特別な土産と、魔王の言葉。

「ではこの辺で私は」



 贅沢にも、二杯もお茶のお代わりを貰ってから、アインはテント近くまで案内してもらった。

 さすがに夜ともなれば、春の陽気なんてものはなく、素直に寒いと感じる気温に鳥肌が立つ。



「魔王城の近くへは、まだ近づかない方がいいでしょう。……いずれ貴方様が成長なされたとき、その時にでもいらしてください」


「マルコさんの屋敷にも?」


「……えぇ。なのでこの地での調査活動は、魔王城周辺を除いた地域で行うべきかと」


「いや待ってくれ、それは困る。だって俺たちは、"アレ"の手がかりをどうしても手にれないとっ……」



 まるで意味がないじゃないか。

 それはつまり、重要な手掛かりが残っていそうな、魔王城近辺の調査ができないという意味なのだから。



「失礼ですが。貴方様方は……もしやあの獣共の調査のみで、この地に来たのですか?」


「あ、あぁそうだけど……。それがどうかした?」


「ふむ。情報というのも、どうにも伝わらないものだ……」



 腕を組み、考える様子を見せるマルコ。

 この数時間で、随分と打ち解けた気がする。

 ……拉致した者と、された者。その二人が仲良くなるのは不思議なものだ。



「奴らの手がかりが欲しいだけならば、南に行くといいでしょう」


「み、南!?——本気でいってるの?南って大陸の正反対の位置なんだけど……」


「なるほど。本当に何もご存知ない様子ですね。ではお教え致しましょう」



 するとマルコは向きを変え、南の方角を見る。

 彼が南を見ると、背後に魔王城を背負う形になった。



「大戦後。奴らは南に向かい、そこにあった人族の港から出向しました。なのでその行先や手がかりを負うならば、南の地に向かうのが最善でしょう」


「っ……それ、本当?」



 思い返すのはエウロの件。

 あちらの大陸では、赤狐たちが守り神として扱われている。

 どうしてあちらでその姿が見られたのか、それが不思議でならなかったが、その言葉ではっきりした。



「何を考えてたのかはわかりません。ですが奴らは、密かに船まで用意していました。——そんな先のことまで常に考える。だからあの方たちは、本当に素晴らしい種族なのですよ」


「素晴らしい……?」


「えぇ左様でございます。陛下を近くで見守り、卓越した頭脳で陛下を支えた。そんな彼らの事を愛さず……愛、愛す……っ」



 脈絡のない会話から、唐突に膝を地面についた。

 すると剣を抜き去って、鎧へと突き刺したマルコ。



「ぬああああああああああっ!」



 それは一度だけでは終わらずに、二度三度……最終的には、十回を超える回数で、突き刺すのを繰り返した。



「はぁ……はぁっ……。御覧、いただけましたかっ……?」


「——あぁ、見たよ。それが例の影響ってやつなの?」



 息を切らしながら、マルコはアインへと顔を向ける。

 一言に呪いといってはなんだが、今でもここまでの効果を持つことに驚く。



「っ……不甲斐ないばかりです。数百年が経とうとも、あの女の呪いは消えません。なので申し訳ない……この話はここで終わらせて頂けないかと」


「ごめん。言ってたことの意味が分かったよ、もういい……ありがとう」



 魔王を暴走させた呪い。

 その影響は、魔王の配下だった者達にも、同様に効果があったという事だった。

 これは重鎮だったマルコにも例外なく作用し、今でもその影響を残し続けていた。



「呪いが残ったこの地では危険です。ですが他の土地ならば、呪いは残っていないはず。なのでご安心を」


「あぁわかった。なら次は、その南の港を目指すことにするよ」



 意外と重要な目的地は、近くにあったのだ。

 旧魔王領では多くの調査の予定があったが、あっさりと新たな手掛かりを得たことに、どうにも拍子抜けする。



「最後に一つだけ教えてもらってもいい?」


「……なんなりと」



 まるで執事のように頭を下げ、次の言葉を待つマルコ。



「昔から何人も調査が来てたと思う。その人たちに、危害を加えなかったのはどうして?」



 マルコからしてみれば、泥棒みたいに感じてもおかしくない。

 土足で入り込み、調査として様々なことをしていったのが、イシュタリカの調査団なのだから。

 いい気分でいられるか?と思えば誰しもが『いいえ』と答える気がしてならない。



「……口を酸っぱくする程、陛下から命令されていたことですので」


「魔王の命令……?」


「左様でございます。命令というよりはたった一つの、ここの民が必ず守らねばならない、一つの約束事でございます」



 そういってマルコは、過去に想いをはせる。

 どことなく雰囲気が柔らかく、まるで一人の老人のように、穏やかで優し気な空気に包まれた。



「えっと、聞いても構わない?」


「えぇ勿論です。……お伝えしましょう。その約束とは——」



 マルコから、随分と可愛らしい"約束"とやらを聞いたアイン。顔に笑みが浮かぶほど、魔王らしさを感じられない願いだった。



 その魔王の言葉とやらを聞いた後は、マルコと別れたアイン。別れ際に『昔の私です。どうかお使いください』、……と訳の分からないことをいわれ、手土産を貰って来たのだった。




 *




 ——あたりが徐々に明るくなり、もう少しもすれば陽が昇る頃。

 アインはたった一人で、テントへと歩いて向かっている。

 歩く気分は複雑で、立て続けに様々なことを知った事への衝撃が、見て取れた。



 廃墟となった旧魔王領。

 この空気が、どうにもアインの心境と瓜二つに思えた。



「レベルを上げてから出直してこい!……ってことだよねつまりは」



 嬉々として向かってきたというのに、お前には負担が大きすぎるからまだだめだよ?と断られた。

 言葉は違うが、意味合いとしては似たようなものだろう。



「そりゃそうか。敵の親玉が居た場所なんだから、そう簡単にはいかないとは思ってたよ、うん」



 真の敵は赤狐共ではあるのだが、便宜上こういう扱いにさせてもらう。

 やれやれとしか言えないが、無理して魔王の二の舞?なんてことは避けたいところだった。



「よくわからないお土産ももらったし、うん……なんて報告しよう」



 急に拉致られて、情報とお土産をもらってきました!

 素直にこんなことを伝えたら、ロイドもディルも、慌てふためくどころじゃないだろう。

 むしろ気が付かない間にこんなことをされていたと、首でも賭けそうに思える。



 ちなみにその土産は、木箱に入っているため中身が分からない。



「……はぁ。まぁいいや、とりあえずテントでもうひと眠りしよう」



 面倒ごとを後回しにするのは悪い癖だった。

 それは自覚はあるものの、なかなか改善まで至らないのが難しい。

 ただ今回ばかりは、自分に非が無いのはわかってるので、実はそうした面では安心していた。



「いや待てよ?幻想の手を使った俺が悪い……?あれ、俺にも非があるようにしか思えなくなってきた」



 こうしてアインは、どんな言い訳にしようか……。とそんなことを考えながら、一人寂しく歩き続けた。



 ——結果をいってしまえば、都合のいい言い訳なんてものは思い浮かばず、ため息をついてテントへと戻ってきた。

 ロイドやディル、彼らにどう説明しようか。どうやって呼びに行こうか。——……迷うことだらけだったが、その迷いは必要なかったことに気が付かされた。



「お帰りなさいませアイン様。さて……どちらに行ってたのですか?」


「……やぁディル。おはよ」


「えぇおはようございます。それでアイン様、どちらに行ってたのでしょうか?」



 ふむ、迫力がある。

 長いまつ毛に整ったパーツ。肌には一切の曇りがないが、顔つきはそれでいて男らしさを感じさせる。

 それがこのディルという男だ。



 美人が凄むと迫力を感じるのと同様に、同じくディルからも似たような雰囲気を感じ取れた。



「……えーっとね。魔王軍の近衛騎士団、それの副団長の家にお呼ばれしてました……」



 その後の彼(ディル)の怒り様といえば、初めてアインに大声を上げるぐらいの、猛烈な怒り具合だったとのこと。




 *




「ディル。お前も不注意だったのはわかっているな?」


「……はい」



 陽が天を目指して上り始めた頃、アインのテントへとロイドがやってきた。

 アインになにがあったのかを説明するために、アインがディルに頼んで呼んできてもらったのだ。



「とはいえ私も、同じく不注意だったとしかいえまい。……アイン様、申し訳ありませんでした」


「い、いやいやいや!?元は俺のせいだからね?だからそんな謝らなくても……」



 何故連れていかれたのか。

 それを二人に語ったアイン、するとその理由を聞いて、ロイドとディルの様子が変わった。



 考えれば確かに分かったかもしれない。そんな理由が原因だったということに、二人は深く後悔している。



「ですがもう数分もしたら、私は魔王城であろうとも探しに行くつもりでした。なので戻ってきて頂けて良かった……」



 事情が事情とはいえ、アインが無事に帰って来てくれたことに、ディルは深く安堵した。

 もはや鎧や武器、すべてをしっかりと装備した状態で、アインのテントで控えていたのだ。

 まさに限界ギリギリだったのも良くわかる。



「責任の所在については、またゆっくりと話しましょう。今はアイン様が手に入れた情報と、その……土産?ですな」



 ベッドの上に置かれた、縦横高さおよそ30cmずつの木箱。

 その中には、マルコが手渡した"土産"が入っている。



「父上。わざわざ面倒な事をしてまで、アイン様を害するとは思えないのですが……その、調べておくべきでは?」


「その通りだな……。ちなみにアイン様、そのマルコとやらは渡すときになんと?」


「『昔の私です』って言ってたよ。全然意味わからないけど」



 お前ここにいるじゃねえか。昔ってどういうことだよ。

 なんて思う程、不思議でしょうがない言葉を残して、彼は立ち去って行った。

 つまりはこの中身のことなんて、何一つ予想が出来てない。



「なるほど。中身が分かりましたぞアイン様」


「……え?」


「父上?それは本当ですか?」



 ディルと一緒に驚いた顔を浮かべた。

 なんでその言葉で分かるのか不思議でならないが、ロイドには確固たる自信があった。



「なにせリビングアーマーですからな。おそらく"頭部"でしょうが……念のため、私が開けても?」


「あ、うん。よくわからないけどお願いする」



『では』と口にし、ロイドは木箱の蓋へと手をかけた。

 若干堅めに封をされていたが、ロイドの腕力にはほぼ影響がない。

 見た目にはあっさりと開封されたように見える。



「っ……む、昔の私って……そのまま、自分ってこと……!?」


「どうやら予想が当たったようだ。ふむ……見事な"鎧"ですな。アイン様」



 マルコが口にした、『昔の私』という言葉。それはまさに昔の自分だったという訳だ。

 中に入っていたのは、先ほどまで会っていたマルコ……その彼と瓜二つの兜、彼の頭部が収まっていた。



「父上!?それはもしや——」


「ディル。よく見ておくのだ、私も自分の目で見るのは初めてだが……これが"リビングアーマー"の頭だ」



 マルコと同様に、血管のような筋は通っている。だがそこには色がなく、まるで死んでいるかのように見えた。とはいえ実際生きていないのだから、死んでるといっても間違いではない。



「リビングアーマーは、生涯に一度だけ脱皮の様な行動をとる。そして鎧は消え去るが、兜は残るという性質を持っているのだ。まさか生きてるうちに、こんな希少な品に出会えるとは思わなかったが……」


「そんなもの土産にもらっても、なんにもお返しできないんだけど……。ロイドさん、そんなにすごいものなの?」


「これを素材に武器を作る。そうなれば国宝クラスの一品となるでしょう」



 ——……至れり尽くせりすぎはしないだろうか。どうしてここまで尽くしてくれるのか、全く理解が追い付かない。

 もはやただの騎士道精神なんかではなく、別の何かの感情を向けられている気がしてならない。



「理由はわかりませんが。アイン様の武器を見て感じたのでしょう。これを使って、専用の武器を作ってほしいと」


「アイン様……。ここまで尽くしてくれること、その理由はお分かりになりませんか?」



 アインと同様に、不思議に感じたのだろう。ディルが怪訝そうな表情を浮かべ、アインへと尋ねる。



「全く身に覚えがない。……王家に尽くすのは当然の事。なんて言ってたけど、ただの騎士道精神としか……」



 "イシュタリカ王家"に仕えるのは、騎士として当然の事。

 リビングアーマーのマルコは、こう口にしていた。だがもはや、一つの騎士道精神に納まる事態じゃない。



「魔物は強い者に従います。なので魔王を倒した我らイシュタリカは、彼ら騎士の魔物にとって、尊重すべき存在なのかもしれません」



 ロイドが予想を述べる。なんとなく筋が通っているように感じ、アインはその予想を聞いて静かに頷いた。



「……そう言われてみると、そんな気もしてきた」


「えぇ、そうですね……。マルコ殿のような魔物もいる、そういうことなのでしょうか」


「魔物の知性も馬鹿に出来ない。ですのでアイン様、礼儀を持つ魔物どころか、新たな価値観を持つ者達もいるということでしょう。今はこれぐらいしか予想できませんな」


「うん……そうかもしれないね」



 考えても考えても答えは出ない。そんな中ロイドが口にした予想は、一つの光明にすら思えた。

 納得しきれない部分もあるが、今はこのあたりで納得しておくのが利口だろう。



「はぁ。全くほんと、いろんなことだらけだよこの場所は」



 いきなり城の門が開いたり、春の陽気に包まれたりと……そして今日は、魔王軍の重鎮だったマルコというリビングアーマーだ。



 クローネへの土産話も、かなり溜まっただろう。



「アイン様が手にした情報は、あとは南の港……でしたか?それは恐らくマグナのことでしょう」


「そうだよロイドさん。俺もマグナだろうなって思う。大陸の南側っていえば、マグナが有力だからね」



 大陸の南側。そこにある港といえば、マグナ以外にはないだろう。

 小さな港なんて他にもある。それは昔から存在していたが、マグナも名前はなくとも、昔から存在していた由緒正しい場所だ。

 前倒しでマグナも調査を……なんてアインが考えていた時、ディルが一つ気になったことを尋ねた。



「——……ところでアイン様。一つよろしいでしょうか?」


「ん?どうしたのディル」


「失礼ですが。もう一つお伺いしたく……。アイン様がお尋ねになった、どうしてイシュタリカの調査団を襲わなかったか、という理由についてです」


「あーそのことか」



 マルコが調査団を襲わずに、ただ監視するだけにとどめた理由。それが気になってしょうがなかった。

 アインの場合はイシュタリカの王族という理由もあり、見逃されたのかもしれない。そうした予想ができるが、ただの調査団では話は別だ。



「私も気になりますなアイン様」


「いいよ。教えてあげる、魔王がここの民に命じた……可愛らしい約束ってやつはね」



 暴走した魔王アーシェ。彼女はどのような命令を下していたのか、歴史的な発見を前に、ロイドとディルが生唾を飲み込む。




「『みんな仲良くしなきゃダメ!』って、口を酸っぱくするほど言われてたらしいよ」



 一瞬真顔になった二人だが、すぐに面白い反応をアインへと見せた。



「……ぷっ、くくく……あ、アイン様。それは誠ですか?はっはっはっは!それをずっと律儀に守っていてくれたのか、マルコというリビングアーマーは!」


「なんとも見事な忠誠心だ……」



 二人の反応は対照的だった。

 ロイドはマルコのその生真面目さに笑い、ディルはしみじみと頷いている。



「く……くくっ……ではアイン様。そのマルコという騎士は、我らと"同じ"ということですな!」


「同じ?どこが?」



 徐々に笑みは収まってくるが、それでも笑顔のロイド。



「初代陛下の言葉にある『侵略を禁ずる』というもの。それを守っている我らとマルコ。随分と似ているとは思いませんか?」


「なるほど。つまり俺たちは、魔王の言いつけも守ってたってことなんだね。……いざとなったら、魔王領で受け入れてもらえそうだ」


「ア、アイン様それは……っ」



 とうとうディルも限界が来た。

 アインの言葉がツボに入り、口を押えてしまった。



「似た者同士ってことだね。——……あ、そういえばバルトに戻ったら、いい鍛冶屋紹介してもらわないと」



 マルコと自分たちが似た者同士。そんな面白い話が合ったものの、マグナから海に出たという重要な情報も得た。

 これから新たな計画も立てなければならないが、その前にこの土産についてだ。



 これを使って自分専用の剣を作ってもらう。

 アインの頭の中は、この素材をどう使うかで占領され始めていた。


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