悪い子になった結果。

 もっといい頃合いがあったんじゃないか?

 勿論、是だ。

 もっといい雰囲気の時がよかったんじゃないか?

 こちらも、是だ。

 二人は勢いと空気に流されたのではないか?

 残念ながら、こちらも否定はできない。



 ただ、それはあくまでも他人の話。

 この二人にとっては、むしろ、自然とそうなってしまったときが最大の好機なのかもしれない。

 共に過ごす時間について、他人の意見を求める必要はないのだから。



 アインが目を覚ましたのは夕方――とまではいかないが、昼下がりの曖昧な時間帯。

 いつの間に寝てしまったのだろう? 考えてみても、思い出せるのはクローネの姿や声だけだ。

 おもむろに体を起こそうとして、気怠い体に気が付かされ、腕をあげようとして、クローネがしがみついてるのが分かった。



「……夢じゃなかったみたいだ」



 ほっとしたようで、感慨深いようで、それでいてやっとかという達成感に似た何かを得る。



 現実をさっと理解したところで、アインは思う――やはり、唐突だったのではないかと。

 例えば何かの行事の後、例えばもっと落ち着けたときなど……思うことは未だ山ほどあるが、これもまた、自分たちらしいのかもしれない。



「クローネはまだ寝てるか」



 規則正しく寝息を立てる彼女は、まだ起きる気配すらみせない。

 何か飲み物でも持ってこようかな……。アインは申し訳なさげに、クローネの腕をほどこうと試みたのだが、



「ごめんね、腕少し離すよ……って――ん? んん!?」



 腕はほどけた。

 しかしおかしい、なぜクローネが離れない?

 どこかでしがみつかれているのか? 薄手のシーツに包まれた身体をみれば、足元が絡み合ってるのに気が付かされる。



 ……だが、何かがおかしい。



「俺の足が二本。それで、クローネの足が二本……さて、この無駄に多い足みたいなのはなにかな?」



 クイズ形式で尋ねてみるが、答える者は誰も居ない。

 起きていたらクローネが答えたかもしれないが、今は仕方のないことだ。



 さて、アインの目に映ったのは、何本分かで浮き出た足のような何かだった。

 純白のシーツで覆われているため何かは分からないが、二人の間に何かが挟まっている。

 誰かが混じってることはあり得ない――そんな隙間がないからだ。



 シーツをめくって確認する。

 これが最適解なのは間違いないが、お互いに服は着ていない。

 今更ではあるが、勝手にめくってよいものかと考えてしまうのだ。



「ん……ぅ……アイ、ン……」



 隣でクローネが身じろいだ。

 猫が顔をこすりつけるかのように、アインの胸元に頬ずりする。

 こそばゆくて、愛らしい仕草に思わず笑みを浮かべたが、相変わらずなぞのふくらみは解決していない。



 腕枕をしている手で、彼女の頭を撫でてみると、ゆったりと瞼を開けたのだ。



「あっ……アイン……起きてたの……?」



 瞼を開けた彼女は、アインをみてから窓の外を見る。

 まだそう遅い時間ではないことに安堵したのか、すぐに目線をアインに戻した。



「おはよ、クローネ。その……色々話したいことはあるんだけどさ」



 そう言って顔を見合わせ、互いに頬を赤らめる。

 照れ隠しをするように笑い合った。

 やがて、彼女は愛するアインとの距離を詰めるため、さらに腕を回して抱き着いたのだが、



 カサッ……と、葉が擦れる音がした。

 葉が擦れる? なんで?



(ベッドに植物なんて植えてない、いや当たり前なんだけど)



 それは自分の頭の後ろから聞こえ、クローネの腕と連動して聞こえたのだ。

 余計に理解が追い付かず、眉間に皺を寄せてクローネの上半身を見た。



 謎の力でシーツは彼女の上半身をかばい、アインの胸元に押し付けられた彼女の胸元や、露出されたきれいな腕や肩ぐらいしか分からない。

 全身が露出されるよりも、逆に……といった感じだろうか。



「……今、すっごく幸せなの。それに、心と身体が充実してるの」



 耳元でささやかれる言葉は愛に満ちている。

 いわゆる無敵感に似た感情を、彼女は全身に感じていたのだ。

 互いの体温が、その感情を更に高めるのは間違いない。



 ――だが、彼女の心と身体……特に、身体が充実しているのには、別のわけがある。

 身体がどうも絡みついていた理由に加え、足元がおかしく膨らんでいた理由。

 これらを解決できるものが、互いの身体に隠されていたのだ。



「……その、クローネ。驚かないで聞いてほしいんだけど、いい?」


「ふふっ……なーに?」



 可愛い。自分のものにしたい。

 内心で思ったが、すでに彼女は――と帰結する。



 ところで、アインは気が付いたのだ。

 カサッと音がした方にあった緑色のナニカと、シーツの中のふくらみ……それがベッドの端から床に伸びているのをみて、遂に気が付いたのだった。



「ドライアドってさ、根付くって習性があったと思うけど」



 例の生きづらい習性だ。

 交わった異性と命を共有するという、なんとも生きづらいもの。

 アインは元々ドライアドのハーフ、その影響は否定できない。



「えぇ、だからアインは私に……ってことだと思うけど、それがどうかしたのかしら?」


「世界樹が根付くとどうなると思う?」



 首を傾げ、まばたきを繰り返した彼女は可愛らしい。

 いつもの数倍、下手をすれば数十倍は可憐で美しかった。



 また、ベッドからはみ出る自分のものではないツタと根も、一秒一秒が経つ毎に可愛らしく思えてきてしまうのだった。



(あ、よく見たら青いバラ? みたいなの咲いてる……)



 まるで懐かしのブルーファイアローズのように鮮やかで、自然と目が奪われた。



「……急になーに? もう、まだ恥ずかしいの?」



 いや、確かに恥ずかしさはある。

 しかしながら、今回はそれ以上の疑問と解決という話がある。

 ちなみに、アインも世界樹が根付くとどうなるか――なんて知りもしない。

 逆に知っている者がいるならば、むしろ尋ねたいところだ。



「あのさ、もしもだけど……クローネが暴食の世界樹である俺と根付いて、人間じゃなくなったら……どうする?」


「別に? どうもしないわよ?」



 一切の間を置くことなく、当たり前のように彼女が言う。

 何を聞くのかと思えば……と、彼女は小さくため息をついた。 



「……え?」


「一緒に生きて一緒に死ねるなら、別に人間だろうが悪魔だろうが、それこそ魔物だろうがどれでもいいじゃない。……違う?」



 ははっ、とアインは嬉し気に笑う。

 なるほど、やはり彼女は大切な人だ。

 こうも簡単に気分を落ち着かせ、いつでも自分を肯定してくれるのだと。

 すると、アインは彼女の身体をぎゅっと抱きしめて、頭を撫でながら口を開いた。



「――とりあえず、クローネのステータスカードをみさせてもらわないとね」



 そう言って、ベッドからはみ出る多くの根とツタと葉を眺めた。

 アインの足からでたそれと、クローネの足から伸びたそれ。

 両者は明らかに色や形などに違いがあり、どういう変化が与えられたのかを調べる必要があったのだ。



「私のステータスカード……? どうして?」



 彼女はもう一度、首を傾げて不思議そうに視線を送る。

 この流れからどうしてステータスカードの話題がでてきたのか、それが分からず、慌てふためいていることはないのだが、合点がいかない様子でアインの目をじっと見つめる。



「色々と確かめておきたいなって思って。とりあえず、驚かないでほしいんだけど――」



 一番の疑問は、人間であったはずの彼女の身体から、ドライアドのように根やツタを出しているという現象についてだ。



 きょとんとした顔で見上げる彼女をみて、おもむろに口づけを交わす。

 二人は幸せそうに笑い、それから状況の確認に取り掛かった。

 さて、彼女が自らの足元から出たものをみて、呆気にとられるのは言うまでもない。

 なにせこれは、アインの影響を受けたという証明に他ならないからだ。



 ――つまり、クローネが喜ばないはずがなかったのだ。




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