夜とマルコと。

「あ、コレ私も好きなのニャ」



 へらへらとした顔でカティマが言う。

 ここは多くの人混みで賑わうシュトロム中央の駅で、軽い態度の彼女と対照的に、疲れ、呆れなどの感情に苛まれているのがクリス。

 貴族向け水列車が停まるホーム。

 いくら貴族がやってくる場所であろうとも、ホームのベンチは王女が座るには質が良くない。



 しかし、カティマは上機嫌に言った。



「あ――ほんとですか? 実はいくつかの理論はあって――」


「ほほー! 私に教えてみるのニャ!」


「はい! ――というのも――」



 話し半分にクリスが聞く。軽んじてるわけじゃなく二人の会話内容が分からないからだ。

 辛うじて分かったのは最初だけで、『空に浮かぶ城を作りたい』というロランの願いのみ。



「カティマ様ー……? お二人の迎えでしたら、逃げるように屋敷を出なくてもよかったのでは?」


「馬鹿言うんじゃないニャ! 私はこの後、出店の調査という仕事もあるからニャ!」



 迎えに来たなら立派な行いだ。しかし、出店の調査、、、、、という名目があるならばどっちが本命か分からず。



「……左様でございますか」



 と、クリスはもはや答えを求めることをあきらめた。

 いつものことながら天真爛漫すぎるカティマを眺めてから、アインは何をしているだろうと意識を変える。



「これ、原動力はどう見積もってるのニャ?」


「常に空に浮かぶことを前提として、安定化するまでの魔石が膨大です。ただ、安定してしまえば、風や日光で動く炉に力を流しつづけるので、後は考案中の増幅器で少しずつ増やしていければ……って感じです」


「ニャーるほどニャー」



 カティマはいつのまにか用意していた、ロランの論文を手に話を聞く。



「まだ夢物語は多いニャ。でも、この状態でも例えば『飛空艇』なんかはいけそうニャ」


「はい、なので先にそちらから着手しつつ、得られた技術と理論を流していければと」


「予算があほみたいにかかるニャ。新型艦で功績上げて、お父様から予算ふんだくらんといかんニャ」


「……頑張ります!」



 王女相手で緊張すると言っていたはずのロランは、同じく研究者相手のように接する中、アインらがみたことのないほど饒舌にカティマと語り合った。

 駅に着き、ホームで合流して約半刻。

 長々と互いの研究観を語り合ったところで、これまで静かだったカイルが言う。



「第一王女殿下。恐れ入りますが、そろそろ町にいかねば出店も閉まりだすのでは?」


「む、そいつぁいけないニャ!? クリスッ!」


「……はい」


「なーにをぼさっとしてるニャ! ほら、早く行くニャ!」



 嵐のように去り行くカティマを、新たにシュトロムへやってきたロランとカイルが静かに見送る。

 若干背を丸めたクリスを引き連れた彼女は、意気揚々と大股で去っていった。



「俺、なんとかなりそうなきがしてきました……!」


「……それはなによりだ」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――皆が寝静まったときのことだ。

 アインもそうだし、すでに起きている者は一部の騎士や一部の商人、一部の仕事をする者ばかりのころ。

 港近くのオーガスト商会保有の倉庫近くで蠢く影。



「あそこだ」


「問題ない。すでに情報は確認済みだ」


「了解。急いで奪うぞ」



 三人組の男が言い、彼らに付き従う十数人のローブを羽織る者たち。

 停泊した船から下りた彼らは、広い桟橋にある、木箱や小屋などの影を渡り歩いた。



「――おかしい。見張りがまったくいないぞ」



 倉庫にたどり着いたところで一人が気が付く。

 警戒心が高まるのも当然で、不可解そうに立ち止った。おもむろに剣やナイフを抜き、目を凝らして構え千鳥足で辺りを見渡す。

 しかし、何もない。

 聞こえるのは、さざ波の音と夜になく鳥の穏やかな鳴き声程度で、風の音すら聞こえだしそうなほどだ。

 三人組が互いの表情を覗ったが、やはりこの場から立ち去ることは考えられない。



「やるしかないだろう……」


「あ、あぁ……そうだよな、ここまで来たんだ……」


「どんなに死ぬ思いをしたと思ってんだ。やめられるわけがねぇ!」



 三人組の声を聞き、ローブを着た者たちも頷く。

 すると、更に慎重に歩を進めたのだが、



「ふむ」



 と、老成した声が聞こえた。

 あたりが、とんと静かになる。



「来るなら今日、この時だ。……ウォーレンが言った通りではありませんか」



 カシャン、音が鳴り声が近づく。

 もう一度カシャンと鳴り、肌を突き刺す恐怖が漂う。

 そして、最後にもう一度だけカシャンとなり、禍々しい鎧の姿が見えた。



「ッ――逃げろ!」



 あれは相手にしたらまずい。本能で察知し三人組が後ろを向いた。

 ローブを着た者たちを連れて慌てて駆け出す。方向は町を出る方――港の区域はすぐに町を出られ、小高い丘陵などが隣接している。

 そんなことは予習済み、奪取は失敗だが逃げるしかないと、脱兎のように周囲に目もくれず逃げつづける。



「くそっ……どうしてあの男がここに……!?」


「大丈夫だ! アイツは天を割った男じゃない! なんとか逃げ切れるはず……!」


「……む?」



 追いかけようとしたマルコの足が止まる。

 天を割った男と言えば、近頃で言えばカイン一人だけ。

 そして、それを披露したのは――。



「一人残らず捕獲しましょう。話しはそれからです」



 数人捕まえればいい。

 その方針を変え、マルコは剣を握る手に力を込めた。



 ――しかし、相手はバラけて逃げたのだ。

 更に、倉庫に押し入る前の行動が手慣れており、マルコは相手の素性が気になりだす。



「冒険者、あるいは冒険者崩れ? いや、それとも他の……聞けば済むことでしょうね」



 すると剣を地面に突き刺した。

 鍵穴に差したカギを回すかのように強引に剣をひねると、辺りの石畳が震え出す。

 確認し満足げに頷くと、マルコは三人組の男だけを狙い一歩踏み出した。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 小高い丘陵。周囲は真っ暗で灯りは一つもない。

 そして、彼ら三人もまた、灯りを付けるような愚を犯さなかった。

 身体を寄せあい背の高い草に隠れると、顔を見合わせてから口を開く。



「これからどうする」


「帰るしかない。だめだ、あの防備は破れない」


「……簡単にいくなんて思ってなかったさ。けど、やっぱり厳しいな」



 追手の影は無い。もう撒いたろうと思い男たちが立ち上がる。



「陸路は厳しいぞ」


「だがほかに道は無い。船は捨てるしかないだろう」


「……地図はあるか?」


「俺が持っている。心配いらない、二週間も歩けばすぐに――」



 ふと、背後に立つ気配。



「行き先も尋ねたい。さぁ、観念する時間ですよ」


「ッ――!?」



 同時に、周囲の土が複数の箇所で盛り上がる。

 何が起きる? 背後に立ったマルコを傍目にそれを見ると、三人を囲むようにある魔物が姿を見せた。



「ス、スケルトン……?」


「どうしてここにスケルトンが!?」


「私は眷属という力を持っておりますので、私より弱い魔物を使役できます。もっとも、この力はそれなりに強いせいか、先日まで使えなくなっていたのですが……まぁいいでしょう」



 逃げ道は無い。もう捕まるほかないのだ。

 マルコにも油断は無い。彼らが何か行動を起こす前に気絶させようと、一人の腹に拳を押し込んだ。

 その時だ。ほぼ同じくして、残る二人が自らの首筋を掻っ切った。



「はっ……ざまぁみろ……!」


「我らが……誇り! 甘く見るんじゃ……ない……!」



 やがて、一人の男がそのまま胸にナイフを突き立てる。

 すると彼の上着から真っ赤な光が漏れ出す。



「あの汚れた血を崇拝する……愚かな……」



 最後にそう言って、真っ赤な光が辺り一面に広がった。

 それは、数多くのスケルトンとマルコを巻き込み、業火となり天高く炎が上がる。

 炎がおさまり十数秒後。



「――奴らは騎士か」



 と、マルコが呟く。



「それもただの騎士ではない。主君に忠実であり彼らなりの誇りがある。……そしてあの手慣れた仕草と、最期の判断」



 考えうる予想が一つだけあった。



「いわゆる近衛騎士に相当する騎士……。そして、団長の力を見たことがある……なるほど、あの時の生き残りですね」



 ハイム戦争。当時の生き残りでなくば知らない事実なのだ。

 そして、マルコの予想では、ついさっきの三人組はハイムの近衛兵だった男たち。

 しかし解せないのは――。



「ローブの男たちと、どうやって繋がりを持ったのでしょうね……ふむ、ウォーレンにも相談せねばならんようだ」



 去り際に自ら命を絶った三人の灰を剣で薙ぎ払い、マルコは天を仰ぎ見た。



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