ディルからの連絡。

 昼食や小休憩を何度も挟んだが、それでもこの紙の束と本の山だ。

 一山崩せたと思うと、隣に並ぶ更に大きな山を見てしまう。

 資料が多いことに感謝してるものの、そろそろ二人も疲れが見え始めてくる。



「……こういう仕事はさ、やっぱり、クローネとかウォーレンさんには勝てないと思わない?」


「――あのお二人は別格です。私からすれば、アイン様も別格なのですが」


「はは。俺の場合はまだまだだけどね……」



 クリスが翻訳した内容をメモしながら資料を漁った結果。いくつかの気になる内容は手に入った。

 曰く、魔石を埋め込むという文化は過去にもあったらしい。

 武器にはめ込むことや、儀礼的な意味合いも込めて、家具のように配置していたこともあるらしい。

 もっとも、現在ではそんなことはしていない。なにせ、武器にはめ込んだり部屋に配置しようものならば、人体への悪影響はあって当たり前だからだ。



「少し整理しよう。――つまり、魔石を埋め込む?っていう技術に関しては、昔からあったってことだよね?」



 アインも疲れているのだろう。

 簡単に整理すると、身体を伸ばしながらクリスを見る。



「そのようですね……。もしかすると、例の人工魔王の実験についても、こうした古い事実から引用して行っていたのかもしれません」



 少しだけ話が繋がったように思えて嬉しくなる。

 とはいえ、まだまだ未解決の内容ばかりだ。



「やっぱり、オズ教授が色々と知ってそうかな」


「はい。私もそう思います。王権を使ってでも、緊急で招集をかけるべきですね」



 その言葉に頷くと、アインは立ち上がって窓の外を見る。



「もう、日が暮れてきたみたいだ。かなり長い時間読み漁ってたんだね……」


「えぇ……。私も、こんなに文字を読んだのは久しぶりです」



 苦笑いを浮かべるクリスも疲れた様子を見せ、さきほどのアインのように体を伸ばす。



「――残念だけど、あの生物に関する直接の情報は無かったってことかな」


「そう……なのかもしれません。長が知っているのであれば、確実に一筆書いてくださってたと思いますので」



 ヴェルンシュタインの名の意味は聞けたものの、本命であった、エウロで出現した生物についての情報は乏しい結果となった。

 ただ、オズ……そして、イスト大魔学が貴重な資料を保管しているかもしれない。

 そんな手がかりが手に入ったのは悪くない結果と言える。



「資料の山はまだ残ってるけど、少しずつだけど、全体は目を通したからね」


「……考えたくありませんが、やはり新種の生物を作り上げたと想定するべきでしょうか」


「かもしれない。艦隊の攻撃が効果を発揮した事とか、剣で殺せたっていう事実があるだけマシなのかもしれないけどね」



 倒すのに苦労する相手じゃないのが救いだった。

 数が多いのは厳しいが、そうなれば、陸戦向けの兵器も導入されるのは間違いない。

 イシュタリカの軍隊が動くのはハイムの情勢を見てからになるが、相手が魔王を操ったという赤狐なのだから、慎重にせざるを得ない。



「魔物を操るっていう手段もあるみたいだし、ほんっと、何をするにも考えものだよ」


「――双子が操られないよう、何処かに避難するべきでしょうか」


「うん。それも考えてた。こんなこと考えたくないけど、双子が操られたら本当にヤバい・・・



 だったら、ロイドが双子を討伐しようとしたときに、生かさず討伐しておくべきだった。

 こう考える者もいるだろうが、アインとしては、もう家族となった双子の事を討伐すべきだったなんて考えられない。

 ならば親(・)として、そうならないよう努力するつもりだった。



「じゃあ、早速続きでも――」



 席につき続きの資料漁りに取り掛かろうと思い立ったその時、クリスの家の扉が朝と同じようにノックされる。

 アインは出鼻をくじかれたことで力が抜けると、扉に視線を向けたクリスに声を掛けて来客の下に向かってもらう。



「はい。……あぁ、シエラだったのね」



 長の言葉にあったように、クリスは里の人間に心を開いていないらしく、来客がシエラとわかるまで目線すらも厳しい目つきを扉に向けていた。



「あぁ、ってなによ。――まぁ、いいわ。殿下とクリスを迎えに来たのだけど……すごい目元ね」



 小さな文字を読み続けた影響がクリスの目元に表れ、言われてみればいつものクリスらしくない腫れぼったい目元をしている。

 自覚が無かったようで、指摘されるとアインとシエラを交互に見てから目元をこすった。



「理由もわかってるでしょ……。今まで頑張ってたんだもの」


「うーん……手伝うべきだったのかしら。ごめんね、お迎えする準備とかしてたものだから」


「……だいじょうぶ。調べてもらっておいて、それも手伝ってもらうのは違うから……」



 はぁ、とため息をついたクリスの見て、シエラはつま先立ちになってクリスの頭を撫でる。

 二人の身長差は大きく、一見すれば母娘のような差と言われても違和感が無い。

 つま先立ちになると片手をクリスの腰に当てて支え、足元を軽く震わせながらクリスを労った。



「はいはい。頑張ったのは分かったわ。クリスの好きな物も用意してあるから、それまで我慢しなさい?」



 クリスに対して姉のように振舞うと向きを変え、主賓(アイン)の前に進む。



「失礼致しました。つい、クリスとの会話を楽しんでしまいまして」


「はは、それぐらい構わないよ。クリスも楽しそうだしね」



 よいしょ、と声を出してアインが椅子から立ち上がる。

 すると椅子に掛けていたジャケットを手に取ってそれを羽織る。今日のアインは調べごとをするため、クリスからお湯を借りた後は薄いシャツのボタンを二つ開けて過ごしていた。

 身軽且つ過ごしやすい服装だったが、このまま外に出るのはよろしくない。

 ジャケットを羽織った後は、ボタンを一つ閉じるとラペルを摘まんで服装を整える。



「丁度いい頃合いだし、行こうか。クリス」



 実は意外と楽しみにしていたのだ。

 森の民が歓迎するために作る食事と言うのが強く興味を惹いた。

 想像すると、唾液が分泌されて待ちきれなくなる。手早くジャケットを手に取ったのもその影響だろう。



「しょ……っと。私も支度できました」



 クリスも騎士服のジャケットを羽織ると、腰にはミスリル製のレイピアを携える。

 スカートは元から騎士服の物に足を通していたので、上着を羽織り武器を用意すれば支度が終わる。

 アイン同様にジャケットを摘まんで整えると、立ち上がったアインの隣に控える。

 立場は変わらずとも、二人の視線の高さが逆転したことがクリスにとっても誇らしく、隣を見ればアインの顔を見上げることになり、自然と柔かな笑みをこぼす。



「じゃあ、シエラさん。案内頼むね」


「承知致しました。それと、シエラで結構ですよ?殿下にさん・・付けされたとあっては、ご先祖様たちに叱られてしまいますもの」




 *




「おぉ!ようこそお越しくださいました」



 昨晩のように長の家に向かうと、サイラスがアインを出迎える。

 アインにとっては散歩のとき以来となり、ボロを出さないようにと言葉を選んだ。

 あくまでも散歩に出たのは秘密なのだから、隣にいるお姉さん・・・・に知られないようにしなければならない。



「――歓迎の席だなんて、わざわざありがとう」


「いえ、とんでもございません。――木霊にも気に入られた殿下を歓迎しないとあっては、非礼にあたるどころでは済まされませんから」


「……木霊に気に入られた?」



 ピク、とクリスがアインを見る。

 彼女が知る中で木霊なんて単語を使う機会はなかったはず。加えてサイラスとアインが二人だけで会っていたこともない。

 おかしい、彼の言葉はおかしいではないか。疑念を込め瞳でアインを見つめた。



「……どうしたの?クリス」


「えぇ、説明をしてほしいだけですよ?」


「……なんの?」


「木霊に関してです。どこで、いつ木霊に気に入られていたんですか?」



 ――ちくしょう。サイラスさんめ、恨んでやる。



 やってしまった、そう言わんばかりの表情をしたのはアインだけでなく、サイラスも同じこと。

 アインは決してクリスに内緒で散歩してるなんて言わなかったが、よく考えてみればアインが一人でいるのはおかしな話だ。

 少しずつ近づく二人の距離を見て、サイラスは完全に失敗したことを自覚する。



「どこで気に入られたのか教えたら許してくれる?」


「おや、アイン様は怒られるようなことをしたのですか?」



 ――あ、やばい。これかなり怒ってるじゃん。



 渇いた笑みを浮かべてみるが、クリスの表情が険しいのは変わらない。

 それどころか、険しさが徐々に増しているように思える。そう、きっと勘違いじゃない。

 アインが隣を見れば、サイラスが片手で目元を隠し、申し訳なさそうに振舞っていた。



「……後で教えるって事じゃダメ?」


「えぇ、ダメです」



 なるほど、駄目か。

 不用心と言われれば反論できないため、アインは素直に謝罪する気はあった。

 だがその経緯を説明するという事は、クリスをベッドに運んで……という流れも教えることになる。

 サイラスにシエラもいるのだから口にするべきじゃない。という迷いがあり、アインは口元に手を当てて考え込む。



「うーん……。ダメか」


「お願いですから、昨晩何があったのか教えていただけますか?」



 そりゃ、昨日の晩しか該当する時間はないよね。

 クリスは分かっているのだ。それ以外、二人が一緒に居ない時はなかったのだから。

 ただ、自分がベッドに運んでもらったという事実はあまり覚えていないらしい。

 じっと力強い瞳で見つめると、再度アインに答えを迫る。



「――昨日の夜の事、どこまで覚えてる?」


「昨晩の事でしたら、アイン様を寝室に案内(・・)して、それから……」



 探るような話し方をすると、数秒虚空を見つめてからクリスが口を開く。

 一つ一つ、順序を辿るように言葉に出して確認すると、とある段階で口が止まる。



「ははは……ってことなんだ。だからさ、クリスの家に戻ったらちゃんと話すよ。っていうのじゃダメ?」



 今朝方、目を覚ましてから残念に感じたことを思い出す。

 頬をゆっくりと紅潮させると、アインが言い淀んでいた理由に気が付いた。

 ぱちくりとまばたき・・・・を素早く繰り返すと、照れたように口をつぐむ。



 ――コク、コク。



 すると、クリスは無言で何度もうなずくのだった。

 秘密で散歩してきましたーと言えばそれで済む話なのだが、いつ散歩に出ていったのかを話すには隠すのが難しく感じてしまう。

 まずい展開かと警戒していたシエラも、クリスの照れた様子を見て惚けた顔を浮かべた。



「え、えぇと……」



 どうしたらいいの、と困惑して左右に顔を振るシエラ。

 クリスが納得してくれたのを見て、アインがシエラに声を掛ける。



「シエラ。別にクリスは怒ってないから、このまま案内を続けてくれる?」


「――は、はい。承知致しました」



 早速呼び捨てにすると、シエラは迷った挙句に承諾する。

 クリスは未だ不満そうな感情が見え隠れしていたが、恥ずかしさが上回ったようでアインの後ろを身体を縮めて歩く。

 すぐ傍ではサイラスも何かを伝えたそうにしているのに気が付き、アインは大丈夫だと手でそれを制した。



 こうして、アインは設けられた歓迎の集いの席に向かった。

 エルフの料理人の技巧が凝らされた食事がアインを待っているはずだ。

 想像通りだろうか、それとも想像を超えた品々が並んでいるのだろうか……楽しみな気持ちを抑えて一歩一歩を踏みしめ、シエラの後ろを歩いていくのだった。




 *




 アインが考えていたエルフの料理とは精進料理とまではいかずとも、塩分が控えめでシンプルな料理法だ。

 山の幸……森で採れる木の実や果実を切り分け、新鮮な肉類を焼き上げる。

 これがアインの想像していたエルフの料理。しかし、目前に広がるのは全く違った品々ばかり。

 そんな考え古いんだと言わんばかりの光景に、アインはいい意味で衝撃を与えられた。



「考えてみればさ、買い出しにいってるエルフもいるって聞いたし、外界との交流が無い……って事じゃないもんね」


「――はい?どうしたんですか、アイン様?」



 隣に座り、好物らしい料理を頬張り幸せそうなクリス。

 アインの呟きを耳に入れると、覗き込むようにアインを見る。



「いや。時代錯誤だったなーってね」


「……?」



 良く分からない様子で首を傾げ、手に持っていた料理を更に戻す。



「あの、お楽しみいただけてますか?ご気分が優れなければ、もう私の家に戻っても――」


「い、いやいや。楽しんでるよ?ただ、思ってたよりも色んな料理があって驚いてただけだからさ」



 嘘は言ってない。

 実際驚いてたのだから間違いではないのだ。

 アインが不満でなかったことに安堵すると、クリスは小さな声でよかったと声を漏らす。



 ――歓迎会というには静かな集いだ。



 初日に出会ったエルフの戦士達に加えて、サイラスやシエラ……そして、長も遅れて出席した。

 とはいえ、アインとクリスを加えても十名程度の人数では、パーティのような盛り上がりには欠ける。

 しかし悪いという話ではない。アインがこの席についてから一時間と少しが経とうとしているが、アインは多くの満足感に浸っている。



「ご飯を楽しむなら、このぐらいの人数の方がいいよね」


「えぇ。丁度いいぐらいの盛り上がりでしょうか」



 静かすぎるということもなく、歓談を楽しみながら食事にありつける。

 王都でのパーティのように、人目を気にしながら料理を手に取るということもなく、アインは自由に振舞っていた。



「アイン様、これ美味しいですよ。よかったらどうぞ」


「――あ、美味しい」



 クリスに取ってもらった料理を摘まむような、こんな余裕も見せるぐらいだった。


「いきなりやってきたっていうのにさ、こうして歓迎までされると頭が下がるよね」


「あはは……アイン様は優しいですからね。――ですが、本来なら外部からの存在はこうまで歓迎されません。なので、やっぱり特別なんだと思います」


「やっぱりそうなの?」



 アインが特別というよりも、王族の血……ひいてはドライアドの血だろう。

 海龍討伐の英雄との名声もあるが、エルフにとってはドライアドの血の方が影響力がある。

 血統だけで区別されるのは物悲しくもあるが、物事が順調に進むための要因だった……と思えば悪い気はしない。



「……きっと、里の入り口から先には進ませてもらえないはずです。商人ですら入るのを許可されていませんからね」


「ふぅん……。少し距離を感じるのはしょうがないか」


「内向的な種族ですからね……。ですから、王都のような場所で過ごすエルフは少ないんです」



 言われてみれば、クリスが王都を目指すようになった切っ掛けはなんだったんだろう。

 セレスティーナが王都を目指すから、それに付いてきたというのが有力だ。



「――ご歓談の最中、失礼致します」



 と、その時だった。

 この席に参加していなかったエルフの男戦士がやってくると、申し訳なさそうにアインに向かって頭を下げる。

 すると、彼はサイラスの許へと足を進めた。



「サイラス様。実は――」



 サイラスのすぐそばに膝を下ろすと、困惑した様子で口を開く。

 途中、懐に手を忍ばせると、一枚の封筒を取り出してサイラスに手渡した。

 話を聞くうちにサイラスも驚いた表情を浮かべ、何度か頷いて戦士に答えていた。

 それは数十秒続いた後、戦士は慌てた様子で退席していく。



「……うむ」



 手渡された封筒を眺めていたサイラスが、最後にもう一度頷いて立ち上がる。

 一直線にアインの近くに足を運ぶと、クリスも不思議そうにサイラスを見つめた。



「お食事の最中に失礼致します。御覧になっていたかと思いますが、たった今、見張りをしていた戦士から連絡が入りました」


「――うん?それって、俺に関係する事……なんだよね?」



 声に出さずに顔を縦に振り、手に持っていた封筒をアインへと手渡す。



「殿下の騎士を名乗る者が渡したそうです。今は里の入り口で待っているらしく、急ぎでこの手紙を手渡してほしいとのことで……」


「俺の騎士……?」



 近衛騎士かディルだろう。

 だが、エルフの里までわざわざやってくる必要があるのか?

 そうしなければならない緊急事態なのだろうか。受け取った封筒を確認するアイン。



「あぁ、これを用意したのはディルみたいだ」



 心配そうに見ていたクリスにこう告げると、封筒の端に手をかけて中身を出す。

 中には一枚の紙だけが入っており、中央部分に少しの文字が記入されていた。



「……クリス」


「っは、はい!」



 アインの声色が一変した。

 凛々しさに加え、どこか険しく余裕のない声色に、クリスが慌てて答えた。



「急いで里の入り口に向かう。多分、ディルが来ているはずだから、直接聞かなきゃいけない」



 すると、アインは立ち上がってクリスを促す。



「サイラスさん。来ている騎士は一人だったの?」


「――い、いえ!複数人の騎士が、ホルトラに住む冒険者に案内されてきたようでして……」


「なるほどね。そうやってここまで来たんだ」


「ア、アイン様!一体何が……ディルがここまで来たというのは、一体……?」



 当たり前の事だが、何があったのかとクリスが慌てて尋ねる。

 ディルがやってきたことも驚きだが、アインの態度がそれ以上にクリスの動揺を誘ったのだ。

 その声にアインが動きを止めると、大きく深呼吸をしてからクリスに手紙を手渡した。



「……っ。――承知致しました」



 それを見ると、クリスも急ぎ立ち上がって身支度をする。

 ……アインから受け取った手紙には、こんな文字が書かれていたのだ。



 ――ウォーレン様が胸部を刺されて倒れました。詳しい情報はまだ不明です。……と。



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