petit four2 選ばないガレット・デ・ロワの輝き(2/終)

 八代が手早く給仕し、幸久と蒼衣と共に席に座る。


「改めて、クリスマスにご尽力いただき、ありがとうございました。これはささやかながら、僕らからのお礼です」


 乾杯、と八代の音頭でおのおのがグラスやカップを掲げた。そして、蒼衣を除く全員が「待ってました」とばかりに、ガレット・デ・ロワへと手を伸ばすと、パイ生地が割れる軽快な音が響きはじめた。


「飾り気はないが、ちゃーんとあおちゃんの味じゃのう。風味が良い」


「あおちゃんはこういうしんぷるなものが得意だなも。棒茶に合うのう」


「存外にこのジンジャーエールにも合うぞい」


 早速ガレット・デ・ロワを賞味した三人の老婦人からしきりにほめられ、蒼衣は「恐縮です」とはにかむ。


「タルトに敷くアーモンドの生地よりも甘いな?」


「フランジパーヌっていって、カスタードクリームとアーモンドクリームを混ぜたものだから、普段よりも贅沢だと思う。洋酒は使わなかったから、その代わりバニラをきかせてみた」


 老若男女問わず食べる可能性のあるケーキには、なるべく洋酒を使わないのが「ピロート」の特色だ。

 次第に、八代や老婦人たちから満足げな気持ちが伝わってくる。しかし、ふと隣から「もどかしい」という感情が伝わってくる。


「魔法効果……」


 蒼衣の隣に座る幸久は、仏頂面でケーキを睨んでいる。それを見た老婦人らが「ユキ坊なあ」とあきれた様子になった。


「あんたはこらえ性がないのう」


「せっかちだのー。じゃもんでようけ会計も間違えるなも」


「あおちゃんのお菓子は味もピカイチじゃあ。弟子ならよう味わっときゃあユキ坊」


 痛いところを突かれたのが悔しいのか、幸久は「ぐっ……」と言いよどむ。

 彼のことを「ユキ坊」と愛称で呼ぶくらいには、彼女たちは幸久を気に入っているらしい。だが、蒼衣よりもまだ未熟さが見えるのが歯がゆいのか、やや辛辣な物言いになるのは否めない。


「ゆ、幸久くんはすごく魔法菓子に興味がある子だから! あとお会計はコトさんの早さに勝てる方はいませんよ!」


 蒼衣の遅いフォローに三人は「あおちゃんは甘いなも」「会計を間違えるんはあおちゃんもだったな」「あおちゃんの菓子はうまいのう」と三者三様、明後日の方向を見てつぶやいた。


「あっ、そろそろ魔法効果が出ますよ」


 タイミング良く、ふわりと漂い始めた魔力を感じた蒼衣の言葉に皆が表情を変える。

「たぶん、コレは自分で見られないので……周りのひとの『頭』を見てみてください」


 皆の視線が、皿から離れる。


「……光の王冠?」


 全員の頭の上に、小さな光の粒が集まってできた王冠が浮かんでいる。


「こじゃれた効果だなも」


「あんれ、アンタもワシも王様かね」


「キラキラまぶしいのう」


「パイに『光砂糖』を使っているので、パイ生地が割れると反応して、頭上で王冠の形で光るようになっています」


「ちょっと待って。全員に王冠って……まさか、このガレット・デ・ロワには」


 蒼衣の言葉にかぶせて幸久が言った。


「物理としてのフェーブは入っていないんだ」


「そういえば、クリーム入れた後の工程は見せてくれなかった……。でも、それじゃあガレット・デ・ロワの醍醐味が――」


 幸久が語尾を濁す。彼から伝わってくるのは「困惑」の気持ちだ。ガレット・デ・ロワと呼ばれるには、一月に食べること、フェーブが入っていることが条件である。特に、フェーブに関しては一番の特徴だろう。それをなくしてしまったとなれば、幸久のように醍醐味がなくなったと思うひともいるのは否めない。


「王様や王女様になったひとは、だれかをパートナーとして指名することが出来るんだ。選ばれ、選ぶ楽しさは確かにある。僕も嫌いじゃない。でも――」


 蒼衣は言葉を一旦切る。続けようと思った言葉が、喉まで出かかる。だが、これはおそらく「ピロート」のシェフパティシエとしての言葉ではない。

 思い直した蒼衣は、もう一つの理由を語ることにした。


「誰もがきっと、自分の世界の王様であってほしいっていう、僕のわがままかな」


「自分の世界の王様……って……?」


 幸久の気持ちはさらに困惑で染まっていく。これを理解してくれというのは酷だろうと、発言した蒼衣本人が思うくらいなので、当然の反応である。


「みんなに王冠があったらうれしいね、って感じでとらえてもらえれば……。でも、フェーブではないけど、一応くじのようなお楽しみはあるんだよ」


 すると、王冠の光がふっと消える。ああ、とおのおのの顔に落胆が見えたが――コロン、となにかが皿に転がる音が聞こえた。


「ええとね、光砂糖が王冠になったあとに、どこかに一つだけ、飴を落とすようになってて。どこのお皿に――」


「……俺、みたいです」


 幸久が皿を指さす。そこには、べっこう色をした滴型の飴が転がっていた。


「おめでとう、幸久くん」


「なんじゃなんじゃ、当たったのはユキ坊かね」


「ありゃ残念」


「ワシかと思ったんだがのう」


 三老婦人は残りのケーキをおいしそうにたいらげながら言った。


「ま、初めてのクリスマスでがんばったご褒美だと思って食べたまえ」


 すっかりケーキを食べ終え、コーヒー片手の八代が促す。しかし、幸久は飴を手に取ろうとしない。

 どこか憮然としない様子の「気持ち」に、蒼衣はどう言葉を掛けて良いか迷う。本式の「ガレット・デ・ロワ」ではないことにひっかかりがあるのか――尋ねるのもまた無粋な気がするし、この場にそぐわないだろう。

 しかし、当たってしまった以上、食べてもらいたい。

 考えあぐねた蒼衣は席を立ち、厨房からワックスペーパーを持ってくると飴を包み「お土産にしたら」と幸久に渡した。

 さすがの幸久も、しぶしぶといった様子で蒼衣から飴を受け取った。とりあえずはほっとしたものの、ぎこちない笑みになってしまわないよう表情を作るのは、蒼衣にとってむずかしかった。



「ほんじゃあね、あおちゃん。よくお休み」


「おみやげもありがとうねえ」


「ケーキセットの割引券でもええんじゃがの」


 おのおの言いたい放題の老婦人たちは、遅くならないうちに家へと帰ることになった。

 外に出た三人は顔を見合わせると「あおちゃんや」と声を掛けた。


「ユキ坊も、いつかあおちゃんのガレット・デ・ロワの意味がわかる日がくるでなも」


「おばあちゃん?」


 ヨキの優しい声は、白い息に乗って蒼衣の耳を打った。


「あおちゃんは優しいでの。選ばれん子のことを考えて、あの王冠にしたんじゃろ」


「誰もが王様とは、あおちゃんらしいのう」


「……気付いてらっしゃったんですね」


 王様、あるいは王女様として選ばれ、パートナーを選ぶ……心ときめくイベントだとはわかっていても、蒼衣はどうしても「選ばれなかった」側に思いをはせてしまう。

 昔から、気になる相手にはすでに相手がいるのが常だ。八代しかり、そして――。


「選ばれないのは、悲しいので」


 なにもパートナーだけではない。五村から見捨てられた経験、魔力が消えた瞬間――いつだって、自分が必要とされないと感じる瞬間はつらい。

 だったら、皆が主役であればいい。そんなわがままな気持ちを隠して込めていたのだが、女傑らにはお見通しのようだった。


「ほんにあおちゃんは甘い」


「これで三十路なんじゃから奇跡じゃ」


「ある意味ではユキ坊のほうがしたたかだの」


 さんざんな評価に思わずハハ……と乾いた笑いが漏れるが、どれも真実なので反論しがたい。


「まあでも……そういうあおちゃんだからこそ、ワシらはここにおるんじゃろうな」


 キクの言葉に、ヨキとコトが「そうじゃのー」と同意する。

 三老婦人のあたたかな心に触れ、蒼衣の熱くこみ上げる感情があるのに「ありがとうございます」と月並みな言葉でしか出てこない。


「まあ、ゆっくり育てておやり」


「あおちゃんも学ぶことがあるじゃろ」


「それもまた人生だなも」


 ではおやすみ、と彼女ら三人は、闇夜の中に消えていった。



:::



 帰り道、幸久はポケットの中の飴を取り出す。


「……皆が王様って……甘いよ、あのひと」


 誰も居ない道で、ぼそりとつぶやく。


「選ばれないと、生きていけないのに」


 大学でも、そして、魔法菓子職人としても。幸久は思う。

 飴は、魔力で精製されたものだ。お土産にとは言われたが、明日には味が大幅に落ちてしまう。仕方なく、幸久は飴を口の中に入れた。

 上質な砂糖がカラメル化した、いわば「べっこう飴」である。魔法効果で光るための熱が加わったためにカラメル化し、固形状になったのだろう。

 シンプルな甘さは、まるであのガレット・デ・ロワのようだ。


「……素直すぎる」


 これを作ったパティシエを思い浮かべる。三十路過ぎとは思えぬ純朴さは、時折見ていて心がざわつく。穏やかで優しい反面、自分の理解しがたい感覚を持っているようで、幸久はどこか落ち着きがなくなるのだった。

 すっかり口の中で溶けて無くなった飴は、まるで魔法効果のように儚い。まるで、目が覚めたら忘れてしまうような夢のようで。

 あれだけ綺麗な模様が描けるのに。折り込みパイの層の香ばしさも、魔力含有食材の砂糖を配合しているにも関わらず損なわれていないのに。なぜ、そこを誇らない。

 そして、なぜ「誰も選ばない」ガレット・デ・ロワを作るのか。

 まるで運動会で手を繋いでゴールをさせられるような感覚を抱いた幸久は、彼の技術と思想のアンバランスさに戸惑っていた。


「選ばれなければ、生きてる意味なんて」


 そこまで言って、幸久は胸が苦しくなる。しかし、口の中の甘さがどこかその痛みを和らげてくれているようで、却って無視できない味になっているのが、どうしても解せなかった。


:::

作中の「光砂糖」は灯宮義流さんからのアイディアを拝借しております

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