彼らはただ前に進むのみ。

「――……え?」



 突如の輝きが、ハイムの多くの命を奪い去る。

 煌く何かが収まると同時に、盾隊やその背後に構えていた槍隊は、そのほとんどが物言わぬ塊と化した。

 ゆっくりと体を地面に倒すと、一斉に赤い液体が身体から流れ出す。



「おい。今のって……」



 慌てふためくより前に、ハイムの兵士たちは何が何だかさっぱり分からない状況に、僅かながらの言葉を漏らすことしかできなかった。

 隣に立つ兵士の顔を見たり、無駄に顔を振り回して周りの様子を伺う者も少なくない。



「攻撃された、のか?」


「……攻撃?アレが?――確かに前衛が倒れたけどよぉ……っ!」



 先程何があったのかと言えば、何かが輝いたのに気が付かされたとともに、次の瞬間には前衛の兵士たちが倒れたのだ。

 むしろ、それで何があったのかを理解しろという方が難しい。

 この場の指揮官であったリカルドを失い、指示が出されない事で困惑が広がる。

 ハイムが混乱の渦に巻き込まれても、一方では白い騎士達は勢いを止める事が無かった。



 ――ふっ……!はっ……!



 だが、そのハイムの困惑を気にするどころか、逆に嘲笑うかのように白い騎士達が前に進む。

 巨大な弩砲がゆっくりとゆっくりと前に進みはじめると、槍の底を叩きつける音が再度鳴りはじめた。



 代表して兵士を律する物が不在の今。

 いくらか存在した副将の立場にある者達も、迅速な声掛けを口にはできない。

 前衛……そして、リカルドが地面に倒れてから、まだ一分も経っていないのだから。



「ひっ――」


「お、おい!来るぞ……来るぞっ!?」



 後ろに立つ兵士を押しのけるように、前から前から後ずさりをする。

 一つの生き物と化した白い騎士達の姿と迫力が、見える姿以上に強大に感じられた。

 自分たちが狩る側の人間だ。絶対的な存在なんだ。この立場と考えでいられたのも、今では逆転して狩られる側の小動物の感情に浸っている。



「どうしろっていうんだよっ!なぁ!」



 数えきれない場所から悲鳴のような言葉があがる。

 どうしたらいいのかが分からない、迷子の子供のように喚き散らす。



「退けっ……退けえええッ!将軍の安否が不明の今!ここに残るのはまずい!」



 と、ようやくになって一人の騎士が大声をあげた。



 泣きわめくように叫ぶと、指示を出すために笛を吹いて皆に合図を送った。

 陽が沈みだして暗くなってきたのも、彼らにとっての恐怖を高める一つの材料だ。

 すると、まるで暗闇を怖がる子供のように怯えながら、我先にとハイム兵たちが後ずさる。



 おかしい。つい数十分前までは、自分たちの勝利を待つだけだったはずなのに、どうしてこうなったんだろう。

 多くの兵士たちはそれを考えると、息を荒くして自らの保身に走る。




 *




「ロイド様。撤退がはじまったようで」


「――よくみておけ。アレが、指揮官を失った雑兵たちの姿だ。万が一私が命を落としたとしても、お前たちは所定の策を遂行することを忘れてはならんぞ」


「……はっ」



 ようやく撤退が始まったハイムを前に、イシュタリカの勢力は弩砲を運びながら前に進む。

 近衛騎士からの言葉にロイドが答えると、先ほど近づいてきたハイムの男を思い出した。



「それにしても、さっきの男の変わりようは凄かったな」


「えぇ。まさか、イシュタリカという言葉を聞いて走り出すとは思いませんでした。少しぐらい疑ってかかるかと思ったのですが」


「先日の会談の影響であろう。ハイムの者達は、我らに対しての恐れを確固たるものにしたのだろうさ」



 ロイドが呆れたように声を漏らす。



『ふっ……!』


『はっ……!』



 すると、周囲から聞こえてくるイシュタリカの迫力に、ロイドもつい身震いしてしまった。



「いつ聞いてもいい音だ。この私も血が滾るというものよ」



 掛け声とともに、槍を叩きつけるズン、ズンという音が響き渡る。

 自分たちが強者だと言わんばかりのそれは、イシュタリカの騎士達が自らを鼓舞する意味もあった。



「元帥閣下!息のある兵士が倒れてますが」



 徐々に進むイシュタリカの軍勢は、とうとう先ほどの一撃を食らったハイムの一行の場所へとやってきた。

 不運にも生き残ってしまったハイム兵は、苦しむように体を抑えている。命を失うのは変わらないが、無駄に苦しむ時間が増えてしまっているのだった。



「――切れ」



 当たり前の事だが、彼らの命が救われることは無い。

 ロイドは一言で切れと合図をすると、その声を聞いた騎士はすぐさま倒れていた兵士の命を奪う。



「炸裂弩を食らって死ねないのは、若干気の毒にも思えますね」



 近衛騎士はそう漏らすと、運ばれる巨大な弩砲に目を向ける。



「うむ。対抗手段が確立されているとはいえ、そんな技術がハイムにあるとは思えぬ。運よく生き残った兵士に関しては、特別に救いを与える事にすればよい」



 そのぐらいはしてやろう。そんな意味合いと、最後のあがきをさせないための処置だった。



「……魔石内のエネルギーを凝縮させ、それを鉛玉のように加工させて放ち、最後は細かく炸裂させる砲撃です。そんなのを自分の身体に食らうなんて、考えたくもないですけどね」


「そう怖がることはないぞ。急いで戦艦に戻れば、一命をとりとめる事もできるかもしれぬ」


かも・・じゃないですか。まぁ、食らう予定ないんですが」



 軽口をたたくロイドと近衛騎士。

 すると、二人の前にもいくらかの死体が横たわっていた。

 二人はそれを意に介することなく馬を進めるが、ふと、ロイドが一人の生存者に気が付く。



「――あれは」


「ロ、ロイド様?どうなさいましたか?」


「……顔を見たことがある。まだ生きてるようだな」



 ロイドは馬に合図をすると、少しばかり速度を上げて生存者に近づく。

 巨大なランスを横に、身なりのいい騎士が不規則且つ深い呼吸を繰り返している。

 地には彼の血液が広く流れており、もはや風前の灯火というのを表してた。



 蹄の音を響かせてロイドが進むと、彼は見上げるように顔を向けた。



「はっ……はっ……あぁっ……!」



 彼はロイドの姿を確認すると、目を見開いて額にしわを寄せる。

 すでに身体を動かすことはつらいというのに、彼は無理やり手を引きずってロイドに向ける。

 そんなことをしては激痛が走るだろうに。とロイドが複雑な表情で見つめる。



「っ……きぁ……きさ……ま"ッ……!」


「――なるほど。見覚えがあると思ったが。会談の時の事だったか」



 そう。ロイドは彼に見覚えがあった。

 地面に這いつくばっている彼は、イシュタリカとハイムの会談の日、ラルフの背後に立っていた男だ。



「確か、名はリカルド……。リカルド・ランス子爵といったか。ウォーレン殿から受け取った資料には、そう書かれていたはずだ」



 ロイドは会談の際に学んだことを思い出し、見下すように視線を向けた。

 それと同時に、一つの残念なことに気が付かされる。



ローガス・・・・がここの指揮官だと思っていたが、なんとも拍子抜けよ。死んだのがあの男であったならば、我らの士気も最高潮にうなぎ上りだったというに。つまり、ロックダムにローガスは来ていないという事か……ふむ」



 もはや敬称もつけることなく、ロイドが残念そうにつぶやく。

 ロイドが呟くと、朦朧としてきた意識の中、リカルドはその声に苛立ちを覚えた。

 だが、もうすでに自分が出来る事は一つも無い。ただ死を待つことぐらいしかできないのだ。



「指揮官の首を取れた。それが一撃目でのことならば、まぁ悪くない結果であろう。……恨むなよ」



 こう言葉を口にしたロイドは、馬から降りると腰から短剣を抜き去る。

 特に深い意味は無かったが、顔を知っていたという事もあって、自分が最後の始末をつける事にした。



「もう、助かる保証もあるまい。最後の始末はこの私がしてやろう」



 既に勝負はついた。だからこそ、最後の一撃を見舞ってやることが騎士の精神。

 そうして短剣で首を切り裂こうとした瞬間。リカルドがロイドの耳元に口を寄せてこう呟いた。



「ふっ……はっ……ぁ……こ……この、出……涸らしの……犬がっ……ぁ」



 憎しみを込めてなんとか声にしたリカルド。

 それを聞いたロイドは、少しばかり言葉を失ってしまうが、すぐにリカルドに語り掛ける。



「――ほう。この私を相手に、よくその言葉を口にできたな。ならば、とっておきの褒美をくれてやる」



 その瞬間、ピクッ、とロイドの腕が動きを止めた。

 リカルドが口にした言葉の意味。それを一瞬で理解したロイドは、先ほど口にした言葉を撤回するのだった。



「わざわざ治療薬を掛けてやるような、そんな嫌がらせをするつもりはない。だが、我が剣の一振りを与えてやる必要もなくなった。喜べ、お前はまだ少し生きられるぞ」



 氷のように冷たい瞳をすると、なんとか怒気を抑えて馬に向かう。

 どうして剣を止めたのか。ロイドの様子を見ていた近衛騎士が、不思議そうな瞳でロイドを見る。

 すぐに戻ってきたロイドは馬に跨るが、ただ一言、進めと口にしてから黙ってしまう。



 一方でリカルドは、言ってやったぞという満足感に加えて、まだまだ苦しみが続くということに、脳が沸騰してしまいそうな恐怖と焦りを感じているのだった。



「っ……お”……い……っ!」



 実は、暴言を口にすることによって、止めをさしてくれないかと期待していた。

 だがその思惑は外れ、ロイドが去っていくのを横たわった瞳で見つめる。



 ロイドが止めを刺さなかったことで、イシュタリカの騎士達も、特にリカルドに触れることなく前に進み続ける。



「ロ、ロイド様?何かご不満でしたら、我らが止めを刺しますが……」


「ならん。奴は救いなんてものは必要ないらしいからな」


「……と、言いますと?」


「口にはしたくない。だが、あの男はアイン様を愚弄した」



 なんて馬鹿な事を。

 近衛騎士が額に手を当てると、納得した様子で頷きながらも、彼も不快な気持ちを露にする。



「ならば、延命措置をして連れ帰りますか?情報を持ってるという可能性も加味すれば――」


「やめておけ。我らにも穢れが沁みつくぞ。それに、死ぬ間際ですら減らず口を叩くのだ。搾り取れるものも残っておらぬ。それに、しっかりと喋れるまで持ち直すこともないだろう」



 気持ち悪い物に触れるかのように、ロイドが心底嫌そうな顔を浮かべた。



「はは……イシュタリカに帰れなくなりますね」


「その通りだ」



 ……こうして、イシュタリカの軍勢は初日の戦いを圧倒すると、それから二時間の道のりを進んだのちに野営地を確保。



 ロックダムへと何人かの騎士を戻らせると、戦艦に向かいイシュタリカ本国への報告をさせた。専用のメッセージバードを用いての勝利の報告は、すぐにイシュタリカへと届く事になるだろう。

 当然、ロックダムに居る指揮官のレンドルへも今日の戦果を伝えると、ロックダムの民は生き返ったかの如く気分を高揚させる。

 ただ滅ぼされるのを待つだけだったというのに、突然現れたイシュタリカの軍勢は、彼らロックダムの民にとっては、これ以上ない程の神々しい存在に感じられた。



 初戦を圧倒的勝利で飾ったイシュタリカの騎士達も、野営地を用意してからは少しばかりの祝いをする。

 野営地では珍しい新鮮な食材を用いた食事を楽しむと、来たる次の戦いに向けて、交代で夜の休憩に入るのだった。



 これから先。ロックダム周辺から追い払った後は、次はバードランドまでの道のりと、バードランドからハイムへの道のりが続く。

 途中、エウロを占領しているハイム勢に関しても考えるべきことはあるが、まずは大陸の中央……バードランドまでの戦いに集中することが先決だった。



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