ハイム王都攻略戦[9]

 ローガスは身体に走った衝撃に対処しながらも、自分を見下ろすアインの姿に注目する。

 自分と比べ、体力の消耗が無く、まだまだ余力を隠していそうな様子が、複雑な感情をいくつも募らせた。



「――まさか、これほどまでとはな。心外だが、驚かされてしまった」



 元帥のロイドが自信満々に語っていた事が事実だった――それを自らの身体で理解したローガス。

 意地を見せ強気に立ち上がると、頬についた埃を拭い、首筋を滴る冷や汗を感じた。



「だがな、貴様の言葉は正しくない。では、才能とやらは誰が決めるものだ?他人でなければ……自らが判断するとでもいうのか?」



 大将軍らしい、年期と成熟した威圧感でアインに語り掛ける。

 どことなく赤子をあやすように、且つ、相手を叱責し、躾けるように言葉をつづけた。



「……」


「であればおかしな話だ。それでは自信とはならず、無価値な過信としかなるまい」



 ローガスが真正面から尋ねてくる。

 それを聞くと、アインは悲観することなく答えた。

 心の中に抱く思いを恥じることなく言葉にする。



「才能なんてものは、ひどく曖昧だ。だからこそ、それを安易に判断するのが間違ってるといっている」



 すると、ローガスは鼻で笑ってアインに言葉を返す。



「それは不可能なことだ。人とは……そして、貴族とは、国家とはッ!悠長に時間ばかりを過ぎ去らせるわけにはいかんのだ!」



 ラウンドハート家は当代の大将軍をいただく家系。

 武の名門であり、当時は伯爵家として名をはせていた。

 それゆえ、ラウンドハート独自の考えがあることは、アインも理解していたが……、



「俺は王太子だから、時間がどれほど貴重かはわかってる――でも」


「――でも、貴方たちは、未来に繋がる才能も考えるべきだったんですよ」



 貴様でなければ、お前でもない。

 アインがローガスを貴方(・・)と呼んだのは、これが本当に最後の決別のつもりだった。

 幼き頃のように敬語で語り掛けると、虚しさを胸にため息をつく。



 ……これから自分が成すべき事に向けて、震える気持ちに覚悟を刻む。



「大将軍ローガス。イシュタリカ王家・・・・・・・・の者・・として、王太子として――貴様の頚をとる」


「――あぁ、私も……憎きイシュタリカ人・・・・・・・の王族を打ち取ろうじゃないか」


「取れるものなら取ってみろ――貴様の面前にあるは、海龍を屠りし英雄だ。獣程度が匹敵できると思うならば、私がその絵空事に終わりを突きつけよう」



 尊大に思える態度で口上を述べたアイン。

 ローガスはそれを聞くや否や、大声をあげて走り出す。



「うぉおおおおおおッ!」



 例えイシュタリカの近衛騎士であろうとも、今のローガスの迫力には気圧され体を強張らせるだろう。

 大地を一歩踏みしめるごとに地響きのような迫力が伝わり、周囲の者達は、二人の一騎打ちを固唾を飲んで見守った。



 ローガスの大剣が、地面を引きずられながらアインに向かう。

 砂利を砕き、土を抉りながら突き進み、敵国の王族を打ち取らんとローガスが走った。



「今一度受けてみよッ!ハイム王国にこの大剣ありと唄われた……我が一撃をッ!」



 アインの目の前で剣を振り上げると、勢いを付けたまま角度を変える。

 回転するように体を動かすと、ローガスは勢い、力、角度――すべてを籠めた一撃を振り下ろした。



「ッ――」



 怒号のような金属音を奏でると、アインはローガスの一撃を真正面から受け止めた。

 避ける余裕がなかったのか……といわれれば、答えはあった・・・と言わざるを得ない。

 だが、アインは真正面からローガスの一撃を受け止めることを決め、先手を譲った時のように受け止める。

 昼過ぎの生ぬるい風が両者の周囲に吹き荒れると、ローガスが作った砂塵が二人を包み込む。



「敵国の王族を打ち取れるとなれば、将にとってこれ以上の誉は無いッ!」


「……そりゃ、そうだろうね」



 すると、ローガスの大剣がアインの髪の毛に届く。

 いくらかの髪の毛が切り刻まれるが、それと同時に、アインの髪留めまで切り裂かれた。



「――髪を解けば、殊更、オリビアとそっくりではないか……!」


「お前に呼び捨てにさせたくないな――はぁっ!」



 オリビアを呼び捨てにされ、気を悪くしたアインが当身をぶつける。

 ぐらついたローガスの様子を見て、振り下ろされていた大剣を横に反らした。



「ぬぅっ……」



 苦し紛れにローガスは体勢を立て直そうとするが、アインが追撃をやめることはない。



「まだ退かせないぞ!」



 腕を崩し、肩を崩し、そしてそれは腰に至り――やがては足元、指先にまで行き渡る。

 ディルがアインと立ち会った時に感じた、支配(・・)の一言……それが、ローガスの心のうちによぎった。



 大会で幾度も武を競い合った相手にして、ローガスにとっての圧倒的強者がエドだ。

 彼の技量を思い返すが、それとも違ったアインの強さに、考えてはいけない事を考え始めてしまった。



「ま――まさか、貴様の強さはッ……」



 ――まさか、エド殿にも勝っているというのか?



 それを考えてしまい、心が大きくざわついた。

 ローガスが一度も勝てなかった相手。そのエドよりも強いかも――と想像してしまったことで、ローガスは歯軋りを重ねながらも舌打ちをする。



「いやこんなことは関係ない!もしそうだったとしても、大将軍の私はただ勝つのみ――ッ」


「何言ってるのかわかんないけど……だったら勝ってみせろよッ!」



 ローガスは防戦一方だった。

 なぜならば、アインはさっきと比べても苛烈な攻撃をつづけたからだ。

 縦に横にそして前後に――アインの攻撃が縦横無尽に襲い掛かる。



 すると、ローガスの大剣に異変が起こりだすのだった。



「なっ……剣が……?」



 むしろ、奇跡的だったと評価できる。

 マルコの素材を使ったアインの剣は、イシュタリカでも並ぶ物がないほどの名剣だ。

 切れ味はお墨付きで、剣を打ったのがムートンということもあって、ただ振り回すだけでも驚異的。



 そんなアインの攻撃を受け続けた影響か、ローガスの大剣はとこどろころが欠け、刃は随分と潰されていた。



「この――化け物め……!」


「……あぁ。化け物だろうがなんでもいいさ。お前を……赤狐を倒せるなら、いくらでも化け物になってやるッ!」



 一方で、アインの心は若干の痛みを感じる。

 人外になり過ぎたという想いには、まだちょっとしたしこりが残っていた。

 魔王化という現象もあってか、強がってはいたものの、内心では複雑な思いを抱く。



 ……だが、アインが言葉にした台詞も本心で、眉間に皺を寄せながらも戦い続ける。



「せっ――やああああッ!」



 そして、ローガスの剣は限界を迎えた。

 ラウンドハート家に伝わる名剣だったが、アインの、そしてマルコの剣の前に長い歴史とともに幕を下ろす。



「がはぁ――ッ」



 ローガスが再度吹き飛んだ。

 しかしさっきと違うのは、盾にした大剣が真っ二つに切り裂かれたということ。

 見事な切れ味をみせ、切断面は滑らかで美しい。



 すると、大剣を通り抜けたアインの剣は、ローガスの腹部に横一線の切り傷を負わせた。



「くっ……はぁ……はぁ……ッ」



 ローガスは落ちていたハイム兵の剣を拾うと、腹部を抑えながら立ち上がる。

 決して敗北を宣言することなく、彼はそれでも攻撃的な表情でアインを見つめた。



「――大将軍は死なず!私は未だこの地に立っているッ!」



 苦しそうな様子ながらも、ローガスは剣を片手にハイム兵へと答える。

 すると、ハイム兵はローガスの力強い言葉に対し、大きな歓声で応援をした。



「……天晴な将軍根性だよ。それだけは認めてやる。思えば、昔から将軍一辺倒な人だったからな」



 ゆったりと歩き、徐々に距離を詰めるアイン。

 劣勢でありながらも兵士を沸かせ、鼓舞する技術に素直に感嘆した。

 少しずつ高まり続ける鼓動を感じながら、この戦いの終わりに向けて、アインが深呼吸を繰り返す。



 ……ハイム兵の剣を手に取ったのも、彼らの士気を高める一因となっていることだろう。



「我らが魂を手に――憎きイシュタリカの王族を討たんッ!」



 大剣を折られようとも、ローガスの心までは砕けなかった。

 ハイム兵の剣を手に、消耗した体でアイン目掛けて突進を仕掛ける。



「……少し、虚しいな」



 その呟きはローガスの耳には届かなかった。

 アインは心の中で更に高まった虚しさを募らせた。



「らあああああッ!」



 ローガスの手にした剣がアインに突き付けられる。

 だが、アインは難なく避けると、自らの剣でいとも容易くローガスの剣を二つに切り裂く。



「ッ――まだだ、私は生きているぞッ!」



 すると、ローガスは懐から短剣を取り出しそれを振った。

 大剣とは違う軽やかな動作で、ローガスの武器の扱いへの技量が伝わってくる。



「ハァッ……せぇえええいッ!」



 幾度となく振り回すが、一向にアインの身体に届くことは無い。

 ローガスの体力だけが無為に消耗されていき、疲労が溜まり続けた身体が悲鳴をあげる。

 両軍の応援が入り混じる中、いくらかのイシュタリカの騎士たちは、アインの心境を察し、複雑な表情で見つめていた。



「……もう、終わりにしよう」


「ふんっ――私はまだ終わっておらん!逃げるか……王太子アインッ!」



 彼はどこまでもハイム王国が大将軍であり続けた。

 それは例え、道を違えた息子が相手だろうとも変わらず、ただひたすらにハイムの大将軍として振舞った。

 すべての攻撃がアインに弾き返され、身体中がボロボロになろうとも変わらない。

 アインを憎き敵国の王族と判断すると、その信念を決して曲げなかった。



「いいや、違う。俺は逃げたくないから……こうしてここに立ってるんだ」


「恐れをなしたか!我が剣に、そして――ハイムの底力にッ!」



 すると、その時だ。

 ローガスが構えを変え、アインの首を狙って、体全体を使って突きを仕掛ける。

 タイミング、角度、力加減……どれをとっても完璧な攻撃で、ハイム兵たちはローガスの勝利を確信した。



 ――だが、イシュタリカ軍勢は、この瞬間に理解する。もう、この戦いは終わりを迎えるのだな、と。



「その首もらった……王太子アインッ!」



 アインとローガス。二人の身体が重なり合あった。

 ハイム兵は大きな歓声を上げ、大将軍ローガスの勝利を喜んだ――が、様子がおかしい事に気が付かされる。

 そう。ローガスの背中から……一本の剣が生えていたのだった。



「……かはぁっ」



 ローガスが口から血を吐いた。

 苦しそうに呼吸を続けると、手で口元を拭い、自らの顔のすぐそばにあるアインに耳へと、声を届ける。



 それは、生命の終わりが近づいている弱弱しくも震えた声だ。

 だが、その言葉には、彼の大将軍としての信念が込められていた。



「――この……憎き……イシュタリカの……王太子……め……が……」



 だらん、とローガスの腕が力を失い、剣を地面に落とす。

 呼吸が徐々に勢いを失っていき、とうとうローガスは、身体を任せていたアインの肩から崩れ落ち、うつ伏せで地面に身体を倒す。

 時間が経とうとも起き上がることはなく、芝と土が入り混じる地面へと、真っ赤な鮮血を迸らせつづけた。



「はぁ……。終わった……かな……」



 ……親殺し。



 その言葉がアインの心をよぎり、強く心を痛めつける。

 だが、アインは気を強く持ち、剣を天に向けて高く高く掲げるのだった。







「大将軍ローガス。王太子アインが打ち取った――ッ」





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