掴んだもの
そう遠くないところで炸裂する魔術の光と爆音を捨ててはおけず、オーリエは駆けつけた。非常に重要な任務の最中なのだったが、追っ手のモンスターの中に翼の生えた者――恐らく魔属が混じっていたため尋常ではないと判断した。追っ手の後を追跡した結果、イヨを助けることになった。
魔力を使い果たしたイヨは、巨大な食肉植物のラ・フレシアの中に身を潜め、敵をやり過ごした。そこへ居合わせたオーリエが残りのモンスターと魔属を倒した後、ラ・フレシアの花の中心から出ていたイヨの魔法の糸に気づき、引き上げたのだった。
「やっぱり危ない目に遭ってたんじゃない、バカァ!」
涙目のリリがイヨに抱きつく。だが、イヨは少し気まずそうな顔をしている。
「んー……危険は危険なんだけど、痛くなかったし……でも確かに危なかった……のかな? オーリエさん、僕、あのときどんな感じでしたっけ? よく覚えてなくって……」
「覚えてないこと自体、危険だったんだよ。ラ・フレシアの溶解液は感覚を麻痺させるから。医療用の麻酔や、えと……っ、に使われることもあるくらいだ」
説明しつつ、オーリエはなぜか顔を赤らめ、額の汗を拭いている。怪訝そうにクリューガが尋ねた。
「なんだぁ、オーリエ。顔が赤いぞ、汗まで掻いて」
「いやっ、そのときのことを思い出すと危機感に冷や汗が出るんです! とにかく、イヨ君はラ・フレシアの溶解液をその……しこたま飲んでしまってて、その治療でさらに3日、辺境の町アルタミラに留まったので、ここに到着するまでに日数がかかったというわけなんですって、信じて下さい!」
カレンは顔を赤くしながら俯いた。キリクも気まずそうに目を逸らしている。識者二人には何が起きたのかはあらかた想像できていた。森に詳しいティアが薄い笑みを浮かべていた。
知らない方がいい真実もある。
「そこまで必死にならんでも。お前のことだから別に心配してねえけど……」
「……申し訳ありません」
こくこく、とイヨは頷いた。
「彼の話を聞くと、エルドスムスに用があるということなので同行させてもらいました。それに、私のほうも任務のために一旦戻ったほうが良いと判断したのです。だが、聖剣の主と知り合いとは思いませんでした。しかもここには、魔王の女官殿に団長までお揃いで、一体……ああ、そうだ」
今さらのように、オーリエは辺りをきょろきょろ見回した。
「聖剣の主にご挨拶をしたいのだが、どちらにいらっしゃるんですか」
一瞬、その場が静まり返った。
オーリエを除く周囲の視線が、カレンに集中する。クリューガは咳払いをした。
「オーリエ。こいつが、聖剣の主だ」
そう言って、カレンのほうを手で指し示す。オーリエはぽかんとした表情でカレンを見つめた。
「冗談……ではないんですよね」
カレンは頷いて挨拶をした。
「カレンと言います」
「いやはや、失礼しました……こんな可憐なお嬢さんが聖剣の主とは思いもしませんでしたよ! グランタルでも聖剣の主については諸説があって、二メートル近い大女と聞いてたんですが」
クリューガは呆れ顔だ。
「一体どういう噂なんだ、噂というより伝説じゃねえか」
オーリエは頭を掻きながら弁解する。
「聖剣の主について諸説があるのは誰も確たる正体を知らないからですよ。もう一つ噂があって、聖剣の主について不用意に語ると呪われる……というやつです」
「の、呪い?」
驚くカレンに、オーリエは笑ってみせた。
「その呪いの正体は他ならぬ陛下だというオチがついてるんですよ」
グレゴリアは遠回しながら、カレンとトウマを守っていたということなのだろう。
「もうちょっとマトモな噂にしてほしいわ」
「では、金髪の麗しい美女という噂を流しておきましょう。ところでカレン殿……で良いですか」
「ええ、どうぞ、オーリエさん」
「いやあ、オーリエ、で結構です。で……先ほどから皆さんがされている話は辺境で起きている誘拐・失踪事件のことですね。聖剣の主のあなたが、どうしてこの事件で動いているんですか」
まるで『この花の名前はなんですか』と尋ねるくらいの気軽さと態度で、オーリエは尋ねた。
「その前にお礼を言わせてくださいね。私たちの大切な仲間、イヨを助けてくださってありがとう。そして……先にお尋ねするわ。あなたは辺境で何をやっていらしたの。勿論任務だから秘密でしょうけど」
感じのよい笑顔をオーリエは浮かべた。
「ええ、秘密です。が、もはやここではその意味もないでしょう? 今成り行き上聞いてしまった話の断片は、私の任務と密接に繋がっています。どうでしょう、私の知っていることをお話しますから、詳しく教えていただけませんか」
「オーリエ、秘密は守れるな?」
クリューガはオーリエに向かって念を押した。
「騎士の誇りにかけて。ですが、最終的に陛下へご報告はさせてもらいます。それは許してください」
カレンはなぜ辺境の誘拐・失踪事件に関わるようになったか簡単に説明した。皇帝自らの依頼があったこと。フィンゲヘナ領内でも魔属の失踪・誘拐事件が相次いでいること。だが、リグラーナが失踪していることは黙っていた。帝国軍か、それを模した集団がブリガドゥーンに対して強硬な手段を取っていることに言及したとき、オーリエは眉を寄せ、厳しい顔をした。
「その件については誠に申し訳なく思っています。まさかあのバカがそんなマネをしようとは思いもよらなかったのです」
「じゃあ、狼藉を働いているのは正規の帝国軍なんですね?」
苦々しい顔でオーリエは頷く。クリューガも事実を聞いて、重苦しい溜息をついた。
「贄神討伐の恩赦で軍籍に復帰した者を調査団に加えたのです。この調査団は見せかけ、囮でしてね……私と部下数名が交易商人や旅人のなりをして情報を探っていました。囮がいかにも帝国軍であればそちらに目が惹きつけられる。ブリガドゥーンについては、我々も調査対象としていました。ところが、そのバカが誰に何を囁かれたのか、いきなり特攻したのですよ、ブリガドゥーンの村に」
(――ネルの言ってたことは本当だったのね……)
カレンは魔導書をぎゅっと抱き締めた。
「今、ニア村の倉庫を借りて、そのバカを放りこんであります。現地には放っておけないし、奴にはまだたっぷりと聞きたいことがありますのでね」
「ええっ? 首謀者は捕まってるんですか?」
「アルタミラにいるときに、向こうから飛び込んできたんです。アルタミラには軍の駐留地があります。しかしバカな奴だ、自分のやったことを棚にあげて、部隊を失っておめおめと助けを求めに来たんだから」
憤懣やるかたなし、という顔で語るオーリエ。カレンはオーリエのほうに一歩、踏み出す。胸の動悸が激しくなるのを感じた。
「その話、詳しく聞かせてください。首謀者は誰で、なぜブリガドゥーンの場所が分かったんですか? あの村は幻みたいなもので誰も知らないはずなのに」
カレンのただならぬ様子にオーリエは目を見張ったが、ごく当たり前の話をするような調子のままで告げる。
「首謀者の男は貴族で、バイアスという青二才です」
「バイアスだぁ!? もしオレが知ってる奴なら、気障で名誉欲にまみれて蛇みたいに陰湿でどこまでいっても他力本願な、ベジャール家のアホぼんだ」
今度は、クリューガが驚きと怒りの声を上げた。
「団長、そのアホぼんですよ。どうせ実家のほうからの差し金でしょうね、軍籍に復帰してすぐに囮とはいえ大役に抜擢されたと聞いています。隠密に調査している我々としては目立ってくれるのは好都合だったので、ある程度放置していたのがまずかったですね……奴はね、どこの誰とも分からぬ者からブリガドゥーンの村の情報をもらい、手引きされたのですよ、カレン殿」
浅はかとしかいいようがなかった。
「奴は奇妙なことを言ってました。ブリガドゥーンの村で“聖剣の主”に襲われたと。しかし、それもどこぞの奴らに謀られたのだと思います。結局バイアスはソルビーストの小隊をみすみす失い、ブリガドゥーンの村はそのときの火災で焼け落ち、村人は消えてしまった……村の所在地は確認しており、部下2名を向かわせました。携帯型通信機を持っていかせたので、そろそろ本国に報告が入っている頃です」
オーリエの話を、カレンはどこか遠いところで聞いていた。
バイアスはトウマを、トウマはバイアスを知っている。バイアスが言う“聖剣の主”は間違いなくトウマだ。
目眩を堪え、カレンはさらにオーリエに詰め寄った。
「オーリエ、バイアスに直接、誰が彼を手引きしてブリガドゥーンの村へ導いたのか。彼がブリガドゥーンで何を見たのか知りたいの。ここへ連れてきてくださる? 転送装置を使ってください。それから……ディアナ」
名を呼ばれたディアナは顔を上げた。
「イヨ君が預かった“もの”、再生がどうとか言ってたけど、見ることができるのかしら」
イヨはディアナのほうへ、改めて革袋を差し出した。ディアナは両手で受け取り、袋の口を開いた。彼女の指が中の“もの”をつまみ出す。硬質の、艶のある丸い“もの”。乳白色の球体にとてもリアルなえんじ色の瞳があり、まさしく目玉そのものだった。
「高位魔属になると、自分の目で見た映像のうち、念じたものを眼球に封じ込めることができます。記録できる長さはレベルによりますが、数分程度ですわ。この眼は結晶化して形状を保っているので、再生できるのはイヨが申したとおり、一回だけです。今、ここで、私の責任において再生しても良いですか? そこの騎士殿の話を伺っていると、事態は予想以上に切迫しているようです」
「お願いするわ」
ディアナは頷くと、明かりを少し暗くしてくださいと言った。ゼロがそれに応じて制御パネルを操作した。
制御ルームの壁が、天井がふっと暗くなる。
「先ほども申し上げた通り、再生は一回だけ。よく目に焼き付けてください――」
ディアナはカレンたちが理解できない言葉を紡ぎはじめた。眼球を乗せた右の手のひらが、青白い光に包まれていく。手のひらの光は徐々に膨れあがっていき、眼球はそれに呑み込まれた。左手が空中に突き出されると、そこに青い光で描かれた二重の円が揺らめきながら生じた。円の中心に、朧げに像が結ばれていく――その後、繰り広げられたごく短い寸劇に、その場に居合わせた者たちは偶然と必然の境界が甚だ曖昧であることを知るのだった。
贄神が目的を持たぬ厄災だとすれば、この劇は目的ある呪詛である。
かくして――役者は配置された。
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