とある昔話。
マルコの事だけじゃない。
カインやシルビア、そして魔王アーシェの事など、どこまで口にしていいのか迷ってしまう。
あまり迂闊な事は口にしないように、アインは当たり障りのないところから尋ねた。
「旧王都……って言うんですね」
「今ではこの言葉を口にする者も、私以外にはいなくなってしまいました。――さて、先にお部屋に細工をしておきましょうか」
長はそう口にすると、背後から短い杖を取り出し、それで地面を三回程叩く。
すると、金切り声のような音が一瞬だけ響き渡ったと思えば、気温が数度低下したようにひんやりとした空気に包まれる。
「ご安心ください。封印のようなものです。音を外に漏らさぬよう、古い術をかけただけですから」
警戒したアインにそう告げると、長は困ったように笑みを浮かべる。
「回りくどい話は好みません。殿下はラビオラ妃の墓前で、ヴェルンシュタインという文字をご覧になった。間違いありませんか?」
また、随分と単刀直入に聞くものだ。
確信めいた言葉で語られ、アインは長の言葉に一瞬だけ気圧される。
なるほど。これが長の持つ気配なのだなと感じ、気を引き締めた。
「――はい。恐らく旧姓かと思ったのですが、その姓がクリスと同じだったことに驚き、こうして尋ねているという事です」
「ふぅ……いやはや、まさかこうして縁を感じることになるとは、思いもしませんでしたね」
郷愁に浸るように笑みを漏らすと、しみじみとした様子で語りだす。
「案内をしたのは、マルコ様でしょうか?」
「っ……マルコさんを知ってるんですか!?」
「えぇ、存じ上げております。……さて、どこから話すべきでしょうか」
マルコを知っていると聞けば、アインが驚かないはずもない。
長は至極当然と言わんばかりにマルコの名を口にすると、難しい表情をしながらも、これから語ることを頭の中で整理していく。
「とても長い話のようですね」
「長い……えぇ。とても長い話となりましょう」
「――聞かせていただけますか?」
真正面から長を見つめ、アインは強い瞳で訴えかける。
風の音すら響かぬ無音のこの部屋で、アインの強い気持ちだけが宙を漂い続ける。
それは吸い込まれるように長を求めて進むと、長は真正面からそれを受け止めるのだった。
「大戦の前の話もするべきでしょうが、それでは長くなりすぎますね。……では、私が最後にラビオラ妃とお会いした時の事からお話ししましょう」
マルコと会っていたどころか、初代イシュタリカ王の妃とも顔を合わせていた。
それを聞き、アインは多くの手がかりを得られそうだと喜ぶ。
同時に脈拍が早くなるのを感じ、体中が強張り緊張しているのに気が付く。
「当時のエルフの里は旧王都近くにありまして、その日も私は、僅かな生き残りのエルフ達と協力し、里の復興に取り掛かっていたのです。――と言っても、数少ない当時のエルフたちも、今では私しか残っておりませんが」
「……はい」
「そんな何でもない日の事です。突然、ラビオラ妃の使いの方がやってきました。すると、その方が私に言うのです。『妃殿下がお呼びだ。魔王城まで足を運んでほしい』……と」
「……」
「当時は水列車がありませんでした。ですので、魔物を使った馬車でもかなりの時間が掛かる道のりです。それゆえ一体何事かと思い、私は急いで使いの方と共にラビオラ妃の待つ場所へ向かいました」
そりゃ、驚くだろう。
水列車でも時間が掛かる道のりを、わざわざ馬車を使ってやってきたのだから。
すでに今と同じ場所に王都があったようで、その距離感はアインも良く分かっている。
「当時のエルフの里から魔王城は近かったので、しばらく走ればたどり着くことができます。――そうして到着した魔王城では、ラビオラ妃がご自身の給仕の方と共に待っていたのです。……そして、そのお隣にはマルコ様もいらっしゃいました」
「――マルコさん……」
悲しむようにアインが呟いた。
「するとラビオラ妃は、『久しぶりね!』と大きな声で答えてくださいました。私もお久しぶりですとお答えしたのですが、するとラビオラ妃は優しく微笑み、城内に進んでいくのです。一体何があったのかと不安そうにしていた私を、マルコ様が手招きしてくださいました」
マルコの紳士的な姿は簡単に想像が出来る。
だが、元気だったころのマルコはどんな姿をしていたのか。それが一目でいいから見たかったものだ。
「……恐らくご理解なさっていると思いますが、王家墓所の手前には、例の呪いの部屋がございます」
「――えぇ。俺も通りましたから」
なんとも気分の悪くなる部屋だった。
やけに現実味に溢れた、黒い欲望が蠢く気持ちの悪い部屋だったことを思い出す。
「なぜあの部屋の奥に王家墓所があるかといいますと、
つまり、屋外から侵入しようとしても入れないのだろう。
都合のいい能力だが、シルビアがやったと聞けばアインも納得に至る。
「呪われたあの部屋は、本当は迷宮に感じさせる細工しかされていなかったのです。――それを
「っ……やっぱり。あの獣たちが関係していたんですね」
「――説明が長くなりましたが、話を戻しましょう。ラビオラ妃と再会した私は、マルコ様やラビオラ妃に守られながら、その呪いの部屋を通ったんです。すると、王家墓所にはすでに新たな穴が掘られ、職人に作られた一つの棺桶が納められておりました。……すでに墓石までご用意されておりましたね」
「それって、まさか……っ」
「お察しですね。その中にいらっしゃったのは、早くにこの世を去ってしまった初代陛下です」
一体誰が旧魔王領まで遺体を運んだのか。
その知らなかった事実が明らかになった瞬間だ。
だが、まさか王妃自身が、そうして埋葬に携わっていたとは思いもしなかったが。
「死因までは尋ねておりませんが、当時の私は陛下が亡くなったと耳にしておりませんでした。恐らくは、事を公にする前にこうして秘密裏に運んできたのでしょう。それも、今ある王都の王家墓所に埋葬したということにして、二人の従者以外には知らせずに事を進めていたんですから」
「……考えてみたのですが、二人の従者がそれを知っていたとはいえ、その計画はあまりにも無理があるのではないでしょうか?」
「えぇ、えぇ。殿下の仰る通り、ラビオラ妃は無理をなさったと思います。跡継ぎである御子にも告げず、ああして王都を離れて埋葬するのは至難だったと思います。……ですが、当時のイシュタリカと言うのは、今のイシュタリカと比べて多くの穴がありました。それは警備の面や、連絡網など至る所で見受けられます。魔道具も今ほど発達しておりませんから、今と比べれば、秘密裏に行動するのも上手くいったのかもしれません」
推測に過ぎないが、長もそれ以上は分からないのだろう。
困ったように言葉を続けると、申し訳なさそうにアインに目を向ける。
「すみません。少し興奮してしまったようです」
「いえ、そんなことはございませんよ。……では続きをお伝えいたします」
アインが口を挟んだことに謝罪すると、長が説明を続けた。
「私はそこで、陛下を埋葬したという事を聞きました。私はとても驚いてしまいましたが、驚きはそれでは終わりません」
視線を左右に震わせて、瞬きを早く繰り返す。
挙動不審に見えてしまうが、彼女なりに覚悟を決めたのかもしれない。
アインは長が落ち着くのをただじっと待っていた。
「――……ラビオラ妃は私に、ご自身の子をエルフの一族に任せたいと口にしたのです」
待ってほしい。
どうして預けたのか、どうして預けようと思ったのか。
そしてなぜエルフをその相手に選んだのか……多くの疑問が頭をよぎる。
だが、そんな中でも一つだけ理解できたことがあった。
「っ……お、長!待って下さい!それなら、まさかヴェルンシュタインって……!」
床に手をついて、慌てた様子で長に近づく。
手には多くの手汗が生じ、アインの両手が一瞬滑りそうになる。
慌てたアインの様子を見てか、長はアインの言葉の後にすぐ口を開いた。
「――えぇ、私はお預かりしたんです。ラビオラ様のお産みになった、二人目の御子を」
この話は聞いてよかったのだろうか。
それとも、聞かない方が皆が幸せでいられたのだろうか。
その答えは、アインがいくら考えても見つかることが無かった。
「ピクシーという種族は、妖精族の中でも更に特殊です。それは子を孕んでから産むときや、命を終える時に顕著に分かる事です」
頭を整理しきれておらず慌てた様子のアインに対して、長は静かに言葉を続ける。
「光と共に生まれ、光と共に消える。それがピクシーの一生と言われ、子を宿しても外見からはそれが分からないのです。産むときは自らの身体から光を発し、それと共に子が誕生します。また、ピクシーは晩年になっても若い姿で、若い姿のまま天寿を終えることになります」
「……っ」
子を宿した王妃なんて、確実に警備が厳しくなるだろう。
それを回避できるような体質があったなんて、アインは初耳だ。
確かにそれなら、一見すれば孕んでいるかなんて分からないだろう。
……ということはだ。王妃は第二子を孕んでいることすら、二人の従者以外には明かしていなかったのだろう。
「生まれた御子を愛おしそうに抱きしめると、ラビオラ妃はマルコ様から清潔な布を受け取り、その布で御子を包んで額に口付けをしました。最後は疲れた様子で『ごめんなさい』と口にすると、大事そうに御子を私に手渡したのです」
「……どうして――」
どうしてそんな事を。
感情が入り組む中、アインはそんな疑問を抱く。
だが、それ以上を口にすることは出来なかった。
「マルコ様やお二人の従者は、どうして御子を私に預けたのかを聞いていたようです。ですが、当時の私は、それを聞くような余裕がありませんでした。……この時の私は、『お任せください』と返事をしたことを覚えております」
……ところで、その二人の従者というのは一体何者なのだろうか。
こうして多くの秘密を共有していたというあたりに、どれほど信頼されていたかが良く分かる。
建国当時の資料は少ないが、長が知らなければ後で調べてみる必要もあるだろう。
「御子の名はヴィルフリート……ヴィルフリート・ヴェルンシュタイン。ラビオラ妃の旧姓を引き継ぎました。そして彼は、ピクシー寄りの血を引き継ぎ、三百年ほどの長い天寿を全うしたのです」
「三百年……ですか」
「えぇ。妖精族というものは、我々エルフと並んでとても長寿な種族ですから。純血のピクシーであれば、もっと長生きだったかもしれませんね」
優しげな表情で微笑むが、どこか悲し気というか寂しそうな面影を見せる。
きっと、ヴィルフリートが居た時の事を思い返しているのだろう。
「――王族の者としてではなく、エルフの里の人として育ててほしい。それがラビオラ妃のお言葉でしたから、私はそのつもりで育てました。多少の贔屓は入ってしまったと思いますが、そんなことはしょうがない事ですから」
「はは……そうですね」
「ヴィルフリート様はとても内気で、強く人見知りをする男の子でした。剣よりも本を愛し、私以外のエルフと打ち解けることはありませんでした。そのせいか、恋をすることも晩年近くになるまで無かったんです」
晩年と聞けば、え?と考えてしまうが、人とは寿命の違い種族の話だ。
それが別におかしくない種族なのだろうから、アインはなるほど、と頷いて耳を傾ける。
「ですが、ヴィルフリート様の下を甲斐甲斐しく訪ねるエルフの女性が居たんです。彼女はとても若いエルフでしたが、ヴィルフリート様の落ち着いた雰囲気に惹かれたのでしょう。……言い方を変えれば、ヴィルフリート様に恋をしていたのです」
年齢でいえばおじ様好きでは許されない感覚だが、まぁ、外見が若いままなら大丈夫な気がしてきた。
「その熱意に負けたんでしょうね。結局、ヴィルフリート様はそのエルフと夫婦(めおと)になりました。すると一人の子をもうけ、その子もしばらく経ってから両親と同じように子をなしました。姉と妹、二人の子を。さぁ……後はお分かりでしょう」
長の言葉が嫌でも理解できてしまう。
……縁がありそうどころの話じゃなかったのだ。
むしろ、アインよりも濃い血を引いてるという事の証明に他ならない。
血の気が引いたような、それでいて血液が沸騰したかのような得も知れぬ感情の中、アインの口が自然と動いた。
「……長女、セレスティーナ・ヴェルンシュタイン。そして、二女がクリスティーナ・ヴェルンシュタイン。……つまり、クリスは――」
「――仰る通りです。……クリスティーナ・ヴェルンシュタインは、マルク王とラビオラ妃の曾孫(そうそん)にあたります」
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