番外編 天竺蒼衣の年齢疑惑
「
声を潜めた女子高生・
ここは、ピロート店内の喫茶スペース。信子は常連であり、件の『蒼衣さん』のファンを自称する一人である。友人関係を拗らせて気持ちが不安定だった彼女を、蒼衣が優しく慰め、仲直りのきっかけのヒントを与えたのがきっかけらしい。
蒼衣本人は「泣き出してしまったからほっとけなかったし、彼女の気持ちもわかるからつい。余計なお世話かと思ったんだけど……」と申し訳なさそうにしていたが、なんにせよ誰かの気持ちを癒したのは事実であり、彼女には良き
注文されたケーキと飲み物を信子の前に置き、八代は困ったように笑う。最近、とみに増えてきた質問の一つだからだ。
「あんなにきれいな顔で、いつも背景にお花飛ばしてそうなお兄さんなのに、店長さんと同い年だなんて」
信子は、ショーケースのある方向を見てため息をつく。視線をたどれば、中性的な顔つきのコック服の男性――ピロートのシェフパティシエ・
「残念ながら、うちの蒼衣は、俺と同じ三十一歳のおじさんだよ」
「蒼衣さんを簡単におじさんよばわりしないでください。あれは奇跡の三十代なんです。美魔女ですよ」
一時期流行った、年齢と反比例して若々しい人のことを呼ぶ「美魔女」という表現が出て、コメントに困る。一応、蒼衣の性自認は男性なのだが。
「いやあ、僕はもうれっきとしたおじさんだよ、鈴木さん」
「蒼衣さん!?」
いつの間にお客を見送ったのか、蒼衣は八代の横にいた。二人でなんの話してたの? と無邪気に話す様子からは「アラサーのおじさん」と呼ぶには難しい雰囲気が漂う。
確かめてみようか。八代は思い立ち、蒼衣が被るコック帽に手をかける。
「ほいっとな」
帽子を外され、驚く蒼衣の肩に長めの髪の毛が落ちる。髪が見えると、中性的な顔立ちのせいもあってますます「おじさん」から遠のいた。遠目から見れば、器量よしの女性にすら見えるだろう。
「わあっ、もう、いきなりはやめてくれよー」
どうして帽子を外しちゃうかなぁ。ぼやく蒼衣の様子はおっとりしていて、信子の言う「花が飛んで」いる幻影が一瞬だけ見えた。「やっぱりカッコイイ」とのぼせる信子の気持ちも、わからなくはない。
しかし、長い付き合いの八代は知っている。この男は自分の顔を「童顔で騙されやすいお人よしの顔」としか思っていないことを。
「……もうちょっと自分の顔面偏差値について考えたまえよ、パティシエくん」
「が、顔面偏差値? どういうこと? ああっ鈴木さんごめんね、ゆっくりしていってね!」
そう言いつつ首をひねる蒼衣の素直な様子は面白くも好ましい。八代は口元に笑みを浮かべた。
:::
2018年7月16日発行
柏木むし子さん主催同人企画「Text-Revolutions7 キャラクターカタログ3」のキャラクター紹介掌編より再掲
(天竺蒼衣 キャラクター紹介用掌編。掲載分にほんの少しの加筆あり)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます