクリスって綺麗なんだよね)
以前から分かっていたが、近頃のアインははそれを強く考えている。
きっかけは口にしないがバルトでのパーティ。あの日の彼女は、美女に見慣れた貴族たちですら、手放しで見惚れるほどの美しさがあった。
アインも同じ感想で、ただそれを口にしてないだけだ。
「……?」
ころんと可愛らしく小首を傾げるのも、美貌と相まって目を引かれる。
近頃、彼女とどうにも距離が狭まった自覚はあるが、アインはこの状況を以前も経験したことがある。
(クローネが補佐官になったときってこんな感じだった気がする……)
あくまでも異性的な距離感のことだ。
ただ当時はそうした関係ながら、互いに好きあってることは心の中で理解していたこと。
それが今回ないだけで、なんとなく不思議な感覚が漂う。
「あ、あの……アイン様? さすがにそうじっと見つめられると……恥ずかしいというかなんというか……」
「――ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「変なアイン様ですね。急にどうしちゃったのかと思いました」
例えば彼女が以前同様、髪を結んでいれば。例えば彼女が以前同様、隙を見せな――隙を見せる頻度が少なければ。
違いはいくらでもあったが、この不思議な感覚に浸る格たる理由は察しがつかない。
くっきりとした目元に長いまつ毛。白磁のような肌に赤い唇。すっと一本通った鼻筋まで、依然と比べて目を引かれた。
彼女の金糸を天の輪が上から下へ流れる。
「クリスも暇を持て余してたの?」
「む……た、確かにそうですが……」
「ごめんごめん。それじゃちょっと付き合ってよ」
きょとんとした彼女を差し置いてアインが歩きだす。
行くってどこに? その言葉を飲み込んだ彼女はアインの後を追った。
「謁見の間にでも行こうかなって」
廊下に出てすぐアインが口を開く。声色はいつも通り、特に気分が高揚していることもない。
「そちらもまだ騒がしいんじゃ……いいんですか?」
「いや、もう謁見の間は静かになってるよ。お爺様が言ってたし」
後はティグルが入城するまでもぬけの殻になっている。理由は今日が式典で、謁見の間が隔離されているのは保安のため。
――そういえばとクリスが頷く。
「先に雰囲気だけでもね。後々緊張しないように」
「あれ? アイン様って緊張することあるんですか?」
「あんまりないよ。もう公務も慣れたもんだし、意外とどうともでもなるから」
これはいわば気分転換。
式典前、その慌ただしい城内の中。アインは取り分け静かな本番の舞台を冷やかしたかった。
悪戯好きのそれではなく、あくまでもリラックスのための一手段。
使用人たちが慌ただしい姿の横を、二人は肩を並べて歩く。
「なんか悪い気がしませんか?」
「してる。そんなこと言ったら昔から頭下げられる度にしてたよ」
「……はいはい。私だって、アイン様の王太子らしからぬ発言は慣れっこですからね」
「自分から聞いたくせに……」
くすくすと笑うクリス。
口元に手を当て、少し俯き気味に目を細めた。彼女は言わば美女なのだが、可愛らしい少女のような仕草が良く似合う。
大きな扉――謁見の間の入り口に二人が横並びに立つ。
以前、二人で謁見の間にやってきたのはいつだったろう?
「あの時以来か」
答えはすぐに頭に浮かんだ。
悩んでいた日の夜、彼女がアインを追ってきたときだ。
「……? どうかなさいましたか?」
「ここにクリスと一緒に来るのっていつ以来だったかなって」
「ッ――」
彼女も思い出したようだ。
あの日の行いを、決してやましいことでなくとも、羞恥心を煽るような出来事を。
「そういえばあの儀式って――」
「わ、わわわわ……私の家に伝わる古い儀式でもあったんですッ!」
「え……そうなの? ヴェルンシュタインの?」
「実はそうなんですッ! はい、お伝えし忘れていたんですが……ッ!」
(エルフに伝わる儀式っていってなかったっけ?)
しかし疑うようなことでもなく、ヴェルンシュタインの血統が関係すると言われると頷いてしまう。
行いは大胆。ただ自分たちが男女だっただけだ。
意外とすんなり彼女の言葉に納得すると、アインは両開きの扉に手をかけた。
「――次は本当の意味で……」
クリスが呟く決意。
想い人は扉を開く音でそれに気が付かないが、クリスはそれを知って言葉にした。
人っ子一人いない謁見の間、荘厳且つ神聖な雰囲気が漂う。
「おや? ヴェルンシュタインに特別な儀式があったなんて……私は初耳ですな」
ニヤリとほくそ笑んだ
口を開け、余計なことを言わないでくれと目で訴えかけるクリスと対照的に、好々爺然としたウォーレン。
謁見の間につづく道、アインらがやってきた反対側から彼は静かに近寄った。
「ウォ……ウォーレン様ー……?」
「ところで、マルクの――いえ、初代陛下の血統であるならば、私もクリス殿ではなくクリスティーナ様とお呼びするべきかなと。いかがでしょうか?」
込められた意味は本当にそれだけか?
そんなわけがない。クリスは半ば茶化す彼の意図を察する。
「……ウォーレン様? どこまでご存じなんでしょうか……?」
「はて、なんのことかは存じ上げませんが――エルフの儀式と言われると思い当たることが――」
「ウォーレン様ッ!?」
恐らく彼は知らないのだ。あの日あの夜、彼はクリスとアインが何をしたのか見ていない。
ほっと安堵したのもつかの間で、儀式の真相を語られそうになり慌てるクリス。
騒ぎの理由が分からず置いてけぼりのアインだったが、いつもの――それこそ、城で暮らしていたいつもの日常を幸せに感じ、自然と柔らかな笑みを浮かべ声を漏らす。
(なんか帰って来たって実感するなぁ……)
慌てふためく彼女を横に、アインは密かにこう思った。
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