難しい心境。

「クローネよ、なぜ呼ばれたのか説明がほしいのだが……」


「……ねぇアイン、おかわりは如何かしら?」



 グラーフがクローネの執務室へと通されて早数分。一見落ち着いているように見えるグラーフだったが、その内心は落ち着きなんてものとは無縁だった。どうして呼ばれたのかが分からない、それどころかアインの名でも呼び出しを受けたのだ。そしてその場所が城の中となれば、いくらグラーフといえども落ち着いてはいられない。



「あのクローネ?そろそろ話してあげたほうが」



 到着してからというもの、ただドアの前で立たされ続けたグラーフ。席につくことも許されず、ただアインとクローネの二人を眺め続けていた。



「そう?まぁアインがそういうなら……そうね、それじゃそろそろ」



 コホンと可愛く咳ばらいをし、すっと立ち上がったクローネ。するとアインと話していたときと比べて、数段凛々しい表情となった。言い方を変えれば補佐官としての顔になった彼女は、正面からグラーフを見つめ口を開く。



「立場が上の者に許された3つの権利。それは相手の時間を奪う権利、そして場所を選ぶ権利……最後は相手を待たせる権利。お爺様、私はお爺様からそう教わってきました」


「……確かにそう教えた。ということはつまり、この場において儂はその全てをされたということになるが」


「ご理解いただけてるかと存じますが、"わざ"とこのようなことを致しました。素直に教えて頂けるとは思いますが、万が一があっては困るので……念には念を入れて、これを私からの一つのメッセージとしてお爺様に贈ります」



 わざとグラーフを待たせ、そして無駄に時間を奪いこの場所を選んだ。してることといえば性格は悪いかもしれないが、これはグラーフが教えた、一つの交渉の心得。明確にどちらが立場的に上かを相手に知らせ、その後の交渉を自分の思い通りに運ぶための手段だ。



「儂に何を聞きたいのだ?儂が王太子殿下に嘘を申すとでも思ったのか」


「いいえ。ですから、あくまでも念には念をと思っての事です。ではお爺様、どうぞ席に」



 ようやく許されたグラーフが、ゆっくりと進んでアイン達の正面に腰かける。老躯ながらも頑健な体のグラーフは、いつもきびきびとした気持ちいい動きで足を進める。



「……心外だなクローネよ。大恩ある王家に対して、この儂が虚偽のことを口にするとでも思うたか?」


「お爺様は従業員をとても大切にしてらっしゃいますもの。もしかしたら庇う、そんな可能性も考えました。私としても一大事ですので、申し訳ないのですが少し強引に事を運ばせて頂きました」


「従業員……?クローネお主は何を言ってるのだ?それが王太子殿下とどう関係が……」


「では本題を申し上げます。……ロディという名に覚えがありますわよね?」



 隣にいるアインから、生唾を飲みこんだ音がクローネにも聞こえてくる。そんなに緊張してくれてるなら、普段からもう少し態度に出してほしい。思っても自分から要求はできない為、歯がゆい思いが募るばかりだ。



「銀髪の子で、王立キングスランド学園に通っています。私はうろ覚えな部分がありまして、そのため今回お爺様をお呼びしました」


「ロディ……銀髪……おぉっ!知っておるが、そのロディがどうしたのだ?」


「詳しくご説明頂けますか?どういった方か失念してしまったんです」


「なぜ説明が必要なのか、それは教えてもらえぬのか?」


「お爺様次第です」



 頑なに強気で話すクローネには理由があった。このことが拗れてしまい、無駄にアインに心配をかけたくない。更にいえば、そこから何か面倒なことになるなんて考えたくもなかった。だからさっさとこの件を終わりにして、隣で心配そうにしているアインにも、どういうことなのかをしっかりと説明したい。



「貿易区の店長を務めている男の一人息子だ。優秀な子らしく、王立キングスランド学園でも上位の成績と聞く」


「……やっぱり。そういうことでしたのね」


「えっと、クローネつまりどういう……?」


「多分会った事あるの。会ったといっても二人っきりじゃないのよ?……その、オーガスト商会の集まりの時になの」



 オーガスト商会はすでに大商会にまで成長し、王都でも評判で徐々に大陸中に広がっている有名どころ。

 都市毎に部署を分け、さらに区分けして多くの地域を管理している。そうなればその幹部たちの集まりも何度かあり、クローネも祖父のグラーフに付き添って、何度か参加したことがあった。



「きっとその時だと思う……。だってそれ以外考えられる理由なんてないもの」


「思うって……クローネはそのロディって男のこと、あんまり覚えてないの?」


「え、えぇ。あんまりというか、顔とかも覚えてないからほぼ全く……というか」



 恐らくクローネに優しくされたのだろう、そしてコロッと落ちてしまった。『こんなにも自分によくしてくれたのだ!だからきっと彼女も自分を気に入っているに違いない!』……こんな風に勘違いしてしまうほど、確かにクローネは魅力的だ。



 一方そのクローネ本人は、ロディの名前どころか顔すらも覚えていなかったのだから悲しい話だ。



「それとお爺様?全部断っておいてっていってたけど、たぶんそのロディからも婚約の申し出とか来てたのよね?」


「……鋭いなクローネは。うむ、その通りだ」


「それでなんと?断りの文句はどのように書かれたのですか?」


「いつも通りだ。『王太子殿下の許で良くしてもらっているため、そうした話は受けられない』と返事をしている。先に言っておくが、この文面はウォーレン殿との相談のうえで決めたのだからな!」



 その言葉を聞いてアインは納得した。

 クローネを自由にしてあげてほしい、つまりはアインがクローネを縛っていると考えたのだろう。そして不敬罪と知っていながらも、アインに対してあのようなことを申し出たのだ。



「クローネ。大体想像がついたし、理由も分かった。……つまりその、ロディの暴走ってことかな?」


「……ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」


「いいよ気にしないで。——……でもそろそろはっきりさせるべきだよね」



 最後の言葉は小さく呟き、どうしたものかと考えを巡らせる。舞い上がったあげくの暴走ならば相手にする必要がない、だがきっと彼はまた学園にいるときにやってくるだろう。



 ——さてどうしたものか。



「お爺様」


「ん?何だクローネ」


「私は金輪際、商会の集まりには顔を出しません。……それともう一つですが、当然彼の父に伝えて頂けますよね?」


「……あぁ構わぬ。それが妥当だろうよ」


「アインごめんなさい。その子の父にも強く話しておくわ、だから学園でまた同じことがあったら……すぐに教えてくれるかしら」



 会長から直々に抗議があれば、息子のロディにもしっかりと伝えてくれるはずだ。ことが公にでもなれば、ロディが不敬罪で捕まってしまってもなんら可笑しくない話なのだから。



「王太子殿下。この度は我が商会の関係者が迷惑をかけてしまい、大変申し訳ない。儂からも強く伝えておくので、報告をお待ちいただけないだろうか」


「いや……なんていうか、俺も悪いところあるから。だからそんなに頭を下げなくても……」


「む?王太子殿下に非なんぞあるまいて、一方的にこちらの非であって……」


「そうよアイン。だから……本当にごめんなさい」



 謝らないでいいよ!アインは何度もそういったのだが、二人はそれからも何度か謝罪を続けた。



 アインが先ほど口にした、『でもそろそろはっきりさせるべきだよね』というセリフ。どうしてこんなことになるのか、それは偏(ひとえ)にはっきりとしない現状にある。二人が初めて会った日から、お互いに多くの成長を遂げてきた。



 ハイムから国を超え、そして海を越えてこのイシュタルまでやってきたクローネ。そんなクローネのことを想えば、このままじゃいけないというのは当然の事。



 もうすぐ自分も学園を卒業する、そうなれば大人というには早いかもしれないが、少なくとも子供ではない。なればこれまで以上にクローネとのことで、真剣に考えなければならないことがある。そう強く実感した。



 その後グラーフが商会へと戻っていき、この事件はひと段落したように思えた。グラーフが約束したのだから、その話は今日にでもロディの父へと伝えられることだろう。そうなれば本日中にも、そのロディにも話が伝わるはずだ。




 *




「ニャニャッ!?不敬罪かニャ?不敬罪なのニャ!?」


「耳痛いから静かにしてくれない?」



 ドライアドの成人。そして自分の性質との相性うんぬんでの問題。……それをカティマに相談しに来たアイン。

 実験がてら魔石を持たされて、数十分待ってみようと話は決まった。すると何もしてないのも暇なので、つい今日学園であった件を話してしまったアイン。

 なぜか不敬罪という言葉に爆笑してるカティマを見て、話さなければよかったと後悔していた。



「ふ……不敬罪かニャ!?ニャハハハハッ!」


「何が面白いのかさっぱりだ……」


「ニャ?アインは面白くないのかニャ?不敬罪とか、もう言葉が面白いのニャ。アインは違うのかニャ?」


「残念だけど、カティマさんと同じ感性じゃなくてよかったって喜んでる所だよ」



 アインの皮肉なんて全く気にせず、ただ笑い転げる駄猫の姿。いつも通りすぎるこの姿を見せられれば、アインもなんだかんだと精神的に落ち着きを取り戻せた。



「はーおかしいのニャっ……。でもアインも悪いのニャ、ずっと半端な状況にあるからこんなことになるのニャ」


「……わかってるよ」


「ほんとかニャー?まぁどちらにせよ、私は甥っ子のそんな事情に口出しなんてしないけどニャ」



 特注の爪とぎ板を手に取って、爪のメンテナンスを始めるカティマ。今日も無駄にいい毛並みと肉球が憎らしい。



「でも一つ助言するなら、あと2、3年は待つといいと思うのニャ」


「……どういうこと?」


「王太子は16歳になると同時に、一つの権利を得るのニャ。それは王権を持たない王族への命令権、頃合いとしては良いと思うニャ?」


「あーなるほど……。一つの時期としてってことね」



 つまりこの駄猫にも命令できる権利を持つ、しっかりと覚えておこう。それと何を命令するのか考えておくのも必須な事だ。



「そーいうことだニャー。ちなみに近頃のイシュタリカは王族が少ないのニャ。だからいっそのことアインの世代で増やしてもらいたいものだニャ」


「増やすも何も、何人も産ませるのなんて相手が大変じゃ……」


「それも王族となる女の義務だニャ。別にクローネもそれぐらい覚悟してると思うのニャ」


「なるほどねー……ってちょっと待て。そうあっさりクローネとか言わなくても」



 アインは照れた顔でそう口にするが、カティマは呆れたような顔になって、やれやれと言うように大げさに手を振った。



「はー……。私の事を駄猫なんていうくせに、アインもなかなかの駄王太子だニャ」



 カティマが大きくため息をつくが、この件ばかりは強く出られないため、口を閉じて静かに顔をそらすアイン。



「まあ大丈夫だニャ。いざとなったらクリスでも孕ませていいのニャ、私が許可するのニャ」


「勝手に許可されるクリスが可哀そうだ……」



 アインと話す際に、時折クリスの名を口にするカティマだったが、それはクリスに対するちょっとした気遣いと応援。

 他人のこういった事情には口出しする気はないが、これぐらいはしても罰は当たらないだろう……密かにそう考えていた。



「無駄に増えすぎるのも問題だけどニャ。全然知らない所でイシュタリカの名前が使われたり、謎の歓迎をされたり……ちょっと恐ろしいのニャ」



 権力争いなんかも発生しそうだが、王族が少ないのも問題だ。そこで血筋が途絶えようものならば、国は一気に混沌に覆われてしまうだろう。



「……そういえば謎の歓迎で思い出したけど、なんで俺って旧魔王領で歓迎されたのかな。あのリビングアーマーのマルコさんに」


「ニャ?だからアインが王太子だからじゃないのかニャ?」


「いや確かに王太子だけどさ、他国の……それも人間の王太子を歓迎する必要ってある?」


「……騎士道精神かニャ?」


「それって段々無理があるように思ってきたんだけど」



 王が健在で更に交流がある国同士の事ならば、そうした歓迎なんて当然の事とアインも理解している。だがしかし、同じ種族どころか敵同士だった国なのだから、一つの騎士道精神で片付けるのは難しく思えてきた。



「そのマルコにはなんて言われたんだったかニャ?」


「えーっと確か、『"イシュタリカ王家"に尽くす。それは当たり前の事ではないかと』……だったかな」


「……魔王が負けた王家だから尊敬の念を持った。とかじゃないかニャ?」


「そういうもんなの?」


「強い魔物は当然ながらプライドも高いニャ。だからこそ、強い者には従う……そんな性質があるのは可笑しなことじゃないのニャ」



 海龍の双子たちが素直に従ってるのは少し別だ。なにせ卵時代からの仲だからこそ、給仕たちの言うことも素直に聞くのだから。

 だがイストの魔物闘技場の件を思い出してみよう、セージ子爵の連れていた魔物がアインに怯えた。そうした感情を持つこともあるのだから、カティマが口にすることもあながち間違いには感じられない。



「でもロイドさんが勝てないっていった相手だよ?なのに俺に礼を尽くす必要ある?」


「ニャー……なら初代陛下の血筋だニャ。それに礼を尽くした、なにせ魔王を倒したのは初代陛下だから間違いじゃないのニャ!」



 なるほど確かに筋は通っている。アインをこう納得させる話を口にして、カティマは『ふふん』と腰に手を当てた。



「うーん。素直に認めたくないけど、確かに言う通りな気がしてきた」


「なんで素直に認めないのニャ!?」



 そうして多くの話題に花を咲かせているうちに、カティマと会話を始めて30分が経過した。両手に握っていた魔石を目の前に持っていき、その状況を確認してみる。



「何ともないみたい、見る?」


「あーはいはい見るのニャ、ほら貸してニャ」



 軽く放り投げると、カティマは肉球で器用にその魔石を受け取った。くるくる回しながら魔石の様子を確認し、中の色や濁りへと目をやった。



「通常の精神状態の場合は問題なしとするニャ」


「ん?通常の?」


「怒ってるときとかは知らないのニャ。魔物も興奮すると力が強くなるのニャ、アインはその可能性が捨てきれないから……わかるニャ?」


「そういうことか。でも昔みたいに吸いまくってた訳じゃないなら安心かな」



 一先ずの実験は終了。

 根を出しての実験も検討していたが、今日はこのぐらいにしておこう。……カティマもその案には同意した。



「ところでアイン。オリビアがアインの根っこもって嬉しそうにしてたんニャけど、心当たりはあるかニャ?」


「……黙秘権を行使する」


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