いろいろと戸惑う。
――というか、エルフの人たちってクリスの事ちゃんと覚えてるの?あと、俺の事分かるの?
こんな疑問を思い浮かべる。
クリスは五十日(・・・)ぶりの帰省とのことだが、"万が一"エルフの里の者達が物忘れが激しい人々であったならば、クリスの事を覚えていないかもしれない。五十日(・・・)を長く感じるかどうかは人それぞれだが。
そしてもう一つ。
こんなにも秘境にあるエルフの里に、アイン達の情報が届くのだろうかと不思議に思ったのだった。
片道半日もかかる道のりなのだ。丁寧に自己紹介から始めるべきだろうか?
……と、考えていたアインとクリスの下に、数人のエルフがやってきたのだった。
「――長旅。大変お疲れ様でございました」
隊長格のような男性エルフが声を掛ける。
彼はそう口にすると、右腕を左胸のあたりに押し当て、静かに頭を下げた。
すると、残り数人のエルフの戦士たちも、彼の仕草に倣って頭を下げるのだった。
「あ……えっと、俺の名前は――」
しっかりと王族として名乗ろうとした。
だが、その言葉はそのエルフの男性に遮られる。
「存じ上げております。尊き血を引かれた、今代の王太子殿下でございますね?」
「……あぁ。そうだけど」
……なんという呼び方だ。
尊き血なんて言われてしまえば、むしろオリビアを褒められたようで気分がいい。
アインの心を捕えるのに、一番いい言葉選びだったかもしれない。
てか、なんで知ってるんだろう。
アインが不思議そうな顔を浮かべた。
「申し遅れました。私はこの里の戦士長を務めておりまして、名はサイラスと申します。後ろにいるのは、若いエルフの戦士たちです」
サイラスの自己紹介に頷くと。
どうしたもんかと考え、クリスの方を見る。
すると、クリスがサイラスに語り掛けた。
「お久しぶりです。サイラスさん」
「あぁ、クリス殿も。……久方ぶりの里帰りですね」
「……今日は、長に大切な話があって参りました」
クリスはサイラスという戦士長と顔見知りだったようで、落ち着いたようで語り掛ける。
分かりやすく、
「承知した。どちらにせよ、尊きお方を長の屋敷へお連れする必要がある。今日は長も起きているのでちょうど良い日和でした」
「……長の体調はどうですか?」
神妙な面持ちで尋ねると、サイラスも同じく表情を変えた。
「――何とも言えません。ですが、長もいずれは世界樹の下に導かれる事でしょう」
隣で聞くアインは、その言葉でおおよその事情を察する。
里で一番の長老とのことだ。つまり、世界樹の下に導かれるというのは、エルフの言葉で死を意味するのだろう。
こんなところにも、エルフの世界樹信仰の影響があったのだ。
「ここ十年ほどの間、目を覚まさない日も増えて参りましたから」
……といっても、さすがはエルフと言ったところか。
恐らく老衰なのだろうが、その時が近づいても、十年も生存してる所に人との違いを感じさせる。
そういえば、サイラスは何歳ぐらいなのだろうか。
初対面で聞くのもあれなので、機会があったら尋ねてみるとしよう。
「状況はわかりました。では、夕食後……三時間後には長の下を訊ねようと思います。そう伝えてもらえますか?」
「……む。私としては、早速長の下へご案内するべきかと思っていたのですが」
一つ思ったことがある。
クリスの語り口調が、城に居る時に比べてもう少し固い気がしたのだ。
彼女の様子は落ち着いているように見えるが、対照的に態度は固い。
どうしてだろうかと不思議に感じてしまう。
「早くお会いすることには賛成です。とは言え、アイン様は到着したばかりです。……ですので、一先ずは少し休憩してから向かおうかと」
「おっとと……その通りだ。申し訳ない。どうにも来客が少ないせいか、礼を失してしまったらしい。……お詫び申し上げます」
アインの体調を考えて、クリスは休憩を求めていた。
すると、長旅だったことを思い出し、サイラスがアインに謝罪する。
謝られても、むしろ自分が急にやってきたのだから、逆に申し訳なくなった。
「い、いやいや。急に尋ねたのはこっちだから、そんなに謝らなくても――」
サイラスに続いて戦士たちも頭を下げる。
「――ところで、どうして俺の事を知ってるの?王都から凄い離れてるし、エルフはあまり外の人とは交流を持たないって聞いてたのに」
聞きに来た立場なのだから、下手に出るべきかとも思った。
だが、一応は王太子という立場があるのだから、下手過ぎるのもどうかと考えてしまう。
すると、こうしてよくわからない半端な態度になってしまうのだ。
……オズの時とは違い、どうにも調子が狂う。
尊き血を引く方と言われれば、若干距離感を図り損ねてしまうのだった。
「大したことではございませんよ。……我々は、この里の中では他の種族との交流を避けているだけですので、外では交流することもございます。定期的に食料を買い出しに行く者もおりますので、それこそ、ホルトラでも殿下のお噂は耳にしますから」
――意外と交流してた。
一瞬呆気にとられたが、クリスのように外で暮らすエルフもいるのだろう。
完全に鎖国状態になってない事を知り、アインは納得したように頷いた。
……実際のところ、アインは王太子なのだから、知られていて当然と言えば当然なのだが。
「あぁ、そういう事だったんだ。道理で俺の事知ってると思った……」
合点がったので、最後に一言感謝をすると、クリスに目を向けた。
「ところで、クリス。少し休憩するって、何処で?」
「――里では、私の家と長の家が一番適していると思います。ですので、申し訳ないのですが私の家で休憩していただくことになるのですが……」
大丈夫ですか?と、クリスが心配そうに尋ねる。
半日の道のりを往復しなければならないため、時間にすればおよそ三日分は考えていた。
つまり、最低でも一泊はする予定だったのだ。
泊まる場所については何処か借りる予定と思っていたが、まさかクリスの実家とは思わなかったアイン。
「別に問題ないから、それでお願いするよ」
内心ではもう少し慌てていたのだが、クリスの固い態度が気になり、アインも大人し目に反応を返す。
それを聞いたクリスは、ほっとした様子で頷いた。
「サイラスさん達もお話ししたいことはあるかと思います。ですが、今はアイン様のお身体を優先させてください」
「あぁ、わかっている。……我々エルフは、殿下を歓迎いたします。ようこそ、エルフの里へ!」
*
――ギィ……。
分厚い木の扉を開けると、軋む音が入り口付近に響き渡る。
傾き始めた日の光が差し込むが、やはり薄暗い室内。
すると、クリスは近くに置かれた水晶のような球体に触れると、部屋の中が一瞬で明るくなった。
「……魔道具?」
「はい。私って、初任給で魔道具を二つ買ったんです。その一つがこれなんですよ」
サイラスと別れたアインは、クリスに連れられるまま彼女の家にやってきた。
到着した家は、王都のムートン邸程の大きさがあり、柱樹のように立派な木の中をくりぬいて作られた立派な家。
切り株の様な形をしていて、木でできた階段を上って中に入ってきたのだ。
「へぇー……ちなみにもう一つは?」
「もう一つはですねー……あれです!」
指を差したところにあるのは、吸気口が数個ついた木箱。同じく茶色のパイプが外に繋がっていた。
「な、なにあれ?」
「高かったんですよ、あれ。光を吸収して稼働する、掃除用の魔道具ってところですね。……私って家を結構空けてるので、埃が溜まらないようにと思って買ったんです」
嬉しそうに説明するクリスは、さっきと変わって柔らかな印象を受ける。
なぜなのかと聞いてもいいのか戸惑ってしまい、アインは結局それを尋ねることはしない。
ただ、足取り軽く家の中を歩くクリスを眺めていた。
両手を背中の腰の部分で組み、鼻歌を歌いながら歩くクリス。
軽装だったが、鎧を脱ぐと騎士服のジャケットも脱いで壁に掛ける。
白いシャツと騎士服のスカート姿になると、シャツのボタンを一つ外して、足取り軽そうに部屋の様子を確認していた。
「なるほどね。だから部屋が綺麗だったんだ……床にも埃とか落ちてないし」
「あははは……じゃないと、アイン様を連れてくるなんて言えませんからね……」
長い金髪を揺らして振り返ると、恥ずかしそうに頬を掻く。
とん、とんという、木の床を踏みしめる音が耳に心地良かった。
「アイン様も、上着をお預かりしますね」
クリスがアインのすぐ傍に近づくと、アインが来ていた上着に手を掛ける。
その自然な動作に、アインは素直に上着を脱いで手渡した。
「替えの上着も持ってきておりますので、こちらはバッグに詰めておきますね」
「あ、あぁ。ありがとう」
上機嫌に上着をたたむと、それを丁寧にしまっていく。
「では、お好きな席にどうぞ。お城の椅子よりも座り心地は悪いですけど……」
苦笑いを浮かべ、アインに座るように促した。
お好きな席と言われて、部屋に置かれた家具を見つめる。
この家の雰囲気は、どこを見ても暖かな様子を見せ、木目が美しい木材の家具だらけだ。
橙色に光る灯りも影響してか、なんともリラックスできる環境だった。
中央には切り株を使ってできた大きなテーブルが置かれ、年輪の模様が目を奪う。
その横にはいくつもの木の椅子が置かれ、奥には革張りのソファが窓際に並ぶ。
天上が高く、大きな吹き抜けのようなリビングが、疲れたアインの気分を癒したのだった。
「じゃあ、あのソファに座ってもいい?」
「勿論です。じゃあ、座って待っていてください。冷たい飲み物と、マーサさんから預かった料理を温めて来ますね」
「え?そんなもの用意してたの?マーサさんってば」
「いくつか受け取ってますよ。その、私が料理苦手なのもあって、気を使ってくれたみたいで……」
さすがはマーサだった。
恐らくは、食料を魔道具などに保管してクリスに渡していたのだろう。
食べなれた料理ということもあってか、アインは安心感を抱く。
「で、でも大丈夫ですからね!さすがに、温めるだけなら私でも出来ますから……!」
「……そんなこと心配してないから、安心してくれないかなーって」
少しばかり呆れた様子で答えると、アインは窓の外の風景に目を向ける。
茜色の光に照らされたエルフの里が、アインに郷愁を感じさせるような姿を見せた。
不思議と落ち着かされる景色で、心が洗われていくように感じた。
「いやー……なんていうか、王都に居る時よりも敬われた気がする」
思い出すのは、クリスの家にたどり着くまでの事。
里の中を歩いて進むのだから、アインがエルフたちの目に触れるのは当然の事だった。
すると、アインに気が付いたエルフたちは一斉に左胸に手を当てると、頭を深く下げるのだ。それはサイラスがみせた仕草と同じで、恐らくエルフの作法なのかもしれない。
その光景が花道のように続くのだから、むしろ、王都でも経験したことのない事でしかなかったのだ。
……勿論、決して王都で敬われてないという事ではないのだが、また違った空気に浸ることができた。
「……あれ?なにこれ、座り心地いいじゃん」
エルフたちの態度を思い出してため息をつくと、革張りのソファに腰かけたアイン。
クリスは謙遜していたが、中々いい感触の座り心地をしていた。
もちもちとした感触が癖になり、何度か座り心地を確かめてしまう。
「クリス―?このソファって、中に何入ってるの?」
「はーい?ソファですか?」
大きめのキッチンに居るクリスが、アインの声に気が付き顔を出す。
「うん。なんか座り心地良いんだけど、何が詰まってるのかなって」
「あ、あれ?気に入ってくださったんですか?」
それを聞くと、驚いた様子でアインを見る。
「え、うん……割と好きっていうか、むしろ城にもあっていいぐらいなんだけど、中身なんなのかなーって」
「……怒らないでくださいますか?」
心配そうに尋ねると、アインはすぐに頷く。
「怒る理由が一つも無いってば」
アインがこう答えると、安堵と興奮が入り混じった様子で次のように答えた。
「で、でしたらお伝えしますね……!その、そのソファの中身は樹液が入ってるんです」
「――……え?」
樹液って、あの虫が集(たか)って舐めているあの樹液だろうか?
それがこんな感触を作るとは思えず、つい疑心暗鬼な顔を浮かべてしまった。
「じゅ、樹液といってもですね!熱を加えると膨らむ樹液があるんです。その樹液を集めて綺麗にしてから、昔からの作り方で温めて膨らませるんですよ」
――ゴム的なあれじゃねえか!
もう、ほぼ覚えていない前世の記憶からそれを思い出し、エルフの謎の技術に驚かされる。
そりゃ座り心地良いですよ。とアインは納得し、クリスに答える。
「……もしよかったら、今度城にも同じような椅子を置けたりするかな?」
「は、はい……。その樹液を持って帰りさえすれば、あとは私が作ったりできますけど……」
別に秘密の技術でもないようで、クリスはあっさりと承諾した。
ちょっとしたお土産が出来たような気分で、アインは上機嫌になる。
「あれ?ってことは、これもクリスの手作り?」
「あ、あはは……。不器用ながら、頑張って作ったんですよ。そのソファ」
すげぇ。
不器用ながらとか言ってるが、革を丁寧に縫い合わせて中身も詰めているのだから、もはや不器用なんて言えない気がしてならない。
それぐらい誇ってもいいんじゃないかと思った。
「俺はこのソファ好きだよ。すごいねクリス」
心の底からの本音を口にすると、クリスは数秒の間呆気にとられる。
まさか、そんなことで褒めてもらえるなんて、思ってもみなかったのだろう。
「――え、ええ……えええっ!?わ、私……褒められたんですか!?」
「そんな驚かなくても……。俺は好きだよ。よかったら、城にも同じの置きたいぐらい」
「……が、頑張って作ります!その、縫い合わせるのは職人さんにお任せしますけど、中身は頑張ってつくりますから!」
両手を強く握りしめると、それを胸の前でぐっと構える。
その可愛らしい仕草と言葉に、アインも自然と笑みを浮かべた。
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