魔法都市イストという場所

「はっはっは。おいカティ?駄目だろ暴れたら」


「ニャーッ!」



 ホワイトローズ発、魔法都市イスト直行便。アインはその水列車にある、貴族向け車両に乗り込んでいる。

 マジョリカ魔石店に行き、マジョリカから多くの情報を得るとともに、紹介状や必要となる魔道具の準備まで順調に進んだ。



 3人分の魔道具を受け取り、予定通り3人のパーティで魔法都市を目指すこととなった。

 ……そう、3人で向かうはずだったのだ。



「も、もういいと思うのニャっ……!もう車内だから!だからそうやって猫みたいに扱うのをやめるニャっ!」



 まさかの事態となった。……一匹の駄猫が、魔法都市に行くという情報を耳にしてしまったことだ。

 それによりここ数日間は大騒ぎ、なにせ彼女の分の魔道具は用意しておらず、姿を隠すのが難しい。そう考えていた矢先、アインがちょっとばかし鬼畜な扱いを提案した。



「ふざけるニャーっ!……あっ、そこいいニャ。もう少し強くこするニャ」



 もういっそのこと、ケットシーではなく大型の猫として扱おう。そう提案したのだ。

 カティマとバレないよう、大型猫のペットとして貴族車両に乗り込む。特に違和感がない!アインはそう思ったのだ。



そしてカティマの首元を撫で始めるアイン。それで喜ぶ姿はまさに猫。



「そこで折れてたらもう完全に猫になるけどいいの?」


「……はっ!?よ、よくないのニャ!」


「お、お二人ともどうかお静かに……」



 近くの席に座っているクリスが苦言を呈する。同じく近くにいるディルといえば、毛繕いをしているアインと、されているカティマの姿を見て、微妙な笑みを浮かべることしかできなかった。



「でもさ、貴族車両のサービスで貰った魚のおやつ。美味しそうに食べてたじゃん」


「あん?アレはおやつだからいいのニャ」


「なるほど。まるで動じない……」



 ちなみにカティというのは偽名。カティマから"マ"を抜いただけの簡単な名前だが、まぁしないよりはましだろう。



 そんなこんなで、アイン達が向かうパーティメンバーは4人になった。アインをはじめに、クリスとディルの二人の護衛に、ペット枠として便乗して来たカティマ。彼女は研究者としてこの機会を無視できなかった。



「それにしてもこの魔道具便利だよね」


「アイン様。マジョリカさんほどの職人はそういませんからね?あの人はなんだかんだイシュタリカでも、有数の実力者ですから……」


「あ、あんななり・・でも……?」


「あんななり・・でも。です」



 軽くため息をつきながら肯定する。クリスとしても、あのファッションセンスは理解できないのだから。二人の会話を聞いていたカティマが、その話題に混ざり始める。



「結局どんな効果なのニャ?詳しくは聞いてないのニャ」


「えっと。クリスさん?」


「はい。聞いた話では、意識を"軽く"誤認識させるものらしいです。そのため魔物や魔法に長けた者には通用しないとのことえす」


「ニャ?魔法都市に行くのに、魔法に長けた者に通用しないのニャ?」



 カティマが思った疑問はもっともだった、魔法都市にいくというのに、バレやすければ意味が一つも無い。



「マジョリカさんの中での、長けた者という評価ですから、恐らくほぼ問題ないと思います。あの人の仕事ですからね」


「……そう言われてみればたしかに。納得だニャ」



 カティマの中でも、マジョリカの評価は高い。マジョリカが作った魔道具は、城内でも多く利用されており、カティマの研究室にすら多く配置されている。それを考えれば、中途半端な仕事をする人物とは思えない。



「ところでアイン様。カティマ様は本当に許可されたのですか……?父上に聞いたところでは、難しいと私は耳にしていたのですが」



 ディルは、ここまで来てもまだカティマの件が心配だった。まさか実は隠れて……なんてことはないのだろうか?と。海龍事件の際は、アインと共に『暴走』というに近いことをしてしまったディルだが、冷静にそのことを考えていた。



「大丈夫だよディル。ただその代わりに、カティマさんは貰う予定だった褒美をこれに費やしたけどね」


「ほ、褒美ですか……?」


「そうなのニャ。アインが寝てる間に作り上げた魔王の本!あれの褒美をお父様から受け取る予定だったのニャ。それを今回の魔法都市への件にあてるニャ!ってなんとか認めさせたのニャ。褒美を保留にしておいて、正解だったのニャ」



 なるほど、と頷いたディル。

 カティマはシルヴァードから褒美をもらう予定だったのだ、今回の件はカティマの貢献が非常に大きく、予定ではカティマは、新たな研究用魔道具の購入に充てるつもりだった。



 だが降ってわいた今回の件。

 立場から言うと、そう王都を易々と離れるわけにもいかないカティマ。彼女が簡単に行けるとなると、港町マグナが限度とされていた。……実はカティマも、魔法都市に足を運ぶのは今回で2度目であり、何度も出向いたことがあるわけではない。

 だからこそ尚更、彼女の欲求へとストレートにぶつかったのだ。



 カティマは有名な研究者だ。例えば、ホワイトキングのような国家プロジェクトだろうとも参加し、チームリーダーを務めることだってできるであろう人材。それがカティマ・フォン・イシュタリカ。

 そんな彼女だからこそ、魔法都市のような新たな技術の集まる都市は、何としてでも足を運びたい場所だ。



 話は戻るが、カティマの打ち立てた功績は決して小さなものではない。

 半年という短い期間で、持てる全ての伝手や知識を使い、寝る間も惜しんで研究した成果だった。

 あれほどまでの功績を打ち立ててしまっては、シルヴァードもこの魔法都市への同行を認めざるを得なかった。



「楽しみだニャー」



 何時もと違う、どこかペットに着せるようなファッションのカティマを連れて、アイン達は魔法都市への道のりを進み続ける。先はまだ長い、何せ半日はかかる道のりだ。



 イシュタリカを夕方に出発したので、魔法都市イストに到着する時刻は朝の7時近く。もちろん車内で睡眠をとることになる、この貴族車両はおよそ6つほどの部屋がある。今彼らが座っているラウンジなどを含む部屋数となるが、そのため個人部屋で一人ずつ休むことができるのため、気が楽だった。




 *




 重要な任務が含まれた旅の最中だったが、アイン達の乗る車両は和やかな空気に包まれていた。

 カティマがいることで、むしろ皆がリラックスできる空気になり、気を詰め込みすぎることなくいられたのは、彼女に感謝したい。



 ふと、アインは目を覚ました。喉が渇いたようで、寝苦しさを感じていた。

 チラッとベッドの横に置かれた時計に目をやると、時刻は深夜2時を回ったところ。ベッドに入ってから、3時間ちょっとの時間が経過したことになる。



「ふわぁ……ぁ。ラウンジ行くか」



 ラウンジにある飲み物を飲みに、アインは体を起こして向かった。サービスとして、多くの飲み物や軽食まで用意されている貴族車両。なかなか高価な値段がする車両なだけあって、サービスも満点だった。



 扉を開けて、アイン達が乗った車両の通路に出る。貴族車両は出入り口が車両ごとに設置されており、車両間の移動は通常できない。窓から外を見ると、暗い景色ながらもチラチラと灯りが見えた。



 今走っているのは農業地帯のようで、灯りは農家の人間が起きているからだろう。広大な敷地に広がる農作物を見ていると、イシュタリカの国力の一端を窺えた。



 少しの間景色を楽しんんだアインは、自分の喉が渇いていたことを思い出してラウンジへと向かう。



「……あれ?アイン様。どうなさいましたか?」



 いつもの勤務中の彼女とは違い、堅さの取れた柔らかい微笑みに迎えられたアイン。大きな灯りをつけることなく、外から漏れてくる明るさと、小さな間接照明に照らされていたクリスの姿は、彼女の美しい容姿と相まって、どこか幻想的に感じた。



「ちょっと喉が渇いたんだ。クリスさんは?」



 クリスは小さなバースペースに腰かけていた。

 いつものように鎧姿ではなく、ノースリーブのセーターに、タイトなパンツ姿のクリス。彼女のスタイルの良さが、そのファッションの良さを引き出し、美しい金髪がアクセントとなっている。



 あまり見ることのないクリスの私服姿に、アインはいつもより数呼吸分、クリスを見続けていた。



「実は私もなんです。もしよければご一緒しませんか?」



 私服姿のクリスは、やはりいつもと違う。微笑み一つ取ってもいつもと違った魅力に満ちていて、手に持つグラスを見ても、その指の動きになにか色気を感じる。テーブルの下で組まれた長く細い脚すらも、今の彼女の魅力を引き立てている。



 騎士姿のクリスに魅力がないということは決してない。だがこのクリスこそが、本来の彼女の魅力なのかもしれない。そう考えるのはおかしなことじゃない。



「それじゃ隣いいかな」


「えぇ勿論です。お飲み物を用意しますね」



 アインがクリスの隣に腰かけると、入れ違いに立ちあがり、アインの飲み物を用意しにいくクリス。

 ちなみにクリスが飲んでいたのはホットワイン、温かいワインだった。彼女も寝付けなかったのだろうか?ついそんなことを考えてしまう。



「アイン様は何をお飲みになりますか?」


「うーん。俺は紅茶がいいな。たしか冷えた紅茶があったよね?」


「えぇございます。少々お待ちくださいね」



 このような少しお洒落なバーで、隣には金髪の美しい女性が座るというのに、男が頼むのは紅茶。頭の中でそれを思えば、あまり格好がつかないなと思った。だが仕方ない、まだ酒が飲める歳ではないし、今は我慢するしかないのだ。

 黙って雰囲気を楽しもう。そして普段なかなか見ることができないクリスと共に、少しの間会話を楽しもう。それが一番いい。



「お待たせいたしました、はいどうぞ」


「あ、あぁありがと」



 彼女が横から現れ、アインの手前に飲み物を置いていく。クリスの首元からふわっと香った、彼女の甘い香りが少しだけ憎らしい。

 だがそんなアインの考えなんて一切分からないクリス、静かにアインの横に座りなおす。



「……こうしてアイン様とゆっくり話す機会って、実は初めてなんじゃないかなって、そう思ってます」



 ホットワインが入ったグラスを手に取り、それを見ながらアインへと語り掛けるクリス。横目で彼女の顔を見てみれば、ホットワインに含まれるアルコールのせいなのか、いつもより少し頬が赤いように感じる。頬紅をつけたように見えて、悪くない。



「そういえばそうだね。二人で行動する機会は多かったけど、こうしてゆっくりしながら……ってのは初めてだと思う」



 魔道具による灯りが、アイン達のいる空間を包み込む。決して本当の炎を使って明るくしているわけではないが、わざわざ揺らめく炎を再現しているその灯りは、落ち着いた空間を作り出すのに一役買っていた。



「何年も経っちゃいましたね。……アイン様、そしてオリビア様をお迎えに行ってから」


「懐かしいよ。最初はクリスさんを見て、つい警戒しちゃったのとか」


「ふふ……そうでしたね。実はですねアイン様、アイン様がオリビア様を守るように立った話は、近衛騎士団の間で評判の逸話なんですよ」


「っな、なにそれ……」



 クリスがプリンセスオリビアに乗り、港町ラウンドハートに行ったとき、数人の近衛騎士達を引き連れてその場に到着した。彼らが発していた空気は、決して一人の子供に耐えられるような代物ではなかったというのに、アインは怯むことなくオリビアを守るように、彼女の前に立ちふさがった。



「正直、近衛騎士達もアイン様がどのような子なのか、図り兼ねていたのですよ。オリビア様がたまに近況報告を、イシュタリカへと送っていたとはいえ、やはり実際に会ってみなければわかりませんからね」


「まぁそうだけど……そ、それで?」


「アイン様のその行いは、イシュタリカに着いた初日から近衛騎士全体に広がり、評判となったということです」


「ちょっと恥ずかしいけど……」



 恥ずかしそうにしているアインを見て、くすくすと笑うクリス。アインとクリスは、そのまま昔の思い出に浸っていた。



 ——さて。話をするうちに、二人の飲み物も徐々に無くなってきた。ついに底が見える程になってきて、そろそろこの会話も終わりが近づいてきたのを感じる。



「……ねぇ、アイン様」


「ん?なに?」



 少しだけ言いづらそうに言葉をつづけたクリス。雰囲気的にも、そろそろ最後の話題となりそうだ。



「将来……ク、クローネ様と結婚なさるのでしょうか?」


「……えっ!?」



 予想していなかったクリスの言葉に、驚いた様子を見せるだけで答えられなかったアイン。どうしてクローネが出てきたのか?そしてなんで自分の将来のことを聞いてきたのか。クリスが何を考えているのか分からない。



「ご、ごめんなさい私ったらっ……」



 顔を赤くして取り繕うクリス、手を大きく振り、『違うんですっ!』とアピールしてくる。



「なんでもないですごめんなさいっ……って、もうこんな時間!アイン様も早くお休みなさった方がいいですよ!では私はこれで……!」


「ちょ、ちょっとクリスさんっ!」


「おやすみなさいアイン様!朝になったらお迎えに上がりますね!」



 慌てた様子のクリスが、アインの言葉を待たずにそそくさとその場を後にした。帰り際に、自分が使ったグラスを戻していった辺り、彼女の几帳面な性格が窺える。



「……一体なんなんだよ、急に」



 残されたアインは、ただ茫然とクリスが去っていった方向を見つめていた。数十秒ほどしてから、残っていた紅茶を飲み干し、コップを戻してからアインも自室へと戻っていった。



 クリスは自室に戻ってからというもの、間違ってもアインが来て、ドアを開けることが無いようにと。ドアに背中をよりかけながら、少し落ち着きを失ってしまった呼吸を整えていた。



「はぁっ……はぁっ……も、もう。私……何言ってるんだろ」



 何故だろうか自分でも分からない。

 だがふと思ったのだ。クローネと一緒になったアインは、今まで通り自分と二人で行動することがあるのだろうかと。もし無くなってしまうのならば、そう思ってしまうと……なぜか寂しさがこみあげてきた。




 *




 外が明るくなってきたころ、クリスが何事もなかったかのようにアインを迎えに来た。

 騎士姿となり、いつもの様に振舞っているクリスを見ると、なんとなく昨晩のことを聞きづらいアイン。



 それからは特に何事もなく、ラウンジに4人が集まり朝食を食べ、無事に魔法都市イストへと列車が到着した。



 外に出て驚いたのは、駅の設備。アイン達は貴族車両を使うための切符を持っていたが、王都の駅ではそれを通す魔道具が存在している。

 同じく改札のような魔道具を通過し、駅から外に出ると思っていたアインだが、その考えは一瞬で破り捨てた。



「……あんなものまであるとは思わなかった」


「もうすぐホワイトローズにも実装予定の魔道具ニャ。便利ニャろ?」


「魔法都市のすごさを実感した」



 改札が見当たらなかったのだ。ただ地面に太い黒線が引かれたエリアがあり、そこを通過すると切符が使用済みの印字がされた。

 結果的に、ただ歩くだけで外に出たということだ。



 外に出てからは、更に驚くことばかりだった。純粋に、王都とはまた別の街並みに、アインは目を奪われる。



 町の至る所には流線型の動いているオブジェ。都市のど真ん中には、大きな時計台が設置されている。都市の雰囲気を色で表現するならば、空は青。街並みの色合いは青と紫の中間色が多く使われている。王都に負けず、賑わっている都市だ。



 角ばっていない、流線型の列車が至る所を走っている。あれはここ魔法都市独自の水列車なのだろう。ただその仕組み自体は、もしかすると水列車と同じではないかもしれないが。



「さてアイン様。イストで気になるところは多くあるかもしれませんが、滞在日数は多くございます。まずは宿の手配から始めましょうか」


「あぁそうだった。それじゃ宿から探さないとね」



 アイン達がここ魔法都市イストに滞在する予定の日数は、およそ二週間を予定している。その間、4人で行動するとになるが、まずは初めに宿の用意をしなければいけない。それを忘れると、町中で野宿するという王太子として許されないことになるので、第一目標として重要だ。



 アインはクリスが言うことに同意し、まずはそこから始めることにする。



「アイン様。私は父上と4回ほどここに来たことがあります。そのため、貴族向けの部屋も用意されている宿を知ってますので、よろしければご案内致しますが……」


「アイン!ディルの言う通りにしておくのニャ!早く町に出たいのニャ!」


「はいはい……それじゃディル。案内を頼んでもいいかな?」


「承知いたしました。ではこちらへどうぞ」



 ディルはこの都市に少し詳しいようで、宿の案内はディルに任せることにした。

 クリスもここ魔法都市イストへと来たことはあったが、そう言ったことに関してはあまり詳しくなかったので、ディルが宿を知っていたのは丁度いい。



 3人はディルについていき、宿へと向かった。




 *



 ディルのおかげで、宿をあっさりと手配できたことで。その後の予定を前倒しで行い始めたアイン一行。

 次に目指した場所は、マジョリカの紹介状に書かれた、ある研究所だ。学園に付設されているとのことで、入り口はその学園を通ることになる。学園の名前は『イスト大魔学付属学園』そして研究所の名前は『イスト大魔学』。勘違いしていたが、どうやら研究所の付属として作られたのがその学園だったらしい。



 行き先がここだというと、カティマは今日一番の興奮した様子を見せた。なにやらこの研究所は、イストでもトップクラスの優秀な人材が集まる場所だという。



「すまない。研究所に用があるのだが」



 守衛へとクリスが話しかけ、指示を仰ぎ始める。



「ん……?冒険者か?珍しいな、紹介状はあるのか?」


「あぁ持っている。構わないか?」


「入って真っすぐの道を進んでくれ。すると大きな建物が見えてくるから、それが研究所だ。入り口近くに別の門番が居るから、彼に紹介状を手渡してくれればいい」


「了解した。感謝する」



 話はスムーズに進み、アイン達は学園の敷地に入ることができた。守衛が言う通り、少し歩くと大きな建物が見えてきた。学園に囲まれるように立つその建物は、まるで小さな城かと思うような、美しい作りをしている。



 4人が近づいてきたのを察知して、二人の門番が近づいてきた。



「……何かご用件が?冒険者の方々」



 クリスもディルも、イシュタリカの騎士団が使う鎧を纏っていない。自前の装備をつけており、その姿は冒険者に見える。マジョリカが作った魔道具も十分に効果を発揮しているようで、王太子がここにいるとはバレていないようだ。



「紹介状がある。これを手渡せと言われたのだが」



そしてクリスは、マジョリカが作ってくれた紹介状を手渡した。

冒険者と言うことで、なにか警戒しているのだろうか?あまり態度が優しくない様に感じる。



「……中身を改めさせてもらおう。申し訳ないな、冒険者はよく偽物を持ってくるのだ。気を悪くしないで頂きたい」



 手癖や悪いことを考える冒険者はどこにでもいるもんだ。それはここイストにも度々やってきており、偽装した紹介状を持って研究所に入り込もうとした例が多々あった。貴重品が多くある研究所は金になる。



「おい。急いで主任教授をお呼びしろ」


「っえ……?しゅ、主任をですか?」


「いいから早くお呼びしないか!」



 一人の門番は、後輩か新人なのだろう。クリスに話しかけてきた門番が指示を出し、主任教授を呼びに行かせた。



「(主任教授って……かなり偉い人なんじゃ。どうしてそんな人が……?)」



 アインが不思議に思うのは無理もない。カティマが口にする程権威のある研究所なのだ。そこの主任がでてくるまでのこととは思わなかった。



「失礼したお客人方、もう少々お待ちいただきたい……っ!」


「あぁ。構わないよ」



 先程とは全く違った態度になった門番に、アインは構わないと返事をする。



 それから少し待つと、研究所から門番と一人の初老の男性が駆け足で向かってきた。

 随分と慌てた様子で、遠目に見ても、彼が大急ぎで向かってきたのが一目で理解できてしまった。



「はっ……はっ……はぁっ……も、申し訳ない!お待たせしましたっ。ええと……あなた方が……?」


「急に申し訳ないです。ちょっと調べたいことがあって尋ねさせてもらいました」



 慌ただしい様子で現れた主任教授と思われる男を、アインは労う。



「申し訳ないなどと……とんでもない。あなた方のようなお客人は、我々としても大切なお客人なのですから……!」



 その言葉を聞いて、アインはなぜ重要なのだ?そればかりが頭の中に浮かんでいた。だがその答えはすぐにやってくる、アインの今までの人生で、トップ5に入るであろう衝撃の言葉が伝えられた。



「……いやはや、まさか『マジョリカ名誉教授』のご紹介とは。紹介状も読ませて頂きました。我々でお力になれることがあれば、是非協力させて頂きたい」





 ——名誉教授、だと……?あの変態が……カティマさんも認める屈指の研究所の名誉教授……!?


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