ハイム王都攻略戦[8]
ディルが力強く頷いてアインに答える。
しかし、ふと、アインはローガスと目が合ったのを感じた。だが、ローガスの目つきは以前とは違い、アインに対する情なんてものは一切ない。
その瞳を見たアインは、変わり果てたなぁ……と心の中で呟くと、ディルに話しかける。
「そういえば、気になってたんだけどさ」
「はい。どうなさいましたか?」
「マルコさんって生きてると思う?」
「……はい?」
いきなり何を言うんだ。
そんな態度でディルはアインの顔を見た。
すると、アインも言い方が悪かったと感じ、表現を変えた。
「あー、ほら。デュラハンとエルダーリッチの二人みたいに、
「あ、あぁ――なるほど、そういう意味でしたか。でしたらそれは……ふむ……」
唐突にそう言われても、残念ながらディルには魔石に関する専門知識が欠けている。
欠けているどころか、研究者として有名なカティマですら、アインの身体になにが起こっているのかわかっていないのだ。
だが、ディルは魔王城でのマルコの振る舞い、そして最期を思い出す。
「恐れながら、私にはそうした専門知識がございません。ですので、確約はできませんが……ただ」
「――ただ?」
「えぇ。ただし、同じく忠義の道に生きる者として思うことがございます」
「……っていうと?」
同じく主君に使える者同士ということで、ディルが一つの仮説を口にする。
「マルコ殿ほどの騎士ならば、案外……呼ばれるのを待っているかもしれませんよ?」
「……はははっ。なるほど、そうきたか」
アインはディルの言葉を聞き、胸に手を当てて彼の事を想った。
こうしていると、勇気を貰えるような気分に浸れたのだ。
なら困った時は呼んでみよう、と呟くと、晴れ晴れとした面持ちでディルに語り掛ける。
「――よし。ありがと、もう平気」
続けてマルコの剣に手を携え、アインは馬を走らせる。
「ディル。近くで待っててね」
「はっ。いつまでも――お待ちしております」
*
戦場にぽっかりと開いた空間を馬で駆けるアイン。
運命的、宿命的な戦いに向けて気を引き締めた。
「……でもなー、父っていってもなー」
確かに幼い頃は世話になった。
だが、あまりアインへの執着は無かったように思えてならない。
「それいったら、カインさんのほうが父親みたいな感じだったし」
短い間のことだったが、精神世界でのカインによる修業は、ローガスとの訓練よりも脳裏に焼き付いている。
これを思えば、ローガスを父だったと思うことすら躊躇われた。
むしろ、カインから感じた温かみの方が心に残り続けているのだから。
「でも、カインさんが父っていうのもそれはそれで――うん、無慈悲な訓練が続きそうだ。考えないでおこう」
「――なにをブツブツと呟いている」
「ッ――いや……大したことじゃない」
今日、二度目の対面となったアインとローガス。
一度目と違うのは、二人はもう引き下がるつもりがないということだ。
「……やってくれたな、イシュタリカめ」
戦場に広がる惨状を指したローガスは、憎しみを込めてアインを見る。
「当然の結果だ。我らはハイムを――あの獣を許すつもりはない」
すると、アインが剣を抜いた。
一方でローガスも大剣を抜くと、自慢の腕力で大振りに構えた。
「学ぶ力もないようだな。引き続き他国の信仰を愚弄するか」
「いいや、学ぶ力があるからこそ、俺たちはこうしてハイムにやってきたんだよ」
「ふんっ……アイン、お前を倒して我らが勝つ」
アインの名を口にすると、ローガスは体中に力を込めた。
太い血管が浮き上がり、筋骨隆々な体躯が強調される。
ハイム王国の大将軍として、アインを殺すために前に進んだ。
「負けるつもりは無い」
「戦う者は、皆がそう考えるものだ。もう一度言う、お前を倒して我らが勝つ――そして、ラルフ陛下のご威光を大陸中に広げ、いずれは大陸イシュタルも手中に収めることだろう」
ローガスは意気揚々と語ると、ハイム王都……それも、城に向けて頭を下げた。
何をしてるんだと思い、アインがローガスに倣って城を見る。
「――暗くて嫌になる景色だよ、ほんと」
その暗がりの中に、思い出深いアウグスト邸があると思えば気分も下がる。
早くこの因縁を断ち切ろう――アインがそう決意をすると、馬から降りて歩き出す。
「ほう。馬から降りるか」
「こっちのほうが得意なんだ。早くこの戦いを終わらせたいからな」
「それは丁度いい。私も馬上戦は好まないのでな」
すると、ローガスはアインに続いて馬を降りる。
二人は同時にゆっくりと進みだし、徐々に両者の間合いに近づいた。
「……さて、部下の世辞なのか、それとも現実なのか――見定めてやろう」
すると、突然ローガスが走り出す。
力強い足取りで駆けると、一直線にアインに向かう。
彼はあくまでも強気な態度で声をあげた。
――先手をとったのはローガスだ。
彼は間合いに入った事を感じ取ると、温まり切った身体で大剣を振り下ろす。
調子も良く、適度な緊張感で手加減も加えていない。
ハイム王国自慢の、大将軍ローガスの一撃がアインに襲い掛かった。
「……幼い頃は、考えた事もなかった」
横に構えた剣でローガスの一撃を受け止めると、俯きながらアインが声を漏らす。
「む、むっ……!?」
受け止められたローガスはアインに驚く。
振り下ろされた大剣を、身体を揺らすことなく受け止めたアイン。
そのアインが、まるで巨大な岩石のごとく力強い。
「だけど、今の俺なら……おまえを倒せるッ!」
アインの剣とローガスの剣、二本がぶつかり合うことで生じた咆吼。
それが、ハイムとイシュタリカの人々の注目を集めた。
「言っておくが、お前が先手を取ったんじゃない――俺が先手を譲ったんだっ……!」
ローガスの大剣をはじき返すと、ローガスはその衝撃に一歩下がる。
信じられないものを見たと言わんばかりの顔をして、大剣を素早く構え直した。
すると、今度はアインが攻撃を仕掛ける番だ。
「受けてみろ。これが……今の俺が出せる力だ」
一撃の強さに重きを置く、攻撃重視の剣戟だ。
さっきのローガスの一撃を考え、アインはこうして責めることを決めた。
「ッ……貴様、本当に……アイン、なのか……ッ!?」
「あぁ、そうだ!お前が剣を教え……そして、次男に劣ると判断した――元長男だッ!」
少しの恨み言ぐらい言いたくもなる。
ローガスの驚きに対して皮肉交じりに答えると、アインは防御を続けるローガスに剣を振り続けた。
「ぬ、ぬぅ……膂力は随分と成長したようだが……そのような、知恵無き剣に恐れはないッ!」
いつものアインらしくないと言われれば、見ているディルも素直に頷くことだろう。
それほどまでに、今日のアインは情熱的な剣さばきを披露しているのだから。
だが、アインはローガスにそう言われ、剣以上に情熱的な表情を浮かべた。
「あぁ、わかったよ。そういうなら見せてやるさ……ッ!」
アインはこう答えると、勢いよく振っていた剣筋を変えた。
嵐の日の波止場を思わせる剣筋が、静かな山道の清流のように変貌する。
すると、急激な変化にローガスは戸惑いを感じた。
「――なんだ、この変化は」
穏やかな剣筋に変わったのは事実だ。
しかし、どうにも流れは穏やかに思えない。
「ふっ――せぁっ!」
しかしアインはローガスの心境を考える事もなく、ただひたすらに剣を振る。
ローガスを倒すという目的のみを思い、自らの思い描く勝ち筋へと突き進んだ。
「ッな、なんだ……貴様の剣は……!」
一振り一振りは、さっきと比べて遥かに軽い。
だが、何故かは分からないが、ローガスは立ち回りに動きづらさを感じていた。
気が付けば腕に力が入らない体勢で、気が付けば足回りがおろそかになる。
「……はぁあああッ!」
清流のような剣筋だったのだが、突然になって、川が大洪水で氾濫したかのような力強さをみせる。
言うならば、全ての剣筋が、"勝つための理に叶っている"と思わせる技量だった。
すると、惚れ惚れするようなアインの剣を見て、近くで控えるディルも瞬(まばた)きすら忘れて見惚れていた
「まさに、アイン様の剣は、大陸イシュタルそのものなのかもしれませんね」
ディルが一人そっと呟く。
戦っているアインを見ていると、自然とそう感じてしまう。
「その芯には力強さを秘め、清流のような美しさを見せる」
無意識の頭を垂れそうになるのを耐えると、ディルは心の中でアインへの応援を送った。
一方で、アインは続けてローガスを追い詰めていた。
望むことは無かったが、降ってわいた対決の機会に、アインは複雑な感情を露にし続けた。
言ってしまえば、先日のエドとの立ち合いよりも楽なのは当然の事。
しかしながら、精神的な問題は如何ともしがたく、若干の不調をアインに感じさせる。
「――ぐ……ぐほぁッ」
それでもこの場の強者はアインで揺るがない。
アインにもいくつもの背負うものがあり、今まで培った実力もある。
体勢を崩し切ったローガスへと、アインは剣の柄で当身を食らわせる。
「これで……終わりだ」
「……させ、ぬッ!」
腹を抑えたローガスへと剣を振り下ろすが、ローガスが寸前で防御する。
だが、アインの攻撃の勢いは止まらず、防御したローガスを数メートルほど吹き飛ばした。
……これまた当然の事だが、エドを相手に勝利をおさめたアインならば、ローガスの相手をするのに苦労はない。
積年の因縁に対して、これほど一方的な戦いとなれば虚しさも募ったのだが、アインの心の中では、ローガスを蹲らせたことへの達成感が勝っている。
「はぁっ……はぁっ……」
身体的な疲れというよりは、精神的な負担だ。
無駄に鼓動を強めたせいだろうか、アインの呼吸が不規則になる。
吹き飛んだローガスが大剣を杖に立ち上がるのを見ながら、アインは額に流れた汗を拭きとった。
すると、立ち上がろうとするローガスに向けて口を開くのだ。
「どうだ、俺の方がすごいだろ――なんて言うつもりはない。……けどな、他人の才能を決めつけるような奴らに、俺は負けるつもりはないぞ」
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