魔石の古い記憶[1]

「……」



 暗く湿った洞窟の中、どうして生まれたのか、なぜ生まれたのか。

 彼は考えても考えても理由がわからなかった。

 自我と思われるものが目覚めてから数時間、彼がしたことと言えば自分の体を確認することだけ。

 それ以外はただ岩に体を預けて頂けていただけだ。



「ア、ア……」



 声を発する、彼にとっての遅い遅い産声だ。でもひどく体が重い、お腹が減った、助けて欲しい、怖い。そんな思いだけが頭の中を駆け巡る。



「……あら可愛い子。君は一人かな?」


「……?」


「あらら、まだ言葉もわからないか。初めまして、小さなスケルトン君?」



 自分の事すらわからなかったものの、一人じゃなくなったことがなんとなく嬉しく感じた。

 彼の前に姿を現した女性。大きな杖を手に持ち、黒いローブを身に纏っていた。

 彼女はおもむろに懐に手を入れ、いくつかの石を取り出す。



「ア……ッ?」


「さぁ召し上がれ。お腹空いたでしょ?」



 本能で察することができた。体は重かったが、お腹は空いていた。残った体力を振り絞って、彼女が取り出した石にかぶりつく。



「やっぱりお腹空いてたのね。ほらまだたくさんあるわ、全部食べていいのよ」



 一心不乱に石にかぶりついた。味は感じない、食べた石はポロポロと骨の間をすり抜けて落ちていく。だがそれでも噛み締める度、言葉にできぬ充実感が得られた。



「アッ!ア……!」


「そう、お腹いっぱいかしら?よかったわね」



 言葉を発することはできないものの、喜びをなんとなく表現することはできた。

 先程まで感じていた体の重さがない。それどころかすごく体が軽く感じる。



「奴隷の子かしら。小さな子がこんなところに一人でいるわけがないもの。昨夜の地震で洞窟が崩れたから、置いていかれて魔物になっちゃったのね」



 女性が何か口にしているが、その内容を彼は理解できなかった。唯一彼が分かっていたのは、彼女が自分のことを助けてくれたと言うことだけ。



「可哀そうに。一人ぼっちにされちゃったのね」



 彼女はそう口にして彼を抱きしめる。カランカランと骨がぶつかり合う音が洞窟に響いた。

 されていることの意味は分からないものの、彼はなんとなく嬉しさを感じた。何ともいえない不思議な感情が巡り始める。



「さぁいらっしゃい。一緒に行きましょう?場所は決まってないけれど……でも一人でいるよりはきっと寂しくないから」



 そして黒いローブの彼女についていく。

 カランカランと骨の音を響かせながら、小さなスケルトンは彼女の後ろを歩きだした。




 *




 洞窟を出て、長い距離を歩いた。

 何日もかけて山を越え、何日もかけて川を渡り、そして何日もかけて大きな森にたどり着いた。



「お腹。いっぱい」


「えぇしっかり食べたわね?それじゃ今日は休みましょうか」



 木々がなく少し開けた平らな場所に着いた二人は、腰を下ろして食事をしていた。

 小さなスケルトンの彼は、彼女から貰った石にかぶりつく。黒いローブの彼女も、手に持った大きな杖を傍の木に立てかけ、保存食を口にして空腹を満たしていた。



 彼女から渡される石を食べる度、体が強くそして少しずつ大きくなるのを感じた。

 今では彼女が口にする言葉も少しずつ理解でき、自分もその言葉を口にすることが出来て来た。



「明日はまたたくさん歩きますよ?ちゃんと休んで明日に備えてね」



 スケルトンであっても、休むことにより体力を回復することができる。

 小さなスケルトンだった彼は体力が少ない。だからこそ毎夜の休みは大事なことだった。



「あい……!」



 たどたどしくも返事をし、彼は横になった。明日も彼女と無事に旅ができますようにと願って。

 彼は寝つきがとてもいい。数分もすれば寝付いているのが彼女としてもすぐに分かった。



「こんな短期間で立派に育って。いい子ね」



 彼の頭を撫でながら独り言を口にする、彼女が与えていたのは魔石だ。

 魔物たちが成長するための栄養はいくつかあるが、その中でも魔石は何よりも効果がある。

 アンデッドであった彼は肉などを口にしない為、基本的には魔石を食べることになる。



 彼女が渡したのは、一般的に見ればそれなりに貴重な魔石。とはいえ彼女にとっては手に入れるのに特別手間がかかるわけではなかった。

 長い年月を生きてきた彼女は家族が居たことがなく、そして何かを楽しみに生きていると言うことは無かった。



 そんな中出会った小さなスケルトン。助けた切っ掛けなんて些細な物だ、少しだけ可哀そうに思って魔石を与えたら一心不乱にかじりついた。そんな姿を見ていたら、なんとなく可愛く感じてしまい一緒に来るかと提案した。



 数日間だが、彼と旅をしていて楽しく感じる自分に驚いた。彼が食事をする姿を見ているのが、何よりも幸せに感じる。

 魔物とはいえ性別で言えば女性、だからこそ母性というものが自分にもあるのか?と自問自答してみるものの答えは見つからない。だが今が"良い時間"に感じているのは嘘ではない、だからそんなことは些細な問題に感じた。



「さぁ明日も歩き続けなきゃ。私ももう休みましょう」



 行く先は決まっていない旅。そのはずだったが小さなスケルトンを色々な場所に連れ行ってあげたいと思った彼女は、いくつかの自分の記憶にある場所を目指して旅を続ける。



「そういえば名前も考えてあげなきゃいけないわね。なんていう名前にしようかしら……」



 魔物が名を持つことには意味がある、進化の先が広がるのだ。

 名前があるだけで強くなるというわけではないが、将来性が広がるという意味では重要な事だった。



 彼女にとってとても大切な小さなスケルトン。せっかくだから何か名前を付けてあげようと決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る