久しぶりの日常。
列車がレールを進む音。いわゆる平民用や貴族向けの車両では、その感じる音にも違いが出る。
もちろん貴族向け車両と王家専用列車でも、同じくそうした違いを感じることとなるだろう。
ただし王家専用列車なんて、普通に生きていれば経験することがない。だからこそ、その違いに気が付く機会なんて普通は得ることが無いのだが、当然ながらアインは別だ。すべての水列車を経験したからこそ、その違いに気が付くことができる。
「乗るたびに乗り心地良くなってる気がする」
毎回感じるちょっとした不思議だった。
王家専用列車に乗り込む機会はそう多くないが、やはり乗るたびにその違いに驚かされる。
「アイン?半年に一度は中身が変わるんだから、乗り心地が良くなるのは当たり前よ」
「……え?」
「イストで作られる新たな技術はね。既定の安全面をクリアしたら、一番に王家専用列車に載せられるの。民生用と比べても、遥かに質のいい物でね」
「知らなかった……。まさか帰り道でも勉強させてもらえるとは」
およそ一カ月に及ぶバルトの調査。その期間が終了し、ついに王都へと帰還することとなった調査団一行。
収穫はそれなりにあった。そして次回の調査は、マグナに向かうことも決定した。赤狐達の手がかりは勿論だが、魔王領の研究もそれなりに進んだと思われる。
魔王城が開門した不思議な出来事や、マルコとの出会い。さらには凄腕鍛冶師ムートンに、愉快な弟子エメメ。
たった一カ月程度の短い期間だったが、経験したことの濃密さはそれに比例しない。
「ところでムートンさん達は?」
「もう王都にいるはずよ?お爺様とアルフレッドが、直接案内するって意気込んでいたもの」
「それは頼もしい」
それなら安心だ。とアインは心の底から安堵した。
「というかもう家って用意できてるの……?」
「えぇ。一週間で炉を取り寄せて、その最中にも建設は続けてたもの。二週間もあれば準備は終わるわ」
なかなかいい工房と家が出来た。クローネはそういって喜んでいる。
「じゃあ俺も王都についたら、一度挨拶に行った方がいいね」
アインが笑顔になってこう口にすると、ジト目になったクローネが、アインの心境を窺うようにこう尋ねてきた。
「……ねぇアイン。城よりも、ムートンさんのとこに行きたいって思ってるでしょ?」
「あ、バレた?」
仕方ないだろう、なにせリビングアーマーのような神話の様な素材に、海龍が合わさるのだから。
それが一本の剣となって、自分のものになる。それが興奮しないわけがない。
「もう……そういうところは男の子なんだから」
くすくすと笑いながら、クローネは先日の事を考えた。
包容力に溢れ、自分の全てを任せられそうな、そんな男性の魅力に溢れていたアイン。
膝枕されてながらも、胸を高鳴らせていたことを思い返していた。
「いやいや、男なら誰だって興奮するからねこれ!あ、ムートンさんのとこ行くときは、ちゃんと付いてきてね?」
「ふふっ……えぇ、もちろんご一緒するわ」
心躍らせるアインの姿は、見ている自分の事も嬉しい気分にさせてくれる。
グラーフに無理をいい、エウロにも協力してもらってイシュタリカに渡ってきた。それが正解だったのだと、つくづく実感する。
「そういえば王都につくまで、あと3時間ぐらい?」
先程遅めの昼食を食べたばかりで、午後2時を過ぎた時間帯。ちなみに王都到着予定の時刻は、夕方の5時だった。
「そう……ね。あと3時間ぐらいでつくわ」
「ん、りょーかい。それじゃ一度報告書読み返しとこうかな?丁度いいでしょ」
もちろん今回の調査の中、なにが発見できたのか全て把握している。
手持ち無沙汰なこの状況もあってか、ついでに復習でもしておこうと思ったのだ。
「どこから読む?」
「1から見直すから、初日の旧魔王領調査から順番に貰おうかな」
「はいわかりました。ちょっと待っててね、今取り出すから」
重厚な革に、職人の技が光る作りの鞄。一目でわかる高級なそれを開き、中からいくつかの書類の束を取り出すクローネ。
日付や内容を確認した後に、アインにそれを手渡した。
「殿下?何かお飲み物でもご用意いたしましょうか?」
まるで給仕のように言葉遣いを変えて、カーテシーを行うクローネ。
給仕がカーテシーを行うことはないのだが、その仕草自体は可愛らしかったので問題ないだろう。
「ありがと。それじゃ冷たいのがほしいな、車内は暖かいから」
彼女の細やかな気配りに感謝し、受け取った書類に目を通す。
思い返せばイストではクリス。そしてバルトではクローネ……二人の助けがあったおかげで、多くの事を成し遂げられた。
今度二人になにかお礼でもしようかな?心の片隅でそんなことを考えていた。
*
出発した日よりも、気温が下がって涼しくなった王都。
今年もまた冬がやってくる。そう思えば自分が成長していくのも感じるが、今朝方まで極寒の地にいたことを思い返せば、王都の冬は逆に物足りなく思えてならない。
以前のアインなら少し肌寒く感じたかもしれないが、バルトの寒さに慣れた身としては、上着を脱いでしまいたく思ってしまう。
「お帰りなさいませアイン様」
王都最大の駅ホワイトローズ。到着したアインを出迎えたのは一等給仕のマーサ。背後には数人の給仕や執事を連れて、王家専用列車が止まるホームで到着を待っていた。
アインの後に続いて、クローネも共に車内から外に出る。
「ただいまマーサさん。……先にロイドさん達を見てきてもいいんだよ?」
「あの人なんて、バルトの寒さに置き去りにしても死にません。なのでどうせ生きてるのは分かっておりますので」
「……なるほどね」
これも一種の愛だと思えば決して悪くない。なんだかんだと信頼しているのだろう。
「ロイドさんもだけど、ディルにもたくさん世話になったよ」
「勿体ないお言葉です。そのお言葉があるならば、夫も天で浮かばれるでしょう」
「……家に帰ったら優しくしてあげてね?ね?」
なんだかんだと笑顔なのだから、帰還を喜んでくれてるはずだ。
あと死んでないから、勝手に殺さないであげてほしい。
「民にお声がけは必要ありません。なにせちょっとした騒ぎになりますので」
苦笑いを浮かべるマーサを見て、アインも同様の表情を浮かべた。
今日も王太子を一目見ようと、多くの民が駅に詰め寄せている。
「手を振るだけの方がいいね」
「仰る通りかと。お心苦しいかと思いますが、どうかご納得いただければと」
「うん大丈夫。怪我されても困るしね」
小さな子の姿も見える、大人に潰されてしまわない様に注意してほしいものだ。不愛想と思う者もいるかもしれないが、手をそこそこ振った後、アインは専用通路を通って馬車に向かう。
「ちょっとだけ冷えてきたみたいだね」
「もう秋ですから。必要でしたら上着をもう一枚……」
「逆に暑いくらいだよ。バルトに慣れちゃって、寒さにも強くなったみたい」
笑みを浮かべるアインをみて、また一段と逞しくなられたのだな、そう納得した。
よく見れば顔つきも変わった気がしてならない。——……オリビアに連れられて来た時を思えば、なんとも凛々しくなったものだとしみじみ感じる。
「それはようございました。オリビア様達だけでなく、クリス様も……その、落ち着かない様子でしたので」
気を使っているように見えるが、マーサがここまでいうのだ。アインがその様子を思い浮かべるのも容易な事。
人事の問題とはいえ、留守番をさせたことを申し訳なく思う。
「ちゃんと後で話にいくよ」
王都に来てから苦笑いばかりだが、再度その表情を浮かべるアイン。
「マーサ様?参考までに、クリス様はどういった行動を……?」
聞かない方がいいかと思ったが、クローネがその内容を尋ねてしまう。彼女も若干迷いながらの言葉だったが、意を決してその内容をマーサに尋ねる。
「え、えぇ。なんといいますか……意味もなく城の廊下を歩き回ったり、近衛騎士の訓練中にぼーっとして……」
「まさかお怪我を……?」
「いえ。ぼーっとしてしまい、つい手加減を忘れて相手に怪我を」
ポンコツじゃねえか。ぼそっとそれを言葉にしてしまったアインに、呆れたような顔を向けるクローネ。一方マーサとしては、何とも言えない表情を浮かべることしかできなかった。
「アイン?そんな言い方はクリス様が可哀そうだわ。アインの事が心配だったのよ?」
「うっ……お、仰る通りです」
クローネも同じ女性として気持ちは分かる。"他にも"考えることはあるが、今は考えないようにした。
「実はオリビア様に、頭を冷やして来いといわれることもありまして」
「お母様に?」
なるほど深刻な話だ。まさかオリビアにまで小言をいわれる事態だったとは、そうアインを驚かせる。
「……後でしっかりフォローしておくよ。教えてくれてありがとマーサさん」
「とんでもございません。お疲れのところ、申し訳なく思います」
全く気にしてない様子のアイン、そんなアインの横には、そっとクローネが控えている。
そこにいるのが当然の様な立ち居振る舞いに、心なしかバルトに向かう前より、二人の距離が数センチ近くなったように見える。
それに表情一つとっても、一段と魅力的な顔つきをするようになったと感じた。
「(やはり大本命はクローネ様?でもクリス様も負けてないとは思うのだけど……)」
普段はこんなことを考えない。だが城の一番の話題といえば、アインの"周囲"のことばかり。
さすがにマーサも気になってるのは否定できず、ついこんなことを考えてしまった。
「(本命クローネ様に、クリス様が猛追。……影の勝者がオリビア様。最後のは意味わからないけど)」
城の者達も面白いことを考えるものだ、そう一瞬笑顔を浮かべ、アインの案内に集中し直した。
「こちらへどうぞ。段差があるので、足元にお気を付けください」
段差に躓(つまづ)かない様に、アインにそう声をかける。
「ん、大丈夫。ほらクローネ、手貸して」
「あ……え、えぇ。ありがと……」
当たり前のように手を差し伸べるアインの姿、当然の気遣いな事に違いはない。だがあまりにも自然すぎて、差し伸べられたクローネも、満更じゃない顔を浮かべている。
「(……な、なるほど)」
クリスはもっと猛追する必要がありそうだ。
心の中でそう考えたマーサは、神にそっと彼女の幸運を祈ったのだった。
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