夜の会話[2]
「――いくつかの理由がありますが、一番の理由は、イシュタリカを存続させるためだった……そう思います」
「……それは、統一国家イシュタリカをということか?」
シルヴァードが尋ねると、ベリアが首を横に振る。
「イシュタリカという国を――です。今でこそ統一国家と名乗っておりますが、この起源は初代王アーシェ様にまで遡り、マルク様はそのことをなによりも重視しておりました」
「例をあげれば、マルク様は一度たりとも初代王と名乗った事がありません。それは、周囲の者達が初代統一王と称えたことがきっかけですから。……アイン様は、それに覚えがありませんか?」
「もしかして、墓石の文字の事?」
魔王城の墓地には、"第二代イシュタリカ国王"と彫られていた。
彼なりに譲れない事と思っていたが、ベリアが言うように、そうしたつもりだったのだろう。
「左様でございます。マルク様は、何よりもイシュタリカという国が無くなることを恐れ、そしてそれを避けるために必死でした。ですので、余計に混乱を招くと考え、自らのご出自を隠されたのです」
統一当時なんて、今と比べれば確実にもろい関係性の上に成り立っていたのだろう。
加えて、魔王騒動があった事実も踏まえれば、そのことを公表すれば、統一国家はあっさりと瓦解してしまうかもしれない。
アインとシルヴァードの二人は、その事を考えた。
「――では、ベリアよ。つまり、お主らは初代陛下の気持ちを考え、今まで隠し続けてきたと……?」
イシュタリカの文化に照らし合わせれば、こう言われてしまえば罪に問えることは無く、むしろ正しい行いだったと言えるのではないか。
説明の最中だったが、アインはそうした文化を思うと、考えを軟化させた。
「はい。当然、そうした理由もございます。――ですが、他にも語るに語れなくなった理由がございます」
「聞かせてもらえるな?」
「……はい。勿論です」
シルヴァードの言葉に、胸の前で祈るように手を重ねると、ベリアが深呼吸を繰り返す。
「我々赤狐には、人を騙す……以外にも使うことができますが、まるで生まれ変わるかのように、容姿を変えることができる特性がございます。我々の寿命はどの程度かわかりませんが、寿命を気にするよりも、この能力はとても便利に……そして、私とウォーレンにとっては何よりも有用な力だったのです」
「やっぱり――そういう能力もあったんだ」
しみじみとアインが頷く。
「なぜ有用だったのか。なぜならば、私とウォーレンにとってのそれは、イシュタリカに仕え続けるのに最高の力だったからです」
ベリアはそう口にすると、部屋に飾られていた国旗に視線を向ける。
「統一国家イシュタリカ、初代国王マルク様にお仕えしてからというもの、私とウォーレンはシルヴァード陛下の治世まで……何百年に渡って、この身を捧げて参りました。時には爵位を頂戴することもありました。ウォーレンとの間に子をもうけることはありませんでしたが、養子をもらって家族のように暮らしたこともございます」
「……今では、歴代の爵位持ちは厳重に情報を保管している。だが、二百年も遡れば制度は整ってなかったため、情報の抜けもある。――どのような貴族だったのだ?」
懐かしむような顔を浮かべると、母性に溢れた声色でベリアが語る。
「もう何代も前の話になりますし、血縁で繋がってはおりません。ですが、それでも構いませんか?」
「構わぬ。教えてくれ」
「えぇ、承知致しました。といっても、こじんまりとした普通の男爵家でございます。古く、そしてありふれた爵位ですので、記録にも残っておりません。……ですが、今も続く貴族と縁を持つことができました」
「……今も続く貴族とな?」
「えぇ。――養子になったのは娘だったのですが、
「っ――ベ、ベリアさん?まさかそれって……」
くすくすと笑うベリアは、それ以上を明言することは無かったが、彼女の言葉は事情を察するには十分な情報だった。
「さて、話を戻しましょう。私とウォーレンはその能力を使って、時には表に出て……そして、時には陰から助言を投げかけるなど、常に仕え続けて参りました。ですが、私たちはその能力の弱み……代償を理解していなかったのです」
ベリアは本題に戻ると、後悔した様子で口を開く。
「まるで、自分たちが自分で無くなるような……そんな、強制的に新たな気持ちにさせられたのです」
すると、その説明を聞いたアインとシルヴァードの二人は合点がいかない様子で考え込む。
一体どういう意味かと、二人はベリアの次の言葉を待った。
「恐らくは、生まれ変わる……という意味合いの方が近かったのでしょう。母の……長の呪いとは違い、記憶が殺されるというよりは、自然と零れ落ちるような。そんな感覚でございます」
「ですが、強迫観念に似たナニカもあったのは否定できません。――過去の事は忘れろ。そう言わんばかりに、私たちのことを抑え込みました」
「……化ける。とかではないってことか」
能力だけ聞けば化けるの意味かと思ったアインは、内容は全く違うことに驚かされる。
これでは、本当に生まれ変わりに近いじゃないかと驚かされた。
「それに気が付いたときはすでに手遅れでした。多くの事を手記に残し、自分の記憶をとどめるべきだった。そう後悔したことも一度や二度ではございません。例をあげれば、私たちはアーシェ様たちのお顔も……既に思い出すことができないのですから」
今日一番の悲し気な顔を浮かべると、口元をきゅっとつぐむ。
「そして、こうした中、カティマ様がヴィルフリート様の著書を手にし、クリスティーナ様がそれを訳したのです。私とウォーレンは迷いに迷いました。今まで黙っていたことを、今からでも陛下達にお伝えするべきだろうか……と」
――だが、それはしなかった。
「無責任なのかもしれません。忠義に欠けていたのかもしれません。……ですが、私たちはヴィルフリート様の著書以上の力にはなれませんでした。ですから、私たちはマルク様との約束を守ることに致しました。マルク様が危惧されていたことを案じ、その事を胸の中に押し込むことにしたのです」
……アインからすれば、やはり無責任に感じる部分は否定できない。
いくら初代王との約束を守っていたからとはいえ、少しでも情報が欲しかったのも事実だ。
ベリアに対する敵対心のような感情はもうほとんど残っていないが、胸にぽっかりと穴が空いたような感情は無視できない。
「――だったら、どうしてクリスを海龍の時に向かわせたんだ」
少なくとも、二人はヴェルンシュタインについては忘れていない。
アインはそれを問い詰めるように口を開く。
「……それは――」
「アイン。それは攻めるのがお門違いだ」
すると、ベリアをかばうようにシルヴァードが口を挟む。
「お門違い?」
「うむ。内容はどうあれ、最終的に許可を出したのは余だ。そして、それまでの会議の中で、クリスを派遣することに賛成したすべての貴族たちに責任がある」
「っで、ですけど――!」
「ふむ……アイン。今日のアインはいつになく感情的だな。言いたいことは分かっている。だが、王家の血を引くという情報が無ければ、クリスは一人の騎士にすぎぬ。立場はあるが、ロイドの一つ下の指揮権を持つことに違いは無いのだ。それに、当時のウォーレンはクリスの派遣に賛成派ではなかった」
初めて聞く話に、アインが勢いよく椅子から立ち上がる。
「そんなの……聞いた事ありません!」
「それはそうだろう。会議の内容なんて話す機会が無かった。それに、当時のアインは暴れるように動き、最後はロイドを無力化してマグナに向かったのだからな」
「っ……」
「ウォーレンが出した案は、盾にするつもりで、王族専用艦を派遣するべきという事だった。艦隊の損害をすべて無視し、クリスや騎士達の命を守る……という案だ。だが、それは今後数十年近くに渡る、イシュタリカの海上戦力を失うことに繋がる。多くの貴族はそれを危惧し、ウォーレンの意見に賛同することが無かったのだ」
そんなことをいまさら言われても、とアインは困惑する。
話だけ聞けば、ウォーレンはクリスを守ろうとしてたのじゃないか、と。
「思えば、ウォーレンの割には現実味のない案だと思っていたが、なるほどな……そういうことだったのだろう」
大っぴらには守れなかったが、彼女が死地に向かうことは防ごうとしていのただ。
いくら宰相とはいえ、全ての言葉が優先される訳ではない。特に、海龍のような国難に値する場合はどうしようもない話だった。
「――陛下。申し訳ございません。本当は、マルク様たちとの出会いの全てをお伝えしたくございました。ですが、私では語るのに記憶が不十分なようでございます。……幸いにも、ウォーレンはまだそうした思い出を失っておりません。私たち二人を拘束してくださっても構いません。ですから、どうか沙汰を下す前に、ウォーレンが起きるのを待っていただけないでしょうか」
立ち上がったベリアが深く頭を下げる。
実際のところ、まだまだ説明がほしいところだらけなのだが、彼女の言葉を信じるならば、彼女では力不足という事になるのだろう。
つまり、言葉の通りウォーレンが意識を取り戻すのを待たねばならない。
アインはどうしたものかと考え込むが、シルヴァードがわかったと返事をした。
「全てを信じるには、まだ情報が足りぬのは事実。となれば、完全に自由にしてやることもできぬ」
「……仰る通りです」
「ウォーレンの部屋での蟄居を申しつける。見張りを付けることになるが、構わないな?」
内容を考えれば格別の対応だったかもしれない。
とはいえ、これまでずっとイシュタリカに尽してきた者達を相手に、シルヴァードはこれ以上の判断を下すことができなかった。
「――寛大なお言葉に感謝致します」
すると、ベリアが大粒の涙を一滴流す。
「……だが、曖昧なままでもよいが、もう少し聞くことは出来ぬか?」
「え、えぇ。ご所望でしたら当然お話致しますが……。ですが、話に整合性がとれなくなり、支離滅裂になる可能性もありまして……。言い方を変えれば、単語の羅列になるかもしれませんが――」
「はぁ……なるほど。そういうことか」
それを聞けば、余計に混乱してしまいそうに感じたシルヴァード。
ため息をついて次の言葉を口にする。
「相分かった。では、あの悪戯爺が起きたら本人に尋ねるとしよう」
シルヴァードが冗談を言うように口にすると、アインは今まで続いた緊張が緩和したように感じた。
「本当に申し訳ございません。出来る事なら、マルク様たちとの……大陸統一のために旅したお話など、多くをお伝えしたかったのですが」
――え、なにそれ。すごく聞きたい。
強く興味を惹く発言だったが、曖昧ならしょうがない。
……まだスッキリするまで説明をもらえてないが、これぐらいが限度なのかもしれない。
アインは冷え切った紅茶を飲むと、惚けるように窓の外の夜景に目を向けるのだった。
――その後は、夜も遅いという事で解散することとなる。
シルヴァードがマーサを呼ぶと、ウォーレンの部屋にベッドを一台運び込むことを指示。
ロイドにも近衛騎士に警備(・・)をさせるよう命じたのだった。
こうして、今日からベリアはウォーレンと共に蟄居することとなり、ウォーレンが起きるまでは、ララルアの身の回りの世話もマーサや他の給仕たちにゆだねられることとなった。
……後の話はウォーレンが起きてからとなる。
それまでの間、ハイムが何も行動しないようにと祈ったアインとシルヴァードだったが、その祈り虚しく、二日後に遂に一つの情報が届くことになる。
ハイム王国が、商人の町バードランドに進軍。
実質的にバードランドを掌握すると、そのままの速度でロックダムに進軍したとの連絡が届く。
その情報をきっかけに、イシュタリカの未来も少しずつ動き始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます