宰相閣下は、転がすのが好き。
「ク、クロー……ッ——」
久しぶりに見た娘の姿に、エレナが、つい声を漏らす。
だがその声は、第三王子の声によって、あっさりとかき消されてしまった。
「クローネッ!ど、どうして君がそこに……!」
ティグルは机を叩くと、勢いよく立ち上がった。
昔の面影が残っておりながらも、美しく可憐に成長した彼女を見て、ティグルは興奮を抑えきれなかったのだ。
「私は、アイン……いえ、王太子殿下の補佐官です。ですので、ここに居ることに、なんの不都合もないかと」
慌てた様子のティグルを気にすることもなく、クローネはただ冷静に言葉を返す。
「っ……何を、言っているんだ……?君は、イシュタリカに連れていかれて……」
「あぁ、いえ。別に拉致をされたなどではありませんから、お気になさらずに」
クローネはこう述べた後、アインを促して席に着く。
クリスが待っていた席にアインが腰かけると、クローネは、その隣の席に腰かけた。
「す、すまないクローネ。だが、教えてくれないか!?どうして連絡もくれずに、君はイシュタリカの方に座っているんだっ……!」
——さっき説明したじゃない。
ぼそっと呟くと、咳払いをして、もう一度説明を始めた。
「……ですから、私は王太子殿下の補佐官です。なので、ここに座っています。それに、連絡ならしたじゃありませんか」
小さく微笑みかけたクローネを見て、ティグルは気分を良くした。
しかしながら、連絡をしたと言われても、何のことかが分からない。
「連絡……?君がいつ、私に連絡をくれたというのだ?」
「こちらも先ほど申し上げましたが、イシュタリカから送った手紙です。……もっとも、ティグル第三王子には、気に入っていただけなかったようですが」
それを聞いて、ティグルはハッとした。
そうだ、クローネは王太子の補佐官と名乗ったのだ。
となれば、ハイムに送ってきた手紙を書いたのは、今ここに居るクローネという事になる。
……すると、昨晩の自分の発言などを思い出してしまったのだ。
「な、なるほど!あの美し——」
今更だが、美しい字の……と、賞賛の言葉を送ろうとした。
だがその言葉は、クローネによって遮られる。
「いえ、気を使っていただかなくとも結構です。昨晩、護衛の方との会話を耳にしまして、不快な思いをさせてしまったのは存じ上げております」
ティグルはこの返事を聞いて、身体を硬直させたと思いきや、額に大粒の汗を浮かばせた。
ハンカチを手に取って汗を拭いたが、想定外の事が起こりすぎていて、最適解が見つからない。
「き……君は昨日の夜、島を歩いていたのか?一人では危ないのではないか……?」
苦し紛れに、クローネの身を案じてみる。
だが結果を述べれば、この質問は、精神衛生的にもするべきではなかった。
「別に、危険ではありませんよ。……王太子殿下と一緒でしたもの」
「そ……そうか。王太子の護衛も共にいたのなら、そりゃ安全だ!」
大げさなほどに、顔を上下に振って頷いたが、次にクローネが口にしたのは、ティグルが聞きたくなかった言葉だ。
「離れて護衛が居たかもしれませんが、王太子殿下と二人っきりですよ。……王太子殿下は頼もしいお方ですので、私は何も恐れることなく、"あの時"までは楽しく過ごせましたもの」
まるでトカゲが擬態するかのように、ティグルの顔が、赤くなったり青くなったりを繰り返す。
今の言葉は、ティグルも聞きたくなかった言葉だった。
「時間も押しておりますので、私個人に対しての問いは、この辺で」
クローネは持ってきた小さな鞄から、ウォーレンと同じように、数枚の書類を取り出して、それを机に置く。
もう完全に、ティグルからの質問には答える気が無いのだろう。
こうしてクローネは、昨晩の"仕返し"をしたのだった。
「嘘は言ってないけど、攻めすぎじゃない?」
「……邪魔された恨みよ」
小さな声でクローネに語り掛けると、少しスッキリした様子で返事が届く。
わざわざ、さっきのような言葉を選んだあたりに、クローネの不愉快さが詰まっているようだ。
ティグルは力なく席に着くと、ぼーっとクローネの様子を見続けている。
「……見られてない?」
アインは苦笑いを浮かべながら、こう口にした。
「大丈夫よ。後で風邪薬を貰っておくから」
「風邪薬?」
「えぇ、風邪薬よ。……なんか今日は、すごい寒気がするの。身体を壊さないように、しっかりと薬を飲んでおかないとね」
——あぁ。なるほどね。
クローネの真っ黒な冗談に軽く返事をすると、一瞬、ハイムの席に目を向ける。
そこに座るのは、懐かしい二人の姿。ローガスと、グリントの二人だ。
幸いなことに、精神的にも落ち着いている。どうやら、危惧していたように、落ち着きを失うことは無さそうだ。
アインが見る二人は、ティグルほどでは無いにしろ、驚きに染まった表情をしていた。
アインは、その二人の様子を確認すると、更に横に居る人物に目を向けた。
それは女性で、クローネと似ているように思える容姿。
ならば予想は簡単だった。きっと彼女が、クローネの母なのだろう、と。
「アイン様。クローネさん。……大丈夫ですか?」
すると背後から、クリスが声を掛ける。
二人の様子を心配して、会談が始まる前に声を掛けたのだ。
「……大丈夫だよ、クリス」
「えぇ、私もです。思っていたよりも、精神的に落ち着いていますから」
二人がいつも通りな事に、クリスも安堵した。
「それは何よりです。ご無理はなさらないように」
返事を聞いたクリスは、いつでも剣を抜けるようにと体勢を戻した。
——そして、一方。
ハイム側の席では、ローガスやグリント、そしてエレナが動揺した様子を見せる。
「あれが、アイン……なのか?」
「ど、どうしてあんなに大きく……」
特にローガスは、アインと顔を合わせるのが10年ぶりに近い。
だからこそ、アインの変貌っぷりに驚きを隠せなかった。
そして隣のグリントはといえば、エウロで再会した時と比べて、成長しすぎていることに驚いていたのだ。
「それに、隣に居る女性だっ……!なんで、殿下の想い人があんなところにっ!」
「……エレナ殿?あの女性が、エレナ殿のご息女でお間違いありませんな?」
ローガスが、隣にいるエレナに声を掛ける。
「……えぇ。間違いありませんわ」
間違いない。あれはクローネだ。
アウグスト家の屋敷でいつも見ていた娘が、こんなにも大きく成長していた事に、エレナが安堵したのも束の間。
クローネの事だけでなく、マグナで宿を紹介してくれた男が、目の前に居る。
それが何よりも、エレナの動揺を誘っていた。
「ごめんなさい。少し、頭の中が整理しきれていません」
どうして?自分を宿に案内した男が、王太子アインだった?
王太子が一人で街を歩いていたことが、エレナの理解が追い付かない。
だが、宿の者達が驚いた様子と、リリが言い淀んだ時の姿。それを思い返せば、納得できる部分があった。それはきっと、彼が王太子だったからなのだろう……。
そのアインにも伝えたいことはあるが、今はその時間じゃない。
エレナは考えが顔に出ないようにと、表情を気を付けた。
「お気持ちは理解できる。申し訳なかった、不躾な質問でありましたな……」
ローガスが何かを尋ねる前に、エレナはこうして予防線を張った。
実際のところ、何が何だか分かっていない。
まさか、クローネがやってくるとは想像もしてなかったのだ。
「い、いえ……でも、そういえばあの子が……」
あの子。
エレナが思い出すのは、リリとの会話。
まだリリが、ハイムの城で諜報活動をしていた頃の話だ。
エレナがリリの正体を見破った際、彼女はこう口にしていた。
クローネは現在、それなりの重鎮であると。
そして次に、クローネと敵対したくないのなら、王太子アインに物言いはしない方がいい……と。
その真意が、今目の前に起こった事なのだ。
アインの隣に腰かけるクローネを見て、エレナはその事実に驚嘆する。
「……リリ。それなり程度の重鎮じゃないと思うわよ」
リリは、それなりの重鎮と口にしていた。
だがそれには文句を付けたい。王太子の補佐官が、それなり程度というのは間違っている、と。
エレナは小さく呟きながら、頭の中で多くの考えを巡らせた。
となれば、クローネをここまで育て上げたのはただ一人。
近くに座る宰相……つまり、ウォーレンという男だ。
エレナが考えるクローネは、幼いころから頭が良く、才能に満ちた女の子だった。
そして、大国イシュタリカ……その中でも雲の上の存在であるウォーレンの手にかかり、王太子の補佐官を務めるまでに育て上げられた。
この事実が、ハイムにどう影響をもたらすのか。
それが全く想像できない。
——そんな中、一つだけ安心できることがあった。
それは隣に座った王太子アインと、"いい関係"が築けているように見えたこと。
クローネが言葉にして、態度でもアインとの仲を示している。
それは母の立場にあるエレナからすれば、とても安心できる事柄だった。
……となれば、目下の問題はただ一つ。
ティグルは間違いなく、この会談の最中に、クローネを渡せと要求するはずだ。
それを思えば、エレナは、どう口を挟むべきかと困惑してしまう。
「ふ……ふん!だがこれで解決だな!」
突如、ティグルが声を上げ、イシュタリカに向かって語り掛ける。
「解決、とは?」
その声に答えたのはウォーレンだ。
優し気な表情のまま、ティグルに対して返答する。
「決まっているだろう。私が求めていた、アウグスト家の二人の情報だ。ここにその本人が居るのだから、まずはクローネを引き渡してもらって……」
——早速か。
エレナが危惧した通りの言葉が、早速口にされてしまう。
そんな事を要求しても、答えなんてわかり切っているだろうに。
どうしたもんかと、エレナは頭を抱えた。
「……失礼ですが、アウグスト家の方とは一体?」
会談の始まりの合図は無かったが、ティグルの言葉がきっかけで、この会話は始まった。
しかしながら、ウォーレンの答えは、ティグルの求めた答えではない。
「惚けるのもいい加減にしろ……!たった今、そこな王太子の補佐官として、クローネが名乗ったではないか!」
立ち上がりアインを指さすと、今度はクローネに視線を向ける。
「ふむ。どうやらティグル王子は、勘違いをしているようだ」
「……勘違いだと?」
「えぇ。もしくは、人違いとでも申せばいいでしょうか。……クローネ殿、もう一度名乗っていただけますか?」
「畏まりました。……では、もう一度自己紹介を致します」
ウォーレンの声に応じ、クローネがすっと立ち上がる。
そしてハイムの方を見て、もう一度自己紹介をした。
「私の名は、クローネ・オーガスト。残念ですが、アウグストという名ではございません」
毅然とした態度でこう述べると、クローネはもう一度席に着いた。
この言葉を聞いて、更に気を悪くしたのはティグル。
「っ……そういう問題ではないだろう!明らかに、この場に居るクローネは、私のよく知っているクローネだ!」
——何を知ってるのよ。気持ち悪い。
呟かれた毒は、隣にいるアインの耳にだけ届く。
「ふむ……。ですが、我らがイシュタリカには、アウグストという名の家系は存在しないのですよ。調査した資料もございますが、ご入用ですかな?」
またも、惚けるように語るウォーレンの姿。
エレナはこの流れを見て、何か手を打たねばならない、そう心に決める。
「そんなものがなくとも、我らにはエレナが居る。であるな、エレナ!」
エレナの決意とほぼ同時に、ティグルがエレナを指さした。
「エレナはクローネの母だ。ならば、これ以上に本人だという証明はないだろう!」
自信満々に語るティグル。
彼は心の中で勝利を確信した。
「……そうですな」
ティグルの声に耳を傾けていたウォーレンが頷いた。
それを見たティグルは喜んだが、エレナは不思議に感じる。
わざわざ、こんなところで折れるとは思えないからだ。
だがその理由は、すぐにウォーレンの口から語られる。
「ただし。もしも、そこにいるエレナ殿が、本当にクローネ殿の母であるならば……と条件が付きますが」
「……貴様、何を言っているのだ?」
「似ている別人かもしれませんし、仮にエレナ殿が本人だったとしても、十年近く顔を見なかった娘を、正確に理解できますか?」
——……茶番だ。
エレナはその言葉を聞いて、強く反論したくなる。
その子は確実に私の娘だ。声を大きくして、こう口にしたかった。
まるで言い掛かりをつけるようなウォーレンの言葉に、少しばかりの憤りを覚える。
とはいっても、ウォーレンの言葉は中々に面倒だ。
「我々は知らないのですよ。なにせ、エレナという女性に会うのは始めてだ。となれば、本人という確証もない」
わざとらしく困ったような表情を浮かべ、ハイムに対してこう語った。
言葉ではどうとでもいえるのだが、実際のところ、それを証明する術はない。
「そのような屁理屈を並び立ててっ……!」
分かりやすく顔を赤く染め、不愉快な気持ちを露にする。
そんなティグルを見たウォーレンは、小さく笑みを浮かべながら、楽しそうに続きを話す。
「……と、いうのは冗談です」
一瞬、エレナも呆気にとられたような顔を浮かべてしまう。
冗談というのは、今の話の事だろうか?……と。
「私の部下の一人に、エレナ殿をよく知る女性がいます。なので、最初から分かっていました」
ティグルは、ウォーレンの手のひらで転がされただけだった。
第三者から見れば、稚拙な言い回し。
だが、絶妙な語り口調と、ティグルの精神状況を利用して、ウォーレンはあっさりとティグルを手玉に取った。
「エレナ殿。何か、クローネ殿に話したいことはありますか?」
柔らかく微笑むと、エレナに向かってこう告げる。
まさか、こうして話を振ってこられるとは思わなかったため、一瞬声を出すのに躊躇った。
ティグルを差し置いて、自分に声を掛けたのが憎らしい。
ここで『いいえ』と答えようものならば、自分はティグルから攻められるだろう。
となれば、自分は『はい』と答えるしかないのだ。
「……少しだけ、よろしいですか?」
「えぇ、どうぞ」
ウォーレンはクローネに目配せをして、合図を送る。
そしてクローネはエレナを見て、エレナがなんと口にするのかを待った。
「久しぶりね。クローネ」
ティグルが厳しい瞳で見守る中、エレナはクローネに語り掛ける。
「はい。お久しぶりです。お母様」
久しぶりに聞く、自分を呼ぶ母の声。
クローネは、久しぶりのエレナの声を聞き、素直に喜びの表情を浮かべた。
「イシュタリカでは、どう過ごしているの?」
他に聞くべきことがあるだろう!
ティグルがそんな瞳でエレナを見るが、いきなりそんなことを聞くわけにも行かない。
「宝石よりも輝かしく、そして幸せな日々を、ただただ繰り返すばかりです」
本心からの満面の笑み。
こんな表情を見せられては、エレナもそれを嘘だと指摘することは出来ない。
しばらくぶりの再会だというのに、両者ともに落ち着いているように見える。
だが、これがハイムの人々が居なかったならば、抱き合って喜びを分かち合ったことだろう。
「もう貴方は、完全にイシュタリカの人間なのね?」
過去、エレナとハーレイは、クローネ達がイシュタリカに行くことを黙認した。
それは口に出さぬよう、注意を払って会話をする。
「えぇ。イシュタリカが、私の祖国となりました。……なので、ハイムに戻る気はありません」
クローネは、強い瞳でエレナを見て、自らの主張を口にした。
だが二人の会話に入り込み、異を唱えるのはティグル。
彼は懲りずに大きな声を上げ、この状況に文句を付ける。
「馬鹿げているっ!イシュタリカに連れていかれ、脅されているのだろう!だからこんな茶番を……!」
「ティグル王子。その言葉には、多くの責任が付きまといます。それはご理解しておりますか?」
ウォーレンの瞳は、"まだ"温厚だ。
だが発した言葉には、寒気を催すような、強い意思を感じさせる。
「証明する術もなければ、ただの言い掛かりをつけるだけ。それは幼子がすることだ。ハイムの王子がするとは思いたくありませんが……」
「ぐっ……!だ、だがっ!」
言い淀むティグル。
さすがに、そろそろ彼を止めよう。
エレナがそう考えて、口を開こうとした刹那。
ハイム王ラルフが口を開いたのだった。
「もうよい、ティグル。余が一番の解決案を提示してくれる」
椅子にふんぞり返るように腰かけて、ラルフがウォーレンに向かって声を掛ける。
「ウォーレンといったな?」
「えぇ。イシュタリカにて、宰相を務めております」
「ふん……賢(さか)しい男だ。取引をするぞ、ウォーレンよ」
机に肘をつき、面倒くさそうに語るラルフを見て、ウォーレンは何を口にするのか楽しみになった。
「どんな取引ですかな?」
「そこなクローネという、王太子の補佐官の身柄だ。必要となる金を渡す、だからハイムに引き渡せ」
「ふむ……なるほどなるほど」
なんてことを口にするのだ。
この会話を聞いていたエレナは、娘を金で取引されそうな流れに、気を悪くした。
そうだというのに、どうしてクローネもアインも、二人とも落ち着いているのか……。
これだけが分からなかった。
「それで、いくらだ?」
「金額ですかな?」
「そう言っているだろう。一々問い直すな」
ウォーレンは、小さなところで相手を怒らせるのがうまい。
それは人によっては好まない話術かもしれない。
ただし、ハイム王家のような者達が相手ならば、これが手軽で高い効果が望める。
だからこそ、ウォーレンは敢えてこのような語り口調を選んだのだ。
「ではお伝えしましょう。私が過去に試算した、クローネ殿が、イシュタリカにもたらすであろう財についてです」
すると一枚の紙を手に取って、書かれた内容を読み上げる。
わざわざそんなものまで用意していたのかと、ハイムの人間たちは驚いた。
「クローネ殿が老衰で死去するまでの影響力と、死後、残していく影響力。その全てを試算した結果でございます」
「いいから早く申せ。余は早く帰りたいのだ」
「畏まりました。では結論を申し上げますと、我らイシュタリカの国家予算50年分は、最低でも要求したいところですな」
「……ふざけているのか?」
イシュタリカの国家予算については、ハイムの者達は聞いた事が無い。
だが、国家の規模を思えば、ハイムの予算の数倍程度ではきかないだろう。
「ふざけてなどおりませんよ。私が試算した、クローネ殿の影響力の結果ですから」
「っ……馬鹿げているであろう。我がハイムを舐めているのか?」
「全く、そのような事実はございませんよ」
あくまでも自然体なウォーレンは、掴みどころのない男だった。
それでも、細かい所で強者らしさを見せつけてくる、なんとも憎らしい話術を好む。
「ちなみに、ハイムの財政では賄えないことは分かっております。それはつまり、支払えないことも分かっているということです」
当然のように、ウォーレンがハイムの状況を口にしたが、ラルフはそれどころではない。
「……税収を上げれば——」
「不可能でしょう。なにせ、ハイム中の財を集めても、先ほどの額は支払えませんよ」
ラルフの言葉は、全てがかわされ続けた。
すると、ティグル同様に気分が落ち着かない。
顔が徐々に赤らんでくるのが目に見えて分かる。
「……そもそもとして、私はその取引に応じる気がありませんので、この話は、これぐらいでいいのでは?」
未だ微笑み続けるウォーレンが、ラルフに対してこう語る。
「お、応じる気がない……だと?何を言っているのだ、さっき貴様はっ——」
「えぇ。金額ですか?と尋ねたところ、ラルフ王はこう答えた。『そう言っているだろう』、と」
エレナも気が付く。
確かにウォーレンは、取引に応じるだなんて口にしていなかった。
彼が口にしたのは、どんな取引ですか?に続いて、金額ですか?……の二つだけなのだから。
「ラルフ王は私に、クローネ殿の価値を尋ねた。だからこそ、私はそれに答えたまでですよ」
——もう、これぐらいでよろしいですか?
最後はこう添えて、ウォーレンはラルフに目線を向けた。
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