魔王城に戻ってから[前]

 アインが城に戻ったのは、いつもなら夕食時という時間を大きく過ぎ、辺りが満点の空に包まれた頃。

 シュトロムや王都と比べても、更に星空の近さを実感していた。



「ッ……さ、寒っ……!」



 魔王城の前で馬車から降りると、当然のようにやってくる極寒。

 足元の粉雪で滑りそうになるのに耐え、寒さから肩をぎゅっと強く抱いた。

 結局、例のダンジョンは合体したスケルトンを最後に後にした。

 というのも、例のない出来事だったからか、カインがシルビアに伝える――と決めたため、倒してから帰りの途に就いたのだ。



「今日は有意義だった。見たことのない魔物もいたし、十分な成果だったな」


「あ、はい……ですね……最後のあいつは面倒でしたけど」


「ん? そうか?」


「いやいや、ほぼ同時に魔石壊さないと復活するって、どこをどう見ても面倒ですって」



 選べる手段は少ない。

 むしろ、力押し以外にどうにかなるのなら教えてほしいぐらいだった。

 倒した方法は、なんだかんだ力技。

 二人が頃合いを見計らい、ほぼ同時に剣劇を加えるというものだったのだから。



「倒せたのだから気にすることじゃない。魔石も吸収しただろう?」


「しましたけど、スケルトン単体となんら変わりませんでしたからね」


「……まぁ、それも新たな発見だろう。俺とシルビアが行ったときと比べ、どうしてスケルトンが合体したのかは分からないがな」



 取りあえず、寒いのだから早く城の中に入りたい。

 足早に歩くアインを、やれやれと言わんばかりにカインが追う。

 吐息はイストやシュトロムの時よりも白く、この辺りが特別な寒さなことを実感する。



 やがて、巨大な扉を開けて中に入る。

 冷たく冷えた頬も、寒さで痛くなりかけてい耳も――少しずつ温かさに血色を良くしてく。



「おかえりなさい。二人とも」


「……あぁ、今帰った」



 出迎えたシルビアへ、カインはどこか郷愁を感じさせる声で返す。



「あら、どうしたの? 声が大人しいけど」


「……なんでもない。ただ、昔のことを思い出しただけだ」


「昔……? あ、あぁ……アイン君が居るからかしらね」



 すると、軽く笑みを返してカインが城の中に進む。

 今の会話はなんだろう? 戸惑った顔で、アインが眺める。



「シルビアさん? 俺がどうかしたんですか?」


「ううん。ただ、マール君が居た時も、こうして私が出迎えてたからだと思うわ」



 初代国王が彼らの子供だったように、アインが似たような立場にあるということだろう。

 そう理解すると、なるほどとだけ言葉を返した。



「お夕食も出来てるから、みんなで食べましょうか」


「すみません、いただきます。――ところで、あの柱の陰に居るのは……」



 チラっと、彼女の金髪やレイピアが見え隠れしている。

 見間違えるはずもない。アレはアインがただ一人連れて来た護衛――クリスに違いない。

 問題なのは、彼女がなぜ隠れているのかということで、



「俺が居ない間に、クリスが何かしちゃったんでしょうか?」


「……何もしてないわよ? ただ、あの子も女の子ってだけのことだから」


「女の子……?」



 だから何だと、隠れている理由を明確に問いただしたい。

 しかし、強引に尋ねるのも何か可哀そうで、アインは戸惑いの表情を浮かべる。



「そうね。言い方を変えるのなら、遅すぎた思春期みたいなものかしら」


「し、思春期……? なんでこの時期に……?」


「分かってるだろうけど、優しくしてあげてね」


「そりゃ、いつも通り接しますけど……シルビアさん、何か言ったんですか?」



 アインにしては珍しく、ジト目でじっと彼女を見る。

 が、腹芸なんかで彼女に勝てるはずもなく、見惚れるような微笑みしか返らない。

 まるで、ウォーレンを相手にしている時のように、軽々と流されてしまう。



 やがて背を向けると、黒曜石のような色の髪を靡かせ歩き出す。

 後には、声を掛けずに静かにしなければ――と思わせる空気。

 付け加えるなら、柱の裏に隠れるエルフの護衛ぐらいなものだろう。



「……クリス?」



 声をかけないわけにもいかない。

 何が思春期を招いたのか、それらも気になって仕方ない。

 ただ、尋ねるべき頃合いには思えなかった。



「は、はい……!」


「いやいやいや、そんなに慌てて返事しなくてもいいから……そっち行ってもいい?」


「ッ――あ、あぅ……大丈夫です……ッ」


(本当に何を言ったんだろう、シルビアさん)



 この魔王城から帰ったとき、魔王化して驚かせたときもあった。

 だが、当時はクリスから恐る恐る近づいてきたのだから、今とは多少なりとも事情が違う。



「あれ? そんな服あったっけ」


「私のじゃないんです……シルビア様がこれを着なさいって……」



 はじめてみる服装だ。

 クリスのスカート姿なんて、数えるぐらいしか見たことがない。

 今の彼女は、真っ白なワンピースだけを着ている。

 身体に合わせるタイトな形のせいか、目を引くような肢体が強要されている。



 よく見てみると、いつもより化粧もしているようだ。

 唇が潤んで鮮やかなのが、無意識のうちにアインの視線を誘う。

 惚けたように黙ったアインを見て、クリスは心配そうに膝上の裾をぎゅっと握った。



「すぐに着替えて――ッ」



 脱兎のように立ち去ろうと、俯いたまま背を向けた……というのに、アインが珍しく強引に、クリスの片腕を掴んで止める。



「似合ってるよ。その、俺もそんな口が上手いわけじゃないから、気の利いた言葉を言えなくて申し訳ないけど……」


「――ッ」



 彼女にとって、アインが似合ってると言う以外に大切な言葉は無い。

 それがあれば……いや、それだけで十分だった。


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