漆黒の騎士。
「――天騎士って聞いても……それでも余裕そうなのは気に入らないな」
グリントが不愉快そうに語り掛ける。
妙に重くなった心を気を引き締めて支えると、数秒の間をおいてアインが答える。
「いつ、天騎士になれたんだ?」
「……ロックダムへと進行を開始したあたりからだ。会談の際に目覚めていたら、今日まで待つことなく、あの男を倒していたからな」
「……あの男?」
アインの全身が強張った。
火傷のような痛みが続いたが、アインはグリント目掛けて一歩進む。
「お前の護衛をしていたディルという騎士の事だ」
「ディルがどうかしたのか?」
ディルという言葉を聞き、間髪おかず続きを尋ねる。
「あぁ。ついさっき、以前受けた屈辱を晴らしてきたからな」
「……屈辱を晴らした?」
アインが纏う空気がざわつく。
すると、後ろで聞いていたマジョリカ達も顔色を変えた。
「俺の聖剣であの男を殺した。もう、あとはお前だけだ……アイン」
――聖剣。
その本質は分からないが、グリントが持つ剣は、グリント同様に光り輝く。
よくある形のロングソードで、アインの持つ剣よりは若干短い。
だが、聖剣と自称するだけあってか、向ける迫力には一見の価値があった。
しかし、そんなことよりも重要な事がある。
なにせグリントは俺の聖剣であの男を殺した――と口にしたのだ。
「ディルを……殺した……?」
唖然とした表情でグリントを見ると、アインはすがるように手を伸ばして語り掛ける。
すると、グリントはその姿に多少の溜飲を下げた。
「ははっ。お前がそんなに辛そうになるのなら、父上の無念も晴れるだろうさ」
――嘘だ。こいつは嘘を言っているんだ。
必死になって心の中で否定すると、アインは更に一歩を踏み出す。
「もういい。口を閉じろ」
「……は?」
「お前たちの言葉を信じるよりも、早く終わらせて二人の無事を確認しに行きたいんだ」
アインは再度、幻想の手を繰り出した。
さっきと比べて節々が逞しく、更に力を込めて作られたのが良く分かる。
アインが強い瞳でグリントを見つめると、幻想の手は蜘蛛の手の如く広がった。
少しの焦りを滲ませると、戦いに終止符を打つために構える。
「ち……父上がお前を見限ったのは正解だったな。本当に、ただの魔物に成り下がったか……!」
「――グリント様。あまり力は使いすぎないでくださいませ……?」
グリントのすぐ後ろから、アノンの心配した声が届く。
「
「――大丈夫だ。伝承にもあるだろ?天騎士は魔物相手だろうが手こずる事は無い」
「……えぇ。それはもう、以前、この目にしかと焼き付けました」
「ん?以前……とはいったい?」
「あ、あぁ、えっと……グリント様の訓練の際に、です」
眉をひそめて尋ねたグリントへと、アノンが相変わらず心配そうに答えた。
そのせいか、グリントは感じた小さな違和感を気にすることなく笑みを浮かべる。
「アノンの前で魔物を相手取った事はないと思うが……まぁ、アノンも混乱しているのだろう。心配いらないさ、少し待っていてくれ」
父の仇を取る――そして、兄に抱いてきた悪感情をここで終わらせるためにも、グリントは前に出る。
こうして、アインとグリント……二人の兄弟は初めて剣を交わすこととなる。
*
「ははっ……なんだよ、おい!」
数度の凌ぎ合いを経て、グリントは眉をあげると、自慢げな表情でアインに語り掛ける。
「なにが強いだよ。お前の攻撃……全然効かないじゃないか!」
「――強気だな。グリント」
グリントは強気だった。
というのも、アインの攻撃を防ぎ続けられたことが原因で、今だ息の一つも切らしていない。
「当たり前だろ?苛立たせ続けたお前を倒せて、父上の仇もとれるんだ……これほど澄んだ気持ちは初めてだッ!」
「……あぁ、気持ちだけは分かるよ」
すると、アインが数歩下がって距離を取る。
マジョリカ達が固唾を飲んで見守る中、グリントという男についてを考察した。
「技量は大したことない……近衛騎士に勝っていても、ロイドさんやクリス……それに、エドやローガスにすら劣っている」
では何故、こうしてグリントはアインに対抗できている?
グリントが強い足取りで一歩を踏み出すのを見つめながらも、アインはグリントの変貌に驚き続けていた。
「ぜぁぁぁあああッ!そう簡単に退けられると思うなよッ!」
(ッ――そうだ、この一撃がおかしいんだ……!)
気迫に満ちたグリントの一撃が迫り、アインの頬を掠る。
アインは軽く舌打ちをすると、傷口から入り込む染みるような痛みに顔を歪める。
グリントの放つオーラが焼けるような痛みを与え続けるのだ。
「どうした!お前、本当に父上を倒したのかッ!?」
弄ぶように言葉を並べると、アインに向けて剣を振り回し続ける。
(いや、単純な攻撃力だけの問題じゃない。グリントが俺の攻撃を防いだ反応速度――それも異常なんだ)
自惚れるわけじゃないが、アインはマルコという強者との決闘にすら勝利した過去があり、今では魔王として種を高めた実績がある。
だというのに、
「可笑しな話だよなッ――どうして、それだけの強さを急激に得たんだ?」
「決まっている!俺が選ばれた男で――それに、彼女の祝福のお陰で天騎士に到達したからだ!」
「だから、それこそおかしいって言ってるんだよ!」
ふと、アインが疑問に思ったことを口ずさむ。
(そうだ。おかしいんだよ。それだけの強さがあるのなら……)
グリントにおかしいと言葉を投げかけながらも、アインは腹立つ痛みを抑えてグリントの剣を防ぐ。
相変わらず重く、振りが素早い剣戟だったが……
(だけど……それなら)
……耐えられる。
決して目が追い付かないわけでもなく、加えて、アインの腕力でも十分に対応が出来ている。
万が一、ここに一目置くような技量が混ざってさえいれば、アインも劣勢に立たされていたことだろう。
「何がおかしいって言うんだ!負け惜しみなら聞いてやるさ!」
「――どうしてお前は、今の今まで天騎士への覚醒をしてこなかったんだ!」
アインが疑問に思ったのはこの事だ。
タイミングとしては、まるでグリントが覚醒するのを避けていたようにしか思えなかった。
(避ける意味はなんだ?貴重な戦力だというのに、出し惜しみをしすぎじゃないのか)
……考えているときにも、グリントの剣がアインに襲い掛かる。
アインの頬に傷をつくったのを切っ掛けに、グリントはその勢いを増す一方だ。
眩いオーラを纏う剣は、その刀身以上に攻撃範囲を持ちアインに迫る。
剣がぶつかり合う音を響かせ、グリントがアインに答えた。
「つまらないことを気にするのは、やはり負け惜しみだからか……!」
技術は拙いが、相変わらず強力な一振りが続く。
勢いよく振り下ろしたと思えば、斜めに振り上げて威圧する。
舐めているわけではないが、解せない事ばかりのアインは、続けてグリントに尋ねる。
「悪いな。お前の剣と同じで、つまらないことが好きなんだ。なんだ、エウロで再会した日には、実力が足りなかったとでもいうのか?だから、今まで強さを見せられなかったとでも……ッ?」
「ッ――チィ……」
再度出現した幻想の手に目を奪われたグリントが、アインの剣の一振りから後ずさる。
(やっぱりだ。これで仕留めてしまってもいい――っていう気持ちで振ったのに)
だというのに、グリントは目で見てアインの一撃を避けたのだ。
それほどの反応速度を持つ相手は、いくらアインでも目にしたことが無い。
すると、グリントが首筋に冷や汗を流しながらも、アインに答える。
「あぁ。そうだ。当時の俺は力が足りなかった。だから、天騎士になっても身体が耐えきれるか分からなかったからな」
「……身体が耐えきれるか?」
「これほどの強い力はな、自分の身体にも影響を与えるんだ――まぁ、お前には縁のない話だけどな」
そう語って身体を動かすと、いくつもの光芒が群れを成してグリントの身体に巻き付いた。
すると、まるで鎧のように体を覆う。
本気になったか、とアインが警戒を強めた。
(身体に影響、か)
内心でつぶやくと、マジョリカに語り掛ける。
「マジョリカさん。
「ごめんなさい。元帥閣下とかクリスなら知ってると思うけど……私は詳しくないわ」
わかった、とアインが小さく答える。
こうなる事を考えれば、早めにロイドやクリスに天騎士のことを訊ねておくべきだった、と後悔する。
ハイムでは英雄的、伝説的な扱いの天騎士。
しかし、クリスが自爆に近いと表現した理由……それを考え、アインは多くの決心をする。
「――グリント」
ふぅ、と大きく息を吐くと、わざと気だるげにグリントを呼ぶ。
(あの光芒……光は、きっとグリントの力そのものだ)
グリントの身体に巻き付く光を眺め、それに対抗すべくアインも動く。
手元に黒いオーラを纏わせると、身体中に押し寄せる、五感が研ぎ澄まされる感覚に身をゆだねた。
「出し惜しみはやめるよ」
黒いオーラが徐々に具現化をはじめ、アインの指先からその姿をみせる。
「手甲しか出したことが無いんだ。これ以上を出そうとすると、なんとなく力が足りない――って感覚になってた。どこかで危険だって、無意識に避けてたのかもしれない」
「お……お前、何を出してるんだ……?」
両者はひどく対照的だ。
グリントが勇者然としているのとは真逆に、アインは徐々に暗がりに身をゆだねる。
(はぁ……腹減った。だめだ、もう少し魔石もらっとくべきだったかな)
力を使うことで生じた空腹感に辟易するが、重ねてアインは集中を高める。
「海龍の時も、そしてマルコさんの時も本気で戦った。でも、
手甲の範囲を通り越すと、黒いオーラは肩にまで至る。
グリント、そしてマルコという言葉に反応したアノン――この二人を前に、アインは本気(・・)となるべく準備を続ける。
ラルフが漏らす瘴気とは違った、純粋な漆黒の空気をあたりに漂わせた。
……だが、危機感を抱いたグリントが、これまで以上の踏み込みでアインに襲い掛かる。
「もう死ねよ……ただの魔物として、人の尊厳も失ってッ!」
マジョリカ達が見失う程の速度で切りかかると、皆ははっとした面持ちでアインを見守る。
アインのすぐ傍は黒い空気で状況が分からなかった。だが、グリントが襲い掛かってから鳴り響く衝撃音が耳に届く。
呆れる程の速度と勢いで攻撃を仕掛けたグリントは、この時ばかりは勝利を確信していたことだろう。
「でッ……殿下ぁぁぁああああーッ!」
マジョリカが悲痛な叫びをあげる。第三者からしてみれば、最後はアインが隙を突かれたように考えてしまったのだ。
……しかし、勝負はまだ終わっていない。
黒い空気が晴れると、重厚な金属が擦れる音と共に、自然と畏怖を感じさせる存在が姿を現した。
「――グリント。ここからが本番だ」
だが、次に届いたのは、威厳……いや、圧倒的な覇気に満ちた魔王アインの声だ。
「ッ!?お、お前……なんだよ、その姿……ッ!」
「で――殿下!?無事だったのね!?」
アインがグリントの剣を手甲で掴み防いでいた。
片手にはだらんと剣を携えながらも、全身を漆黒の甲冑で覆われており、顔全体を覆う兜を被る
一見すると、アインとは思えない姿を皆に見せつけたのだった。
「……マジョリカ、命令だ。近衛騎士を連れて謁見の間から出ろ」
すると突然、アインは王太子として命令を下した。
(……駄目だこれ。加減とかそういう次元じゃない。)
持て余すという表現が近いだろう。
漲りすぎた身体の力を抑えきれず、高まり続ける五感が消えない。
つまりアインは、後ろに控えるマジョリカ達に、自らの攻撃が届かないようにと命令を下したのだった。
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