二人の事。
「――……い、いえ。失礼致しました」
……。今、明らかに魔石を見て動揺した。
ベリアの行動を、アインは訝しい瞳で見つめる。
考えてみるべきだ。一体なぜベリアが動揺する必要がある?
魔石をポケットに入れていたから?いや、ベリアはそれを聞いただけでは動揺しなかった。
では、アインが素手で魔石を握ったからか?それも違う。アインの特性について、ベリアが理解していないはずがない。
アインが魔石の中身を吸えるという話は、城内では特に当たり前のように語られる内容だからだ。
となると、ベリアがその事で今更驚くのはおかし話。
「あらあら。とても、とても綺麗な魔石でございますね。どこかでお買いになられたのですか?」
その後のベリアは、落ち着いた対応で、物腰は柔らかだった。
だが、違って見えるのはベリアの表情……そして目つきだ。
瞳にじっと目を向ければ、小刻みに揺れる隠し切れない緊張が分かる。
こんな姿をみせられて、アインが『あぁ、そうですか』と受け取るはずがない。
考え込むアインを横目にして、ベリアは細目になって微笑む。
どうされたのですか、と言わんばかりに首を傾げるが、アインの疑念は晴れなかった。
「……知ってるの?」
彼女が口にした問いに答えず、アインは魔石に視線を下ろして尋ねる。
少なくとも、ラビオラの魔石を知ってるというのはおかしな話だ。なにせ、長がずっと持っていたのだから。
すると、ふっ……という音と共に、ベリアが息を大きく吸ったのが分かった。
――年の功というものがある。
ベリアはララルアの専属を務めており、熟練した給仕の彼女は、給仕の仕事以外にも頭は良かった。
当たり前のように口もまわるが、そうした姿は一切が消え、まさに困惑の一言に尽きる様子を見せ続ける。
「ねぇ。ベリアさん。
アインが目を伏せたままもう一度尋ねる。
今度は、ラビオラの魔石を強く握りしめて尋ねた。
纏う空気はとても冷たいが、振れれば火傷してしまいそうな、そんな熱気を感じさせた。
「――確か、宝石店で似たような宝石を見かけたのかと思います」
ベリアが答えた。
「あぁ、なるほど……。それって、お婆様の付き添いとか?」
「えぇ。左様でございます。婆やはしばしば、ララルア様の付き添いで城下町に参ります。ですので、その時に見たのかもしれませんね」
アインの空気を一身に浴びながらも、ベリアは微笑んでアインに答えた。
一見してみれば、大したことのない態度だったが、どうにも引っ掛かってしょうがない。
何かを見逃してきたような、そんな柄も知れぬ違和感にアインは囚われ続けた。
いつもならば、特に気にすることなく『そうなんだ』で済ます話に過ぎない。
アインも、ララルアがベリアを連れて買い物に行くことぐらい知っている。
それに、宝石店に足を運ぶなんて、王妃の付き添いであればいくらでもある話だろう。
「……そっか」
気が抜けた声で返事をするが、アインの瞳はラビオラの魔石から目をそらすことがない。
一体、何に引っ掛かっているんだろう。この短い間に、心の中で自問自答を繰り返す。
……すると、ベリアは立ち上がってウォーレンの傍に近寄った。何をするのかと思えば、ウォーレンの額に浮かんだ汗を拭い始める。
よく、そんな薄っすらと浮かんだ汗に気が付いたな。と、アインが感心した様子で見た。
「――そういえば」
ベリアに聞こえないように、アインはそっと小さな声で呟く。
そういえば、ベリアは一時期……ウォーレンと恋仲だったと聞いた。
この話をしてくれたのはマーサで、たしか、メイが騎士食堂の天使という事を初めて知った日に聞いたのを覚えている。
学園時代の実習で、ロランやレオナード、そしてバッツの三人が城にやってきた日の事だから、鮮明に覚えている。
ベリアの献身にこれを思い返したアインだったが、一つパズルのピースが埋まったように感じる。
この引っ掛かる感じはなんだろう。アインは苦悩するように考え続けた。
――すると、長の話が頭をよぎった。
『……統一国家イシュタリカ建国にあたって、お二人はとても重要な役割をもっていました。男性の方は法の整備や多くの献策を行った、マルク陛下のご友人です。そしてもう一人の方は女性でした。……その方はラビオラ妃の給仕を務め、ラビオラ妃はその方のおかげで力を発揮できたと口にしていたほどですから』
初代イシュタリカ王マルク。その妃ラビオラの連れていた、二人の従者の事だ。
男女一組の従者で、女性の方はラビオラの給仕を務めていたとのこと。
そして男性の方については、まるで目の前にいる宰相(・・)のような仕事ぶりではないか。
ふと、アインがその事に気が付いてしまったのだった。
「あれ……。でも、それじゃ――」
しかし、不思議な事に、こうして気が付き始めてしまうと、更に頭が冴えてしまうことがある。
次にアインが思い出したのは、オズの話した昔話だ。オズのことが頭に残っていたのは、恐らく彼を王都に呼び出すという理由からだろうが、こうなると、マグナで聞いた昔話を思い返してしまう。
『当たり前ですが、その恋が成就することはありませんでした。でも彼は、近くでその王妃を見守ることに決めたのです』
オズが語った昔話の一部分だ。オズ自身の語り口調のせいもあったが、興味を惹く内容だったので詳しく覚えている。
そして、その恋は成就することが無かった……。これに加えて、エルフの長が語った言葉だ。
『――はっきりとした理由は聞いておりません。ですが、男性の赤狐は恐らく……ラビオラ妃に恋慕していたのではないかと』
エルフの長が語った中に、こうした内容があった。
この二つの話には、何よりも関連性があるようにしか思えない。
もし、もしもオズの昔話にウォーレンを当てはめるならば、彼が策を講じるのに秀でた赤狐というのも信憑性がある。
そして、王妃……つまり、ラビオラに恋をして、その恋が成就することは無かったが、イシュタリカに身を埋(うず)めたとのことだ。
これは明らかに同じ話だと気が付き、アインが急に立ちあがった。
「はは……。なるほどね。出来過ぎた話じゃないか……これだと」
渇いた笑いを浮かべ、自らの仮説を笑うアイン。
だが、笑い話で収めるにはもう無理な話となっている。
『ですが、悲恋なのはもう一人いました。それは、彼の幼馴染の女性です。その女性は、自分の恋も叶わないと知りながらも、彼の下を離れなかったのです』
『……最後は王妃の死を看取ったとのことです』
オズの語った昔話は、こういった内容のはずだ。
……つまり、そういうことなのだろう。
繋がってしまった話を、呪いのように繰り返し考える。
「――ベリアさん」
「はい?どうなさいましたか。殿下」
感情の籠ってない声でベリアを呼ぶと、ベリアは汗を拭く手を止めて振り返る。
ベリアの事を呼びながらも、アインの心境は極めて複雑だ。
なぜなら、アインにとってしてみれば、全く現実味がない話だからだ。
今まで共に生活をしてきた相手が、まさかこうして、特筆(・・)すべき人物だったなんて夢にも思わなかった。
……現実離れした事実に関して、アインはこれから真偽を問うことになる。
「ごめん、邪魔しちゃって。……その、一つだけいい?」
ウォーレンの汗を拭いていたベリアに声を掛けた。
「……はい。どうなさいましたか?」
なにも心配していなそうな瞳でアインを見ると、ベリアはアインの次の言葉を待った。
だが、アインは急に気配を違ったものに変えた。王族の威厳に満ちた、ウォーレンすらも唸らせた気配に。
「アイン・フォン・イシュタリカの名において、汝に王族令を発令する。……これより先、私の問いに嘘偽りなく答えよ」
「――っ!?」
予想外だったのか、ベリアが目を見開く。
すると、アインを宥めようとしたのか、一瞬だけ身振りで反応しようとするが、アインが先に口を開いた。
「ベリアさん。貴女が
きっと、これが致命的な言葉となったのだろう。
ベリアは力が抜けたように両腕をだらんと下ろすと、俯きながらアインの手に目を向けた。
そのアインの手の中には、ラビオラの魔石がただ静かに握られている。
だが、言い淀むばかりのベリアを見て、アインは質問を変えた。
「――旧王都。本当の王家墓所へと、二人は……ベリアさんとウォーレンさんは、ラビオラ様と共に足を運んだことがあるんだよね?」
「……はい。ございます」
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