スタンバイ・レディ
大陸の北端・エルドスムス帝国帝都グランタル。
エルドスムス城の通信室でもちょっとした騒ぎが起きていた。
通信兵は砂嵐のままのモニターを見ながら、申し訳なさそうに振り返った。
「やはり反応ありません。通信そのものが遮断されているようです」
兵士の視線の先には、機械だらけでむさくるしい部屋に相応しくない少女が立っていた。
エレーナ姫である。彼女の少し後ろには、凛々しい美貌とツインテールがどうにもミスマッチな侍女・ソーニャが控えていた。
「困りましたわ。すぐにでもディアナに連絡を取りたいのに」
「伝令を出しましょうか?」
エレーナ姫は眉をひそめて考えていたが、すぐに決断した。
「そうしましょう。通信の回復を待っているだけでは埒があきません。お願いできますか?」
清らかで愛らしいエレーナに小首を傾げてお願いごとをされた日には、逆らえる者は皆無だ。通信兵は立ち上がり、びしっと敬礼した。
「は、はいっ! お任せください。すぐに手配して参ります!」
言うなり、通信室を飛び出していった。
エレーナは、彼女にしては珍しく難しい顔をして砂嵐画面のモニターを見つめている。
「いかがなさいました?」
ソーニャが優しく囁きかけた。エレーナはソーニャの心遣いに笑顔で答えたものの、浮かない表情のままだ。
「皇帝陛下のこの度の行動、しかと図りかねますが、理由あってのことでございましょう」
「ええ……」
今朝早く、グレゴリアは“急な公務”として飛行艇で城を出立したのだった。
公務予定に入っていなかったため不思議に思ったエレーナは内容を確認したところ、誰ひとり具体的な内容を知らされていないという有様だ。連絡を取ろうにも飛行艇は通信を一切遮断していた。
レーダーによると飛行艇の現在位置は南の方角、フィンゲヘナとエルドスムスの国境付近。
(――例の誘拐失踪事件か、リグラーナお姉さまのことに違いない)
ふと、エレーナは尋ねてみる気になった。
「あのう……」
「はいっ」
傍らにいる通信兵3人が一斉に答えた。
「どなたでも結構なのですが、最近、お兄さまが直接誰かと通信をしたということはありましたか?」
通信兵たちは首を傾げている。だが、ソーニャの目が鋭く光った。
「そこの」
一番端っこにいた通信兵に指を突きつける。
「は、はい」
「貴様だけ反応に一瞬迷いがあった。何か隠してないか?」
「いえ……」
ソーニャの目が細くなった。
「第二皇位継承者のエレーナ姫様のお尋ねであるぞ」
通信兵は額に汗を浮かべていたが、やがて顔を上げた。
「も、申し上げることはできません。コード666機密指示事項です!」
コード666は命令を発した皇帝しか閲覧を許さない情報だった。
その答えだけで、エレーナはある程度満足した。つまりグレゴリアは誰かと話をし、そして昨日あたりに決定的な何かがあって出立したのだ。
「ありがとうございます!」
「申し訳、ありません……」
通信兵はうなだれた。が、エレーナは微笑みながら首を振る。
「よいのですよ、あなたは任務を全うしただけなのですから。では、皆さん。セイントとの通信が復帰しましたら直ちに知らせてくださいね」
エレーナはしとやかに一礼をすると、ソーニャを伴って通信室を出た。
廊下に出て、エレーナは足早に歩きながらソーニャに尋ねた。
「ソーニャ、ニア村の最寄りの駐屯地と所属師団を知っていますか?」
「師団が駐留しているのはナーダの関所です。幸い、女性騎士団の頃の部下が配属されています」
「その方は秘密は守れますか」
「無論ですとも」
「では、通信文は私が書きます。このことを早くセイントにお伝えしなくては。あちらにも何か伝わってるかもしれませんが……ああ、もどかしいわ。今必要なのは情報の共有ですのに、一方的に伝えることしかできないなんて!」
きらっ、とソーニャの目が光った。
「公式の伝令ルートをお使いにならないということは、秘密漏洩を恐れておいでなのですか」
「私、城内に秘密を漏らしている者がいるとは思えませんの。多分、問題は……お兄さまがコード666指定をなさっている通信のほうですわ。念のための用心です」
あ、とエレーナは立ち止まった。
「どうなさいました?」
「話は変わりますけど、あなたの恋人の騎士団長の方が……」
「恋人ではありません。友人です」
ソーニャは即座に否定した。
「そのご友人の方が2ヶ月前に謹慎されていたのは知っていますか」
「……そう、なのですか?」
エレーナの意図が読めず、曖昧な笑みを浮かべるソーニャ。
「そうなのですよ。何か聞いていませんか」
「いえ、別に……彼とは久しく会っておりませんので」
嘘ではない。が、ソーニャはその“ご友人”である第三騎士団長のオーリエが『何かしら女性に関する不名誉なことで』謹慎をくらっている、というのは知っていた。
聞いたときは呆れたが、逆にオーリエらしいと思った。実直な性格だが、オーリエという男は煮え切らないところがあり、不器用だ。相手に押されて不名誉な状況になることもありえない話ではなかった。相手は身分の高い既婚女性だから問題が大きくなった、という話だった。
内心驚いているソーニャに構わず、エレーナは話を続けた。
「その方はね、ある日、お兄さまに召集されて長くお話をしておいででした。その後、すぐに謹慎命令が下ったのです。だから、もしかすると今回の誘拐失踪事件の調査に関わっているのかもしれませんね」
「そうなのですか!?」
エレーナはころころと笑った。
「あくまでも想像ですわ。でもお兄さまの密談はとても分かりやすいですから。大体男性二人が花を見ながらのんびり散歩している絵なんておかしくありませんか?」
「ああ、それで……」
ソーニャは数ヶ月前、エレーナの扮装に目を丸くしたことがあった。
ちょっと目を離した隙にエレーナの姿が見えない。ソーニャはじめ一同が青ざめて探していると、エレーナは庭の手入れをする小姓の格好をしてにこやかに現れたのだった。
「そのようなことは私共がやりましたのに。エレーナ姫様は時々思い切りがよすぎます」
苦言めいたことをソーニャが言うと、エレーナは素直に謝った。
「ごめんなさいね。でも、ソーニャが知っている方だったからこそ、やりにくいだろうと思ったのですよ」
ころころと姫は笑った。ソーニャは頭を下げたが、背中に少しひやりとするものを感じていた。
その“ご友人”というと――
オーリエがセイントを出立したのは2日前。なのに未だにニアネードの森の中にいる。
湿った土を踏みしめ、芳しい森の香りを嗅ぎながらも、普段は温厚な青年の顔は、怒りに満ちていた。片手にはグングニルの大槍。もう一方には太いロープ。
「おら、ちゃっちゃと歩け! 手ぇかけさせるんじゃねえ!」
言葉遣いもいささか乱暴になっている。
彼がロープをひっぱると、簀巻きにされた青年がよろめいた。ひょろんとした、気障ったらしい男――その名もバイアス。
「腹が減ってるんだ……もう歩けん」
オーリエはバイアスの胸ぐらをぐい、と掴んで顔を寄せた。
「お・ま・え・が! 脱走するからこんなことになったんだろうが! 森の中の鬼ごっこはこっちだって疲れたわ!」
オーリエの顔がよほど怖かったのだろう。バイアスは半泣きになりながら訴えた。
「ごっ誤解だっ! 私は命令を受けて、単独行動を……」
「ああ? どんな電波受信したんだ、この馬鹿者が。真偽がはっきりしない情報に踊らされてブリガドゥーンを襲い、挙げ句の果てにはソルビースト小隊を失い……」
オーリエの声がそこで一段、低くなった。
「後からブリガドゥーンに入った俺の部下たちからの連絡もぱったり途絶えている」
「それはっ……あの乱暴者の聖剣の主が……」
オーリエの腕がバイアスを持ち上げた。
「まだそんなこと言ってるのか! お前は釣られたんだ、カレン殿が言ったように、甘言を丸飲みし、いいように踊らされ……ちょっと待て。お前、さっき変なこと言ったな」
「ぐ、ぐるじぃ……」
「もう一度言ってみろ。命令を受けて単独行動だと? くだらない言い訳か?」
「ちが、ちが……」
がっくんがっくん揺らされて、バイアスは舌を噛みそうになりながら必死で答えた。そうでないとオーリエはしまいにバイアスを放りだしかねない勢いだったのだ。
「命令を受けたんだよ――皇帝陛下から!」
「馬鹿いえ!」
「本当だってばーっ! 信じてくれーっ!」
何事か思い当たったように、オーリエは唐突にバイアスから手を離す。勢いよく落とされたバイアスは地面に倒れ、目をまわしていた。
「この馬鹿が逃げたことで帝都への輸送が遅れた……だが、情報だけは先に伝えてもらっているから……しかし……」
混乱する頭を整理するように、オーリエは空を見上げる。
鬱蒼としげったニアネードの木々の間から、木漏れ日が、そして小さく青い空が見えた。
「――ニア村に、いや、セイントに急いで戻るぞ! 陛下に直接確認したいことがある!」
オーリエはロープの端を掴むと、そのまま猛烈な勢いで駆けだした。
「ひいやぁぁぁあぁ!」
簀巻きのまま、哀れバイアスはニアネードの大地を引きずられていった。
■□■
エレベーターが静かに止まる。ガラスの筒が溶けるように口を開けた。
先ほどと同じような回廊が伸びている。
モンスターコンバータはない。だがその代わり、回廊の左右に、黒いフードコート姿の者たちが一列に、黙して立っている。
いずれも年の若い少年少女ばかりだ。一様に生気がなく、青白い顔をしていた。
「なんなの……この人たちぃ。人間っぽいのもいるし、魔属っぽいのもいるし……全然動かないし」
リリが怯えたようにイヨの腕に縋りついた。
「リリちゃん、イヨ君。覚悟して……酷い戦いになるわ」
カレンは小さく呟いた。
『聖剣の主』
掠れた声が回路に響き渡った。
回廊の中心に、ふわっとネルの姿が浮かび上がる。背景が少し透けているので、そこに実体がないことが見てとれた。
『我々、ブリガドゥーンの民は、歓迎する――』
黒衣の少年少女は一斉に顔をあげた。機械的にカレンたちの方を見る。といってもカレンたちを見ているわけではないことは、茫洋とした眼差しで分かった。
『その子たちが、欲しいもの、あげてちょうだい』
楽しげな微笑を残し、ネルの姿は掻き消えた。
同時に、わっと黒衣の少年少女は雪崩を打って、カレンたちに押し寄せてくる。
叫ぶでもない。喚くでもない。
何か囁いている。
助けて。苦しい。助けてタスケテタスケテタスケテ――
その声を聞いたとき、恐怖より怒りが、カレンの中で上回った。
(――許さない、ネル。あなたを許さない!)
「ヘルブラスト!」
猛烈な竜巻がカレンの前に生じ、襲いかかる少年少女たちを薙ぎ払った。
「リリちゃん、イヨ君、一気に駆け抜けるわよ!」
言いながら、カレンは真っ直ぐ前に向かってノヴァを放った。
「うん! リリちゃん、行こう!」
「わ、わかってるわよっ……えいっ、ダークアロー!」
崩れ駆けた人垣の中にカレンたちは踏み込んだ。
迫り来る手を、アイススパイクを唱えてはじき飛ばし、前へ進む。
触れる者を燃やし尽くすインフェルノを使わないのは、カレンの良心だった。
ただ、ひたすら、前へ。
くじけそうになる心を、トウマの面影を重ねて励ましながら。
回廊の突き当たりにある扉に、カレンは怒りをこめてアバロンノヴァを叩きつけた。
扉は無傷のままで、音もなく開いていく。
カレンたちは部屋に飛び込んだ。
広い、がらんとした暗い室内だ。天井もかなり高そうだ。
静かに、背後で扉が閉じた。そのことにカレンは安堵を覚えた。立ちふさがる敵とはいえ、やはりブリガドゥーンの民と言われては戦いづらい。
恐らく、彼らには何の意図も意志もないだろうから。
これは奇怪で醜悪な
(――真ん中に、何かある)
カレンが目を細めたとき、明かりが差した。天井全体がほのかに光り出したのだ。
床に人間が横たわっているのが見えた。
息が詰まる。カレンは喉を押さえた。
「……トウマ……!」
両手両足を投げ出し、固く目を閉じているトウマを見て、涙が目尻に溜まった。
罠とわかっていても、体が動き、そちらに向かって駆けだしていた。
(――トウマ、トウマ、トウマ!)
「カレン、あぶないわよっ」
「あわわ……」
リリが後を追い、仕方なくイヨも追いかけた。
『そこで止まって』
トウマのすぐ傍にネルが出現した。手には剣を持っている。その剣先はトウマの胸の上に掲げられていた。
ぴたり、と足を止めるカレン。
「できるのかしら、ネル。あなたにそんなことが。欲しいんでしょ、トウマが」
にぃ、とネルは笑った。
『殺すつもりは、ない』
ネルは剣を動かすと、トウマの腕の上に持ってきた。
『腕や足がなくても、トウマだもの。私は、それでも、構わない』
(やりかねない、この子)
カレンは目を瞑った。
「カ、カレン……」
おずおずと尋ねるリリ。カレンは深呼吸をして、肩を落とした。
「ごめんなさい――この状況で、私、戦えない」
『その魔導書。聖剣でしょ。床に、置いて。後ろの二人も、魔導具を置いて』
リリは箒を、イヨは杖を床に置いた。
『頭の帽子の、それも』
ひ、とリリは帽子を押さえた。
「こ、これはただのアクセサリーよっ!」
『それは、不死鳥の雛鳥。置いて』
リリは渋々、帽子ごとヒヨコを床に置いた。ヒヨコはこんな騒ぎの中でも熟睡しているようだ。
「もう、呑気なんだから!」
文句を言いながらも、リリは心配そうにヒヨコの頭を軽く撫でた。
『そこの二人は、魔属ね。魔法の不意打ちなんて、考えないほうが、利口』
ネルは再びトウマの胸の上に剣を持ってきた。
ぐっ、と言葉に詰まるリリとイヨ。
『ここに、来て。逢わせて、あげる』
カレンははやる気持ちをおさえ、ゆっくりとトウマとネルのいる場所へ近付いていく。
(トウマの無事を確認してから……)
反撃を考えていた。
カレンが近付くごとにネルはゆっくりと後ろへ下がる。
コツ、コツ。カツン、カツン。
カレンの靴音とネルの靴音が重なる。
横たわっているトウマまであと5メートルほどのところで、カレンは気が付いた。
ネルの足音が、背後から聞こえていることに。
「……後ろ!」
カレンは振り返った。ネルが笑っている。
二人の間に銀白の繊細な、だが強靭な金属の網が出現し、立ちふさがった。網は床から天井まで覆い尽くしている。
「トウマが消えちゃった!?」
リリが床をぱんぱん叩いている。カレンは網ごしにネルを睨んだ。
「精巧な映像ね。すっかり騙されたわ」
先ほど回廊で見たネルは映像とすぐ分かった。あれも先入観を植えつけるための罠だったのだ。
「罠と、わかっていても、行かざるをえない。それが、最大の“弱点”」
ひっそりとネルが呟いた。
(悔しい)
カレンは唇を噛んだ。
罠におめおめと飛び込んだことが、ではない。人を想う気持ちを逆手に取り、嘲るような言動が気に入らないのだった。
「こんな鳥籠に閉じ込めて、なぶり殺すつもりかしら?」
『無益な殺生は、しない……聖剣の主は必要。活きのいい贄も』
(――贄?)
嫌な響きだった。
「トウマは無事なんでしょうね」
「さっき、見たとおり。よく眠ってる」
「何をしたの!?」
ふふふ、と含み笑いをしてネルは答えない。カレンはますます苛立ちを募らせた。
ネルは網から離れると、カレンたちが置いた魔導書や杖、箒をじっと見つめた。
何かを感じたのだろうか。リリの帽子の上でヒヨコが身じろぎをした。瞬きをし、きょろきょろと辺りを見渡している。
「だめ、だめよ、ヒヨコ! 大人しく寝たふりしてて!」
小さな声でリリが囁いた。
聞こえたわけでもないだろうが、ヒヨコはぴくんと頭を動かした。
そしてネルを見上げる。ネルはヒヨコを見下ろしている。
カッ!
小さなヒヨコの体がオレンジ色に変わりかけた――瞬間、ネルは呟いた。
「フリーズ」
巨大な氷柱が、ヒヨコを包み、瞬く間に封じ込めていく。
「ヒヨコーーーッ!」
リリが網に縋り付いて叫んだ。小さな肩をイヨが抱き締める。
氷柱の中でヒヨコはぴくりとも動かない。ネルに飛びかかろうとした格好のまま、氷づけにされてしまった。
「ああ、あああ……ヒヨコ、ヒヨコがあ……」
「リリちゃん、大丈夫だから! ヒヨコはあんなことで負けたりしないから……!」
一生懸命慰めながらも、イヨの視線は心配そうに氷柱を見つめていた。
ネルは自分の指を噛んだ。手を床に向けると血が滴り落ちていった。その血を指先で広げながら、何やら床に記述していく。
「魔法を維持する魔法陣だ……」
イヨの囁きに、カレンとリリは愕然とした。
つまり、あの魔法陣を消さないとヒヨコは氷づけのままということだ。
「ちょっとアンタ! やめてよ、ヒヨコを出し……むぐぅっ」
暴れるリリをイヨが背後から抱き留め、口を押さえて黙らせた。
くるり、とネルはカレンたちを振り返った。
「他人を心配してる、余裕は、なくなる。もうすぐ――忘れる」
「なんですって……?」
ネルは服の袖をまくり、手首を見る。大きな腕輪をはめていた。光が幾つも明滅している。その上に指を滑らせると、明滅が不規則になった。
天井の一角が口を開け、ぼとり、と何かが落ちてきて床にとぐろをまいた。
肉色のぬめぬめした液体を帯びた触手の一片だ。イヨとリリはカレンにしがみついた。
「なんか……あれ……見たことあるような」
「うん、あるような……」
触手はその場でうねうねと転がっているだけだ。長さはせいぜいカレンの腕ほどしかなかった。
(――いざとなれば踏みつぶしてやる!)
こう見えてもカレンは虫類が平気だ。発掘の旅で気持ちの悪い虫や、インセクト系のモンスターには慣れていた。
だが、ここはわざと怯えたふりをして、金網に縋りついた。
「き、気持ち悪い……何よ、これ!」
「見たとおり、ラ・フレシアの触手の、切れ端」
ラ・フレシアと聞いて内心カレンは眉をしかめた。中毒性のある粘液を出す食虫植物ではないか。できれば同居はごめんだった。
「――を改良したもの。もうすぐ、分裂を開始、する」
ぽつん、とネルは付け加えた。その間に、触手は動きを止め、丸くなった。
(――分裂を止めなくちゃ!)
カレンは思い切り触手を踏みつけた。踵でぐりぐりと押し潰すように。だが、触手は逆にカレンの足に絡みついてくる。
「いやっ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。
がくがく震えていたイヨとリリが、目をつぶりながらカレンに突進し、やみくもに触手をひっぱる。
「お、大きくなっちゃった!?」
触手は二倍の大きさに膨れ上がったかと思うと、ぶつんと二つに分裂した。元よりも少し長くなっている。カレンは一本を思い切り蹴って網の牢獄の隅へ追いやった。もう一本はリリとイヨが振り払って床をのたうちまわっている。
「すぐに、増える」
「ネル! あなた――何者? なぜこんなお城に住んでいるの? なぜ聖剣の主が必要なの?」
ネルは触手を見て、カレンを見た。
にぃ。
心から楽しそうに、そして凍てつくような笑みをネルは浮かべた。
「教えて、あげる。触手に、弄ばれ、痴態を晒しながら、聞くがいい――我が3000年の呪詛を」
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