新たな季節と、新たな相棒。

「では初代陛下についての授業を終わります。お疲れさまでした。……号令を」


「起立。礼!」



 レオナードの号令により、一同が教師に礼をする。

 あっという間に冬を越して、春が来る。そして5月になり、美しい緑に包まれる季節。



 アインは王立キングスランド学園の最高学園へとあがり、6年連続での一組(ファースト)を達成した。

 同じくそれを達成したのは3人で。レオナード、バッツ、ロラン……つまりはいつものメンバーだった。



「それにしても全体授業多すぎじゃねえのか?なぁレオナード?」


「あぁ。あまり大きな声ではいえないが、いわゆる"ボーナス"だからな」


「ボーナスだぁ?」



 今日の授業は、初代陛下についての内容だった。

 そんなこと昔から知ってる、それがこの学園生の常識である。だがしかし、これはイシュタリカに存在する学園の、いわゆる義務教育のような科目の一つ。



 この授業を規定数受けなければ、卒業資格を得ることができないのだ。



「あぁボーナスだ。我々の学園の場合、なかなか面倒な仕組みをしているだろう?クラスを上げるのも一苦労だ。だからこうした知っていて当然の事柄については、すべて6年次に回されるということだ」


「おいおいまてよ……。ってことはだ、わざわざ教室来るのが増えるってのかよ」


「理解が早くて助かるが、そういうことだ」



 欠席した場合は補習で補てんが可能。だがしかし、結局のところ教室に来なければならないのだから、わざわざサボるのにも意義を感じない所だ。

 ちなみに6年間で一度もこの授業を受けなかった場合、それも補習を受ける必要が発生する。



「バッツ、でも楽だろ実際。試験勉強なんてこの全体授業から出るんだぞ?」


「おいおいアイン……それマジか?試験勉強もういらねえのかよ、最高じゃねえか!」



 アインが口を開き、バッツにちょっとした利点を告げた。

 6年次の試験科目は、全体授業が主となる。これもボーナスの様な扱いだが、それには理由があった。

 なにせ6年次に上がる際の、一組(ファースト)向けの試験は、まさに戦争といっていい程の難易度があるからだ。



 今までの全ての経験を集約し、試験科目それに準じてかなりの広さになる。

 なので卒業試験はもはや意味がなく、結果としてこの義務教育のような科目が試験科目となる。



「じゃあえっと……あれか、初代陛下のことも試験にでるのか?」


「そーいうこと。よかっただろ、その自習の時間分、剣振ってられるぞ」


「おいおい……アインお前神か!?最高すぎるだろ!」


「いや王太子だけど」



 力の抜けるやり取りをするが、この試験を決めたのはシルヴァードや理事の面々のため、アインは全く関係ない。



「よかったじゃんバッツ!ってまあ俺も似たようなもんで、魔道具いじりできるから嬉しいかなって」



 ロランはこの4人の中で、一番先に就職先が決まった。

 海龍艦リヴァイアサン。それの造船中にされた評価も加味され、とうとう国の研究機関へと招かれたのだ。

 おそらく数年もすれば……ロランにも下位貴族としての称号が与えられることだろう。



「明日も同じく初代陛下に関する授業だ。バッツ、きちんと授業を受けておくんだぞ?」


「何言ってんだレオナード!分からなかったらお前に聞くから大丈夫だろ!」


「さ……最高学年になっても、お前の面倒を見る必要があるのか」



 呆れて顔をしながらも、レオナードはきっとバッツの面倒を見るだろう。口ではこういってしまうレオナードだが、結局のところ面倒見がいい。文句を口にしながらもバッツに勉強を教えるはずだ。



「それじゃ帰ろっかなー」



 今日も愉快な友人たちを見て、アインは笑み浮かべてそう呟いた。

 ……なにせ今日は、ずっと楽しみにしてきたものがようやく完成する日なのだから。




 *




「アイン様。お待ちしておりました」


「ごめんごめん、今さっき終わったばっかりだからさ」



 友人たちと別れたアインは、廊下を歩いて学園を出る。広々としたこの学園は、外に出るにもそれなりの時間を必要とする。

 ——……校門で待っていた彼女。彼女はアインの姿を見て、満面の笑みを浮かべた。



「では早速参りましょう。ムートン殿もお待ちかと」


「そうだね。じゃあ今日も護衛頼むよ、クリス」


「はい!お任せくださいっ!」



 元気に背筋を伸ばすクリスは、今日もふわりとその金糸を揺らす。

 アインの専属となれた日から、クリスは常に髪を下すようになっていた。どうした心境の変化かと城内で話題になったが、アインの専属となった日と重なったため、その理由はあっさりと皆にバレてしまう。



「ちょっとアイン?クリス"さん"には挨拶するのに、私にはしてくれないのかしら?」



 クリスと共にアインを迎えに来ていたクローネ。

 クリスにばかり構っている主を見て、ムスッとした表情を浮かべる。



「ごめんごめん。ただいまクローネ、わざわざ迎えに来てもらっちゃってごめんね」



 いつもならクローネが迎えに来ることはない。なにせこれは護衛の仕事であり、クローネのような、守られる側の人間が出る必要はないからだ。

 だが今日は事情が事情のため、補佐官クローネに、護衛騎士クリス。その二人が一緒に迎えに来ていたのだった。



「そういえばディルは?今日もロイドさんの手伝い?」


「えぇそうね。今日も元帥補佐の仕事をしているはずよ」



 決してこの元帥補佐という役職が、今までにも存在していなかったわけじゃない。

 だが昨今のイシュタリカでは使われず、その役職は空白のままだった。将来のことを考えた部分もある人事であり、ディルに経験を積ませるため、ロイドの補佐といての仕事が与えられている。



 クリスがアインの専属となったこともあり、ディルもそうした時間をとる余裕ができたのだ。



 ——昨年の秋。クリスが元帥を辞することが国民へと公表される。

 突如のその公表に、王都の皆が多くの疑問や不安を抱いてしまう。辞める立場が元帥ともなれば、その理由を説明しない訳にもいかない。

 そのためクリスが辞すると発表があった次の日には、クリスがアインの専属護衛につくという情報が発表される。



 クリスがアインを学園へと送り迎えしている姿。それは多くの国民たちが目にしていたことであり、その仲睦まじさを知っていた者たちは、その情報をすんなりと受け入れることができた。



 知らなかった者達ですら、次々と流れ行く噂を耳にし、結果的にこの件は大きな問題とはならなかったのだ。

 ……そのため今では、クリスが毎日の送り迎えを担当している。



「ではアイン様。参りましょうか?」


「そうだね。……うん、段々ワクワクしてきた。楽しみだよ」



 およそ半年にも及ぶ時間を待ち続け、ようやく完成に至った新たな"相棒"。それをついに身に着けられるのだ、これが楽しみにならないわけがない。



「ふふっ……段々なの?朝からでしょ?」


「……もっとワクワクして来たってことだよ」



 クローネが笑い、クリスも釣られて笑みを浮かべた。魅力的な二人の表情に、一瞬ぼーっと見とれてしまう。あまり鼻の下を伸ばしていても格好がつかない為、軽く顔を振って正気を取り戻す。



 ——……そしてアインは今日の目的地。ムートンの鍛冶屋を目指すため、学園都市の駅へと向かって行くのだった。




 *




 今日も王都は賑わっており、五月の暖かな陽気と、どこまでも続く青い空が広がっている。

 大通りに植えられた木々達。その皆が美しい緑いろの葉を身に着け、鮮やかな色を王都に添えていた。



 夕方にはまだ少し早い時間帯で、これから更に大通りの人々は増えていくことだろう。

 港町マグナからの、多くの海の幸の最終便。そしてイストやバルトからの直行便も到着する。そうなればホワイトローズを中心に、多くのイシュタリカの民たちが王都中に散らばっていく。



 アインがイシュタリカに初めて来た日。

 その日から多くの年月が経った今では、当時と比べても多くの施設や技術、そして建築物に溢れている。

 イシュタリカの繁栄を物語るように、多くの面での成長を続けてきた。



 ——ホワイトローズに到着したアインにクローネ、そしてクリスの3人。

 3人はいつも通り、それなりの注目を集めながらも駅を出る。昔と比べれば落ち着いたものだが、今となっては別の注目も浴びていることも事実。



 アインが外を歩く際には、大抵決まった3名のうちから誰かを連れていた。



 まずはディル。今ではアインの護衛以外にも仕事があるが、それでもアインの護衛を優先し、クリスと共に護衛に勤しんでいる姿が見受けられる。



 次にクリス。正式にアインの護衛となれた彼女は、隣にいるのが当たり前といわんばかりに、アインの側に立っている。

 前と変わったのは彼女の姿だろう。髪を下ろしているクリスの姿は、多くの男性の心を奪った。



 最後にクローネ。彼女がアインの補佐官という事は、もはや知らぬ者が居ない程の常識だ。

 季節を超えるごとに、アインとの物理的距離が近づいていないか?と静かな噂になっている。彼女はオーガスト商会の一人娘であり、その立場もあってか多くの影響を与えている。



 そして王都の民たちは、そんなアインのいつもの姿を見て安心していた。



「ところでクローネ"さん"?造船所からの荷物はもう届いていらっしゃるのでしょうか」


「えぇ、もう到着してると思います。もし届いてなければ、うちの商会に運ばせるので大丈夫ですよ」



 いまではお互いに"さん"とつけて呼ぶようになった二人。アインの側近として、クローネとクリスも前より打ち解けていた。

 だがアインはそのことよりも、二人の会話の内容に興味を抱く。



「なにか荷物あるの?」


「はい。試し切り用に、海龍の骨の塊をですね……」


「ちょっ……なにしちゃってるの!?そんな貴重なモノ!」


「大丈夫よ。切断どころか粉砕予定の部分だもの。だから好きにしていいの」



 ムートンから受け取る予定のモノ。それの試し切りのため、わざわざ海龍の素材を用意したという。

 それはやりすぎではと思ったが、どっちみち粉砕の必要があるのなら安心だ。ただ、そこまでする必要があったのかは疑問だが。



「……アインの心配もわかるの。だけどこれはムートン様からの希望だもの」


「ム、ムートンさんの?」


「実はお昼頃、私とクリスさんで先に顔を出して来たの。最終確認としてね?あ……もちろん出来上がった品は見てないから安心していいからね?」


「お……おお、なんか知らない間にいろいろと話が進んでて困惑する」


「アイン様。ムートン殿曰く、『下手したら色々ヤベぇ、こいつぁヤベぇ』とのことですから……」



 そう口にするムートンの姿は簡単に思い浮かぶ。だがしかし、だからといってその言葉の意味がわかるかと聞かれれば、答えは全力でNO!と答えよう。



「いやもう意味がわからないけど……でもやばいのはわかった」



 彼がそう口にする程なのだ。きっとものすごくヤバいのが仕上がったのだろう。だからこそ海龍の素材なんていう、同じくヤバいものまで取り寄せたと思われる。



「私とクリスさんも同じよ……。他にも『駄々っ子だ』とか、『暴れん坊』なんて言ってたもの。私達のほうが意味わからなかったんだからね?」


「……そりゃ意味が分からなすぎてヤバい」



 おっといけない。口調が移ってしまった……。完全に無意識だったため、口をおもむろに押さえつけた。



 ——……大通りから少し外れ、港側の通りに進む3人。その先にはムートンの鍛冶屋があり、そこまでいけば分かるはずだ。ムートンがここまでよく分からないことを口にした意味が。




 *




 少しばかり大通りから裏にある通り。しかしながら目の前には海が見え、なかなか広い敷地の中にその建物はあった。

 近くには貴族の家が建つほどの一等地であり、当然のことながら地価もそれなりに高価な地域。



 城に近く、ホワイトローズに行くにも道がいい。更にいえば、景色も悪くない場所。多くの条件が揃っており、ムートンの希望もしっかりと叶えた理想的な地域だった。



 複数の炉を詰め込んだ、鍛冶専用の施設。それに隣接してるのはムートンとエメメの住居。ちなみに鍛冶場スペースへとベッドを持ち込んでるため、結構な頻度でそこで寝てしまうらしい。

 ムートンらしさがあるが、建物を分ける必要があったのかは疑問だった。



 わざわざ取り寄せた巨大な魔物の骨。そこには大味な文字でこう彫られている。

『鍛冶屋ムートン・二号店』。実はムートンの字の下に、エメメがこっそり自分の名前を彫り入れている。



 ——ガランガラン。



 ドアに設置された大きなベルを鳴らし、中にいるであろう二人に合図を送ったクリス。

 するとほどなくしてドアが開き、中からエメメがドアを開く。



「いらっしゃいませー!お待ちしてましたよーっ!」


「こんにちはエメメさん。入ってもいい?」


「もっちろんです!ささ、どぞどぞー。師匠も待ってます!」



 お邪魔しますと声をかけて、アインは鍛冶屋の中に進む。まだ新しい大きな木のテーブル、そこで待っていたムートンが顔を上げ、満足そうな表情でアインに声をかける。



「おう待ってたぜ殿下!ほらなにやってんだ、さっさとこっち来いって!」



 アインに対して、ここまで適当な態度な人間はムートンだけだ。だがしかしムートンならいい、周囲の人間もそう思ってしまう、そんな気持ちのいい為人(ひととなり)をしている。



「学校終わったばっかなんです。それでえっと……それが?」



 年輪が美しい、巨大な木から作った円状のテーブル。

 その真ん中近くに置かれた木箱。アインはそれに目をやった。木箱は横長の1.2mほどの大きさで、厚さは10cmもない薄い作り。

 木箱の端にはムートンとエメメの名前が刻み込まれている。



「あぁそれだ!かなりのじゃじゃ馬でよ、ここまで来るのに苦労したぜ。じゃじゃ馬でもエメメの方が……。いや違うな、こいつただの馬鹿だったわ、わりぃ」



 相変わらずさらっと毒を吐く男だが、これも二人の関係だからこそのことだろう。



「失礼ですね師匠!わたし馬じゃなくて鳥……じゃなくてハーピーですっ!」



 自分で鳥といってしまえば世話がないが。指摘する点はそこなのかと問い詰めたい。

 当然問い詰めることはせずに、ただ笑って二人をみることにするのだが。



「まぁこの馬鹿はいいんだ。とりあえず開けてみるといい、長い時間かけただけはある。俺の鍛冶師人生のなかでも、これに並ぶようなもんはねえ」



 まるで子供の一人立ちを見守るような、そんな優し気な瞳になったムートン。

 彼がそんな顔をするのは初めて見る。更に人生最高の作品と言われれば、木箱を開けるのに少しの緊張すら漂う。



「え、えっと……開けていい、んだよね?」


「おう開けてやれ!多分そいつは、殿下の命令なら素直に従う。そんな忠誠心も持ってるはずだ」



 剣に忠誠心と聞いても、どうにもぱっと来ない。

 とはいえじゃじゃ馬と言われても分からないのだが、今のアインはその言葉の意味を理解できなかった。



「ほらアイン。開けてあげて?」


「……アイン様、きっとこの子も待っていると思います」



 クローネとクリス。二人にそう促されて、アインは覚悟を決める。一度生唾を飲み込んだ後、意を決してその木箱の蓋を開けた。

 すると中には滑らかな布が被せられており、その厳重且つ思いやりに溢れた気遣いに、アインは強く感謝した。



 木箱の蓋をそっと降ろし、一息吐いてからその布に手をかける。シルクのような柔らかな肌触りが心地よく、適度な艶が高級感を感じさせる。

 その布を掴んで引っ張ると、遂にその姿が露になった。



「……君が俺の新しい相棒だね」



 刃渡り90cm程のロングソード、だが普通のロングソードよりは少し刃広に作られている。

 リビングアーマーのマルコ。彼の素材の特徴が良く出ている、幻想的な一品に仕上がった。



 全体が漆黒に仕上げられながらも、マルコみたく血管の様な筋が通ったその刃。ただ彼との違いを言うならば、赤黒い筋ではなく、青や緑の様な色の筋だったということだろう。



 柄の部分には海龍の素材を贅沢に使い、どこを見ても隙が無い作りである。



「手に取ってみな」



 ぼーっとその姿に見とれていると、ムートンがそっとアインに告げた。

 アインは返事をすることなくそれに従い、素直にその剣を手に取る。当然重さは感じるが、想像していたよりも軽く、そしてしっくりくる重さだった。



 アインが手に取ると、筋が栄養を行き渡らせるようにうっすらと輝き、ホタルの光のように静かに収まった。



「今見せたのが、きっとそいつの忠誠心だ。その素材だった奴は、きっと誇り高い奴だったんだろうよ。……あまり他人に持たせる武器じゃねえ、本当に殿下専用ってわけだ。大事にしてやってくれ」



 胸の前に持ち、刃を上から下にくまなく確認する。手を何度か握り直し、その持ち手の心地よさも確認する。

 アインに倒された海龍だからこそ、アインに素直に従っている。そう考えてしまう程、手に持つ感触が心地良い。



「似合ってるわよ、アイン」


「えぇ……凛々しいお姿です」



 二人に褒められて、少し照れた顔となってしまう。だが確かにその剣はアインにしっくりくる。

 背丈も更に大きく成長したアインには、そのロングソードがとてもよく似合っていた。



「こっち来な。俺も切れ味はちゃんと確認できてねえんだ、だから見せてほしい。試し切りするぞ」



 テーブルを立ったムートンを追って、アインは剣を持ったまま歩き始める。

 この建物の奥には裏庭へと出る道があり、ムートンはそこに向かって行った。


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