動き出した戦場。
例えるならば、玉砕前提のような突進。
ハイムの動きとローガスの言葉を聞けば、ついそんなことを考えさせられる。
「恐れるなッ!」
「進めえええッ!」
至るところから聞こえてくるのは、ハイム兵たちの必死の声。
先日の逃げっぷりと打って変わっての自信に、イシュタリカの騎士達は不思議そうに動く。
一体何が彼らを変えたのか。――それとも、ローガスという男の影響力なのだろうか、疑問は尽きない。
「第一射。――用意」
だが、彼らも立派なイシュタリカの騎士だ。
ロイドの声を聞くと、すぐさま気持ちを切り替えて構える。
弩砲を担当する騎士が照準を合わせると、散開し続けるハイム兵を射程に入れる。
「……まだだ。もう少し、もう少しだ」
じれったい気持ちを抑えると、ロイドが振り上げた手をその場で止める。
兵士たちの突進により生じた砂煙が、若干の視界の悪さを作り上げた。
戦場に漂う熱気が、イシュタリカの騎士にも汗を浮かび上がらせるのだった。
「――……放てぇッ!」
距離が近づいてきたのを見て、ロイドがその指示を下す。
ロイドが手を下ろしたのとほぼ同時に、弩砲が一斉に砲撃を開始。
煌きがハイム兵たちの上に広がると、その煌きが一斉にハイム兵に襲い掛かる。
「っ……がっ」
「痛てぇ……痛てぇぞ!ははっ!」
ローガスの自信通りに、弩砲を食らったというのに生存率は段違いだ。
だが、ロイドやイシュタリカ騎士が驚いたのはそこではない。
「い、一体何をすればこうまで死兵となる?」
「ロイド様!後退しながらの砲撃をなさいますか!?」
「――いや、それでは体制が整えられん!奴らに囲まれぬように弩砲を使い、騎兵を用いて攻撃を受け止めろ!」
「はっ!」
死を恐れないといわんばかりに、痛がりながらも突進を続けるハイム兵。
先日とは真逆の態度に、一体何をしたのかと驚かされたのだった。
兵を鼓舞するのは上官の役目に違いない。だが、これでは出来過ぎている。
「聞け、勇敢なるイシュタリカの男たちよ!相手がいくら死兵となろうとも……その実が弱ければ勝負にはならん!何も恐れることはない!我らが力を示す時だッ!」
こうして、ロイドが戦場についてから初めて剣を抜いた。
グレイシャー家自慢の大剣を天にかざすと、光を強く反射する。
調整にも抜かりはない。遠征に来る前にムートンに研いでもらったばかりの特級品だ。
「槍兵前へ!弓兵の一撃の後に突進せよ!」
その声を聞き、槍兵たちは数回地面を叩いてからそれを持ち上げる。
突き刺すように前に構えると、馬の上で進軍の合図を待つ。
「それにしても、随分と多くの兵力を用意したものだ。これでは、本国のハイムはどうなっているのかわからんな」
いくら自分たちの大陸……そして、本国までの距離が近くなってきたからとはいえ、バードランドでの戦いに掛け過ぎではないだろうか。
その行動すらも愚を極めているように思えた。
「ロイド様。そろそろ如何でしょうか」
「あぁ……。弓兵、放て!」
一瞬考え込んでしまったことに気が付き、ロイドが慌てて指示を出す。
ハイムとイシュタリカによる戦いは、こうして火蓋が落とされた。
*
「はは、はぁ……!てめぇらがいくら強い騎士だろうとも、数人相手なら……!」
「ふっ!ふんっ……!」
「なっ――き、貴様らッ!」
前線がぶつかり合ったことで、両者の兵力が鎬(しのぎ)を削る。
ハイムの前線は死にかけた兵士で溢れかえっていたが、死兵と化した彼らはしぶとかった。
それどころか、複数人でイシュタリカの騎士へと向けっていく巧妙さも見せる。
「くぅ……さっさとくたばれ!」
「あっ……はぁ……痛てぇ、痛てぇよ……!」
「――っ。おい、貴様ら本当に人間なのかッ!」
イシュタリカの騎士が、ハイム兵の目に向かって槍を突き刺した。
だが、ハイム兵は突き刺さった槍を手でぎゅっと握りしめると、自ら体を押し込むようにイシュタリカの騎士へと近づく。
「ふんぬああああッ!」
「げ……元帥閣下ッ!?」
「何を恐れているのだ馬鹿者が!恐れるな、こうして首を落とせば命を失う!」
「は……はっ!」
騎士のまわりに群がっていたハイム兵をロイドが切り捨てた。
ヤツメウサギを真っ二つにしたときのように、ハイム兵の命を奪う。
一方、ロイドとしても今のようなハイム騎士の様子には驚かされていたが……。
「――はっきりしたな、あれは人間のできる事ではない。もうハイムという国は
ハイムにも攻撃を仕掛けたつもりが、これではとんだ笑い話。
狂い始めたハイム兵を見て、ロイドは苦笑いを浮かべる。
燦々と輝く陽の光とは対照的に、ロイドやイシュタリカの騎士達の感情は複雑だ。
「騎馬隊、一旦下がれ!」
この指示を切っ掛けに、弩砲部隊がもう一度構える。
再装填が終わった弩砲がハイム兵に向けられ、二度目の砲撃がはじまる。
「――……放てぇええッ!」
安全な距離に下がった事で、すべての弩砲から一斉に砲撃が開始。
最前線のハイム兵たちはイシュタリカの騎士を追い回しているため射程外だが、今度も多くのハイム兵へと砲撃が直撃する。
「どうなった!」
「多くの箇所でハイム兵に命中!」
よし。ロイドが満足そうに頷く。
それに加えて、最前線のハイム兵たちも徐々に力を失いはじめた。
彼らに施されたカラクリについては不明だが、血を流しすぎたのが影響したのだろう。徐々に足取りが重くなっていく。
「……ここまで生き長らえているだけでも奇跡的なのだがな」
身体に欠損を被りながらも、呆れるほどの生命力で走り回るハイム兵。
実際、それと戦う側としては恐怖すらも覚えてしまうのだが、背後には真の敵がいると思えば、ロイドがこんなところで恐れを抱くことは無かった。
「さて、どうするべきか」
イシュタリカとしては、こんなところで勝負を決める必要はない。
状況を鑑みれば、無理に攻める必要は無くなった。
ハイム兵の様子がおかしい事が気がかりであり、それに加えて、すでにハイム兵には大打撃といえる攻撃を与えたばかりだ。
「我らがこれから撤退したとして、何が問題となる?」
……いや、無い。
イシュタリカの騎士にも損害が加えられそうな今では、無理やり正面からの戦いをする必要はない。
言ってしまえば、距離を保ちながら弩砲を討ち続ければそれで終わる話だ。
ロイドはこう考えると、すぅっと息を吸った。
「全軍、退けッ!ハイム兵の様子が窺える範囲まででいい!一度撤退する!」
――焦らしてやればいい。
万が一ハイムが下がることがあれば、それを追って攻撃を仕掛ける。
もしもバードランドから出てくることが無ければ、最悪の場合はバードランドに向けて弩砲の攻撃を続ければいい。
これ以上に、イシュタリカ騎士の命を無駄にしない作戦はない。
と、こう考えたロイドだったが、その作戦は頓挫することとなる。
「お待ちくださいロイド様!背後より何かの集団が……」
「背後からだと――ッ!?」
こんな開けた場所で、どのようにして背後を取った。
突然の事態に困惑するが、敵が増えてしまったのであればしょうがない。
「元帥閣下!しょ、瘴気が……瘴気によって、後衛の騎士がッ!」
「瘴気……だと?馬鹿を言うな!仮に瘴気が発生したとして、我らの装備であれば――」
ロイドが光栄の騎士達に目を向ける。
すると、ロイドの目にもイシュタリカの騎士が倒れる光景が映った。
「な――何が起こっているッ!」
「わかりません!ですが、おそらく姿を見せたのは……!」
「……ッ!ついに来たか」
イシュタリカの騎士達が倒れる光景。そのさらに奥では、異様な鳴き声を発し続ける生物の群れ。
金切り声のような、女性の悲鳴のような音が響く。
これが例の生物たちか。ロイドが眉間にしわを寄せる。
「馬車です!あの馬車から瘴気が漏れ出しているようで――ッ!」
近衛騎士が指さすのは、その生物たちの中央部。
大きめの馬車を、ローブを来た者が数人がかりで引いている。また、御者の席にも槍を片手に腰かける者が一人みえた。
馬車の造りは極めて豪華で、貴族が乗ってると言われても違和感がない。漏れ出すものが異常に思えるだけだ。
何よりも印象的なのは、その馬車の底から漏れ出す紫色のような霧煙。
それはゆったりと辺りに広がり続け、風に乗ってイシュタリカの騎士達に襲い掛かる。
「我らの装備をもってしても対抗できない瘴気……。分からん、それをどうやって管理しているのだ……!」
馬車が発生源ならば馬車を攻撃すればいい。しかし、射程に入るには近づく必要があり、瘴気の影響も無視できない。
「撤退止め!右翼に展開して突撃体制をとる!」
迂闊に下がれなくなってしまった今、前に進まざるを得なくなった。
撤退しかけたのを止めると、続いて前進の指示を口にするロイド。
「弩砲を6台、後ろに回して馬車を狙え!周りを囲む動物もだ!」
エウロでは、主砲を必要とするほどの数が出現したと聞く。
今回の場合はロイドの見立てでは、主砲は必要としない数だった。
しかし、一匹一匹を相手にするのは至難の業。そのため、弩砲の攻撃に頼るほかない。
「弓兵!よーい――……放てッ!」
急ごしらえだが、ロイドの指揮で弓兵がハイム兵に攻撃を放つ。
「騎馬隊、突き進め!右翼よりハイム兵を粉砕する!」
何よりも大切なのは、自分たちの代わりを包囲されない事。
そうなる前にロイドは道筋を指示する。
「――警戒していたつもりだったが、一体どこからやってきたのだッ!」
背後に出現した馬車と生物に恨み言を口にすると、ロイドも馬を走らせてハイム兵の殲滅に向かった。
「だが、解せぬ。あのような瘴気を用いては、ハイム兵にも損害が出るだろうに。――まさか、それの影響を受けないとでもいうのか?」
とんでもない仮説だが、考えれば考えるほど恐ろしい話だ。
それが現実ならば、先ほどの瘴気の影響を受けるのは、イシュタリカの騎士達だけということになる。
ロイドは多くの手汗で手綱を滑らせると、ふぅ、と一息吐いて手綱を握り直した。
「一筋縄ではいかんと思ったが、まさかこうなるとはな」
現状、最も恐ろしいのは背後から押し寄せる瘴気だ。
多少の損害と時間はかかるが、死兵となったハイム兵はなんとかなる。
ただし、その多少の時間が掛かるというのが問題になってしまう。
「ならば、ローガスをさっさと打ち取ってしまえば……――む?」
ふと、ロイドが気が付いた。
ローガスが唐突に前衛近くへと、自らの馬に乗ってやってきたのだ。
何をするのかと思えば、彼はハイム兵に振り返って声をあげる。
「勇敢なるハイムの騎士たちよ!よくぞ蛮族からの攻撃に耐え凌いだ!――第一王子殿下……いや、王太子殿下(・・・・・)の援軍がついに到着したっ!」
兵を鼓舞するように、ローガスが声高らかにそれを口にする。
すると、ハイム兵たちは一斉に息を吹き返したかのように士気を高めた。
腕を失ってしまった兵も、顔に欠損(・・)ができてしまった兵も――皆が武器を手に取り、精気溢れる声で振り上げる。
「王太子殿下の持つ聖なる力が、我らがハイムを救ってくださる!進め、ハイムの勇者たちよッ!」
なんという舞台(・・)だ。ローガス達がまるで聖なる軍勢のようで、物語の主人公たちのような状況を作り上げる。
「……さてはて。どういうことだ、ローガスよ。あの、瘴気が漏れている馬車には――貴様らの第一王子が乗っているとでもいうのか?」
第一王子レイフォンがいつの間に王太子になってたのか。
そんなものは今はどうでもよかった。だが、ローガスの言葉を信じるならば、あの馬車にはレイフォンが乗っているのだろう。
今はこの事実こそが重要だ。
「海龍を倒した英雄――アイン様のように、話題に溢れた王太子は他に居ないと思っていた。……しかし、瘴気を発することができる王太子と言うのも、私は初耳だな」
薄汚いドブネズミでも見るように、ロイドは冷たい瞳をローガスに向ける。
「それに、瘴気を聖なる力と称するのも初耳だ。――ローガスよ、それではまるで、瘴気窟に棲む魔物(・・)のようだな」
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